冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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47 カズム・7

冬木教会。綺礼はその自室でランサーからの情報を待っていた。ソファーに腰掛けつつも、その心中はある疑念に囚われていた。

何故、桜は忽然と姿を消した。何かを狙っている、何を企んでいる。蒼月桜は姉である凛に遺恨を持っている筈だ。セイバー陣営を強襲してもおかしくは無いのだが、その情報が無い。彼らは連絡をしてもこない、もしくはしたくない状況にある? その仮定に至った彼は己のサーヴァントに念話を入れた。知れず企んでいるならば、手を打たねばならない。

 

『ランサ-、衛宮士郎らの動きはどうだ』

『黒い影の偵察、そういったのは何処の誰だ』

『調べろ。気に掛かる』

 

時が経つこと暫く。そろそろ連絡が来るであろう頃、綺礼は腰を上げた。それは彼にとって予定外の事だったのである。

人の気配を感じ礼拝堂に赴けば、祭壇の前に跪き神に祈りを捧げる人物が一人あった。黒色でくるぶし丈の、ゆったりしたローブ状のトゥニカ(貫頭衣)を纏っていた。

だが驚いた事にその祈る様は綺礼でも目を止める程、堂に入っていた。信仰心は本物の様だ。ならばむざむざ死なせる道理も無かろう。唯一神を仰ぐ者にとって、その刻の到来はまだ先の事だ。

 

「この教会の神父様でいらっしゃいますか」

 

その人物は女だった。綺礼に気づき、立ち上がると頭を下げた。頭巾は深く見えるのは口元のみだ。

 

「いかにも。名を言峰綺礼という。そういう貴女は巡礼者かな?」

「はい」

 

その声は掠れて生気が無い。死に冒された者のものだ。

 

「なんの断りも無く立ち入ってしまい、誠に申し訳ありません。お声は掛けたのですが、御柱を前にして居ても立っても居られず」

「それは構わない。御柱への門戸は何時も開かれているのだから。巡礼者である様だが、なぜこの地を訪れた。この地は穢れている、立ち去った方が良い」

「神父様。私は懺悔に参りました。死別した夫を想う余り、禁を破ってしまったのです」

「ふむ。咎人であろうと、救いの手を掴むのが私の努めだ。告解室が向こうにある。来なさい。ところで名はなんという」

 

女が頭巾を下げれば綺礼は目を剥いた。その女の肌は骨の様の白く、痩せこけていて、髪は白く艶はなく、まとまりは無かった。眼は濁り、その輪郭は曖昧である。綺礼は死病に冒されたその顔に見覚えがった。それは、かつて彼が看取った妻の姿だった。

 

何の前触れも無く綺礼の身体が衝撃に襲われた。それは身体の内部から弾けたものであり、その内部とは心臓であった。綺礼は背後より心臓を短剣で貫かれたのである。それは綺礼が時臣を殺害した時の再現であった。綺礼が何事かと背後を探れば気配があった。魔力で編んだ欺瞞というヴェールが解かれる。彼を殺害した者は、キャスターであった。

 

「言峰綺礼、我が主の命により滅びなさい……レスト」

 

力を持った言葉が、アゾット剣に封じられた魔力を解放する。形を持った魔力は綺礼の心臓を破壊した。

 

「がはっ!」

 

彼は血を吐き、力を失い、うつぶせに倒れ崩れた。

 

「報復には少々物足りないけれど、こんなものかしら」

 

キャスターはルールブレイカーを彼の胸に突き立て、ランサーとの契約を解除した。聖堂教会の仕来りに倣い、綺礼を祭壇に寝かせた。胸の上で手を組ませ、ロザリオを持たせた。

キャスターは舞弥の記憶から綺礼の妻に辿り着き、可能な限り模した人形を作ったのである。切嗣が数枚の顔写真を手に入れていた事は僥倖だった。

キャスターは綺礼の持つ、黒鍵、令呪も全て消し去った。神の迎えを待つ死者には必要が無いものだ。死者は死者、安らかな眠りは必要だろう。

 

「ご苦労様」

 

キャスターがそう言うと綺礼の妻を模した人形は、なんの前触れも無く、崩れて塩になった。

 

「あとは姉妹喧嘩の監督ね。吐き出すだけ吐き出させて、収まると良いのだけれど」

 

彼女はそうぼやくと、祭壇を前に並ぶ長いすの一つに腰掛けた。暫くすると待ち人来たり。ランサーである。彼はマスターである綺礼の死を悟り駆けつけたのであった。キャスターが料亭の女将の様な振る舞いでランサーを迎え入れれば、彼は手品のタネを明かされた様な顔だった。

 

「真也の手際が良い、と思ったらバックに居たのはお前か。あの野郎とんだ食わせ者だぜ。苦境のなか虎視眈々と反撃を狙っていやがったか」

「こうして話すのは初めてかしら」

「そうだな。遠目に何度か見た程度だ」

「柳洞寺の回りでこちらを探っていた事もあったわね」

 

「気づいていたか」

「当然よ。柳洞寺は私の神殿でしたから」

 

ランサーはこの状況をどうするべきか、悩んだ上でこう告げた。その声は淡々と。つまり事務的という事である。

 

「言峰はいけ好かねえ奴だったがマスターはマスターだ。討たれた以上見過ごすことは出来ない」

「貴方の主は、貴方の忠誠と誇りに報いた事があったかしら」

 

沈黙。場所が場所だけに喪に服している様な感覚に陥った。キャスターの肩越しには弔われている綺礼の姿があった。溜息がでる。敵であるキャスターにここまでされては文句など言えよう筈も無い。

 

「用件を言え」

 

彼は不承不承の体である。

 

「何故俺を待っていた」

「これを凛様に渡して頂ける? 無断借用申し訳ないと添えてお返し頂けるかしら」

 

差し出された短剣は見るからに曰く付きだ、ランサーはそう思った。

 

「それは何の意味を持つ?」

「全てが終わった時、私が直接お伝えします」

「マスターを失った俺を、サーヴァントを失ったあの嬢ちゃんの元に走らせて、何をさせるつもりだ」

「さて。私は単に宅配を頼んだだけですから」

 

彼は舌を打った。企みは趣味ではないのだ。

 

「良いだろう。お前の企みに乗ってやる。ただ一つ条件を出したい」

「マスターの意図に添うものなら、拒絶する理由はありません」

 

彼は黙ってエオローのルーンを、キャスターに描いて見せた。

 

「友情、保護を意味する文字ね、これの意図するところは?」

「覚えておけ。何かに役に立つかもしれない。真也にとっても嬢ちゃんにとってもな」

 

 

◆◆◆

 

 

士郎たちが舞弥の運転する自動車を降りて暫く経った頃。当然彼らはアインツベルン城に向かう森の中である。

待ち受けて居るであろう戦いに身を震わせれば、朝靄の中で待ち受けていたのはランサーであった。彼は腕を組み、見下ろす様に睨み上げていた。

士郎にとって会うのは、これで2回目。1度は目撃者として殺され掛かった時、もう一つは綺礼にこてんぱんにされた時だ。

 

「よう、また会ったなセイバー陣営。一人も欠けていない様で何よりだ」

 

セイバーとライダーが警戒を見せた。彼女らにとってはランサーはまだ綺礼のサーヴァントなのである。彼に応じたのは凛であった。張り詰めた緊張をものともせず、それがどうしたのかと言わんばかりであった。

 

「どうして、ランサーがここに居るのよ。偵察は?」

「俺のマスターが死んじまってな」

「綺礼が死んだ?」

「死んだ。背中から心臓を一突きだ。ご丁寧にも祭壇の前で弔いもしてあった。下手人の後ろに居る奴には心当たりがあるが、それは良い。どうしたもんかと考えて、組んでやっても良い、そう言いに来た訳だ」

 

「呆れた。持ち掛けて来て、判断するのはそっちって事?」

「主をむざむざ死なせたマヌケ槍兵にも、主を見定める権利はあるって事だ」

「一つ聞きたいんだけど、ランサーのあれは、真也の孤立を狙ったモノ?」

 

彼は躊躇いもなく、肯定の意を示した。それがどうしたという開き直りでは無く、彼の中では誤魔化しようのない事実だからである。凛は厳しい表情を向けたが、直ぐに緩め、呆れた。

 

「心底呆れたわ。アンタ、随分軽いのね」

「今更いいっこ無しだろ。それとも何か? 遺恨を引き摺るか?」

「終わった事だし。良いわよ、雇ってあげる」

「即断即決は嫌いじゃねえ。だが一つだけ、伝えておかなくちゃならない事がある。下る以上指示にも従うが、俺は真也との命を掛けた全力勝負を望む、嬢ちゃんならこの意味は分るな?」

 

「なにそれ。昨日の敵は今日の親友、明日にはまた敵ってこと?」

「なんだ、見かけによらず余裕が無いんだな。相手が敵であろうと、気が合うなら膝交えて語り明かすのが情だろうに」

「いつの時代の人間よアンタ。そういうね、明日には殺すけど今日は親友だー、なんて今時はやらないの。やるとしたら徹底的にやらないと相手にも失礼じゃない」

「はあ。そりゃまたつまんねえ世の中になったもんだ」

 

「今は現代」

「なら、真也は俺の側だな。嬢ちゃんは考え直した方が良い。向いてねえ」

「なによそれ」

「アイツとはそういう、やり合いつつも語らう間柄って事だ。ま、説教が多かったけどな。もう一度聞くぜ? 俺は奴と全力をもって戦う事を望む。その結末は神のみぞ知るって事だが……それでも俺を雇うか?」

 

凛が思案した時間は意外なほど短かった。

 

「いいわ。その条件呑んだ」

「その理由を聞きたい」

「私がこの土壇場で、そんな些末に怯える様なら真也は頼ったりしないわ。いま真也とは運命とか言う、くだらないけれど厄介な敵を相手に真剣全力勝負中なのよ。だからさっさと下りなさい。この私が直々に契約してあげるから」

「へっ」

 

己の決意を軽薄な笑いで返され、凛はたちまち憮然とした。

 

「なによ。文句有る訳?」

「些末と来たか。そこまで言い切られると清々しい。あのバカが入れ込む筈だぜ」

「私からも言っておく。私のサーヴァントになる以上扱き使うけれど、その覚悟はある?」

「マスターにするならアンタみたいなのが良いって思ってた」

 

契約後、彼が差し出したのはアゾット剣であった。

 

「こいつは渡しておく」

「これ、どうしたのよ」

「綺礼をやった得物だ。嬢ちゃんに返せとよ」

「これをわざわざ私の家から持ち出した事に何の意味が?」

「さぁな。ただまあ気が利きそうな奴だったから、要らぬ世話なんじゃねーの」

「そう」

 

凛と契約を結んだランサーはご満悦である。凛はランサーの態度に驚くばかりなり。今の彼はただの男友達にみえた。有り体に言えば、学校でくだらない話をしている男子生徒を見ているかの様気分であった。

 

「真也の悔しそうな顔が目に浮かぶぜ」

「悔しがる?」

「するに決まってんだろ。俺にちょっかい出される事を特に嫌がってたからな」

「悪くないわね。やきもきさせるのも気分が良いわ」

 

戯ける凛も満更ではなさそうだ。ランサーは心底おかしそうに笑った。

 

「……なによその笑い」

「いや、女運があるんだか無いんだか、ってな」

「あるに決まってるでしょ。この私が見つけたんだから」

「そりゃ意外だ。てっきり真也が唾を付けたのかと思ったが」

 

「聖杯戦争が始まる前の話よ。その時の真也はグールを倒した直後で、私はその背中を見てたって訳。私に気づいて振り向いた時の驚いた顔は今でも思い出すわ。まるで悪戯が見つかった子供みたいな顔だった。分った? 引き合わされた桜や、目を付けられた綾子とは違う。真也は私が見つけたんだから。つまり、私が拾ったの」

「惚気は他でやってくれや」

 

もう十分だと言わんばかりのランサーである。

 

「さて、最初の命令よ、ランサー」

「おう。幾らでも戦ってやる」

「ばかね、ランサーは予備選力。暫く隠れて貰うから」

「そりゃねーだろ」

 

あはは。苦虫をかみつぶしたようなランサーを、涙を堪え一通り笑い尽くした後、凛は一転しおらしい。

 

「あの時、気遣ってくれてありがとう。嬉しかった」

「礼を言われる事じゃねえよ。俺が嬢ちゃんたちにしでかした事に比べれば、それこそ些末だ」

 

 

◆◆◆

 

 

場所は変わり、アインツベルン城の跡地。“時間が無いなら急ぎなさい、探すのは大変だろうから” イリヤのその意味を今更ながら悟った桜であった。

 

辛うじて完全崩壊は免れていたが、それは見た目という意味であり、住まいという観点で見た場合は全損だろう。誰がこうしたのか、桜がこうした。

 

「あの部屋よ」

 

イリヤが指さした箇所は城の上層部である。正装保管の為だけの部屋だった。助かった、これなら直ぐに回収出来る。その部屋に赴き探すのみだ。

 

「正装はその部屋の崩れた場所に置いておいた、この意味は分る?」

 

桜が視線を下ろすと、そこには瓦礫の山である。思わず顔が引きつった。

 

「……これを掘り返せと?」

「収めてあるケースは金細工をちりばめたパールホワイト。直ぐにわかるでしょう。相応に丈夫な代物だから、破損はしていない筈よ」

「貴女が掘り起こしなさい、イリヤスフィール!」

「出来る訳ないでしょう。サクラみたいに力持ちではないの」

 

桜はその事実を受け入れるより他は無い。苛立ちを堪えながら彼女は作業に取りかかった。

桜は己の体重の3倍を超える、城のなれの果てを次々に投げ始めた。放物線を描き、城の周囲に投げ積んでいった。

このペースならば意外と早く終わりそうだ、その見通しは甘かった。瓦礫の山が歪み音を立て始めたのである。

それはそれは心臓に悪い音であった。瓦礫上層部の重量が、瓦礫基礎部を圧縮し、バランスを取っていたのだが、急激な変化に対応出来ず崩れだした。

 

「っ!」

 

危険を察知した桜は跳躍。着地した彼女が見た光景は、雪崩そのものである。ゴロゴロと崩落するそれを、ぼうと見続ける事半刻。ようやく静まりかえった頃、嫌みとばかりに小石が彼女のつま先に当たった。憤りで身が震える。何故こう成るのだ。全人類を滅ぼそうとしている私がなぜ土木作業などせねばならぬ。イリヤの冷静な指摘が忌々しい。

 

「振り出しに戻ったわね」

「ば、馬鹿にして!」

 

再び瓦礫を刻み、掴み、除去し始めた。今度は慎重な手つきである。一つ崩しては、様子を伺う。一つ崩しては、回り込み、全体のバランスを確認した。これでは積み木崩しの“ジェンガ”そのものだ。 全く以て腹立たしい。

 

「アサシンに手伝わせてはどう?」

「黙りなさい!」

 

駕籠代わりにされたアサシンはダメージを負い使えないのである。

 

「私はその辺を散歩しているわ。手伝える事があったら呼びなさい」

 

ある訳が無い。イリヤはそれを分った上で申し出たのだ。桜は渾身を持って瓦礫を放り投げた。八つ当たりと言わんばかりである。

 

 

◆◆◆

 

 

イリヤは城の周囲を回り、形を保っている城の反対側に回り込んだ。すると岩が積み上がる城の基部に簡素な木製の扉があった。勝手口という扉だった。

開けて中に入れば倉庫である。酒樽、破損した家具、ボイラーなどが見えた。

雑多な巨大なものを愉快そうに見学すれば、彼女の足下にこれまた愉快そうなものが落ちていた。

 

「なにをしているの貴方」

 

彼の姿を例えれば、水揚げされたクラゲである。手足をだらりと伸ばし、力なく座り込んでいた。彼は激しい疲労を負っていた。衰弱と判断しても過言では無かろう。その理由は言うまでもない。首を動かすのも億劫だと視線のみ走らせれば、彼の声はうめき声のよう。

 

「……なんで子供がこんな所に居る」

「そう、覚えてないのね。わたしは貴方を知っているの」

「それは済まなかった」

「気にならないの?」

 

「それどころじゃ無い、という事もあるのだけれど。俺は自分に無頓着なんだ。忘れてしまった事には申し訳ないと思うよ」

「少しご一緒して良いかしら」

「どうぞ。ご覧の通りの有様で、大したおもてなしは出来ないけれど」

 

イリヤは真也の隣りに“ちょん”と腰掛けた。

 

「どうしてこんな場所にいるの?」

「日光がきついんだ。だものでちょっと休んでる」

「激しく衰弱すれば人でもそうなるけれど、今の貴方は死徒に見えるわね」

「血を吸うと治るかな」

 

「貴方の身体に満ちる魔力は十分、原因は別よ。身体を見せて貰っていい?」

「はしたないぞ」

「意外とばかなのね」

 

シャツを捲り彼の胸の痣を見たイリヤは息を呑んだ。これではもって数日だ。

 

「そう。これなら衰弱も当然ね。どうしたの、これ」

「家の妹は重いんだ」

「礼儀を覚えなさい。レディの扱いを知らないなんて品格を疑うわ」

「体重じゃない。執念というか執着というか……つまりヤキモチ焼きって事。姉を贔屓したってヤキモチ焼いた家の妹が暴走して、折檻じゃなくて、えーと。お仕置きでもなく……そう、拗ねたんだ」

 

「物は言いようだわ。自業自得という気もするけれど」

「そうかもな」

「前々から、サクラはそういう風だったの?」

「そんな筈はない、と思いたいんだが今にして思えばその傾向はあったんだろうな」

「でしょうね、今の貴方はその証」

「おにいちゃんは命がけだ」

 

 

◆◆◆

 

 

イリヤは真也の石灰色化した髪におもむろに触れ、次に白骨色化した皮膚に触れた。彼女の表情は驚きと困惑である。

 

「信じられないわ、アンリマユの魔力汚染を直接受けていて正気を保っているなんて」

「こちとら遠坂の呪いを受けているからな。それに比べれば60億の呪いなんて眼じゃないね。あうとおぶがんちゅー」

「貴方、本当に人間?」

「化け物」

 

「恰好付なんて、子供なのね。ますます意外」

「化け物呼ばわりは小学生の頃からだよ。もう慣れた」

「というよりバケモノなんて抽象的な表現は、曲がりなりにも魔術師なら避けるべきよ」

「残念ながら月夜の晩に狼になったりはしない。俺だって俺が誰なのか、知らないし。良く分からない物って抽象的にせざるを得ないだろ。UMAなら良いのかな」

 

「自分のルーツについて知りたくないの?」

「言ったろ。無頓着だって」

「そう。自分に執着しないから疑問にも思わない……ね、噂話にお付き合いしてくれない?」

「噂話か、それも悪くない。のんびりした時間は最近とんと久しいからな」

 

一拍。思わせぶりな視線をもって、イリヤはこう切り出した。

 

「今から18年前に聖杯が降りたという話、興味あるかしら」

「この冬木にも降りてるだろ。君もその口のはずだ。今更噂話にすることか?」

「神託よ。真の聖杯が2000年ぶりに顕われた」

「そりゃすごい。君は顔が広いんだな。神託は聖堂教会の秘中の秘だろ」

「私の言いたいところは真たる聖杯なのだけど、信じてないのね」

「んな与太話はいそうですか、って信じませんよ」

 

真の聖杯とは、手に入れた者のあらゆる願いを叶えるという願望機であり、最高位の聖遺物。しかし真実の聖杯を手にした者はおらず、伝説の域を出ないとされている。

 

「今から2000年前、救世主の血を受けた杯がそうなったって言われてる。奇跡を起こす真の万能機と言われるが、もしそんな物が本当にあるなら、どこぞの魔法使いか使徒が手に入れて活用してるだろ。冬木の聖杯が偽だって言われてるなら、真の聖杯が在ったっておかしくはないんだけどさ」

 

「常識に囚われては発展はないわ。大胆な仮説を立て、それを検証する。魔術も科学もそのセオリーは変わらない」

「そう、君は魔術師か。まあ、時間はあるしその論議にお付き合いしようか」

「さて、どうして今まで見つからなかったのだと想う? 仮説を立ててみなさい」

 

腕を組んで顔をしかめる。唇はへの字だ。彼はこう仮説を立てた。

 

「その真の聖杯とやらは、この地に降りたのではなく、少しズレた世界に降りた、というのはどうだ。マテリアルプレーンではなく、アストラルプレーンという訳。この次元に無い神秘なら、幾ら探しても見つからないし、どれ程暴れても俺たちは気がつかない。魔法使いや死徒だって気づく事は難しい。追跡出来るのは第2魔法の使い手のみだろう」

 

「願望機は願望を持つモノがいてこそ意味があるのよ? 貴方の言うズレた世界に降りたところで意味は無いわ」

「だから、願いを持つ者を呼び寄せる。神託の様なモノを受け取った、聖杯に選ばれた存在が、召喚に応じて幽体(アストラル体)でその世界に向かう。肉ではなくアストラル体なら壁の突破も容易だからな。そこで神秘を求めて戦うという訳だ」

 

「願いを持つ者が召喚するのではなく、される側というのはユニークなアイデアね」

「クールジャパンなら定番だよ」

「それはどういう意味?」

「サブカルって意味。大した事じゃ無いから、聞き流してくれ」

 

「その聖杯戦争はどのような儀式なのかしら」

「多分、この地のそれと大して変わらないさ。この手には試練がつきものだからな。栄光、名誉、財産、力、それらを求めるものが集まれば、自然競争という戦いに落ち着くだろう」

 

「なら、サーヴァントの様な存在がいてもおかしくは無いわね。願いを持つ者の能力的な強さで決まってしまうから、補助的な存在を用意した」

「ファンタジー物のお約束だ。勇者に伝説の剣を与える、妖精、女神、そんなの。かのアーサー王も湖の乙女からエクスカリバーを受け取ったと言うし、勇者が沢山居れば、それに応じて補助も沢山あったっておかしくは無い」

「勝ち得ただろうそのどこかの誰かは何を願ったのかしら」

 

 

◆◆◆

 

 

「案外ありふれたモノだったりな」

「ありふれた?」

「伴侶ってことだ」

「呆れるわね。真の聖杯にそんな物を願うなんて。聖杯を使わなくたって叶えられる」

 

「聖杯が願いを選ぶなら、その願いに順位を付けるなら、その存在自体に願いがあるって事だ。万能の願望機が願いを持つなんて、そんなのいかさまだろ。冬木の聖杯の様に出来損ないも良いところだ。

そして激戦をくぐり抜けた二人は手を取り合い、共にある事を誓い、神秘にそれを願った。神秘は二人の願いを認め、二人を新たな世界に送り出した。ハレルヤ、世界は神の愛で満ちている、素晴らしいね」

 

「貴方本当に変わったのね」

「そう?」

「分ってる? 前の貴方も一つの強い思いに賭けていたの」

 

「それを言われると辛い。でも、ある人に言われたよ。もう俺が居ないと駄目なんだってさ。正直打ちのめされた。だって、そうだろ。今まで自分を無い事にしてやってきたんだ。それで切り抜けてきた。俺を全否定された気分だった」

 

「それで貴方は回答を得たの?」

「どうだかね。今でも“遠坂”には逆らえないし。ただ、俺の分も皆で背負うから諦めないでくれと言われたら、イヤですって駄々をこねるなんて、そんな格好悪い事は出来ないだろ。試行錯誤中ってこと」

「そう。貴方は答えを求める事ではなく、求め続ける事を知ったのね」

 

ズズーンと城が響く程の地響きがあった。姉妹喧嘩の音だ。ふらりと立ち上がる彼の姿は、イリヤが驚く程にしっかりしていた。姉妹の一大事となれば、痛みも苦しみもこの男は無視するらしい。その行為を自己の欠如と見るか、自己を持った上での親愛とみるかはイリヤには判断が付かなかった。

 

「二人が呼んでるからそろそろ行くよ。お伽噺にしては中々面白い話だった。それじゃ」

「先ほどの話だけれど受肉したサーヴァントとそのマスターは今どうしているのかしら」

「さあ? 案外子育てに悩んでいるのかもな」

 

 

 

 

 

つづく!

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