冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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48 カズム・8

刻を遡ること数刻。そこは森と草原の境である。草原の側に立ち見渡せば、樹木が壁のよう続いていた。小枝がカサリと動けば、凛たちが木陰に隠れる様に顔を覗かせていた。彼女らの瞳に映る物は、半壊している城である。バーサーカー本戦の後からなにも変わっていない。

 

ただどうしたことだろう。何かがポップコーンのように飛んでいた。さてなんとする。敵戦力はアーチャー、アサシン、桜、真也と強力。こちらの手札と比較しても、迂闊に近づくのは危険だ。兎にも角にも目先の救助対象はイリヤである。サーヴァントが影の外に出ているならば、地形という戦術上のパラメーターが有効だ。桜という城を攻略する足がかりとなろう。

 

「ランサー、偵察お願い」

「またかよ」

「計画内容は話したでしょ。なにより実績を買ってるって事。信頼には応えなさい」

 

有無を言わせぬ凛の姿にどこか綺礼の面影を視るランサーであった。笑顔の分質が悪い。

 

「まったく。とんでもないマスターを選んじまったな」

 

偵察より戻ってきたランサーがもたらした情報もまた頭が痛い。

 

「アサシンと真也が居ない?」

 

凛のその発言は予想外と言う意味である。

 

「遠坂。アサシンは足腰が逝ってるんじゃ無いのか。そんな事を言っていたし。真也も桜に折檻されて寝込んでるとか」

「理屈には合うけれど、過信は出来ない。これは悩ましいわね」

 

士郎の進言に凛は押し黙る。セイバーのそれもまた助言であった。

 

「リン、アサシンの隠形は確かに恐るべき物ですが、攻めに転じた時その威は失われます。私たちで捕らえることは可能でしょう」

「ならばいたずらに時間を費やすのも上手くない、か。決まりね。アサシンが回復する前に仕掛けましょ。ランサーは真也を警戒しつつイリヤを確保。言っておくけれど、」

「わーってる。真也を見つけてもここでは仕掛けねえよ。空気ぐらい読むぜ」

「決まりね。みんな準備は良い?」

 

それは控えていたライダーである。

 

「遠坂凛、私はどうしますか?」

「方針は変わらず。突入タイミングは任せる」

「分りました」

 

瓦礫を次から次へ放り投げる桜は、計らずとも上機嫌であった。一定数除去すれば後は消化作業であったからだ。この分なら日没前には、正装を回収できるであろう。気を使うが頭の使わない単純作業を彼女は好んだ。ただ彼女の姉はどういうわけか、水を差すのが好きなのだ。桜はそれを今更ながら思い知らされた。

 

バーサーカーが手にした岩斧と同等の瓦礫を放り投げた時、その姉は現れた。瓦礫の上から疎ましくも見下ろせばセイバー、凛、士郎の3名が立っていた。セイバーと士郎は神妙な表情だが、姉は相変わらず不遜な表情だ。何故だ。見下ろしているにも関わらず、姉に見下されている。その不愉快さが払拭出来ない。

 

「精が出るわね桜。廃墟の女王(ロイヤル・ダスト)って所かしら」

 

そのネーミングの臭さに辟易しつつ、王女では無く女王と呼ばれたことに苛立った。だが駄目だ。姉のペースに乗ってはならない。そう己に言い聞かせた。この期に及んで、姉に囚われる己を嘆きながら。

 

「もう来ちゃったんですか。もう少し怯えてくれた様が良かったのに。それとも恐怖を感じない程に鈍感なんですか。それって生き物として終わってますね」

「先手って好きなのよ」

「でしょうね。さて、姉さん。死ぬ覚悟はいいですか?」

 

桜は立ち上がると、黒い帯を海藻の様に揺らめかせた。

 

「一応言っておくわね。私の真也を取り上げて御免なさい」

「……それで謝っているつもりですか。前に言ったと思いますけれど、兄さんを呼び捨てにしないで下さい。それと、姉さんのでは無く、私のです」

 

傾いた太陽は、その廃墟を紅に染めていた。その姉は紅よりなお赤かった。“赤は情熱と決意の色だ” 幼い頃兄が語った言葉が思い起こされる。それが何より忌まわしい。姉がその権化であるという意味に於いて、その時から姉の存在を予期していたのではないかという意味に於いて。

 

「ねえ桜。また聞くけれど、アンリマユと手を切るつもりは無い?」

「しつこいです。私にそんな事をする理由が無い」

「どうしてよ? 世界を滅ぼして、どうするわけ?」

「姉さんって知っている様で知ってないんですね。皆にそうあれと願われたから、そうするの」

 

「桜の願いじゃ無いんでしょ? ただ、操られているだけ」

「違いますよ。あの子は私、私はあの子、同じです。手なんて切れないし、する気は無いし、そもそも出来ない」

「そう。私には二つの立場があるの。一つはこの土地の管理者。もう一つはアンタの姉っと、もう一つあった。アンタの兄の所有者」

 

一つ一つの物言いが神経を逆なでる。

 

「アンタは真也を殺したくない。それは私も同じ。この際立場はおいておいて、折衷案としては良いんじゃない?」

「何が折衷案ですか」

「だってそうじゃない。アンタは世界を滅ぼしたい、私は維持したい。ほら、相殺」

「ふざけないで下さい。同じな訳無いでしょう。世界の残る事がどうして相殺なんですか」

 

「真也の居る世界が残る、どう? 私にとっての世界の維持は魔術師としての目標。桜、アンタが譲歩するなら、私は魔術師としての立場を捨てても良い。だって、私たちが争う事は真也の寿命を縮める事になる」

 

桜の表情がピクリと小さく振れた。やはり桜はそれに気づいてた、凛は確信したのである。

 

「だから、アンリマユと手を切りなさい。死なせたくないでしょ?」

「そうですね。私たちの前に二度と現れないなら、考えてあげても良いですよ」

「そんな言葉信じはしないけれど、実はそれでも良いかな、そうしようかなとも考えた。我ながら弱気になったもんだわ。でもそれはだめ。真也が私たち姉妹が共に居る事を願ってるから」

「どうしてそんな事が言えるんですか」

 

「アンタ、それ本気で聞いてる? もしそうなら、アンタは真也を何も分ってない事になる。なんの為にアンタを遠坂の家に置いてきたのか、それを考えなさい」

「姉さんには感謝してるんです。お陰で兄さんが戻ってきた。私だけの物になった」

「露骨な話題替えだけど、まあいいわ。それで?」

「兄さんに抱かれたんですわたし。この身体にまだ感覚が残ってます。痛い事がこんなに嬉しいなんて、初めて知りました」

 

「そう? それがどうかした? 私はアンタと違って器が大きくて、そんな事気にしないから。なにより今のアイツが桜を拒めないって判ってる」

「へえ。姉さんは私の次で良いって事ですか。妾でも良いなんて意外」

「お人形遊びで満足しているお子様は相手にしないって事よ」

「なんですって?」

 

「だってそうじゃない。アンタは自分の都合の良い様に真也を弄ってる。症状を進行させて、私もろとも忘れさせようとしている、真也の寿命を削っている。桜、幾らアンタに引け目があってもそんな事認める訳無いでしょ。でもアンタは妹だから、見捨てる訳には行かない。二人とも連れ帰る」

「傲慢ですね。自分の過ちすら認めない」

「さっき言ったじゃない。ごめんって。それに、桜。アンタ気がついてる? アンタだって真也にしでかしてる。真也の心臓のこと、精神構造のこと。追い込んだのは私たち姉妹」

「姉さんさえ現れなければそうならなかった事です」

 

「アンタが衛宮君と真也の間でフラフラするからでしょ。この際だから言うけれど、桜だけの真也ならキャスターに利用されて最後は死んでたわよ? 笑いながら、ね。桜が聖杯戦争に参加する、そう決めた時にそれは確定された事実だった。私が居たから回避出来た」

「私だって好きで参加を決めた訳じゃない! 好きって苦しいんですよ?! どれだけ好きでも、振り向いてくれないってもっと辛いの! それが判らない姉さんに語る資格は無い! 誰かを好きになるなんて赦されない! 姉さんは兄さんを苦しめた!」

「そう。私は真也を苦しめた、その分愛してあげるの。アンタはどうする?」

「兄さんが苦悩する原因になった!」

 

「というか桜、アンタ無茶苦茶ね。兄を苦しめた私を糾弾して、当の本人もそうしてる」

「兄さんは苦しんでいません。兄さんは喜んでいます」

「矛盾しているというか、傍若無人というか、そう、自覚がないのね」

 

凛は思わず腕を組んだ。溜息も出る。

 

「私だってしたくなかった! 姉さんがいるから、せざるを得なかったのに!」

「それを突っ込まれると痛いわ。したくないけどせざるを得ない、私もそうだった。でもさ。苦しんで喜んで、それって人間になったって言わない? 都合の良いだけの関係なんて、まやかしじゃない」

「私をその境遇に置いたのは遠坂です! 忘れたとは言わせない!」

「そうわかった」

 

「へぇ、何が分ったんですか」

「桜、気合いを入れなさい。今のアンタがしでかしている馬鹿なこと、そして真也、ぜんぶ持っていくから。桜、アンタを引っぱたいて抱きしめたあと頭を撫でる。真也は引っぱたいたあとキスをするわ。いい? 桜も真也も帰るの。その為には何でもするから。だから全力できなさい。いつぞや殴り合った時みたいに、手加減しないからね」

 

静観していた士郎はゲンナリと。

 

「遠坂、挑発しすぎだ」

 

そう呟いた。士郎は爆弾を解体する心境である

 

「あら、失礼ね。紛う事なき本心だけど」

 

凛は気にせず笑うのみ。その結末は桜の怒りである。彼女は我慢ならぬと声を張り上げた。

 

「アーチャー!」

 

桜の数歩前に現れたのは凛のかつてのサーヴァント、アーチャーであった。腕を組み、他人を蔑むような皮肉めいた表情は何一つ変わらないが、色が変わっており印象が大分異なった。カラーリングはアサシンと同じだ。一言で例えるならばティターンズカラーである。黒髪のアーチャーというのも新鮮であろう。

 

ただ首に帯が巻かれている桜の黒い帯が気になった。それが包帯の様に見えたからだ。気がつけば3人の背後にライダーが立っていた。手にする鎖がチャラと軽い音を立てる。無限の剣製はセイバー陣営全てが知るところ。固有結界発動後に踏み込んでは、援護が間に合わない恐れがあったのだ。ライダーを見下ろす桜は不愉快さを隠さない。侮蔑の色すら浮かんでいた。

 

「そう、ライダーは私に刃向かうんだ。せっかく見逃してあげたのに」

「今の主はサクラではありません」

「意外と尻が軽いのね」

「ライダーも桜たちが死ぬ事に反対って事だ」

 

士郎の言葉に呼応するかの様に、凛は一歩進み出た。

 

「アーチャー、私を恨んでる?」

 

そうは聞くものの、凛は呵責の様な仕草はおくびにも見せなかった。風邪でも引いたのか、とまるで体調を伺う様である。もちろんその心中、察して余りある。知ってか知らずか、アーチャーの態度はなにも変わっていなかった。

 

「まさか。蒼月真也の殺害は私の希望でもあったからな。君がもっと早く決断してくれていれば、こうはならなかったとは思うがね」

「皮肉っぽいところ、相変わらずなんだ」

「これは性分だ。死んだところで変わるものでも無かろう」

「一応聞くけれどアーチャー。恨んでいないなら、何しに現れたのよ」

「桜がな、解放してくれんのだ。ほら」

 

この時流石の凛も息を呑んだ。セイバーと士郎も目を剥いていた。アーチャーの左腕は己の髪を掴み、己の首を持ち上げていたのである。

 

「首が切れたまま、頭と胴が泣き別れしているというのに死ぬ事が出来ない。今の私は終始殺され続けている、と言う事だ。首無し騎士(デュラハン)と呼ばれるのは痛快だが、これが予想以上にしんどくてな。桜は凛を殺せば解放すると言った、まだ説明は必要か?」

「仕方ないか。それはとても辛そう」

 

凛の表情には諦めとやるせなさ、悔しさもあった。

 

「死ぬ程にな。だから凛、死んでくれ」

 

彼は固有結界の開闢を意味する言葉を紡ぎ始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.」

 

弓兵の心象世界は成立し、固有結界はここに成った。士郎の魔術回路が刺激され火花が散った。とにかく、固有結界が成ってしまった以上、作戦は変更だ。ライダーとセイバーは慌ててマスターの元に合流するより他は無い。

 

凛は、スモッグに蓋をされた息苦しい空と、軋みを上げる巨大な歯車と、血に濡れた大地に突き刺さる剣の墓標を視た。

 

「これが固有結界……」

 

凛の呟きは驚愕に他ならない。彼女とて実物を見るのは初めてだ。その彼女を見下ろすアーチャーは先達のよう。

 

「凛。セイバーとライダーの攻略を前に練ったが、それを覚えているか? 攻撃に勝るセイバーと速さに勝るライダー。この二騎の連携は手に余ると言う結論に至った。ではなんとする。答えは明解。遠距離から圧倒的な物量で串刺しにしてしまえば良い。以前の俺であれば、相応に危険のある手であったが今は違う。桜より供給される魔力は無尽蔵。二人で考えた攻略で死ぬとは、皮肉だな、凛」

 

無限の剣製は士郎たちに宝具の雨を降り注いだ。途切れること無く押し寄せる剣の群れは津波の様。通常の矢と異なり、数は少なくとも一振り一振りの威力は桁が違う。まさに絨毯爆撃である。凛たちは散開させられた、せざるを得なかった。立ち止まれば集中攻撃を受ける、そうなれば凌ぎきれないのだ。

 

「なんで固有結界がこんな長時間持つのよ!」

 

結界内は何の障害物もない一様なフィールドだ。もっとも障害物があったところで、どれ程の意味を持つかは定かではない。セイバーとライダーは移動と防御を織り交ぜて主を守るのみだ。

 

セイバーは士郎を守るため迫り来る複数の宝具を弾いた。イリヤをマスターとし筋力はA+、耐久はAと余裕は大分あった。防御の割合が多く、躱す事は希だ。

 

分が悪いのはライダーである。彼女は凜を抱えながら走り続けたが、彼女は躱すが基本だ。だが彼女を抱きかかえていては、杭形状の短剣が振るえないのである。ただ逃げるのみ。加えて凛は生身、過度の機動はダメージとなる。

 

「ぐっ!」

 

猛烈な加速を受け生じた凛のうめき声に、ライダーの注意が逸れた。一条の槍型宝具がライダーの脚を掠めた。その衝撃で、転がり地に伏せる。セイバーと十分距離を取っていたアーチャーは、墜落したライダー先に仕留める事にした。凛に向かい宝具の群れが押し寄せる。致死のそれらをはたき落としたのはランサーであった。彼は途中で引き返し、隠れ、タイミングを伺っていたのであった。凛は感謝しつつもつい文句を言った。

 

「イリヤを探せって言ったじゃない!」

「素直じゃねーな。ここはありがとう、だろ?」

 

青い槍兵が野生めいた笑みを見せると、彼女は照れつつも小さく謝罪の言葉を述べた。実際のところ凛は令呪を使うつもりであったのである。思わぬ乱入に、アーチャーは手を止めた。二人が相見舞えたのは初戦も初戦、邂逅という事だ。

 

「ほう。ランサーを引っかけていたか。凛は意外と気が多いのだな。流石の私も悔しいぞ」

「その辺にしとけや、弓兵。見苦しいぜ」

「どうだランサー。凛の魔力は心地よいだろう?」

「ああ。てめえのムカつくスカし面も気にならない程にな」

 

ランサーは悪態をつきながらも、セイバーと士郎の両名と合流すると士郎にこう聞いた。

 

「坊主、アレはできるか。悔しいがこののっぺりとした地形では分が悪い。近づく前に串刺しだ」

 

ランサーの意図を察した士郎は頷いた。

 

「俺が切り口を作るからライダー、ランサーの順で攻めてくれ。ただその時間はとても短いから難しいぞ」

「は。誰に言っていやがる」

「セイバーは防御」

「衛宮君、私は?」

「真也の姿が見えない、そう言うこと」

「何もせずに見ているだけって、苦手なのよね」

「切り札は奥の手、だろ?」

 

セイバーとライダー、そしてランサーが構えた。士郎は彼女らの背中を視つつ。

 

「セイバー、今から俺は封じたもう一人の俺を呼び起こす。固有結界の展開は俺では無理だ。入れ替わらないように、展開は極短時間とするけれど、もし戻らなくなったら、」

「安心して下さいシロウ。引っぱたいて元に戻しますから。戻るまで何度でも」

「ん」

 

 

◆◆◆

 

 

「話は纏まったか」

 

再開された怒濤の様な宝具の攻撃は集中砲火に他ならない。まさに剣林弾雨だ。それらを3つのサーヴァントが、全力をもって凌いでいた。彼らに命を預け、紡ぐ言葉は士郎だけが持つ呪文である。詠唱開始。

 

“体は剣で出来ている ”

 

それはもう一人の士郎が持つ心象世界。紅の荒野に突き立てられた剣は墓標、見上げる空は昼でも夜でも無い黄昏の刻、それが日没か日の入りかは誰にも分るまい。

 

“この体は無限の剣で出来ていた”

 

心象世界は成り、彼の剣製を始めた。もたげるもう一人の自分を抑えつつあっては、打てる宝具の数は少ない。数が少なくては威力に劣る。従って、彼が狙うのは集中射撃のみである。射出された宝具群は、地球と月が引力に引き合うように、互いに支え合いながら、らせん軌道を描く。その様は岩盤採掘機であろう。士郎の狙いはアーチャー打倒では無く、道を切り開くこと。彼には仲間がいるならばそれで十分だ。その道は反攻の狼煙でもあった。士郎が作り出した道をランサーとライダーの2英霊が疾走する。その二人を例えるなら彗星である。

 

アーチャーは士郎の固有結界展開に驚いたが、予期していなかった訳ではない。それを反撃の切り口にすることも、脚が立つライダー、ランサーの強襲も読んでいた。そして意味が無い事もアーチャーは悟っていた。この間合いでは、次弾を撃ち出し終わりだ。

一秒足らずの未来に於いて、アーチャーに対して迫る二騎は、彼に届く前に串刺しだ。その筈だった。

 

彼がライダーの正体を知ってさえいればその勝利が訪れただろう。ランサーが一歩横に逸れた時、槍兵の背後に隠れていた騎兵が現れた。アメジスト色の髪を疾走する風に棚引かせる様はまさに太陽フレア。それはアーチャーにとって日蝕の終わりに見えただろう。もしくは悪い夢の終わりに見えたに違いない。痛い程に光るメドゥーサの瞳が彼の眼を射貫いた。つまり彼はライダーの魔眼を見てしまったのである。石化の魔眼“キュベレイ”の発動。彼の対魔力は低く、為す術もなく囚われた。また魔眼かと彼は誰かを罵らざるを得なかった。彼の敗因はただ一つ。

 

戦闘開始直前までアーチャーは桜の影の中に居た事である。

 

その魔眼の切っ掛けは重圧だった。騎兵の誇る速度は圧倒的で、瞬く間に距離を詰められ石化が始まった。アーチャーの傍に控えていた桜に対応出来る速度では無かった。同じくして迫るランサーが手にする真紅の宝具に魔力が満ちる。桜を巻き込んではならないのだ。ならばその宝具の選択は当然であった。

 

「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

因果の逆転がなり、真紅の穂先が弓兵の心臓を貫いた。クロスレンジの距離で対峙する、青い槍兵と赤かった弓兵は、この土壇場ですら変わらず、罵り合い侮蔑し合うのみである。

 

「主替えか。ランサー、貴様も軽いな。鞍替えした罪に呪われてしまえ。誇りを捨てた槍兵にはそれがお似合いだ」

 

口から血を吐く弓兵に、槍兵はその表情に労りはない。

 

「アーチャー、お前の状態は把握している。心中察するがそれはそれだ。聞け。最期ぐらい己を己の為に使ったらどうだ。誰かへの呪いが遺言なんざ、未練を残した証だぜ」

「未練などと笑わせてくれるなよランサー。俺らはとうに潰えた者たちだ。今更それを問うたところでなんになる。英霊は英霊らしく、使い潰されるべきだろう」

「お前の性根の悪さは救いようがねえな」

 

「そんなこと、言われなくとも分っているさ」

「嬢ちゃんに伝える事が有れば聞く」

「達者でな、と」

 

それが何かに翻弄されつづけた弓兵の最期であった。

 

 

◆◆◆

 

 

真紅の槍に貫かれた黒の弓兵は陽炎の様に揺らぎ、消えた。桜の中に魔力として収まった。アーチャーのまさかの敗北にサクラは恐れ戦くのみ。ライダーが静かに歩み寄る。

 

「申し訳ありませんサクラ」

 

黒い帯を繰り出し、ライダーを拘束するもあえなく引きちぎられた。宙を漂うそれは舞台にまう紙吹雪。彼女は目を剥いた。馬鹿な。有り得ない。小聖杯たる己にサーヴァントが刃向かうなどと、己の力が効かないなどあってはならない事だ。カッターの様に突き立てた帯はライダーの鉄杭で弾かれた。障子紙を水で濡らした様な脆さである。

 

右を見ればランサーが立っていた。左を見ればセイバーである。そして中央にはライダー。その背後には士郎と凛も居た。特に士郎はみょうちくりんな短剣を持っていた。それに貫かれれば全てが終わる、彼女は本能的にそれを悟った。アサシンは長距離走をさせた影響で戦闘に使えない。敏捷性を失ったアサシンなどウドの大木だ。兄も同様に、憔悴し立つことすらままならない。撤退だ。影に逃げ込もうとした時、その時既に桜はライダーの鎖に囚われていた。

 

「サクラ、しばらくの辛抱です。悪い夢はこれでおわります」

 

彼女はその騎兵の言葉をどう解釈したのだろう。助けを乞うその声は遠坂という指令でもあった。

 

“兄さん助けて”

 

思いの外早く片が付いた、と脱力するのは凛である。彼女の視線の先には、ライダーによって抑えられた桜に、歩み寄る士郎の姿があった。彼の手にある物は“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”だ。桜とアンリマユの契約を断てば正気に戻る。それはそれで問題なのであるが、少なくとも世界の終わりは回避出来る。その後種明かしをし真也と一緒に平謝りをせねばなるまい。凜のその未来は、妹の助けを乞う僅か6文字の言葉で砕かれた。

 

実際のところ凛には何が起こったのか理解出来なかった。ただ、セイバーとランサーが叫んでいた事だけは分る。桜の傍らに黒い人影がパラパラアニメの様に表れたかと思うと、ライダーの身体が宙を浮いていた。彼女の身体はその人影にカチ上げられ、アインツベルン城跡地のどこかに落ちた。その様を見た凛は、場外ホームランなどと暢気なことを考えた。

 

なぜだろう、その直後に平衡感覚が無くなった。眼も耳も真っ白で、例えるならホワイトノイズ。視覚と聴覚の許容量を超える刺激を受けて麻痺していた。触覚も同様だった。全身を隈無く、偏り無く叩かれ麻痺し、身体が無くなってしまったかの様な、この物質世界と切り離されてしまったかの様な気分になった。眠たいのに眠ることが出来ない、起きたいのに起き上がる事が出来ない、とても不快な感覚だ。

 

声が聞こえる。少女と男性の声だ。罵声怒声ではなく、静かな物言いだったがその声には警戒と戸惑いと憂慮が混じっていた。

 

薄目を開けば目の前に緑色の草があった。ストレリチアだ。耐寒性の植物で越冬出来る。何故それを知っているのか、思い巡らせれば母の影響だと思い出した。何故それがここに有るのか。イリヤか過去のアインツベルンの誰かが気まぐれに移植したのかもしれない。

 

ぼうとしていれば何故だろう、世界が横たわっている。大地が上から下に走り、植物は右から左に向かって生えていた。ランサーもセイバーもそうだ。植物と同じ向きに立っていた。

 

二人の間、少し離れた場所に誰かが立っていた。凛より随分背は高いが同い年だと分った。ロングコートに隠した野暮ったい恰好に見覚えがある。だがその風貌に見覚えがない。桜と同じ髪の色、桜と同じ肌の色、桜と同じ瞳の色、もっとも魔眼殺しを掛けていてはその奥に灯る色など分りようもない。あれは誰だ。そこでようやく凛は現に帰った。

 

ガバリと起き上がれば、彼女の周囲一面は、爆撃でもされたのかと疑いたくなる様な有様だった。桜の立つ位置を中心に、土が盛り返り、草木が倒れている。その影響半径は野球場程もあった。

 

アインツベルン城を崩壊させたあの爆発の再現かと思えば、桜の背後は何事も無かった様に佇んでいる。扇状の、もしくは半月状の、威力を持った何かの影響だと凛は推測した。巻き上げられた土砂と草木などが雨のように降り注ぐ。空を見上げれば、巻き上げられたそれらが、飛んでいる羽虫一群に見え、精神衛生上宜しくない。

 

「嬢ちゃん、無事か」

 

凛の傍らに立つのはランサーであった。立ち上がれば、視線の先に桜を左腕に抱いた真也の姿が見えた。理解が追いつかない凛にランサーはこう告げた。

 

「真也の技だ。それに襲われた」

「技って、どいう技よ、これ」

「真也の手刀が音速を超えて衝撃波を生み出した。それに魔力を乗せてこの威力って事だ」

 

見ればランサーもセイバーも宝具を構えている。二人は一撃をもってその衝撃波を断ち、各々のマスターを守ったのだった。筋力と耐久の差故、セイバーよりランサーの負荷が大きく彼はダメージを負っていた。おくびに出す彼では無かったが、治癒はせねばなるまいと凛は手早く呪文を唱え始めた。先手はセイバーであった。

 

「蒼月真也。聞いてはいたが想像以上だな。貴様人間か」

 

背後の士郎を庇いつつ、セイバーがそう問えば。

 

「お前たちが何処の誰かは知らない。なぜ士郎と凛、その二人と一緒にいるのか、何故ここに居るのか、その理由も問わない。ただ妹にしでかした落とし前は付けさせて貰った。これ以上続ける気は無い、退け」

「……そうか」

 

彼はもう桜と凛と士郎の事しか覚えていなかったのである。桜はとても自然な状態で兄にしな垂れかかっていた。彼女を守ってきた絶対の安心がそこに有ったからである。

 

「嬢ちゃん」

「少し待って」

 

真也は3人以外覚えていない、その事実にこれは困ったと凛は呻いた。計画のことを覚えているのか、ここで決着を付けるべきか、ランサーの決着を付けるという願いもある。探らねば。背後を探ればライダーの起き上がる気配があった。彼は手加減をしたらしい、トラウマは有効だ。

 

凛は歩み寄る。慎重を期せねばなるまい。凛に反応すれば、桜の破滅と凛の生存に挟まれていることになる。ならば、計画の詳細を忘れていようとも、桜を助けたいという根幹は覚えているはずだ。

 

「良いご身分ね真也。真打ちは後から登場って訳?」

 

凛の声を聞き、姿を認めた彼は、強ばった。顔も苦痛に歪めている。彼は姉妹に挟まれている、ならば打つ手はある。凛は歩みを止めた。これ以上近づいては彼の進行を早めてしまう。

 

「兄さん、下がりましょう」

 

態勢の立て直しだ。アサシンの回復を待ち、兄の症状を促進させ記憶を消す。セイバー、ランサー、ライダーを手玉に取ったこの兄がいれば何を恐れることがある。天の杯は殲滅させた後でも構わないのだ。

 

「姉さんなんかと話しては駄目です」

「黙ってなさい、桜」

 

凛は真也の死を意味する眼を躊躇うこと無く見据えた。受け入れた。

 

「良い? 色々言いたいことはあるけれど。これだけ伝える。全力で掛かってきなさい。アンタの全部ねじ伏せてあげるから」

 

凛の堂々とした、さも当然と言わんばかりの有り様に彼は笑みを堪えられない。

 

「おかしい事言った? 私は宣戦布告したつもりなのだけど 」

 

彼女のその物言いは、できの悪い弟を余裕を持ってあしらう姉の姿であった。

 

(こうこないとな。遠坂凛はこうでないと頼った甲斐が無い)

 

挑発めいた妹の姉に、彼は唇の動きだけで助けを乞うた。

 

“二人で待ってる”

 

凛は無言で頷いた。

 

「……っ!」

 

真也が突然うめき声を上げた。心臓を抱え、蹲ったと思えば、気を失っていた。口から逆流した血は、嘔吐のように大量であった。眼、耳、鼻からも血を滴らせていた。兄に縋り付く桜は労りを見せたが、凛はその意味を理解していた。

 

「大丈夫ですか、兄さん。可哀想に、姉さんを見たからですね。ここに用はありません。もう退きましょう」

 

凛は怒りを食いしばる。彼女はそれを微塵も隠さない。

 

「桜、アンタ。ワザとやったわね」

「大聖杯でお待ちしています。決着を付けましょう?」

 

桜は分かり合っている姉と兄が不愉快極まりないのだ。

 

(絶対に許さない)

 

それはどちらに向けて放たれた呪詛なのか。

 

 

◆◆◆

 

 

二人が消えた後イリヤが現れた。彼女は様子を伺い隠れていたのである。イリヤと凛が全員に治癒を施した頃、既に陽は落ちかかっていた。森の外に控えて居るであろう舞弥に無線で状況を知らせた後、彼らはアインツベルン城の瓦礫の中で一夜を過ごす事にした。追撃を掛けたかったが、休息が必要なのは士郎たちも同じだった。初めての固有結界展開で彼は憔悴していた。幸いな事に彼は彼のままだった。

 

機能を維持している部屋を見つけた彼らはそこを一夜の宿とした。部屋の片隅には石油ストーブが煌々と灯る。それは城の倉庫から持ちだした物で、破損していたが士郎が修理したのであった。

 

その部屋にはベッドが二つ。イリヤと士郎は早々に寝息を立てていたが、凛は中々寝付けない。アーチャーの“達者でな”という最期の言葉が心に残る。彼のその言葉に含みはない、その確信はあったが凛はそれを素直に受け取ることが出来ないのである。

 

むくりと起き上がり部屋の扉を開け、一歩踏み出した廊下は吹きすさんでいた。隙間風どころではなく、正真正銘冬将軍である。起きがけの身体にはその寒さが堪える事この上ない。身を震わせながらも風上に視線を走らせれば星空が見えた。そこは廊下の終点であり、崩壊した城の断面でもあった。

 

その展望台に居るのはセイバーである。崩れた壁のなれの果てに腰掛け、残っている壁に背を預け、立てた片膝を抱えていた。青い装束姿で鎧を解いていた。その碧の瞳に映るのはもちろん星々であった。

 

「まだ受肉を迷ってるの?」

 

凛は羽織ったコートの襟を立てるとセイバーの横に立ち、セイバーと同じようにその光景を見た。朽ちた廃墟の空には星々が煌めき、それは存外美しかった。廃墟に美学を感じる種族はそれ程多くなく、英国と日本ぐらいの筈だ。太古とは言えブリテンは英国。セイバーもそれを感じているのだろう、それに思い至れば二人がシンパシーを得てもやむを得まい。

 

「理屈では決まっています。私は彼に借りがある。その彼にそう頼まれた以上断る術は無い。なにより、それは私の望みでもあるのです。シロウを見届ける事が出来る。そして、受肉し天寿を全うした暁にはカムランの丘に帰る、それはキャスターの保証付きだ。何から何まで、お膳立てがされている。なのですが、」

「その気持ちは分る。素直に受け取れられない、って事でしょ? 美綴さ、綾子の気持ちが分るわ。私に酷い事して、計らずとも私に更に酷い事させて、許すから許してくれなんて。そんなのズルいじゃない。どうすればいいのよ」

「リンはどうするつもりです」

「多分セイバーと一緒。色々言ってはみたけれど、不安はある。ちゃんと話してみないと分らない」

 

夜の冬風に吹かれ、星に願いを馳せれば、いつしか相応の時間が経っていた。

 

「リン、明日は決戦です。備えて下さい」

「そうするわ。セイバーも程々にしておきなさい」

 

凛が消えた後。

 

「今夜の星は妙に騒がしい」

 

セイバーの漏らした呟きは、星空に消えていった。翌朝。大空洞にて待つ、という書き置きを残してイリヤが消えていた。アサシンのスキル気配遮断である。桜はアサシンの回復がてら待機させ、虚を突き攫ったのであった。

 

 

 

 

 

つづく!

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