冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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49 大聖杯決戦編1

アインツベルン城で一夜を明かした、士郎ら一行は柳洞寺に辿り着いた。イリヤの安否に不安が募るが、急いては事をし損じると己を言い聞かす。イリヤと士郎を繋ぐパスは健在、それは彼女が無事である証だが、相手は己の兄にあそこまで強いる妹だ。安穏とアテに出来る状況でも無いだろう。

 

この地の管理者である凛に導かれるまま、参道を登り、途中で道を外れ、草木が生い茂る道無き道を暫く歩けば、大空洞へ繋がる入り口に辿り着いた。

 

「士郎。私はここまでだけれど、存分に気をつけて」

「安心してくれ。皆で帰ってくるよ」

 

舞弥は子を強く抱きしめるとその頬に唇を添えた。

 

「セイバー、この子をお願いします」

 

彼女は強く頷いた。

 

 

◆◆◆

 

 

新都に聳えるセンタービルは、冬木市でもっとも高いビルだ。オフィス、ホテル、レストラン、様々なテナントが収まり、祝祭日ともなれば人で賑わう。その多目的高層建築ビルの屋上に二人の人物が立っていた。一人は女性、もう一人は男性である。屋上は関係者以外立ち入り禁止だが、二人はその様な決まりに縛られない存在であった。

 

女性は幻想的で時代めいた姿だった。纏う衣類は古式の衣装であったが、セージグリーンのスモックワンピースに似ていた。それは半袖で、スカートの丈は臑に掛かっていた。そして、武装である。

 

楔帷子の鎧を身に着け、纏う真朱色の外套は足下まで掛かり、左腕には丸みを帯びた逆三角の楯があった。右手には質素だが身の丈程ある槍を持っていた。頭に備えるハーフヘルムには鷲の翼が雄々しく広がっていた。

 

その女は30歳前後の容貌。真也より小柄で、桜より大柄だった。肌は白く、真也と同じ黒い髪。真也と同じ黒い瞳、真也に似た顔立ち、否、真也が似た顔立ちだ。

 

彼女に並び立つ男性の髪は白く染まる。それは老いの象徴であったが、今なお雄々しく力強かった。生やした髭は威厳の象徴でああり、事実彼はそれを有していた。纏う衣装は黒。古代の漢の衣装“円領袍”に似ていたが西洋の仕立てであった。還暦をとうに過ぎた外観年齢だが、秘める力は未知の世界の理。異星というより異星系。まだ幼年期に居る人類には届かない、遙か未来の常識を老人は体現している。

 

二人の視線の先には柳洞寺があった。一般人であれば輪郭は曖昧となり色褪せる距離だが、二人には明瞭に見えた。だが見定めている物はその奥、地下に鎮座する大聖杯である。高層ゆえ冷たい風が荒れ狂う。それをものともせず老人の声は強く重く響いた。

 

「ただ見ているだけかね」

 

その女性は三つに編み上げていた、長く黒い髪を風に揺らしていた。

 

「あの子らは未来を己の手で掴もうと足掻いている最中です。諦めたくは無い。今はただ見守るのみ 」

「諸々の道理を超える存在が、親であり家族であると私は思うがね」

「ロマンチストですね。その様な言葉貴方から聞くとは、それほど私をけしかけたいですか」

「世の中の理が全て理屈なら、これ程退屈なものは無かろう。正しい式も連ねすぎれば、己自身を縛り、停滞、そして無へと向かう。エラーとは存在の為に生み出された可能性なのだよ。君の子もその可能性なのだと私は思うがね」

 

淡々と語り合う二人は、視線を合わすことはおろか、交える事すら無かった。二人の距離は自動車1台分、それは好意的に見ても友好的な距離ではない。人が見れば、関わりたくはないが、関わらざるを得ない距離だと考えるだろう、少なくともその女性はそう思っていた。

 

「腕に相応の自負はありますが、被害を出さずにアレを仕留めるには少々骨が折れます。魔力供給の件、感謝の言葉もありませんが、人に説教を施すのであれば、その気分の悪い笑みを止めて頂きたい。正直に申し上げて不快です」

「君は人ではなかろう。遙か太古に大地から姿を消し、神秘によって復活した存在だ」

「直です。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。人と子を成した事が、正しい事かその回答が得られます」

「回答とは得るものでは無く作るモノだ。ま、君が干渉しては彼らの試練を台無しにしてしまうからな。躊躇うのも無理は無いが」

 

その老人の表情に変化は無い。だがその言葉調子は確かに上がっていた。

 

「しかし、君が我が子の為にと拾った娘がトオサカに連なる娘とはな。こうでなくては面白くない。君はその事を知っていたのかね?」

「いえ。桜を見た時ただ希望だと」

「見たまえ。あすこには混沌という名の希望がある。“我らの逢瀬”も確定された希望だ」

 

その時初めてその女の表情に変化が現れた。10人が10人声を揃え評する機嫌の悪さであった。

 

「度重なる皮肉と嫌がらせ、程々にしておく事です。今まで幾度となく繰り返し伝えしてきましたが、私にとって貴方は不愉快な存在です。不要な発言は慎んで頂きたい」

「私が贈った言葉で不要なものは何一つ無い。君のその癇癪を起こす直前の表情、私にとってはこの上ない楽しみなのだから」

「黙りなさい。このエロジジイ」

 

 

◆◆◆

 

 

士郎たちが侵入すると、暫くはトンネルの様な横穴が続いていた。トンネルと言っても相応に大きく、翼の無いジェット旅客機が収納出来そうな程の広さはあった。黙しながら歩く一行の静寂を破ったのは士郎であった。

 

「なあ遠坂。どうして桜は姉さんを攫ったのだと思う?」

「姉を直々に殺したいんでしょ。サシでね」

 

やっぱりか、と士郎は気難しい顔だ。単純に交渉のカードにしたいのだろうという彼の希望は藻屑と消えた。骨肉の争いもここまで拗れると感覚もおかしくなる。セイバーが繋いだ。

 

「私たちの分断を図る、その為のカードと言う事でしょうか」

「でしょうね。頭使ったじゃない、あの娘」

 

凛は冷静に見える。だが中身はどうなのか、ライダーはそれが気がかりであった。洞窟内を照らすヒカリゴケを便りに歩き続けること数刻。暗がりの中に人影があった。その人物は、歩く事も無く、構える事も無く、静かに佇んでいた。アサシンである。

 

ランサーを認めた彼は愉快そうに結んだ唇の端をつり上げた。ライダーとセイバーが己の武器を携えるが、それを制止したのはランサーであった。

 

「奴の狙いは俺の様だ。先に行け」

 

応えたのはセイバーであった。

 

「わざわざ一騎打ちに応じる事は無かろう」

「セイバーよ、思い出せ。どうして妹の嬢ちゃんはあのちびっ子を攫った? 応じなければ、つまり……そう言うこったろ?」

 

アサシンは沈黙を続けていた。つまり肯定と言う事だ。

 

「ランサー、済まない。借りておくぞ」

「おう。後でしっかり取り立ててやる」

 

皆がアサシンのやりすごさんと、警戒しつつも歩み始めた。最後まで残ったのは凛である。契約期間は浅くとも、彼女はランサーのマスターなのだ。最後まで残るのが筋だろう。なにより、もう会えないかもしれないのだ。彼が告げた言葉は凛にとって意外な事であった。

 

「嬢ちゃん、あのバカには追跡用のルーンを刻んだ石を渡してある。キャスターに話を通しておいた。見失ったら辿れ」

「ランサー、少し耳を貸しなさい」

「あん?」

「ありがとう。貴方が居てくれて良かった」

 

頬に感じた柔らかい唇の感触。マスターの待遇にランサーも満更ではないと、屈託の無い笑みを浮かべた。

 

「言っておくが、餞別にはならねえぜ?」

「馬鹿ね。これは足止めの報酬よ。良く聞きなさい。マスターとして命じる。アサシンを倒して駆け付ける事。アンタには特別製の舞台を用意してるんだから」

「扱き使う主って事は身に染みてる。さっさと行きな。嬢ちゃんにも大仕事が待っているんだろ?」

 

彼女は笑みを浮かべると、そのまま洞窟の闇の中に消えていった。ランサーは槍を一回し。ヒュンと鋭い風鳴りがある。

 

「さて、お出迎え痛み入る、と言いたいが亡霊が一体俺に何の用だ」

「これは奇異な事を言う。お前は我らが生者だとでも思ったのか。我らは手違いで、呼び出された彷徨う者に過ぎぬ。この地に生きる者とは根本的に異なる、お前がそれを知らんのか」

「四の五のうるせえよ。其処をどけ。俺は急いでいる。電車の停車時間は短い」

「そう言う訳にはいかん。主の命でお前を真也殿に会わせる訳にはいかんのだ。そう厳命されている」

「そういう事かよ。聞きしに勝る兄思いの妹だな」

 

妙な脱力感に支配されつつも、ランサーは構えた。アサシンの足下を狙うその穂先は、諸々の全てをひっくり返す牙の様に、開戦の狼煙を待っていた。アサシンも背にある長刀を抜いた。闇属性に染まろうともその刀身は光を失う事は無い。その様を例えるならば、真夜中の三日月である。彼が手にする刃はただの刃。主が闇に染まろうとも変わる事は無いのだ。

 

「はて、私が聞いた理由と異なる様だ」

「あん?」

「出来の悪い兄には仕置きが必要だと、ランサーとの決着など許るさんと聞いている」

 

相応の鋭い笑みを見せていたランサーであったが、一転、憮然とした表情となった。それでも構えを解かないのは、目の前のアサシンが油断なら無い為である。

 

「ったく、あの野郎。また怒らせやがったな。決着を付ける気があるのかないのか、問いたださねえとな」

「それは私も同じ事だ。セイバーを待たせている故、ゆるりとしておれん」

「はっ、セイバーに粉を掛けやがったか。見た目の堅さの割に気が多いじゃねえか」

「合戦上に一片の華が咲くならば、心奪われる事もやむなし、そうは思わんか」

 

アサシンの構えは刺突、雄牛の構えに似ていた。極限にまで鍛え上げた刀身が瞬けば、月光を浴びて瞬く水面が浮かび上がる。

 

「言いたい事は分る。だが決着の舞台は先約済みだ。ご退場願うぜ」

 

アサシンの足下を向いていた穂先は、その心臓目掛けて疾走した。主の命に呼応する生き物の様であった。

 

 

◆◆◆

 

 

アサシンが手にする長刀はただの剣である。魔槍ゲイボルクとまともに打ち合えば、ダメージは免れない。刃が欠けるで済めば御の字だろう、最悪は折れかねまい。従ってアサシンは、敏捷性と卓越した剣技を生かし、ランサーを迎え撃つのである。彼の剣技は随一だ、些細な隙であろうと見逃さない。

 

相対するランサーの得物は槍。剣と槍の相違点は基本的に間合いである。当然槍の方が長く有利だがアサシンの得物は長干竿、間合いはほぼ互角となるが、それでもなお有利な点が二つあった。長刀は基本的に末端の柄を持ち手とするが、槍は穂先以外全てが持ち手だ。つまり、棒として扱えると言う事である。何より槍は剣より重い。ランサーは大ぶりを避け、小刻みに小さく攻める手段を選んだ。小さい突き、小さい振りであれば切り返しも容易で不測の事態にも応じやすい。振りが小さい分その威は落ちるが、それを補うのが持ち手の柔軟さと重さという槍の特性である。

 

二人が戦うのは初めてであるが、黒アーチャー戦をアサシンは見ていた。ランサーもまた、セイバーから情報を得ていた。互いに手の内も、奥の手も露見している。初手から奥の手を持ち出せば、その結末はどうなるか分らない。何より二人は武人だ。真っ正面より打ち合った。

 

ランサーは柄の中程を持ち、間合いはミドルレンジ。狙うは突きから薙ぎの連携である。アサシンが右に避けても左に避けても、その穂先はアサシンを捕らえるだろう……その筈だった。

 

突きを躱されたところは良い、薙ぎに繋げれば、アサシンの身体に穂先が追いつかない。回り込まれる様はスローモーションの如く。アサシンの敏捷はA++、ランサーはA+、1ランク上だ。歩術も加算されアサシンの白刃がランサーの首に近づいた。ランサーは追撃も迎撃も諦め、そのまま走り抜ける事にした。

 

本能的に穂先を下げ、末端の石突きを上げた。赤槍は、ランサーの首を狙うアサシンの太刀筋を阻み、打ち合い厳禁のアサシンは刃を引いた。ランサーの首を諦めざるを得なかった訳だが、それはこの瞬間の話である。

 

文字通り切り抜けたランサーが慌てて切り返せば、目の前にアサシンの姿があった。追撃を掛けられたのである。防御も回避も攻めもままならないタイミングだ。ランサーは仕切り直しだと、迫る刃に踏み込んだ。重い槍を抱えて動いては機会を逸する。踏み込みに於いて彼は右手にある槍の質量を、踏み込みつつ腕を伸ばした。慣性保存の法則だ。重い槍の質量を壁になぞらえて、手で押したとも言い換えられようか。

 

ランサーは左肘をアサシンの胸に打ち込んだ。それの持つ意味はカウンターである。舐めるな、とランサーが心中で吠えた事と、アサシンが大きく飛び退いた事は同時であった。手応えが軽い。

 

ランサーが構え直した時には、アサシンもまた構え直していた。つまり。生き残る為の本能衝動であったランサーのカウンターを持ってしても、アサシンは捕らえられなかったのだ。アサシンまでの距離は自家用車3台分。倒せなくともダメージを期待したランサーであったが、それもままならないとあっては不満の一つも溢したくなる。

 

「チッ、やるじゃねえか。身体を捻らせ威力を削いだ。その姿勢で更にバックステップ、お前の身体捌きは尋常じゃねえな」

 

垂らした前髪越しに見えるアサシンは非道く機嫌が良い。此度の追撃でランサーを討ち取っていた筈であったのだ。いずれにせよ、小手調べはここで仕舞いだ。

 

「流石ランサーの位を頂く者、と言ったところか。美事なものよ。これ程の手練れとは思わなかったぞ」

「手を抜いてたって事かよ。大した余裕じゃねえか」

「急くものではない。私はお前を称賛しているのだ。脚捌き、身のこなし、手遣い、槍の使いこなし、どこを摘まんでも不満が無い。思うがまま剣舞に興じたいが、主の手に落ちたこの身とあっては、我が太刀筋もいずれ見切られよう。それは少々困るのだ」

「回りくどいぜ。決着を付けたい、そう言いな」

 

アサシンはこの時初めて構えらしい構えを見せた。

 

“燕返し”

 

セイバーから聞いていた通りの構えだ。一の太刀、頭上から股下までを断つ縦の斬撃である。二の太刀、一の太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡を持つ斬撃である。三の太刀、左右への離脱を阻む払いの斬撃。その三太刀が同時に襲い来る“多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)”それにアサシンの敏捷が加われば、如何にランサーとて打つ手が無い。

 

「前もって伝えておこう」

「イチイチうるせえよ。この間合いは俺のゲイボルク(宝具)の一歩外。だが、お前の脚と技、その長刀を持てば、お前の間合いだ。言われなくても分ってる」

「さて、ランサーよ。この果た死合い、断ってなどくれるなよ?」

「追い詰めておきながら、その是非を問うとはお前も意地が悪い……良かろう。受けて立つ」

「礼を言うぞ、ランサー」

「構うな。ここまでお膳立てされたあげく、逃げたとあっては師に顔向けが出来ん、それだけだ。だがお前が奥の手を出す以上俺もまた死力を尽くす」

 

ランサーが指を宙に走らせ描くルーンは、アルギス、ナウシズ、アンサス、イングス……四肢の浅瀬(アトゴウラ)である。宙に刻まれる北欧の文字、アサシンは警戒の前に興が募った。

 

「ほう。奇術を使うか。まやかしの類いであっても美しいものよ。やはり筆ぐらい持つべきであったか」

「奇術を使うのは貴様も、同じだろうが」

「それを言われては耳も痛くなる。かまわん。幾らでも何でも使うが良い。お前の槍が届く前に仕留めるならば、なんら変わりはしないからな」

 

真紅の槍を構えるランサーの重心は前のめり。躱す事も防ぐ事も考えない、狙うは首級、ただ一つ。そしてそれはアサシンも同様であった。互いの鼓動すら聞こえそうな、沈黙を破ったのはアサシンの意外な言葉であった。

 

「実を言うとな」

「あん?」

 

一触即死の緊張に水を差されたと、ランサーは気分が悪い。

 

「主の兄殿と剣を交えてみたかった。かの御仁も凄腕の剣客だからな。セイバーも優れた剣士だがその太刀筋は剛、剣技の応酬という意味に於いて少々ものたりんのだ。転瞬に満たぬ間に、繰り返される剣技の応酬、剣閃の瞬き。それに想いを馳せれば心が震える。生と死の間隙に身を置けばさぞ愉快であろう」

「そら気の毒なこった。味方、それも主人の兄となれば叶わぬ願いだ、諦めろ」

「主はこう言った。ランサー、お前を倒した暁には死合を認めよう、とな」

 

その言葉を聞いた彼はもう一つルーンを描いた。それはアトゴウラとは別口である。

 

「用意は済んだぜ」

「いざ」

 

二人の心の臓が、一つ強く拍った。

 

 

◆◆◆

 

 

アサシンのそれは神速の踏み込みである。その速さを例えれば、その身体が描く線、つまり輪郭が曖昧になる程だ。鉛筆で描いた線を、擦りぼやかした様とも言えようか。その身体捌きが加われば、太刀筋など追えよう筈が無い。

 

アトゴウラによりランサーはアサシンと同等の早さとなったが、ランサーの槍が如何に鋭くともその攻撃は一条。三の太刀を繰り出す燕返しを躱す事など不可能だ。ならばその威を削ぐより他は無い。

 

二人の刃が邂逅する刹那、足下より炎の柱が立ち上った。それはランサーが追加で描いたアンサス(火)のルーンである。二人の踏み込みにあっては、発動直後のアンサスなど微々たるものだ。だがランサーの搦め手は、アサシンにとっては意表を突かれた事に他ならない。相撲で言うところの猫欺しだ。湧いた炎によってアサシンの踏み込みに陰りが生じれば、ランサーは構う事なく火焔に踏み込んだ。

 

アサシンに迫る者は牙を剥くランサーである。さてなんとする。躱し、次手を考慮していては勝算は極めて低い。脆いその身ゆえ炎に捲かれれば、敏捷性は失われよう。瞬時に決断しアサシンは燕返しを打った。彼の手にする長刀が光を放つ。

 

ランサーが手にする真紅の槍は、炎に捲かれつつもなお赤かった。互いの剣戟が交差した刹那。勢い余りランサーは前のめりに転倒した。その痩躯の腰と肩は深く引き裂かれていた。左肩から縦に裂かれた傷は致命傷、霊核である心臓を断っていた。だがどうした事か。彼の手には槍が無い。何処へ行ったのか、そう視線を走らせれば、アサシンの様子がおかしい。彼は腹から赤い棒を生やしていたからだ。

 

「かはっ!」

 

アサシンは吐血と共に、彼の腹を貫いた棒を握った。それはゲイボルクであった。ランサーは緻密な槍捌きを犠牲にし、ただ貫く事のみを狙った。心臓は外れていたがそれで十分だ。アサシンの耐久はE。ゲイボルクのダメージは彼の機動力を大きく削いだ。尚且つ、火焔に捲かれるその身は急速にダメージを追いつつあった。

 

うめき声を上げ、腹を貫いたゲイボルクを抜こうと試みるも、力が入らない。この場を離れるべきだ、と歩むもそれもままならない。よたよたと歩むも、火焔の急激なダメージで等々脚から力が抜けた。膝立ちするアサシンの目の前には、文字通り獄炎が広がっていた。陣羽織が燃え炭になり、髪が燃えれば、その灰は炎が起こした風に塗れ宙を舞った。手足など焼け焦げ見るも無残な有様だ。炎に塗れ為す術がない、とうとう彼は終いを受け入れた。膝を着いたアサシンは、少し離れた背後に居るであろうランサーを見定めもしなかった。

 

「ふ、槍術を極めた武士(誉れ)だと思えば、とんだ奇策師であったか。我が眼も曇ったものだ」

 

炎越しに見える槍兵は血を吐き、確定された死が生み出す苦痛に苛まれながらも、尚立ち上がる。今までもそうで有った様に、これからもそうである様に戯けて見せた。

 

「悪いんだけどよ、子供の喧嘩に首を突っ込む困った大人の末路としては、この当りが落としどころだと思わねえか? なんつーか、そう。大人の義務って奴だ」

「セイバーに感謝するがいい。刀が歪んでいなければ、今こうして見届ける事は叶わなかったのだからな」

「負け惜しみにしちゃイケてねえが、感謝するぜアサシン。兄を仕留めても良いという、お前の一言で頭が冷えた」

 

アサシンは負け惜しみを吐いた己を恥じるのみである。

 

「……躯だけではなく魂もあの娘の深みに囚われていた、と言う事か。お前の勝ちだ、ランサー」

 

その言葉を残しアサシンの身体は火焔の中に崩れ去った。満身創痍のランサーは洞窟の壁に背を預けた。見上げれば、炎に炙られ全てが揺らいでいた。

 

「くそったれ、最後の最後で運がねぇ。人生上手くいかないってのは本当だ。全力戦闘したかったが大人の責務とあれば、しゃーねーか。ガキどもを引っかき回したその後始末はしねえとな」

 

己を嘲笑しつつも、不思議な事に満たされてもいた。綺礼にバゼットを奪われ、不満だろうが仕事はきっちりこなす事は当然だと死闘は半ば諦めていたが、情という軽薄な掛け合いをしながら、死闘に身を投げたバーサーカー戦は実に楽しかった。それを思い起こせば、自然笑みが溢れた。

 

「あばよ、真也。しっかりやれ」

 

彼は最期まで、死してなお膝を折らなかった。

 

 

 

 

 

 

つづく!

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