冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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50 大聖杯決戦編2

「きついわね、これ」

 

凛が誰に言うとでもなく呟いた。洞窟には生々しい生命力(魔力)が溢れていた。活気に満ち、生を謳歌しようとする誕生の空気に士郎も過食症気味だ。堪えながら暫く歩けば大きく広げた空洞に出くわした。学校のグラウンド程の大きさはあった。見上げれば闇に霞み見えないが、天井まで10メートルはあろう。突然先鋒のセイバーが足を止めた。愛剣を構える。

 

「下がっていて下さい。居ます」

 

彼女の声に震えは無かったが緊張はあった。殿を務めていたライダーの鎖が音を立てる。士郎には何も感じられなかったが、何か居る事だけは直感で理解出来た。例えるなら、真夜中の森を逃げる感覚だ。振り返ってもなにも見えない、聞き取れない。ただ、何かに狙われているという、確信のみあった。

 

突然、視界が強い光で染まる。それはアーク溶接機の光にも見えた。稲光は少し大げさかもしれないが、とにかく強い魔力同士が、接触反発しあう光だという事が分った。何事かと思う前にそれは、何の前触れもなく鎮まった。視力が戻った頃見える物は、唸りを上げるセイバーの風王結界のみである。士郎が問いかける前にセイバーは応えた。

 

「強襲されました」

「強襲?」

「はい、あの男の拳です」

 

士郎は魔術をもって視覚を強化する。左右に視線を走らせれば、暗闇の中、行く手を遮る様に二つの蒼い光が浮かんでいた。ランサーと別れた士郎たち一行を待ち受けていたものは、この計画に於いて最大の障害となる人物であった。ダークグレイのコートを纏い、だらりとぶら下がった拳は蒼白く光っている。魔力を籠めている証だ。その人物は無手、そして魔眼殺しは掛けていなかった。それを確認したセイバーの声は幾分明るかった。

 

「朗報ですシロウ。拳では死の線は切れない、点は突けない。これは切り口となります」

「トラウマか」

「恐らく」

 

漂う致死の緊張感、それをものともせず凛はセイバーの一歩前に歩み出た。

 

「来たわよ真也。いきなりご挨拶じゃない?」

「……」

「何か言ったら? 直接話すのは久しぶりなんだから」

 

様子がおかしい。セイバーが凛の前に一歩出た。彼は凛に向かって確かにこう告げた。

 

「誰だお前は」

 

その最悪の展開に凛は息を呑んだ。皆にとっても、凛にとってもだ。静かに告げるライダーの心境は、近しき人に余命を告げるそれそのものだ。

 

「彼女が遠坂凛です」

「そうか。それは失礼した。ここを通す様に言われている。その気があるなら通れ。なにもしないなら手は出さない。ただしその娘以外は駄目だ。俺の許可無く、ここを通ろうとする者は一切の希望を捨てろ」

 

一拍。理解出来ない沈痛な空気に真也が戸惑えば、更に困惑した。

 

「あぁ、もう。絶対泣かない、そう決めてたのに……これは来たわ」

 

目の前の遠坂凛という少女が、突然涙を溢した為である。彼女は何時もの様に不遜な笑みを作ろうとしたが、生憎と涙は止まらなかった。彼女は一歩踏み出すと、両手を胸の前で組んだ。祈りでもあり、懇願でもあった。

 

「アンタって私を泣かすのが趣味なのね。ねえ、真也。覚えてる? アンタは私に出会うべきではなかった、そう言った。でも私たちは実際に出会って、例え嘘だろうとアンタは告白までしたの。嘘でも私は嬉しかった。責任を取らせる、そんな陳腐な台詞は言わない。でも、無かった事になんてさせないんだから。させてやるもんですか」

 

目の前の同年代であろう少女が、何を言っているのか。彼にはとんと理解出来ない。当然だ。彼の記憶は凛と出会う前まで巻き戻されている。だが、今にも泣き崩れてしまいそうな少女の姿を見る事はとても辛かった。幾ら考えても記憶を探ろうとも、その理由が分らない。ならば対応は一つのみ。心当たりが無い以上、ダメージは避けるべきだ。だから彼はこう言い放った。

 

「俺はお前を通せ、とだけ言われている。それ以上近づくならば敵対行動と見なす」

 

彼は心臓を抑えた。

 

「お前は俺にとって災いだ。とっとと失せろ」

「っ!」

 

余りの衝撃に身体が硬直し、歩みも止まる。唇が震え出す。

 

「先に行ってくれ遠坂」

「でも、」

 

凛の感情を抑える堰は決壊寸前だ。気を抜くとなし崩しに成ってしまいそうだった。士郎の気遣いが無ければ、事実そうなっていただろう。

 

「大丈夫だ。この馬鹿はボコってふん縛って、遠坂の足下に跪かせてやる。こいつは遠坂の事を忘れてなんか居ない。辛いから思い出したくないだけだ。文字通り胸を痛めてる、だから行ってくれ。その代わり、姉さんを頼む」

「……ごめん」

 

凛は真也の横を脇目も振らず駆けて行った。真也は嘆きを堪える彼女を見向きもしなかった。空洞を後にし、暫し走ると再び洞窟になっていた。足はいつしか歩みに成っていた。歪む唇を堪える為に強く食いしばる。強く握った拳の甲で涙幾度となく拭うが、生憎とどれ程拭っても収まりそうに無い。胸裏に思い出したくないビジョンが蘇る。それは別れを告げられ、彼の家を飛び出した記憶だ。何故二度もこの思いをしなければならない。よりにもよって同じ人物からだ。

 

「最ッ低!」

 

桜なのか真也なのか己なのか。ここに居ない誰かか、それともどこかの何かなのか。その言葉は誰に向けて放たれた言葉なのか、彼女にも良く分からなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

縁深い二人の最低最悪の再会に気を揉みながらも、二人のサーヴァントと一人のマスターは戦の準備を始めた。

 

「シロウ、下がっていて下さい」

 

士郎は素直に下がった。真也に思うところは色々あるが、真っ向勝負できる相手ではないのだ。セイバーが主が下がった事を確認すれば、ライダーは並び立っていた。

 

「ライダー、あの男の敏捷はアサシンと同クラスです。加えて筋力は今の私と同等です。案はありますか?」

「ええ」

 

幾つかの言葉を交わすと二人は、構え、真也に対峙した。それは同意を意味するジェスチャーである。

 

「では手はず通りに」

「セイバーに伝えておきたい事があります」

「なにか?」

「そろそろ名前で呼びなさい。あの男呼ばわりは不愉快です」

 

「ライダー、貴女の物言いは保護者の様だ。今までそうしてきたのですか?」

「冗談を言っているのではありません」

「ではアオツキと」

「それではサクラと被ります」

「……シンヤと」

 

真也VSライダー&セイバー&士郎、この対戦カードはセイバーとライダーが主力となる。

 

真也の脅威はとにかく速度だが、舞台は広大で一様なフィールドである。障害物も無く、立体機動は不可能。天井は10メートルもあり、それを足場にするには少々高すぎる。アサシンの様に見切りに対するスキル(宗和の心得)は無い。出発点と移動速度が分っているならば、対応は可能だ。加えて無手である。

 

セイバーは多少ではあるが苛立った。彼は本当に負けるつもり、否。倒させるつもりでで挑んだのだ。もしこの試練を突破し、友になり得たのであれば、己の命を粗末にするなと、一言言わねば成るまい。“遠坂”を前提とする彼にそう言ったところで届かないかもしれないが、それはそれだ。

 

ライダーの心境は更に複雑だ。拳では魔眼を活かす事ができない、彼はそれを知っていた筈だ。魔眼殺しは魔眼を防ぐ礼装でもある。それでもなお魔眼殺しである眼鏡を取り払っていた事は、彼の置き土産に他ならない。それを悟ったライダーは怒りと悲しみと憤りに支配された。鉄杭を握る拳が力で奮える。

 

誰がこの姉兄妹をここまで追い込んだ。その想いがこみ上げ、形となった。

 

「シンヤ、今助けます」

 

彼女は魔眼殺しを取り去った。一人立つ真也に対し、セイバー、ライダーは散開せず並んでいる。イリヤをマスターとしたセイバーに、真也の超音速斬撃(かまいたち)は効果を持たない、それは先のアインツベルン戦で判明済みである。だが扇状に広範囲攻撃出来るそれは、耐久が低いライダーには分が悪いのだ。彼が左右の拳に魔力を籠めれば、エネルギー密度の余り大気に干渉し、プラズマを起こしていた。

 

彼が持ち得る手は接近戦のみである。障害物が無い以上、セイバーとライダーが飛び道具を用いた場合、回避し、虚を突き、攻める。これは当然の結論であった。そう判断した真也は二人に対し真っ直ぐ踏み込んだ。その結末は自明の理である。彼は彼女の魔眼を見てしまったのだ。

 

ライダーが誰なのかもう覚えていなかった彼は、セイバーを眼前にして石化の魔眼“キュベレイ”に囚われた。距離が相応にあった故、石化には至らず重圧に収まったが、高速機動中に於いてその急変動は致命的である。突如己の身体が鈍くなり、その脚はもつれ姿勢を崩した。彼の目の前には構えるセイバーの姿があった。彼の速度は速すぎたのである。修正を行おうと思えば、既に敵の目の前だった、と言う事だ。

 

真也を迎え撃つセイバーの剣には躊躇いがあった。力加減をどうすればいい? 弱すぎても強すぎても駄目だ。目的は無力化である。心臓を破壊、その後凛の元へ運ぶ事である。真也の拳はまだ威を失っていない。それを喰らえばセイバーとてただでは済まないだろう。

 

真也の拳は薙ぎの太刀筋、つまりフックだ。セイバーが刺突をもって彼の心臓を狙えば、彼女自身が致命的なダメージを受ける恐れがある。やむを得まい。キャスターが居るのであれば、多少の怪我はどうにでもなろう。そう覚悟を決めた彼女は11時から5時の方向へ、刃を疾走させた。打ち下ろした彼女の愛刀に手応えがあった。

 

それは刹那の事。

 

セイバーをやり過ごした真也は転倒し、勢いを維持したまま地を這った。その様は胴体着陸に失敗した旅客機そのものだ。転がり、弾み、頭を岩場に打ち付け、胴体より伸びる“3肢”に力は無くデンデン太鼓の様に暴れ縺れた。

 

空洞内を響き渡る音が収まった頃の事。真也の出方を伺うセイバーの足下には彼の左腕が落ちていた。二の腕の途中から、左指先まで。それは彼女が斬り落とした、彼の落とし物だ。そのセイバーから自家用車2台分離れた所に立つライダーは、不満をありありと浮かべていたが苦情は申し立てなかった。やむを得ないと渋々同意だ。彼女の瞳は離れた所で蹲る彼の身体に注がれていた。急がねば。拘束し心臓を破壊しようと、セイバーとライダーが踏み出せば、

 

「投影開始(トレース・オン)!」

 

どうした事か、背後にいるであろう彼女の主は臨戦状態だ。彼女は直感的に己の死を感じ取った。彼はその最悪な結末を打ち払うべく、投影した宝具を躊躇う事なく撃ち出した。それは音を超える速さで、駆けるライダーとセイバーの間を通り過ぎ、真也が蹲って居るであろう闇の中へ消えていった。なぜ追撃を? 過剰攻撃ではないのか? 彼女らの疑問が氷解するのに時間は掛からなかった。

 

直後、金属同士を激しく押しつけ、酷く擦り合わせた様な音が洞窟内に響き渡る。その音は甲高く、連なり、嫌に耳に付く。その音の発信源であろう場所には、鮮やかな火花が散っていた。

 

暗闇の中、その瞬きを浴びて人影が断続的に浮かび上がる。まさか。セイバーのその疑念は現実となった。ライダーも足を止め、憂いた表情を見せていた。3人の視線の先には真也が立っていた。その深い怪我にも関わらず彼の右手には士郎が撃ち出したグングニルが囚われていた。火花とは、射出された神槍を拘束する為の魔力の反発であった。

 

 

◆◆◆

 

 

そう言えば、士郎と真也は良く分からない連帯感を持っていた、ライダーはそれを思い出した。そういえば、第4次でランスロットも宝具を掴むという芸当を見せていた、セイバーはそれを思い出した。

 

「済まない二人とも。刃物を奪われた」

 

下手に近づき二人の制限となってはならない、士郎は失礼とは思いつつ、離れた所から謝った。

 

「構いません。逆に私たちが礼を言わなくてはならない程です。あのまま無防備に歩み寄っていては逆に倒されていたでしょうから。だがこれで魔眼が威を持つ事になる。戦術を変えねば成るまい、」

 

そう言いかけたセイバーは一つの事実に気がついた。左手を欠いた以上、真也は右手のみで槍を持っていた訳だが持ち方が熟れていない。トリスタンやパーシバルなど己を含めて、円卓の騎士の中にも槍を扱う者は大勢いたが、その様は明らかに劣っていた。というよりその様は未経験者そのものである。

 

「ライダー、シンヤは槍を使いますか?」

「いえ。剣のみの筈です」

「シロウ、あの投影品の維持時間を教えて下さい」

「物にも寄るけれど5~7分。負荷を掛ければ当然早く壊れる」

「生兵法であるならば、必要以上に案じる必要は無いでしょう」

 

だがセイバーには気がかりが一つあった。彼女は真也の傷を見るとこう告げた。

 

「手当は良いのか。私が言及できる立場ではないが、その傷は相応の筈だ」

 

セイバーが負わせた痛みは相応の筈だが、目の前の人物は意にも介していなかった。胴と左腕、断たれた傷口は健在だが出血は治まっていた。それは先日のこと。彼自身の魔術回路を用い桜が強引に再生した影響で、僅かであったがその使い方を覚えたのであった。目を凝らしてみれば、ゆっくりとだが癒着が始まっている。

 

「お前たちが気にする事ではない」

 

彼は淡々と言い放った。彼女らは助けに来たのだ。非常に気にする事なのだと、不満も募る。

 

「ライダー、魔眼の効果を教えて頂きたい」

「重圧は維持しています」

 

敏捷はライダーと同等、筋力はセイバーの1ランク下だ。ライダーは注意を真也から逸らしていないが案配が難しい。近すぎれば石化が始まってしまう。

 

「ライダー、方針の変更を提案します」

「分りました。ランサーと戦った時の様にペアを組めと言うわけですね」

「不服ですか」

「当然でしょう。私は貴女が嫌いですから」

「それは結構だ。後は仲良くなるだけだからな」

 

本当に凸凹コンビだ、士郎はそう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

かつてライダーとセイバーの二人は、ペアを組みランサーを相手に戦った。つまり経験者という事だ。事実コンビネーションは悪くない。真也に対し二人は距離を詰めたが、真也は待ちの姿勢である。ダメージにより機動力が落ちているならば当然の選択であった。

 

先手はライダーである。彼女が手に持つ鉄杭の間合いは中間距離、真也の外だ。打ち込まれた鉄杭を、真也は槍を振り弾いた。セイバーはそれに構わず距離を詰め続ける。ここまでは予定通り。ライダーは距離を微調整しつつも、鎖を手繰り、波を生み出した。弾かれたはずの鉄杭(重り)を基点に振れた鎖は、蛇の様にうねり真也を絡め捕った。 ライダーは鎖を引き、真也のバランスを崩せば、彼の目の前にはセイバーが居た。彼に向けて疾走する風王結界はフェイント。彼はライダーの力に逆らわず、それを利用し逆に踏み込んだ。クロスレンジ。彼は頭突きを打ち込もうとしたが、その状況に於いてはセイバーが有利であった。彼女の柄が彼の鳩尾を捕らえる。カウンター成立だ。

 

「ぐはっ!」

 

今の真也の耐久はB。セイバーの筋力はバーサーカーと同等のA+。カウンターの条件も相まって彼は血を吐いた。 内臓へのダメージ発生。だが与ダメージは不足だ、彼女の直感がそう囁いた。セイバーは真也を捕らえている鎖を掴むと、引き寄せ、振り回した。その様はドングリの笛である。済まないと一言詫びて、真也を足下の地面に叩き付けた。

 

そこは大空洞である。地面とは、軟らかい土では無く岩盤だ。その衝撃のあまり岩盤は絶えきれず、亀裂が入り、砕けた。破片が爆発的に打ち上げられた。その真也の様を例えれば鎚の頭そのものである。一拍。地を振るわす衝撃が収まっても、岩盤に打ち込まれた彼は微動だにしない。ライダーはやり過ぎではないのか、と案じた。これで終わればと念じたセイバーは、蹴り上げられた。

 

「ぐっ!」

 

彼女の身体は砲弾の様にカチ上げられ、天井に叩き付けられた。砕かれた天井の岩盤と共に落下。諸々はそのまま落ちたが、セイバーはライダーに受け止められた。騎兵の腕の中の騎士は、咳き込みつつ。

 

「気遣いは無用だ。下ろせ」

「悪態が付けるなら心配は不要でしょう」

 

ライダーはゴミ袋を捨てるかの様に、セイバーを放り投げた。ペタリと尻餅をついた彼女は非難の眼差しである。

 

「ライダー。貴女のその扱いには不満がある」

 

苦情に応じる義理はないと、真也を確認しようとライダーが歩み寄れば。

 

「まだだ」

 

士郎の声に止められた。二人の視線の先に真也が立っていた。彼のその様に、二人のサーヴァントは息を呑んだ。右肘はあらぬ方向を向いていた。骨が皮膚を突き破り、露出していた。左足は腿で千切れ掛かっていた。皮膚と僅かばかりの筋肉繊維でぶら下がっていた。腹は裂けていて、出血が止まらない。左腕は既に無い。12本ある肋骨は7割が折れ、内蔵に突き刺さっていた。

 

彼の血は、額、こめかみ、頬、首、胸、腰、臑、足首、至る所からこぼれ落ちていた。裂ける皮膚は、身体を走る落雷か。その激しい息は、闘牛の断末魔に他ならない。彼は四肢と腹を犠牲にして頭部を守ったのであるが、彼は瀕死の体だ。ただ、彼が持つ魔術の効果で立ち上がったに過ぎない。血を吐きながら紡ぐ言葉は、己の血で溺れているかの様だった。

 

「どうしたどうした英霊ども。何を躊躇っている。幾ら四肢をへし折っても、胴を砕いても俺には意味が無いぞ。全力で殺しに来い」

 

異常だ、セイバーは思った。話では理解していたが、目の前の存在が理解出来なかった。堪えきれず、つい。問いかけてしまった。

 

「もはや貴方は、自分が何処の誰かも分かるまい。何故そこに立っているかすら。何故そこまでする?」

「なぜ? 馬鹿な事を聞くな。良いか? この奥には嬉しかった事、辛かった事、悲しかった事、全てがある。それを壊すというのなら、世界がそれを認めないというのなら、俺はそんなもの認めない。守るべき者が、世界の敵だというのなら、おれは世界の敵になる。世界が滅びようと知った事か。それが許せないというのなら、来いよ、どこかの誰か。俺の全てをねじ伏せて見せろ」

「貴方は何を願う」

「あの娘が安心して寝れる夜を」

 

桜の狂った歓喜の声が響き渡った。真也が突然止まったかと思うと彼は突然蹲った。足腰が効かないのだ、額を足下の岩盤に打ち付け、そして吐いた。逆流する嘔吐物は胃液と血のみ。

 

「あ、あ、A……Ahaaぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

右腕はその機能を失っている。左腕は無い。堪えきれない程の、全身を這いつくばる不快な感覚を治める為に、彼は全身を足下の岩盤に叩き付け、擦り付けた。裂けた傷の断面にある肉が、あぶくの様に弾けながら膨れあがる。断たれた左腕も同様だ。骨芽細胞が猛烈な勢いで活動し始め、上腕骨の断面が盛り上がり始めた。骨が伸び始めたのである。その様を例えるならば早送りしている高層ビルの建設映像が適当だろう。蔦の様に伸びる筋肉繊維と血管が骨を這う。それは左腕の再生だ。

 

身体は高熱を発し焼かれる様だ。吹き出した汗は一時も持たず乾き、全身を這う血液は水分を失い固まった。全身を焼かれる痛みに、仰け反った。眼球が反転する。砕けた右肘関節と折れている左大腿骨。つまり骨が強引にはめ込まれた。その神経刺激は、末梢神経から脊髄を爆走し脳幹を貫いた

 

「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」

 

それは桜が彼に強いた身体の復元である。回復に数ヶ月かかる怪我を一分足らずで再生するのだ。それは細胞の暴走と言っても過言では無い。爆発的な身体の活性がもたらした刺激は彼を壊しかねない程の痛みであった。

 

彼の身体の猛烈な代謝は、細胞自体を破壊した。過負荷(オーバーロード)という訳だ。破壊した細胞を補う為に、細胞が分裂する。分裂しすぎた細胞はエラーを起こす。エラーを起こした細胞は他の細胞に壊され復元された。足りない物は強引にぶち込まれた魔力が補った。彼の身体が内包する物は、誕生という存在の衝撃と、死という存在の平坦化、つまり生と死の混濁である。相異なる存在のせめぎ合いが生む痛みは想像を絶した。彼の身体は、母と異なり彼の能力に見合う物では無かったのだ。

 

死体など見慣れているセイバーですら目を背けた。ライダーは彼の様を見続けていた。己に焼き付けているかの様である。散々のたうち回り、掻き毟り、吐いて、吐き続けたあと。彼はふらりと立ち上がった。天を仰ぐ。その霞んだ瞳が捕らえる物は万物の死である。

 

「へ、へへ、へへへ、」

 

その笑いが意味するものはなんだ。この再生を強いた桜への憤りか。それとも従わざるを得ない己の不甲斐なさか。それともこの状況を躊躇う事なく受け入れている嘆きか。否。存在自体への嘲笑である。親にすら誕生を祝福されなかった己の意味は。言葉を失う二人に対し、士郎はただ静かに見つめていた。やはりそうなのだと、彼はこの土壇場で悟ったのである。それは士郎が彼を嫌悪していた理由であった。彼は己の事を全く考慮に入れていなかった。

 

「に、2度目だ。このドギツイのは前にも体験した記憶があ、る」

 

桜の衛宮邸襲撃時に、士郎と凛に見せた事を言っていた。

 

「いや、3度目だ。間違いない」

 

それは忘れ去ったはずの彼方の記憶。それは彼がこの世に生まれた時の事を言っていた。

 

「死には恐怖と痛みがつきまとうが、死ねば痛みも苦しみもない無に帰る。だが生まれる事がこれほど痛いとは、なんというか皮肉だな。これ程痛いと知っていれば、誰とて生まれる事を躊躇うぞ。なあ、そうは思わないか? なあ。アンタらは、そんなに痛い思いをして生まれて何をしてきた? それに見合う物はあったか?」

 

理解出来ない問いかけ。それは二人にとっては隙に他ならない。彼は、まだ。己に刻まれた存在理由(フレーム・ワークス)に従っているのである。彼は右手を高く掲げると真下に打ち下ろした。

 

その掌底の切っ先は音速を超え、衝撃波を生み出した。それには膨大な魔力が籠もり、刃となった。サーヴァントに効かない事は彼は覚えていた。だからこの空洞を利用した。屋外という無限の空間とは異なる密閉された環境で、縦打ちされた円弧状のそれは広がる事無く、天井と大地に沿い、破壊の密度を増加させたのである。

 

桜より供給される膨大な魔力と、己の魔力の大半をつぎ込み、生み出した超音速斬撃(かまいたち)、は騎士と騎兵を飲み込んだ。破壊的な空気の波動は大空洞どころか、柳洞寺が鎮座する山全てを奮わした。

 

どれ程の時間が経ったのだろう。空気と大空洞と魔力の揺れが収まった頃、真也に対峙する者が一人居た。士郎である。真也の技が生み出した大地という岩盤に斬り立てた轍、それに足を置き立つ彼は一振りの聖剣(カリバーン)を正眼に構えていた。

 

これは正気の沙汰ではない。幾ら弱体化したとは言え、魔力が底を尽きかけているとは言え、敵であり、良く分からない目の前の知人はサーヴァントと張り合う存在である。幾ら、宝具を投影しようとベースがヒトである士郎に叶う相手ではない。なにより長らく反目し合ってきた関係だ。不殺さずのトラウマがあろうとも、彼だけは別勘定だという確信があった。

 

それでも尚、士郎は立ちはだかった。その負債を払う時が来たのである。今にして思えば、反目し合いつつも殴り合いなどした事は無かった。毛嫌いしつつも、希に手を取り合う事もあった。語らう事もなく今の関係を続けてきた。ついに、相対する刻が来たのだ。

 

士郎のその声は、見慣れた学園の教室で、見知った友人に声を掛けるかの様である。

 

「よう」

「よう」

 

返事を返す真也もまたその調子である。

 

「真打ち登場だな。騎士と騎兵を剥いて、漸くKingのお出ましって訳だ。最期はお前だって、そんな気はしてた」

「そうか。やっぱり俺の事は覚えてたか」

「俺にとってお前は、最初であり全てだ。忘れるものかよ」

「死闘に身を投げて、のたうち回って、気が済んだか、おまえ」

 

「どうかな」

「俺はさ、気が済んだなんて、お前には有り得ないって思うぞ。今のままじゃな」

「そう言われるとそういう気がする。お前はその理由を知ってるか?」

 

一拍。士郎は躊躇いの後こう続けた。それは告白である。長らく内に籠もった鬱憤だ。

 

「今だから思うんだけど、お前が居たから俺は自分の立ち位置(正義の味方)が一体何なのか、分かった気がする。お前は自分を勘定に入れずただ桜の事を考えていた。前の俺もそうだった。正義の為に自分の事を考えていなかった。だから俺はお前が嫌いだったんだな。近親憎悪って奴だ。お前はどうして俺が嫌いだった? 俺が正義の味方を止めるって予想していたからか?」

「違うな。俺はお前が羨ましかった。お前は俺の先を行っている、その劣等感は絶えなかったよ」

「どうしてさ」

「多分。士郎に認められなかったから、じゃないかな」

 

「なんだそれ。お前の方が強いのに」

「化け物じみた力を奮っても、お前は俺を恐れなかった。恐れない事は当然なんだって態度が悔しかった。俺よりずっと弱いお前を屈服させる事が出来なかった。強さとは腕力ではない、それを体現するお前に俺は嫉妬してた」

「冬木の羅刹に嫉妬されるなんて光栄だ」

「確かにそうだ。穂群原のブラウニーに勝てない羅刹なんて物の数に入らない……実はさ、何をやっても俺の気が済まないって理由、実は分ってる。何故なら俺の行動理由は全て俺のものじゃないから。どれだけ走っても気が済むなんて事はあり得ない」

 

「そんな事だろうと思った」

「少しは気の毒そうに言えよ」

「お前をどうこうするのは俺の役目じゃない。ただその手伝いをするだけだ」

「誰の役目だ」

「知るか」

 

一つ息を吸い、一つ吐いた。それを数度繰り返した後、二人は脚の位置を整えた。

 

「言い切った事だし、そろそろ始めるか」

「そうだな。これ以上は時間の無駄だ」

「こちとら魔力も残り僅か。全てをこの一撃に賭ける。俺の大義はお前を乗り越える事」

「俺のはもっと簡単だ」

 

「なんだそれ」

「気づいているか? お前、妹じゃ無くて守るべき者って言ってる。それに気づかせてやる。歯を食いしばれ。ちょっとばかり痛いぞ、ばか真也」

「ふざけるな、戦う理由ぐらい宣言しろ」

「なら聞かせてやる、耳の穴かっぽじって良く聞け」

 

そう言うと士郎は走り出した。戸惑いつつも真也も構えた。彼の決め手は右拳。魔力が籠もり蒼い光を帯びる。威力は格段に落ちているが、士郎を仕留めるには十分だ。

 

対する士郎は刺突、雄牛の構え。彼の手にする一振りは選定の剣、ただし投影レベルを落としている。宿るセイバーの戦闘経験に頼ってはどのような結末を迎えようと意味が無いのだ。

 

大地を蹴る脚の音。互いの意地が交差する刹那。弾けたそれは彼の紛う事なき怒りであった。それは。かつて淡い想いを抱いた者の当然の権利である。

 

「遠坂を泣かすなっ言ったぞ! ばか真也!」

 

士郎を今正に捕らえようとしていた真也の拳がピクリと止まった。彼の中にある遠坂という願いは二つ。破滅を望んだ桜と存在を望んだ凛、この二つは相殺していたが、もう一つあった。存在しろという葵の願いが丸々残っていたのだ。

 

己の突進力と体重を乗せ士郎は、手にする剣を真也に突き立てその心臓を貫いた。真也の拳は士郎の胸を捕らえ、その心臓を破壊した。二人はほんの僅か、堪え合った後、血を吐き、もつれ込むに倒れた。

 

 

 

 

 

 

つづく!

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