冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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51 大聖杯決戦編3

凛が到達したそこは広大な空間であった。円の形状をしており直径にして約3キロ、天を仰いでも果ては見えない。経験は無いがドーム球場の中心に立てばこの様な印象を持つのだろう、彼女はその様な事を思った。

 

空には黒く禍々しい太陽が浮かび、その足下には巨大な岩があった。鎮座するそれは小規模のエアーズロックと称してもいい程の巨大さで、大きなクレーターを有していた。その岩、つまり崖を登れば二百年間稼働し続けたシステムを見る事が出来るだろう。大聖杯と呼ばれる巨大魔法陣はそのクレーターに収められているのだった。

 

そのクレーターの中心より塔が聳えていた。それは黒い炎を立ち上らせ、その内部ではドクン、ドクン、と誕生を待ち望む何かが脈を打っていた。この帝国を照らす明かりとは、それから漏れている魔力の波だ。遠坂の文献は語る。“最中に至る中心”,“円冠回廊”,“心臓世界天の杯” この地下の帝国は、その異名に恥じない異界そのものである。

 

「アレがアンリマユ、か。この世の全ての悪ってのも、あながち与太話でもなさそうね」

 

溢れ出す魔力ですら甚大だ。圧倒的なまでの戦力差にくじけそうになるが、彼女には退けない理由がある。一つ息を吸い、丹田に力を籠め歩き出した。

 

「嬉しいわ姉さん。逃げずに来てくれたんですね」

 

暫く歩けば、出迎えは予想通り桜であった。見上げる崖の上に立つ彼女は禍々しさを隠さない。アンリマユとは実体を持たないサーヴァントである。人間の空想がカタチとなり、人の願いをもって受肉する影に過ぎない。故にその力は影を生み出す依り代にゆだねられる。桜は、今やアンリマユそのものだった。この世の全ての悪、という呪いを外界に流出させ、指向性を持たせる機能が桜という少女なのである。

 

「参った。綺礼が居たら神の代行者とかいうんだろうな」

 

黒い尖塔を背に、佇む姿はあまりにもそれらしかった。

 

「イリヤは?」

 

凛の問いかけに桜が指し示せば、その先に蹲る人影が見えた。それは桜が立つ同じ崖の上、力なく垂れ下がるのは白銀の髪である。

 

「あれ、イリヤをまだ殺してなかったんだ。どういう風の吹き回しよ。分断が成った時点で理由は無いでしょうに」

 

桜は3体分に相当するギルガメッシュ、アーチャー、アサシン、ランサーの計6体を有していた。

 

「そう、イリヤが持つ分で揃います。姉さんの言う通りこの娘を攫ったのは姉さんたちを分断する為です。それが成った以上、この娘を生かすしておく理由はありません。でもこの娘はバーサーカー1体分しか持ってなかった、これはどういう事ですか。姉さん、キャスターの魂は? 何を考えているの?」

「そう。予定外の事態に遭遇して、イリヤの心臓を引き抜く事を保留したか。そうよね。想定外の事態に陥ると、素人は思考停止するもんだから。投降しなさい桜。そうしたら教えてあげる。分りやすくね」

「違います。イリヤの命を対価に取引です。何を企んでいるんですか。言わないなら、この場で影を搦めてイリヤを殺しても良いんですよ」

「そうするといいわ。それが桜にとって“益のある行動”だと思うならね。それにどの道そうするつもりなんでしょ?」

 

桜の影に距離という概念は無い。いつでも殺せるならば、思わせぶりな挑発を以て封じる事にした。

 

何より、知覚は全く出来ないが、この場に居るであろう最後のサーヴァントはそれの阻止をする、凛はその確信を持っていたからである。ただ、そのサーヴァントは徹底的にやり合わせる腹づもりだとも確信していた。

 

干渉しないのはありがたいが、監督されている様で気分は良くない。余裕ぶった姉の態度に、桜は不快感を禁じ得ない。見下ろす視線に怒気が混じる。それは怨嗟と言っても過言ではなかった。

 

「相変わらず上から目線なんですね。不愉快です」

「悪いわね。性分なのよ、これ。というかさ桜。アンタ、自分の立ち位置を自覚してる? 私を見下ろしておいて、上から目線なんですねって、笑い話にするには少しイタ過ぎだと思わない?」

「まぁ良いです。姉さんのそれには慣れた、というより諦めましたから。説教が通じないなら躯に教えるのみです。この私が直々に躾てあげますから感謝して下さい」

「へぇ、大きく出たじゃない。どこぞのサーヴァントに憑依されて、膨大な魔力を有して、強くなったと勘違いして、力に振り回されている事に気がつかず、やりたい放題の勘違い女の子に何ができると言うのかしら」

 

「そう、それですよ。姉さん。幾ら凄腕の魔術師でも、姉さんは純情無垢な女の子って事です。なら私に勝てる筈がない」

「何よそれ」

 

険しい姉の表情を見た桜は随分と機嫌が良い。

 

「私見てました。ワンワン泣いて、姉さんったら可愛い。姉さん処女でしょ? あの程度で堪える様な、初心な女の子はやめておいた方が良いですよ。姉さんみたいな清廉を尊ぶ女の子は、兄さんみたいな悪い人は荷が重すぎます。氷室先輩はそれに気づいて早々に手を引きましたけれど、美綴先輩みたいに兄さんの悪いところを受け入れて、自分が汚れる事に厭う事なく、平気で10年耐えられる様な、どこか壊れた人じゃないと相手にはできませんから。でも姉さん。気をつけた方が良いです。綺麗な心と身体じゃ、世の中を渡る事すら難しいですよ」

 

意外な事に凛は冷静であった。自分でも不思議な程に落ち着いていた。あぁそう言う事だったのか、と桜の侮蔑に苛立つどころか感謝すらしていた。悩んでいた事は綺麗事では済まない事であったのか、とその事実を受け入れた。逆に桜はその状況に戸惑った。見下ろす姉は満ちた笑みを浮かべていたからだ。

 

「仕方が無いでしょ。アンタと違って誰かを好きになったのって初めてだったんだから。覚悟が足りなかったのは認めるけれど」

「……今なんて?」

 

「ほら、魔術師って普通の人と一線引くべきじゃない? 下手に親しくなると、神秘の漏洩が難しくなる。かといって魔術師同士が仲が良くなるなんて事はまず無い。伝承される魔術は門外不出だし、名門になるほど嫌でも格を意識しないといけない。

 

ところがアンタの兄は魔術師のくせに、魔術を覚えない、興味が無い。遠坂の魔術にすら興味を示さなかった。家に居た時、ここが工房だと告げても、あっさりとした物だったわ。暫く監視したけれど素振りすら見せなかった。秘匿を気にせず、交流を持てる相手、立場を共有し察しあえる相手って貴重なのよ。気を許したり、関係を維持しておこうって思っても仕方が無いじゃない?

 

そんな折り告白されて、アンタの言う通り経験なんて無いから、距離感を試行錯誤するしかなかった。流石の私も少し暴走気味だったって事。気になる男の子って意味では二人目なんだけど、それはまあ良いわ。桜、アンタはね。気の毒なんだけれど、そういう大事な工程をすっ飛ばしてるのよ。だから己にとって都合の良い事だけを相手を求める。相手に強いる。

 

アンタがそれを愛と呼ぶか好きと呼ぶかは勝手だけれど、それは正しいものだと思い込んでる。一つ聞いておく。アインツベルン城での事だけど、あの時促進させたわね」

 

「ええ。だってそうすれば兄さんは姉さんを忘れるから」

「分ってるの? それは」

「そう、兄さんを殺す事」

「そう、やっと認めたか。だから何度でも言うわよ、桜。アンリマユと手を切りなさい。そして3人で新たな関係を模索しましょ」

 

「嫌です」

「どうしてよ。慣れればそれはそれで楽しいわよ。少なくとも今よりは。ずっと」

「もういいの。私が欲しかったのは私だけの兄さんだった。世界を捨ててでも、私だけを選んでくれる兄さんだった。私だけじゃない兄さんなんて要らない。あれだけ愛してあげたのに姉さんを選んだ兄さんなんて嫌い。姉さんを頼った兄さんが嫌い。姉さんと通じ合う兄さんなんて大っ嫌い!」

 

姉は腕を組んで溜息を付くと睨み上げた。憤りではなく、呆れだ。

 

「あったりまえでしょ。真也はアンタの兄。私はあんたの姉。同じ妹を助けようって通じ合うのは当然じゃない」

「助ける? 助けるって何ですか?」

 

「桜、アンタは馬鹿だから分ってないけれど、アンタは馬鹿な事をしているの。いい? アンタに殺され掛かって、記憶を封じられて自分が誰かも分らない。何が何だか分らないまま戦わされて、この瞬間でさえも、あのバカはアンタを助けようとしているの。アンタはそれが分っていない。

 

桜。もう一度言うけれど、アンタのしている事、人を殺めてしまった事、真也にしでかした事、私が全部持っていく。あの馬鹿はあんなんだから、ちゃんと監視しないと駄目なのよ。だから自分よりアンタを、私たちをなんて考える。甘えるアンタだけじゃいつか駄目になるわ。私たちなら真也を助けられるって事。

 

考えなさい。誰も居なくなった世界で桜と2人きりになって一体何をするわけ? ただ居れば良い、ただ息を吸っていれば良い、肉って躯が存在すればいい、それを生きているって言う? アンタが間桐でどんな目に遭ったかは分るなんて言わない。でもその後の10年間は幸せだったんでしょ? それを壊す気? 聞くわよ桜。蒼月千歳はどうするつもりよ」

 

その名は桜にとって厳禁であった。彼女の養母は今の桜を決して許さない、それは彼女にも良く分かっていた。兄と異なり懐柔は出来ない。ならば殺すより他は無いのである。そしてそれは、桜にとって最後通牒でもあった。

 

「アンタを10年育てた親を殺す気? したくないでしょ。綾子も衛宮君も皆待ってる。だから、アンリマユと手を切りなさい」

「無理です」

「桜」

「もう遅いの」

 

「アンタね、真也の妹なんでしょ? その有様になっても真也は別だなんて考える程のブラコンだ。何を意固地になってるのよ」

「姉さん。もう遅いの。なにもかも手遅れ」

「誰が手遅れだなんて決められるのよ」

「私は姉さんも、お母さんも、みんな殺します」

 

2度目の溜息は呆れでは無かった。手が付けられない、付ける薬が無いと言う事だ。

 

「あったまきた。もう堪忍袋の緒が切れた。やめ、やめだやめ。私たち二人でって思ってたけれど、止めた。私が連れて行く」

「何をですか」

「判らない? 真也は私が幸せにする。アンタの言う結末は断固お断り。揃って生きて、しわくちゃになっても、喧嘩して、笑い合うの。アンタはかつて自分で言った様に、妹として黙ってみてなさい。自分がどれだけ馬鹿な事をしたのかって思い知らせてあげるから」

「そんなの無理ですよ。できっこない」

 

「どうして言い切れるのよ。私はできない事はしない主義だけれど、やり遂げる自信はあるわ」

「姉さんは勘違いをしてる。だって兄さんはもう死んだから」

 

時が止まった。この妹の言っている事が理解出来なかった。仮にその発言が事実であれば、それは決定打となる。聞き間違いでは許されない。だから凛は。

 

「今、なんて言った?」

「兄さんの心臓は止まったまま、もう10分は経っています。さっき兄さんを殺すって言わなかったでしょ? だってもう殺しちゃったから。“誰だお前は”,“お前は俺にとって災いだ”可哀想な姉さん。好きな人からの最後の言葉が誹りなんて」

「そう」

 

その時、凛の最後の何かが切れた。それがもたらした冷静さは己でも驚く程であった。

 

「蒼月家の家訓は“誰かを想う心が人としての最後の一線”だったわね。そして桜はその家の人間。桜、これが姉としての最期の言葉になるから」

「ええそうです。私は兄さんを殺して人間ではなくなりました。これでもう私たちは後に退けません。終わりにしましょう?」

「“蒼月”桜、私はアンタを殺すわ」

 

開戦を告げる喇叭は鳴ったのである。それを合図に凛はさっと戦場を見渡した。桜は大聖杯の基盤システムが収まる鉢状岩盤の上だ。その空洞は巨大、もはや大地と称してもいい程の大きさである。多少暴れたところで崩落の心配は無いだろうが、これから始める争いが多少で済むかどうか、凛にその自信は無かった。

 

間もなく桜の周囲に黒い人影が立ち上がる。影の巨人と言えば洒落た表現ではあるが、紙で作られた神道の人形を、黒く塗り潰した様な頼りない形をしていた。勿論其れは見た目の話であり、その一体の巨人が有する魔力はサーヴァントの持つ宝具に匹敵する。凛が見上げれば、その数4体。

 

その光景を例えるならば、一人の人間が4機のロケットに囲まれているが適当だ。それ程のサイズ比であった。その巨人たちが凛に向けて歩き始めた。その光景は異常、というより理解の外だ。質量を有しないそれは地響きを起こさなかった。地を滑るかの様に歩き、その巨躯は空気を揺らさない。正に歩み寄る悪夢。確実な事は一つのみ。何もしなければ、彼女の命運は尽きるという事だ。

 

実際の所、宝石剣は使用したくなかった。アンリマユは第3魔法の恩恵を受けているが、そのものではない。言い逃れも出来ようが、宝石剣の行使は魔法そのものである。魔法の乱用は御法度であり、生き残ったとしてもその責を問われる。だが、残された者の責務として、この状況を収めねばならない。彼女は懐の宝石剣を静かに抜いた。

 

巨人の腕(かいな)は凛を消すのに十分な脅威である。ただ、その巨人が飛び道具を持たないならば、戦術は至極明瞭だ。接近を許す前に消滅させるのみ。記念すべき最初の一撃はこの世界のマナを使う事にした。

 

「解放、斬撃」

 

凛の手にある無色透明の刀身が七色の光を放つ。その手より放たれた黄金の一撃は巨人をものともせず屠った。次弾装填、平行世界の一つから魔力をかき集める。七色に輝く刀身を奮い、黄金の刃を持って2体目を討ち倒す。続く3体目、4体目を視界に捕らえた。挟まれては厄介だ。凛は回り込みながら位置を合わせた。軸線良し、頭上に掲げた宝石剣を真下に打ち下ろした。唐竹の斬撃は残った2体を纏めて消滅させた。真っ二つである。

 

岩盤上の桜は呆けるより他は無い。何が起こっているのか、理解出来ないと言った様相だった。無理もなかろう。彼女の予定では最初の一体目で終わっていた筈だった。残りの3体は、ただの威嚇である。怯え戦けば愉快であろう、そう思っていた。ところが目の前の姉は、逃亡を図るどころか、真っ正面から戦い挑み、第1部隊を殲滅させたのである。見下ろしている筈の姉は、笑みを浮かべていた。

 

“だいたい覚えた”

 

これからアンタを仕留める、浅葱色の瞳がそう語っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

なんなのだこれは。納得がいかない。握り拳どころか、桜は肩も怒らせた。なぜこうなるのだ。アサシンを失ったが、ランサーは倒した。兄を犠牲にし、セイバー陣営の主力は殲滅した。ここまでは順調だった。残りは優れていようとも普通の魔術師である姉のみだ。なぜ、最後の最後で予定が狂う。怒りに流されるまま桜は巨人を生み出した。繰り出した7体が押し寄せる様は、月夜に荒れ狂う津波以外例えようが無い。

 

「解放、一斉射撃 !」

 

第2部隊の兵士たちは、凛の右手にある黄金色の光りに悉く消えていった。それどころか、光と熱というその余剰エネルギーは大空洞の内壁を破壊し、非道く振るわせた。小エクスカリバーとも称するその攻撃が続けば、この空洞が崩落するかもしれない。それが大聖杯の基幹システムを直撃し、破壊されれば全てがお仕舞いだ。桜がどのように対応するか考え倦ねれば、第2部隊の最後の一兵が消滅した。いつの間に登り切ったのか、姉は桜の視線の先に立っていた。立ち位置は同じという意味である。

 

「はぁい。来たわよ桜」

 

なにが“はぁい”だ。その余裕ぶった態度が腹立たしい。だが生憎と桜にその苛立ちを表現する程の余裕は無かった

 

「一体、なんですか。それは。一体何をしたんですか」

「何って、見たままよ? アンタが繰り出した影を倒して、ここに辿り着いた、簡単でしょ」

 

桜の周囲に更に影の兵士が立ち上がる。その数は13体。桜の背後にいるアンリマユが凛を危険視したのであった。注ぎ込んだ魔力量は数値にして一億を超えていた。

 

「また大盤振る舞いね。よーく考えなさい、そんなに無駄使いして良いの?」

「どうしてここに立てるんですか。私が引き出せる魔力量は、姉さんの数千倍です。姉さんの魔力量では一体すら倒せないのに」

「だから見たままよ。私は呪いの解呪なんてできないから、巨人という魔力の塊を私の魔力で打ち消しているだけ」

「それが嘘だって言ってるんです」

「信じたくないのは分るけれど、現実から目を逸らせば何の解決もないわ」

 

教師ぶった態度が苛立たしい。怒りを堪えれば、仁王立ちの姉の手に七色に輝く何かがあった。それに気がついた。

 

「そう、それですか」

「ま、ここまでやれば幾らトロい娘でも気づくわよね」

「誰の宝具ですか。まさか、キャスター?」

「呆れた。ゼルレッチの名前も知らないのね」

 

「ゼル、レ?」

「って、知っている方が摩訶不思議か。蒼月は魔術師の家でもアンタはなにも教わってないんだから。真也だって実物は見た事無いでしょうし。丁度良いわ、魔術講義の続きといきましょう。でもマンツーマンだから、授業料は高いわよ。いい? 魔術をサポートする武装、儀礼を補助する礼装は、大きく分けて二系統ある。

 

一つは増幅機能。魔術師の魔力を増幅し充填する。簡単にいえば予備の魔力タンク。典型的な補助礼装で、私の宝石もこれ。もう一つは限定機能。その礼装そのものが一つの魔術を意味する特殊な魔術品。最大の利点は、魔力さえ流せば使用者が再現できない神秘を実行できると言う事。単一の用途しかないのだけれど、その分強力。宝具もこれに属する。このゼルレッチは無限に連なる平行世界の大気から、魔力を集めて光の斬撃を放つ限定武装、ここまで言えばわかる?」

 

凛の短剣は奮われる度に巨人を討ち倒していった。

 

「つまり、今私たちがしている事は、高度な魔術戦闘ではなく単純に魔力をぶつけ合うキャットファイトって訳だ」

 

新たに生み出した第3部隊も消失してしまった。

 

「さて桜。私は幾らでも応じるけれど、アンタはどうする? このまま打ち合いを続けても良いけれど、それだとこの空洞が崩れそうだし、それはアンタにとっても面白くないでしょ? だから、観念しなさい」

「ふざけないで、姉さんが無制限なら私は無尽蔵なんだから!」

「そ。ならとことん付き合うわ。でも言っておく。アンタがこれからする事は全て無駄だから。全ては私の手の平の上よ」

 

その言葉は、桜に最後の決断を促すには十分であった。彼女は呼吸を整え、念を集め、己が体内結界を構築する。それに満ちるは魔力だ。それは魔術の行使である。凛は目を剥いた。

 

「驚いた。何よそれ」

 

桜は蒼月千歳から魔術を教わっていない筈なのだ。

 

「これは私が唯一覚えている間桐の呪文です。姉さんが基本を教えてくれたので、行使できるようになりました」

 

凛のその表情は怒りと言うより侮蔑だ。

 

「そこまで蒼月を侮辱するの、アンタ」

「使わせる姉さんが悪い」

「そう言うと思ったわ」

 

二人の声は高らかに。

 

「声は遙かに、私の檻は、世界を、縮める」

「接続、解放、大斬撃ー!」

 

二人のそれは。戦争でもなく、戦いでもなく、喧嘩でもなく、ただの意地の張り合いだ。桜は無駄だと思いつつも巨人を生み出し続けた。凛は無駄だとは思いつつも、巨人を殺し続けた。その大空洞に鎮座する大聖杯の御前で、閃光と消滅は幾度となく繰り返されたのである。

 

「なんで? どうして?」

 

桜に疲労は無いが、遠坂凛という精神的な圧迫感は増すばかりだ。

 

「魔術講義2限目と洒落込みますか。仮に測定不能な程の魔力量があったとしても、使う量は術者に依存される。ダムに水道の蛇口を取り付けるって言えば適当な例えよね。間桐桜っていう魔術回路の瞬間最大放出量は一千弱。なら、どんなに貯蔵があっても、一度に放出できる魔力量は私とさして変わらない。どう? 理解出来た?」

「私は間桐じゃない!」

「そんな権利あると思う? 兄を殺し、母を殺すと宣言したアンタが、今更どの面下げてその家名を口にするわけ? でも、名字無しって何かにつけて不便よね。だから遠坂を名乗らさせてあげる。私の寛大さに感謝しなさい」

「何も知らないくせに! 遠坂は私を捨てたくせに!」

「良いわ。それが“蒼月”桜の遺言になるから聞いてあげる。言ってみなさい」

 

「そんなに聞きたいなら教えてあげます。4歳だった私は間桐臓硯に陵辱され続けた。知ってますか? 私の最初って蟲だったんですよ? たった2年です。たった2年で、眼も髪も姉さんの色とは変わってしまって、細胞の隅々までマキリの魔術師になる様に変えられた。マキリの教えは鍛錬なんてモノじゃ無かった。あの人たちは私の頭の良さなんて期待してなかった。身体に直接刻んで、ただ魔術を使うだけの道具に仕立て上げた。苦痛を与えれば与える程、良い道具になるって笑うんです。蟲倉に放り込まれれば、ただ息を吸う事さえお爺さまの許しが必要だった。あは、どうかしてますよね。でも痛くて痛くて、止めてくださいって懇願すればするほど、あの人たちは私に手を加えていった。

 

どうしてですか。同じ姉妹で同じ家に生まれたのに、あんな暗い蟲倉に押し込まれて、毎日毎日おもちゃみたいに扱われた。人間らしい暮らしも、優しい言葉も掛けられた事は無かった。死にかけた事なんて毎日だった。死にたくなって鏡を見るのなんて毎日だった。でも死ぬのは怖くて、一人で消えるなんて嫌だった。だって私にはお姉さんが居たから。私は遠坂の娘だから、お姉さんが助けに来てくれるんだって、ずっとずっと信じていたのに。なのに姉さんは来てくれなかった。どうしてですか。同じ姉妹なのに、同じ人間なのに……どうして私だけこんな目に遭ったのか、答えは簡単です。それは全て遠坂のせい。だから今更戻るなんてあり得ません。分りましたか? 馬鹿な事を言わないで下さい」

 

「ふうん。だからどうしたってうの、それ」

 

その言葉を聞いた桜は停止した。目の前の姉の言っている事が理解出来ない、違う。理解できないのは、そう発言する意図だ。何故だ。何故それを肯定するのか、目の前の血を分けた姉は、同情すら見せない。それ程に人でなしだったのか。声が震える。ここは、可哀想ね、頑張ったわね、辛かったでしょう、御免なさい桜。私を許して、では無いのか。

 

「な、なに、を」

「その気の毒なアンタは10年前助けられて、10年間守られてきた。それで満足出来なかったアンタは聖杯戦争に手を出した。そしてこの有様。ねえ、桜。どうして私が引け目のあるアンタにここまでしてるか分る?  真也の妹という強い概念を持つくせに、アンタは私への復讐を優先した。持っていた幸せに気がつかず、それを自分で壊して私は可哀想だと嘆いている。そのアンタに同情なんてすると思う? 罪悪感なんて起きる? 正直、むかっ腹すら立つわ。まだ自覚していない様だから言ってあげる。アンタはその兄を殺したの」

 

強く心臓が鳴った。痛い程だ。

 

「やめて」

「桜、アンタは兄を殺した」

「やめてって言ってるでしょう」

「桜。アンタは最後までアンタを守ろうとした蒼月真也を殺した」

「聞きたくない! 私をそうさせたのは姉さんなのに!」

 

地に落ちる影より立ち上った巨人は総勢20体。二人の距離は自動車1台分である。一斉に抑えられれば、為す術がない。だが凛は微動だにせず、静かにそれを見つめていた。何故ならそれらは立ち上がりきらず、途中で止まり、霧散した為である。

 

「あ、」

 

桜は漸くその事実に気がついた。彼女のミスはただ一つ。突然湧いた大量の魔力に感覚が狂い、無限にあると勘違いしてしまったのだ。凛は宝石剣を放り投げると、桜に踏み込み、胸ぐらを掴み上げ、足を払い、転倒させた。組み拉ぎ、その首にアゾット剣を突きつけた。

 

「勝負あったわね」

 

だがどうした事か。凛の勝利宣言を受けて尚、桜は笑みを浮かべていたのである。

 

 

 

 

 

 

つづく。

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