冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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53 大聖杯決戦編5

3人を見守るキャスターは戯けて見せた。

 

「因みにマスターは葵様に引っぱたかれました。それを真似ておられるだけです」

 

姉と妹の微妙な視線を浴びて、その兄は表現に困惑するのみだ。とてもバツが悪い。

 

「キャスター、君は性格に難があるぞ。折角の感動シーンが台無しだ」

「今頃お気づきに成られましたか?」

 

やっていられないと言わんばかりの真也に対し、立ち会った皆は、皆一様に笑っていた。

 

「キャスター」

 

主の命に従い、彼女は己の宝具を取り出した。

 

「兄さんわたし嫌です。お母さんも兄さんも忘れたくない」

「……良いんだな?」

「構いません。忘れるなんてそんなずるい事、しちゃいけませんから」

「だってさ」

 

真也は凛の促しに同意した。

 

「キャスター、聞いての通りだ」

「桜様。少しばかり衝撃があります。お覚悟なさいませ」

 

あらゆる魔術効果を初期化し、サーヴァントとの契約を破るその宝具は桜の胸を貫いた。黒い令呪が砕け散っていく。桜を介し契約していた真也も同様だ。髪は戻り黒く、肌も相応に赤みを帯びていた。気を失った桜をしっかりと受け止めたライダーは、真也からロングコートを借り、と彼女に羽織らせた。ライダーも桜が戻り安堵を隠さない。その微笑みは地母神に相応しいものだった。

 

「これどうしようか」

 

凛の手の平にある物は記憶消去用の術式結晶である。キャスターが拵えた物だ。

 

「その術式結晶はダミーです。魔力を籠めればただ光を放つ、その機能しか持たない限定礼装。お土産になさっては如何でしょうか?」

「……は?」

 

とは真也である。キャスターが何を言っているのか分らない。

 

「駆け出し魔術師にはいいテキストとなりましょう。ほら。凛様はまったくお気づきになりませんでしたから」

「……つまり、何か? 君は初めからこの状況を予想していたって?」

「子供の争いは如何に激しくとも最後は仲を直すものです。これは何時の時代でも何処の国でも変わりません」

 

凛は怒りの余り、身体が震えだした。キャスターを最初に呼び出した魔術師が嫉妬したのも無理がない、凛は魔女と罵りたくなるのを辛うじて堪えた。キャスターの委譲を受け入れるか否か考え直さねば、凛はそんな事を考えた。

 

安心して気が抜けたのか、真也は膝を折ると、尻餅をついた。彼は仰向けに寝転がった。息が荒い。バッファの魔力もそろそろ尽きる。何より、彼の身体はもう限界だ。心臓の呪いは後々に考えるとして、兎にも角にも癒やさねば話は続かない。キャスターは解決策を見つけるまで、真也の身体を凍結保存する事を検討しつつ、考慮に入れつつ、次の様に申し出た。

 

「マスター、とにかく心臓の再生を行いましょう」

 

主に駆け寄り印を掲げれば、彼女を止めたのは現代の魔術師であった。手を掲げ二人の間に割り込んでいる。

 

「それは私がやるから、キャスターは受肉を始めなさい」

「凛様、意地を張る状況では無いのですが」

「幾らキャスターでもこればかりは出来ない。アンタが神代の魔術師であろうと、例え魔法使いであろうとね。アンタじゃ無理、私なら出来る。黙って見ていなさい」

 

この遠坂凛という少女は出来ない事はしない、出来るというなら出来るのだろう。それを思い出した真也は従者にこう告げた。

 

「キャスター、凛に頼むよ」

 

マスターに言われては引き下がるより他は無い。

 

「凛様。万が一マスターが死ぬような事になれば、」

「うっさいわね。その時は好きにしろっての」

 

神代の魔術師は渋々引き下がった。気を失っているイリヤを抱きかかえる士郎を見つつ、大聖杯に対峙し呪文を唱えるキャスターを見つつ。真也が視線を戻せば、傍らに縁深き同い年の少女が座っていた。彼女は膝を付き、赤いシャツの襟首に手を入れ、何かを探っている。

 

「なあ、凛。心臓を治す手立てはあるのか」

 

彼女が取り出したものは赤い宝石であった。

 

「これ、家に伝わる魔力が籠もった宝石なの。なかなかの物でしょ。これで再生するから」

「水を差す様で悪いんだけど、ただ再生するだけでは意味が無い」

「その質問を本気で聞いてるなら、治した後に引っぱたく。聞いて。今の真也は遠坂から解放されてる。だから桜を引っぱたく事が出来た。解放を念じるつもりだけれど、私が治すって事は、また制限が掛かる恐れがある。可能性の話だけれど、それでも良い?」

「死ぬか縛られるか、究極の選択だな」

「そう思う」

 

頭上の女の子は不安を見せていた。拒否しないで、そう語っていた。拒否など出来よう筈が無い。

 

「他に生き方は知らない、やってくれ」

「良いの?」

「うぬぼれだが俺の力は強すぎる。コントロールする誰かが必要なら、凛と桜にして貰えるなら嬉しい。だから、こう言うよ。凛に治して欲しい」

「私、真也の事大っ嫌い。勝手だし、優しくなかったし、真也と知り合ってから辛い事ばっかり。でもアンタが桜の事、私の事、遠坂の為に、どれだけ辛い目に遭っても助けようとした事は良く分かった。見せて貰った。だからアンタにあげるのはこの二つ。それは私の気持ちとこの言葉。良く聞きなさい」

 

期待と不安を交えるその少年に、ありったけの想いを籠めて凛はその言葉を贈った。

 

「許す」

 

その言霊を聞いたキャスターは堪らず手を止め、振り向き凛を見た。彼が己を呪った原因を考えれば、その解呪の鍵は当然である。こんな簡単な方法を見落としていたのかと、キャスターは己の迂闊さに呆れるより他はない。難しく考えすぎだ。

 

「……ありがとう」

 

凛はその少年の唇に己の唇を添えると、身を起こし、肩に掛かった長く黒髪を背に流した。宝石を彼の胸の上に翳し、念じ始めた。力を持った文言を紡げば宝石が光を放つ。その魔力が織りなす神秘は彼の心臓を再構築していった。

 

 

◆◆◆

 

 

キャスターが、そのマスターを評するならば疲労感であろう。だが悲壮感はもう無かった。彼がその頭を凛の膝に乗せている事実も、影響しているに違いない、キャスターは呆れと安堵を織り交ぜつつこう告げた。

 

「現状調査(下ごしらえ)が済みましたので、それでは受肉の儀式を執り行います」

「よろしく」

 

真也はぼうと己の従者の背中を見送ると、額に柔らかい感触があった。

 

「まだ心臓痛い?」

 

それは凛の手の平であった。頭上には彼女の案ずる表情がある。

 

「しんどいけれど痛みは無いよ」

「馴染むのに時間掛かるから」

「暫くは自重するさ」

「だと良いけれど」

「するって。だから神代の魔術師の業を見学するとしよう」

 

キャスターの立ち位置は大聖杯の基盤システムが鎮座するエアーズロックモドキから随分と離れていた。あちら側に通じる穴が小聖杯の中に顕われる以上、近づく必要が無いのである。キャスターの足下には桜とイリヤが並び寝ていた。

 

キャスターは両手を水平に広げると勢いよく手を合わせた。パンと心地よい音が鳴る。合掌印。それを胸元に引き寄せ、指先同士は付けたまま、手の平と指の腹同士を遠ざけた、膨らませた。その印契を称するなら指で作られた籠だ。彼女が次々に印契を切っていけば、周囲の魔力がざわめき始めた。その指先は光を放ち、空間に事象記号を刻んでいく。呪文が無いと凛が不思議に思えば、キャスターの唇は小刻みに動いていた。人間には聞き取れない言語、初めて見る神代の魔術に凛も目が離せない。高速神言、と士郎が呟いた。

 

魔力が思念によって作られた器に収められ意味を持つ。その意味同士が組み合わさり、複雑かつ大きな意味を持つ。キャスターの足下に巨大な魔法陣が顕われた。それが輝きを放てば、その上に新たな魔法陣が重ねられた。キャスターの肉体が行使する魔術的なシンボルは、印契、腕の動き、そして全身に及んだ。彼女のそれは演舞の様だ。次々に描かれた魔法陣が積み上がっていく。それは積層型立体魔法陣である。

 

「うそ、」

「こりゃすごい」

 

大魔術を目の当たりにした凛は呆けるより他は無い。魔術に無頓着な真也も感心しまくりだ。術式という物はシンプルな物程安定し制御しやすい。簡単な機械は壊れにくく、長持ちする事と同じだ。転じて、複雑な機械は些細な衝撃で不調を訴え、壊れやすい。それ故、受肉を為し得る魔法陣という術式は、何層にも及び今では立体構造を持っていた。その緻密さ複雑さ、それを管理し維持する技能。神代の魔術師の業は、士郎と真也はもちろんのこと、凛ですら理解の外である。

 

キャスターが腕を下ろした時、皆の前に術式で構築された建築物があった。例えれば、水晶で作られた神殿が適当であろうか。一分掛からず構築したそれは、受肉を実行するテンプレートではなく、彼女が状況に応じて即興で興した物だ。見ればイリヤも桜も魔法陣に囲まれている。彼女はそれを苦も無く成し遂げたのであった。

 

術が発動すれば式に則り、イリヤが持つバーサーカーの魂を桜に転送した。英霊7体の魂が揃い、あちら側の世界と繋がる孔が開く。魔力が黒い小聖杯である桜から、大聖杯に逆流し始めた。アンリマユの成長度合いを測定すれば、まだ余裕はあった。

 

「セイバー、いらっしゃいな」というキャスターの誘いに、セイバーは「私は最後で良い」と遠慮した。真也が「セイバーが最初」と言えば、凛が「セイバー、脚本家がそう言っているんだから、素直に受け取っておきなさい」と継いだ。「しかし」と渋るセイバーにキャスターは「貴女は私たち二人と違って、魔力が切れれば直ぐに消えてしまう。異論は?」と逃げ道を塞いだ。柔らかい物腰だが、手を焼かせるなと言わんばかりである。

 

セイバーは士郎の同意を得ると一歩踏み出した。彼女の目の前に聳えるそれは、水晶の階段と水晶の屋根を持ち、それを支える無数の柱もまた水晶で成っていた。意を決しそれに身を投げれば、神々に謁見する様な厳かな雰囲気である。神殿の中に消えていったセイバーを見送った真也は己の従者に何気なく聞いてみた。

 

「キャスター、受肉の術式がギリシャ神殿の形を持つ事に意味はあるのか?」

「ええ。地母神の力を顕現させていますから。地は肉となる、そう言う事ですわ」

「その地母神って誰よ」

「デーメーテール、といえばおわかり?」

 

有名所である。

 

「なあ凛。デーメーテールって普段温厚だけど怒ると怖い人じゃなかったか? 飢饉を起こすとかどうとか。セイバーが変な影響を受けなければ良いけれど」

「誰でもそうだから良いんじゃない?」

「あ、納得」

 

凛は膝の上にある彼の鼻を摘まんだ。

 

「キャスター、どれ位時間が掛かる」

 

不安と落ち着きを隠さず士郎が問えば。

 

「落ち着きなさいな。もう終わったから」

 

キャスターが目配せすると、神殿の前、階段の下にセイバーが俯せに倒れていた。士郎が慌てて駆け寄れば、彼女は気を失っていた。

 

「ダメージがあった影響よ。暫く経てば意識が戻るでしょう」

 

だが士郎にキャスターの声は届かない。士郎が抱きかかえれば四肢は力なく、しな垂れていた。彼女の頭を手で支えれば、体温、存在感、なにも変わらない。だが決定的に今までと異なる事が一つあった。大樹、ご神木を見た時に感じる、何時までも変わらない、何時も其所にある安心感。彼女は命尽きるまで傍らに居続けてくれるのだ。その事実に思わず視界が滲んだ。

 

視線を感じその方を見れば、思わせぶりな同級生の視線。真也は相応に祝福していた。力なく笑っていた。凛は少々意地が悪かった。からかいの笑みを浮かべている。士郎は腕で眼を擦り誤魔化すと、そこにはふてぶてしい士郎が立っていた。

 

「俺に対して貸しを作ったつもりか」

 

つっけんどんな態度であったが、抱きかかえたセイバーはしかりと支えていた。

 

(衛宮君も真也に対しては相変わらずか。本当に素直じゃないわね)

 

答えたのは真也であった。

 

「当たり前だろ。そんな美人さんがこれから士郎の傍に居るんだ。一生感謝しろ。これから話す前と話し終わった後に、真也様万歳と唱えろ」

「誰がするか、このばか」

「アンタらね、こんな時ぐらい仲良くしなさいよ」

 

笑いあうマスターたちに対しキャスターの表情は優れない。彼女の視線の先にはアンリマユが収まる尖塔があったのである。その胎動は彼女の予想を上回っていた。

 

「マスター、限界です。アンリマユが急速に力を得つつあります。このままでは桜様が再び囚われるかも知れません」

 

キャスターの発言に異を唱えたのは凛であった。

 

「ライダーとキャスターの受肉は?」

「あちら側の孔は桜様の中にあります。我らは後でも、どうとでもなりましょう。或いはこの空洞の崩壊が先やも知れませんが」

 

桜と凛の攻防で、空洞が崩壊し掛かってるのだった。軋む音、亀裂の入る音、岩が岩に当たる音。崩落が始まっていた。真也は苦悩めいた表情である。

 

「凛」

 

士郎はなんと言ったらいいのか分らない、だものでただ困った様にその名前を呼んだ。

 

「遠坂」

 

たちまち憮然とするのは凛である。

 

「なによ。私たちの性格でこう成ったって言いたいわけ?!」

「「そこまで言ってない」」

 

神殿を開放したキャスターはこう告げた。

 

「マスター、如何なさいますか? 閉じる事も可能ですが」

「士郎」

「異議無し」

「凛」

「分ってるわよ」

「破壊だ。大聖杯もろとも葬れ」

 

彼はゆっくりと起き上がると、凛に言う。

 

「皆を連れて脱出してくれ。俺らはコイツを処分する」

「私はこの地の管理者なんだけど」

「であれば、こそ。俺はキャスターのマスターだ。ライダーには気を失っているセイバーと桜を運んで貰う。さて質問。イリヤは誰が運ぶ?」

「衛宮君が居るでしょ」

「士郎には最後まで付き合わせる」

 

彼は黙って頷いた。元よりそのつもりであった。

 

「いつ崩落するか分らないってのに、どうやって脱出するのよ」

「凛様。私は二人までなら転位可能です」

「と言う事。異論は?」

「なによ、偉そうに。こんな事なら制限を外すんじゃ無かった」

「心配しなくてもちゃんと効いてる。だから葵さんを早く安心させて欲しい。心待ちにしている筈だ」

「母さんがアンタの無事を見たくないとでも?」

「凛、頼む」

 

暫く睨み合った後、仕方が無いと、あからさまな溜息を付いた。

 

「報告書を提出しなさいよ。言っておくけれど私の照査は厳しいからね」

「ん」

 

ライダーはセイバーと桜を脇に抱え。凛は己に体重減少と、脚力強化の術を施した上でイリヤを背負う。見送った3人は大聖杯に向かい歩き出した。

 

「凛様は転位の人数制限の虚偽にに気づいていたのでしょうか」

「多分な」

 

 キャスターはふわりと浮いた。

 

「では、マスター。お先に」

「ああ。頼んだ。でも花火は見せて貰えると助かる」

「では特等席を誂えておきましょう」

 

キャスターは弾む様に二人を飛び越えると、崖の上に消えた。その崖の麓で盛大な溜息を付くのは真也であった。

 

「これを登るのか」

「嫌ならここで待ってろよ」

 

手を掛け、足を掛け、士郎は崖を登り始めた。気は進まないが後塵を拝するのは面白くない。真也もその後を追った。ゆっくりと確実に登っている、と言えば聞こえは良いが、一つ登れば、一つ休憩する有様である。例えるなら陸に上がった魚だ。スタイリッシュさとはほど遠い。体調という条件は真也より士郎の方が良い、それ故。

 

「急げ真也。遅れるぞ」

 

士郎のその声は軽快である。

 

「ふざけんな。こちとら心臓を治したばかりなんだよ。言っておくが息をするのだってしんどいんだ」

「言っておくけど、それは俺も同じだ。真也、お前は気合いが足りてない」

「後で泣かす」

「忘れる」

 

負けてなるかと二人がデッドヒートを繰り返し、崖の中程に来た頃の事。

 

「ぐっ」

 

と妙ちくりんな声がした。何事かと視線を上げれば、崖から投げ出された紫のローブが見えた。唖然としていれば、そのローブは崖を転がり落ちていった。キャスターである。異常事態に気がついた真也は慌てて崖を降り、駆け寄れば彼女は血を吐いていた。刀傷ではなく、拳打によるダメージだった。落ちた影に真也が見上げれば、崖の上に人が立っていた。崖の途中にいる士郎の呟きは、まるで亡霊でも見たかの様である。

 

「言峰、綺礼?」

 

二人を見下ろすその男はゆっくりと笑っていた。

 

 

 

 

 

つづく!

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