冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

6 / 54
06 聖杯戦争・序1

綾子は自分の好きな食べ物の話題を真也に振ってみた、彼はあっさり答えた、正解だった。その逆も聞くまでも無かった。好きな俳優の話題を振ってみた、正解だった。聞くまでもない話題は駄目だと、新鮮な話題を振ってみた。

 

例えば上映中の映画の話題、綾子の好きな映画は今ないだろと切り捨てられた。人気のラーメン屋に美味しいケーキのお店、今度行くかと能面で誘われて会話が終わる。

 

思いあまってファッションの話を振ってみた、綾子は気を遣わなすぎだと逆に説教された。彼はクラスメイトの女の子からルージュを借りて綾子の唇に添えた。嫌がる彼女に強引に塗った。言うまでもなく公衆の面前(教室の中)で、動くなといつにない強引な接し方。思わずはいと従順に従った。そのシチュエーションはどれほどのインパクトだったのか、終わった頃には綾子は頬を染めていた。その姿に綺麗だと歓声を上げる少女たち、いつもと違う綾子の姿に言葉を失う男の子。手鏡に映る自分を見て、イケているのかと満更ではない様子。“どう?”と真也の顔を伺えば、彼は満足そうに胸を張っていた。違う違う、こうじゃないと綾子は頭を抱えた。

 

今まで見向きもしなかったG君が綾子にこっそり言う。

 

“幼なじみって距離が近いから上手くいかないんだ。だから真也(シスコン)なんか放っておいて今度一緒に遊びに行かないか?”

 

彼はクラス中の女子から罵倒された。今度はA君が自慢げに言う。

 

“迷える子羊よ、真也(オトコノコ)にはエッチしかない。其れで一発だぜ”

 

彼はクラス中の女子から大ヒンシュクを買った。綾子の鉄拳もおまけに付いてきた。こうして最初の一日は綾子の空回りで終わったのである。

 

そして下校時間。綾子の様子がおかしかったな、そんな事を考えながら真也は帰途につく。校舎と運動場を見渡せば、部活動に励む生徒たちが居た。紅に染まるなか彼は大あくびした。

 

(霊刀を凛に預けっぱなしだ。電話して今晩にでも取りに行くか……怒っていなきゃ良いけれど)

 

図々しい希望を考えながら校門を出ると得体の知れない波動に襲われた。それは特定方向に収束した力で、人の精神が織り成した物だった。恐る恐るその方に目をやれば、木立の影、夕暮れの闇、その中に赤いあくまが立っていた。眼が合った。にっこりとした笑みは誰であろうと心を奪われる。そのクイクイと動く右手人差し指は“こっちにいらっしゃい”とかぎ爪の様。

 

逃げようか、でも霊刀がある。彼はイニシアチブを取られた事を不覚に思いながら歩み寄った。其処は校門から死角になっていて人目には付きにくいが、完全ではない。遠坂凛と一緒に居るところを学園生徒に見られたら厄介だ。さりげなく近寄り手短に用件を済ませようと考えた。そうしたら彼は凛の背後に存在する霊体に気づいた。それは凄まじい霊圧で真也の戦闘神経を刺激するには十分だった。

 

「おはよ、遠坂。今日は遅いんだな」

 

だもので違和感たっぷりの挨拶をする。言うまでもなく今は夕方だ。気分を害した凛は腕を組んだ。たちまちムスッとした表情になる。

 

「なに、それ。言いたい事があるならハッキリ言いなさい」

 

2stバイクエンジンの様な甲高い動作音を立てる神経を何とか押さえ込んで彼はこう言った。

 

「他意は無いんだ。気分を害したら謝る」

 

霊体に気を取られてそれどころでは無い。素直な態度に驚いた彼女は“まぁいいわ”とこう切り出した。

 

「重要な話があるの、家に来てくれない?」

「いつ?」

「今からに決まってるでしょ」

「……これから晩飯を求めて新都まで行くんだ。明日にして。明日なら食料(カップ麺)を調達しておくから」

「大事な話だって言ってるのよ、私は」

 

凛の語気が僅かだが荒い。どうしてこの娘はこんな唯我独尊なんだ、彼はそんな事を考えた。

 

「せっかくのお誘いだが、俺には牛丼を食いに行くという決定があるのだ。この使命は覆せぬ」

「私の話は牛丼より下だと言いたい訳?」

「何を言う。俺らの仕事は体が資本、つまり飯だ。それを疎かにする者は良い仕事が出来ないぞ」

「牛丼ってファースト・フードの事よね? それで体云々を語るなんておこがましい」

「まあ牛丼が、と言うより晩飯の調達が問題でね。新都まで行かないと今日の晩飯にありつけない」

「……」

 

もちろん桜が居ないからである。凛はじろりと無遠慮な視線。沈黙を同意したとみて、彼は手をひらひらさせて背を向けた。

 

「じゃ、申し訳ないけれど明日にでも」

「待てっての。重要な話だって言ってるのよ」

「いや、だから晩飯が」

「だったら夕食に招く、それなら問題ないわね?」

 

「「「え」」」

 

その声は、木陰から覗いていた穂群原(ほむらばら)学園生徒たちの偽らざる本心だった。真也もぽかんとしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

幾ら当主の招きとは言え急な訪問である。迷惑ではないかと危惧した真也であったが葵には歓迎された。彼には葵のテンションが高い様に見えた、事実その通りであった。幽霊屋敷と揶揄される遠坂邸、訪れる人間など滅多に居ないのである。

 

場所は遠坂邸のダイニング。そこは石張りで古城の一室にも見えたし、ホテルにも見えた。天井にはシャンデリア。白いクロスで飾ったオーク樹のテーブルには中華料理が並んでいた。洋館洋間に中華料理、違和感には事欠かない。

 

「ささ、どうぞ召し上がれ」

 

葵の促し。ここまで来てかしこまれば返って迷惑だろ、と彼は腹を括った。

 

「では遠慮無く頂きます」

 

エビのチリソースをつまんで食べれば美味しかった。食事は穏便に進んだ、葵は笑みを絶やさなかったし、運の良い事に共通の話題があった。

 

「凛はお友達を呼びませんのよ」

「ご当主は……凛お嬢さまは人望をお持ちです、ご心配は不要です」

「と言うより学校のことを全然話してくれなくて」

「葵さんに心配を掛けたくないのでしょう。とても優しい女性ですから」

 

よくもまぁ心にもない事をぺらぺらと話すもんだわ、と言わんばかりの眼の凛だった。真也は誤魔化す様に水を飲んだ。

 

(母親の前で娘をけなすほど世間知らずじゃないやい)

 

葵は終始穏やかである。

 

「真也さんはお食事をどうされていますか」

「もっぱら妹に頼りっきりです。といっても最近好いた相手が出来たようで、私の扱いはぞんざいです」

「あらあら♪ 兄というお立場では複雑なご心境でしょう」

 

気になった彼はこんな事も聞いてみた。

 

「葵さんは料理するんですか?」

「ええ、時々。意外でしょうか?」

「良家の奥方という意味では意外と感じました。でも桜色のエプロン姿はとても似合いそうで……」

 

失礼すぎだ、彼は慌てて欲望ダダ漏れの口を塞いだ。脳裏にエプロン姿の桜が浮かび、それが葵と重なったのである。なんと言う事はない、彼は桜に近い雰囲気を葵に感じ取っていたのだった。葵は桜色のエプロンを好んで着けるのだが、どうして真也がそれに言及したのか、不思議に思った。そして自分と真也の妹が同じタイプだと察しを付けた。

 

「妹さんもそのエプロンを持っているのですか?」

「はい」

 

彼は余裕を欠いて一言で済ました。心の動揺を上手く隠していたが、そこは年の功。葵には手に取る様に分かった。喉を鳴らしながら楚々と笑う。

 

「これでも花嫁修行はしていますのよ。是非またいらしてください。真也さんさえよろしければ腕を振るいますわ」

 

真也は流石に気恥ずかしいのか、居心地悪そうに頭を掻いていた。凛が青い顔であんぐりと口を開けていた。

 

「葵さんさえよろしければ、是非」

 

緊張と憩いが混ざった微妙な雰囲気の食事が終わり、客間である。向かい合ってソファーに腰掛ける凛と真也。彼女は笑顔をピクピクと痙攣させていた。どうにかこうにか怒りと憤りを抑えていた。その精神の波動に呼応したのか、ローテーブルに置かれたグラスの氷がピシリと音を立てて割れた。

 

「同い年が義理の父なんて、絶対阻止するわよ」

 

殺意がダダ漏れである。

 

「彼女は大人、俺は子供。リップサービスだろ。真に受けるない」

 

現実になったら流石に困るとそう言い聞かせた。続けてこう言った。

 

「悪い、調子に乗りすぎた。今日を最後にこの家には近づかん。なんだか葵さんは凛とは違う意味で苦手だ、調子が狂う」

 

妙な発言に首を傾げる凛だった。

 

「……アンタ私が苦手なの?」

「気づいてなかったのか。他の娘と違って会話がしづらい。理由は自分でも分からない」

「ふぅん」

 

それは遠坂家と蒼月桜の関係に起因する事であった。当然二人はまだ知らない。一転笑みを浮かべる凛である。その表情はおもちゃを見つけた子供の顔。ムッスリ顔で真也は言う。

 

「……なんだその目は」

「あらやだー。そういう事だったのね。蒼月君ったら私を意識しちゃってたんだ」

「男女関係的な事を言っているなら、それはない」

 

真顔で否定されて、たちまち憮然とする凛だった。忙しく変わる表情を見てこれが素なんだろうな、と彼は思った。

 

「母さんと扱いが随分違うわよね。幾らなんでもそう言うのってハッキリ言って失礼よ」

「なら葵さんみたいに立ち振る舞ってみれば?」

「私は私、そんなの御免ね」

「それで良いんじゃないかな。遠坂凛はそれで良い」

 

「アンタ、馬鹿にしてる?」

「とんでもない。これでも敬意は払っているさ。逆に凛みたいに生死の堺に立てる程の剛胆な女性(ひと)は……」

 

そこまで言って言うのを止めた。好み? 好意? 桜の顔がちらついたのでその言葉を飲み込んだ。桜に近い雰囲気でも、葵と異なり凛はそういう対象になる可能性がある、彼は無意識にそれを感じ取っていた。

 

「なによ。そこまで言ったなら“好きです”って言ってみたら? 上手く言えたなら頬にキス位してあげてもいいわよ?」

「期待したのか?」

「バッカじゃない」

「俺らはこうしておこう。万が一パンドラの箱になったら厄介だろ。お互いに」

「そう」

(凛は恋愛脳だし)

(こいつ女好きなのに瀬戸際で身を引くわね。誰かに義理を立ててるのかしら)

 

水を一口飲んだ真也はソファーにもたれ掛かった。結構結構と余裕ぶった態度で

 

「しかし凛も切り返しが上手くなったな。男性経験ないとは思えない」

 

と言えば、

 

「どこかのチェリーボーイを躾るためよ」

 

そう切り替えされた。物音一つしない部屋、二人の呼吸だけが聞こえる。真也は努めて冷静にこう言った。

 

「……何処で覚えた。そんな言葉」

「あら、ごめんなさい。気に障った? 可愛いのね蒼月君は」

 

笑みを絶やさない凛の表情はそれはそれは腹立たしい。真也の顔が引きつった。

 

「魔術師という立場を免罪符にして、男から逃げる気弱な娘が偉そうに」

「私だってその気になれば男の10人や20人造作もないから」

「キスどころがデートすらした事ない小娘には無理無理だね」

「女の子に相手にされていない男の子って可愛そうよね。虚映に縋らないと生きていけないから」

 

二人はグラスを同時にテーブルに置くと立ち上がり詰め寄った。ギリと表情を軋ませる。

 

「随分という様になったな遠坂凛! 生娘のくせに!」

「この私が言われっぱなしになると思ったら大間違いよ! この童貞男!」

「その辺にしておけよこの悪魔! いったい何人の男の子をフって泣かした!」

「アンタに素行を言われたくないわっ! この女ったらし!」

 

「俺が、いつ、そんな、真似を、した!」

「聞こえの良い言葉で女の子の反応を楽しむなんて! 悪趣味だって言ってるのよ!」

「花を愛でるという雅の余裕すらないのか嘆かわしい!」

「雅とか言う前に礼儀覚えなさいよ! 大体、鼻につくとか失礼にも程があるわ!」

 

いつかの進路指導での会話である。

 

「自覚があるなら直せよ! てゆーか随分根に持つな!」

「私の何処が高慢ちきなのよ!」

「そこまで言ってない!」

 

二人の前にオレンジジュースが二つ置かれた。葵である。

 

「若いって良いわね。一気に燃え上がるのだから」

 

ホホホと楚々良く部屋を出て行く葵。ぽかんと呆けていた凛は慌てて追いかけた。

 

「ちがうの! 母さん違うんだったら! 私のタイプはこんな変態じゃなくて父さんみたいなっ!」

 

開けっ放しの扉から凛の叫びが木霊する。鼻先を付き合わさん程に近づいた事を、取り繕う様に彼はこう言った。

 

「ふん、ファザコンめ」

 

何事もなかった様に部屋に戻ってきた凛は、真也に刀を返すと聖杯戦争の事に言及した。彼女が呼んだ理由はそれだった。簡単に言えば、何でも願いが叶う聖杯を求めて魔術師たちが殺し合いをする儀式だ。詳細な説明を聞いた彼は特に気にしていない様だった。ただ凛の背後に控える霊体を見てそれがサーヴァントであると察しをつけた。

 

「ふーん、それは面妖な」

「アンタには令呪もその兆候もない。この時期でそれならまず参加はあり得ないけれど、どうするつもり?」

「令呪がなきゃ参加もへったくれもない、そのまま静観するさ」

「万が一襲われたら?」

 

「当然武力対応する」

「サーヴァントは強力よ?」

「強力だから、というのは理由にはならないな。俺にも妹にも学校があるし、学校には友人も居る。俺らだけ逃げるのは気が引けるし、何より逃走自体趣味じゃない。安易な逃走は癖になる。もちろん悪い意味での癖だ」

 

凛は先日のグール戦を思い出す。力と力は引き合う、強ければ強い程そうだ。腕を組んで脚は組み直した、僅かに首を傾げれば、さらりと黒く長い髪が揺れた。

 

「私としては冬木市から離れて欲しいのだけれど。真也がいると無茶苦茶になりそうだし」

「それは俺の関知するところじゃないな。魔術師なら上手い事やってくれとしか」

「妹さんが心配にならない?」

 

「相談はする。妹が逃げたいと言えばそうする。けれど妹にも望みがあるからな、それ次第。まぁ、何とかなるだろ。危ないのは夜だけだし、万が一あれば俺が危険を切り捨てる。そのために鍛えてきたし生きてきた。俺としてもそんな事で妹の生活を壊したくない」

 

「あっきれた。それって妹の我が儘を叶えるためなら苦労は厭わないって事じゃない」

「そういう表現もあるかも知れない」

「シスコン」

「五月蠅い」

 

凛は腕を組んで考えた。真也の戦闘能力はずば抜けているがサーヴァントは強力だ、その程度では敵うまい、と考えた。ただ上手く立ち回れば生き残る可能性は多分にありそうだ。仕方がないと彼女は決断した。凛にとって真也にいま死なれては困るのだ。

 

「アーチャー」

 

凛の背後の控えていた霊体が実体を顕した。白髪、褐色肌、赤い外套姿の男が現れた。その瞬間である。真也の体が戦闘状態に切り替わった。アイドル状態だった神経回路がエンジンの様に甲高い音を立てて回り始める。一気にレッドゾーンへ突入した。

 

英霊だの、サーヴァントだの、正直なところ彼に実感は無かった。過去に対峙した物の怪の延長、その程度の奴だと思っていた。無理もなかろう。過去に生きた偉人の事など、遺跡や書物などの欠損した不完全な記録でしか知る事はないのだから。特に古代の遺物は客観性と物証性に欠け、記録と言うより物語。それから推測して英霊像を正確に結ぶなど無理がある。

 

凛は実物を見せる事によって、彼の認識を正そうとした。事実サーヴァントとはそれ程の物だったのである。真也は声を絞り出した。

 

「なるほど。こんなのが全部で7体も居て、それらが争うとなれば大事だ。そしてサーヴァントたちを維持する聖杯、その力は察してあまりある。万能の願望器とはあながち与太話という訳でもなさそうだ」

 

肌を叩き付けるアーチャーの威圧に真也の顔が歪み始める。其処にあるのは恐怖ではなく歓喜だった。“こいつらなら全開で戦えるかも知れない”という抑圧解放の欲求である。

 

アーチャーは腕を組んで人を小馬鹿にした様な態度だったが、殺気一歩手前の威圧をぶつけた。蒼月真也という人物を探るためである。もし堪えきれず襲いかかろうものなら、それを口実に切り伏せるつもりでいた。動きがないのでもう一押ししてみた。

 

「凛。残念ながら君の好意は徒労に終わったようだ。この男は死の危険にさらされているにも関わらず、それを何とも思っていない。むしろ興奮すらしている。この男は異常者だ。戦闘狂と言う奴だよ。遠からず君に厄介事を持ち込むだろう。今すぐ追い出すか、いっそのこと殺してしまうべきだな。いや、聖杯戦争の事を考えるのであれば、その方が確実だ」

 

真也が殺意を当て返すとアーチャーから警戒を引き出した。真也の封印具は霊的肉体的に封じる物で、精神は何の拘束すら受けていない。アーチャーはその殺意がどういう代物か、気づいたのだった。真也は睨み上げた。

 

「おい、この弓野郎。鏡見て物言いな。自分が人様をとやかく言える人格者だとでも思っているのか」

「凛の説明を聞いていなかったのか? なんならサーヴァントがどういう存在か改めて教えよう」

 

「かつての執念、無念を持っている、そう言いたいならそのイカ臭い口を閉じていろ。そんな奴にとやかく言われる筋合いはない、虫ずが走る」

「つくづく凛が哀れだ。あれだけ懇切丁寧な説明を受け、未だ自分がなにと相対しているのか、それを理解していない。愚者に説法とはこの事か」

「おまえ。自分が人間である事を忘れ、くだらない何かに縋った口だろ? 見えるぜそのスカした面の下に隠してる張り詰めた面がな」

 

何かを得ようとすれば何かを支払わなければならない。その何かが大きければ大きいほど、支払う物も大きくなる。英霊として祭られる程の存在なら、その支払う物は如何ほどの物か。元は人間だった彼らだ、自覚の有無問わず身を切っていったのだろう。つまり、ある偉業を成すとは言い換えればそれしか無いと言う事他ならないのだ。

 

真也はアーチャーの人生を知らない、だが喧嘩を売られて笑っているほど善人ではなかった。アーチャーが構えを取った、まるで何かを掴む動作である。真也はソファーに掛けてある霊刀を左手に掴んだ。

 

「マスターでも無いただの人間が良く吠える」

「弱い犬ほど良く吠えると言うが、お前もその口か?」

 

生死を分ける、一瞬きにも満たない時間。その緊張を破ったのは凛だった。酷く落ち着いた魔術らしい声だった。

 

「やめてアーチャー。彼は敵じゃないの。それと真也、あなた性格変わってるわよ」

「態度は相手によって変える。礼儀を知らない奴と握手する趣味はない」と真也が答える。

「同感だ。付け加えれば知性が無い者も嫌いだがね」とアーチャーが答えた。

「命拾いしたな」

「お前がな」

 

バチバチと火花を散らす俺らを見て、凛は深いため息をついた。こう続けた。

 

「真也。サーヴァントを理解出来た?」

「……十二分に」

「避難するつもりは?」

「だから相談するって」

「しっかり相談しなさい」

 

凛は髪を手櫛で梳きながらこう言った。

 

「話はおしまい。まだ全クラスの召喚が済んでいない筈だから、各マスター達も大人しくしていると思うけれど、油断は禁物よ」

「ご忠告痛み入る」

 

凛は窓の側に立ち、遠坂邸から立ち去る真也の後ろ姿を見た。その姿は朧気で月があってもよく見えない。闇夜に消えていく彼を見て深々とため息を付いた。

 

(シスコンじゃなくて、本当にバランスのとれた性格で、真面目で、真摯で、私にも礼儀正しければ言う事ないのにね)

 

だったらどうするとまでは考えない凛だった。薄暗い部屋の壁にもたれ掛かっていたアーチャーが言う。

 

「凛、あの男と関わるのはよせ」

「なぜ?」

「あの手の類いは時々いる。何とかに刃物という奴だ。年若いが既に手を血で汚しているかもしれん。あの眼も気になる……早めに処断する事だ」

「眼?」

 

「種類は分からないが魔眼の類いだろう。これから仕留めに行く、構わんな?」

「真也には妹が居るのよ。喧嘩は良いけれど殺すのはだめ、見捨てるのも駄目、いい? 少なくとも私が指示するまでは味方として扱って」

 

彼は仕方ないと達観した表情だ。

 

「マスターの意向なら従うさ、だが何故奴の妹を気にする?」

(桜色のエプロン、蒼月桜……まさか、まさかよね)

 

 

◆◆◆

 

 

時は少し遡り衛宮邸である。その家の玄関で靴を履くのは士郎だ。学園から一度帰宅した彼はこれからアルバイトに出かけるのである。見送るのは桜でコルク色の穂群原の制服を着ていた。もちろん士郎は私服。玄関の扉は磨りガラス、夕日が差し込んでいた。もうじき日が暮れるだろう。

 

靴を履き終わり立ち上がった士郎は桜にこう言った。

 

「じゃぁ行ってくる。ひょっとして遅くなるかも知れないからその時は舞弥さんに送って貰ってくれ」

「はい、先輩も気をつけてくださいね。さっきテレビで新都のガス漏れ事件の事をニュースでやっていました、最近物騒です」

「「……」」

 

思わず見つめ合い、二人はそっぽを向いた。桜はスカートの前で組んだ両手をモジモジと落ち着きなく動かし、士郎は頬を掻いている。

 

「あの、」とは桜で、

「あのさ、」とは士郎である。

 

学園の噂は彼も聞くところで、当然彼自身と桜の噂も含まれている。気まずい、士郎はそう思った。すると玄関から廊下を通じて繋がる居間、そこから言い合いが聞こえてきた。妙齢の女性の声、大河と舞弥だった

 

「大河。いい加減に入り浸るのは止めなさい。雷河さんも心配しています」

「えー、私この家の子だもん」

「誰が決めましたか誰が。そんな事だからその年で恋人も居ないんです」

「士郎は良いって言ってるしー」

「士郎に聞けばそう言うのは分かっているでしょう。甘えないでください」

「私だって士郎のごはん食べたいもん」

 

舞弥を嫌って偶にしか来なかった大河は桜の話を聞いて押しかけたのだった。予想通り桜は大河の味方をしたからである。桜の進言もあって舞弥も渋々受け入れた。

 

舞弥は切嗣に言い寄っていた経緯から大河を毛嫌いしていた、大河は切嗣の死後士郎に乗り換えたと舞弥を毛嫌いしていた。年の差はあれ女の戦いである、言い合いなど尽きない。

 

たはは、と愛想笑いしかできない桜と士郎だった。

 

「それじゃ行ってくる。留守番任せた」

「はい、いってらっしゃい」

 

家を出た士郎はむぅと唸りながら道を行く。

 

人妻系美少女と名高い桜が通う様になって、彼の風当たりは少し厳しくなった。当然同性からのやっかみである。桜と士郎がちゃんと知り合ってそろそろ1年、日に日に色っぽくなる様は彼も知るところ、そんな少女が自分の家に通う事は果たして適切なのだろうか、と今更考えた。

 

(料理を習いに来てる、送り届けも万全、やましいところはない……)

 

不安なのは遠坂凛がそのことをどう思っているか、である。

 

(聡明な遠坂の事だ、理解していてくれるに違いない。そうじゃなくても話せば分かってくれる)

 

彼の中で凛はまだ学園のアイドルなのである。それはそれとして気に掛かるのが、桜と真也の関係だ。桜が早朝も来る様になったのは真也と喧嘩したからだ、彼はそう考えていた。桜は真也の名前を口に出すと辛そうに口をつぐんだからである。

 

(真也は気に入らない、真也のやり方が気に入らない、真也は決してそのやり方を改めない、また繰り返す、何度でも繰り返す、だから気に入らない。だがそれはそれだ、二人は兄妹なんだし仲直りさせるべきだ……)

 

そこまで譲歩して、眉をぴくりと動かした。“遠坂凛が蒼月真也を食事に招いた”という噂は士郎の耳にも入っていた。そして綾子の気落ちした姿を思い出した。綾子と真也が付き合っているという話は聞いた事がない、女の子同士の会話で綾子が否定しているのを士郎は聴いている、だが彼女がどう思っているかは士郎から見ても良く分かった。

 

凛がどうして真也を招いたのか、正確なところは知らない。だが真也に言って綾子に気づかせてやるべきだ、彼はそう考えた。なにより。他の奴なら諦めも付くが、凛の隣に真也が居るのは認められないのであった。

 

“真也は遠坂を不幸にする”彼は直感でそう考えていた。

 

すると。突然士郎の視界に白銀の髪が舞った。考えに耽っていた彼は視界にそれが映っていたにも関わらず認識するのが遅れた。なんだ? そう思う士郎の前に少女が一人立っていた。年は10歳前後。白い肌に白銀の髪、瞳は深みのある赤で、藍色のコート纏っていた。その少女は無邪気に笑って士郎にこう言った。

 

「お兄ちゃん、早く呼び出さないと死んじゃうよ?」

 

衛宮邸の様子を伺っていたその少女は、家を出てきた士郎を付けていたのだった。彼はその言葉を理解する前に、少女が消え去ろうとする前に歩み寄った。しゃがんで少女と視線を合わす、にっかりと笑った。

 

「迷子か? 最近物騒だから一人でいると危ないぞ」

 

外国人の小さな子が一人で居るという事実からそう考えた。その少女はぱちくりと数度瞬きをした。予想外の展開に戸惑っていた。

 

「俺は士郎だ、衛宮士郎。名前はなんていう?」

「イリヤ、イリヤスフィール」

「イリヤイリヤスフィール? 繰り返す事で強調してる? イリヤという言葉になにか意味でもあるのか?」

「違うよ、イリヤスフィールでイリヤなの」

 

「あぁそういう事か。失敬失敬。イリヤスフィール、俺が送るよ。家は何処?」

「お兄ちゃん。わたしお兄ちゃんを殺しに来たんだから、そんなご機嫌取るようなことしても許さないんだから」

「俺を殺す? どうしてさ?」

「わたしずーっとこの時を待ってたんだから。キリツグと一緒に殺すんだもん」

 

養父の名前を出されて彼は戸惑った。

 

「イリヤスフィールはオヤジを知ってるのか?」

「知ってるよ、私とお母さんを捨てた人。許せないから殺しに来たの」

「オヤジが? お母さんってどういう事だ」

「……キリツグはどこ? 家に居るの?」

 

切嗣の事を知っていて、死んだ事を知らない。オヤジの昔の知り合いか? と考えた彼は正直にこう告げた。

 

「オヤジは切嗣は死んだよ」

「死んだ?」

「あぁ、五年前に。それより教えてくれ、オヤジを知ってるのはどうしてだ?」

「嘘……」

 

「嘘じゃない」

「……わたし帰らないと。バーサーカーが起きちゃう」

「バーサーカー?」

 

イリヤは幽霊でも見た様な、呆けた表情を見せた。体調でも悪くなったのかと、慌ててその小さな額に手を伸ばせば、イリヤは幻の様にすり抜けてそのまま立ち去った。士郎は追いかけようかと思ったが足を止めた。帰るというなら迷子ではないという事だ。

 

「しまった、バイトに遅れる」

 

舞弥が何か知っているかも知れない、バイトから帰り次第イリヤの事を聞こう、彼はそう考えて走り出した。

 

 

 

 

つづく。




申し訳ありません、タイトル変えました。頭に浮かんだそれがあまりにも電撃的だったもので。分かりやすいってのが一番だと思うのです。あとインパクト。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。