冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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07 聖杯戦争・序2

遠坂邸を後にした真也は夜の冬木をトボトボと歩いていた。

 

(どんな願いでも叶える聖杯か……)

 

酷く魅惑的なフレーズである。だが幸か不幸か彼には願いが無かった。

 

(強いて言えば、桜の旦那を見つける事だけど、聖杯を使う物だろうか? 聖杯を使ってスーパー旦那を用意したら桜はそいつを受け入れるのか?)

 

腕を組んで考えた。むぅと唸りもした。塀の上に座っている猫が、通りゆく異種族をのんびりと目で追っていた。

 

(違うな、幸せはもたらすものじゃ無い。つかみ取る物、育む物だ。誰かに与えられた幸せなんて所詮まやかしだ。すぐにボロが出て辛くなる……)

 

士郎の家に通う桜の姿を思い出す。

 

(そうすると桜の行為は間違ってない。桜がするべき事を俺が奪ってしまったのか。成長を阻害してしまったのか。俺がよかれと思ってしてきた事は間違いだったんだろうか)

 

目の前には真也の家があった。2階の東向きの部屋には灯りがともっていた。彼は盛大なため息をついて、黒く鈍い光を放つ金属パイプで出来た門に手を掛けた。

 

(好きな奴が出来るのは良い、良くないが良い。でも会話ぐらい……)

 

と涙する真也だった。

 

(サクラニウムが足りない! おにいちゃんは活動限界を超えてしまうっ! 超えたら初号機みたく暴走だっ!)

 

反省すれど改善の意思のない真也であった。シスコンゆえである。

 

めそめそ、玄関の扉を開ければ、ギィと音が鳴った。それは紛う事なきバイオハザードの効果音。違和感を感じながら、静まりかえった家に踏み入ると、桜以外の何かが居る、彼はそう感づいた。この圧倒的な気配なら見覚えがあった。つい先ほど、嫌と言うほど感じさせられた存在、サーヴァントだ。

 

何故サーヴァントがこの家に居るのか、何が目的なのか。疑念はつきなかったが、物騒な存在が家に居るという事実だけで、動機は十分だった。つまり撃退か、もしくは討伐しかない。彼は桜の無事を確認したかったが、桜は2階、侵入者は1階。このまま2階に上がれば敵に背を向ける事になる。このまま屠った方が確実だと判断した。霊刀を掲げて抜刀する。蒼く光る刀身はシャランと堅い金属音を立てた。

 

気配は玄関を入って直ぐ右手、ダイニングから放たれていた。サーヴァントも彼に気づいて鋭い殺意を放ち始めた。彼は扉をゆっくりと開け、一歩踏み出した、その瞬間である。頭上より杭のように鋭利な武器が振り下ろされてきた。

 

読んでいた真也は、体を一歩ずらし敵の攻撃を避けると、そのまま部屋の中央に走り込んだ。入り口という狭い空間では刀が振るい難いからだ。転がるように振り返ると、天井と壁の境に、女が居た。手足を広げ、長い髪をも広げ、その姿は壁に張り付く蜘蛛のよう。

 

髪はどういう理屈か桃色で、背丈ほどに長かった。長身で細身。纏う服装は黒色で、体のラインを惜しげもなく晒すぴっちりした仕立て。胸から股に掛けては、申し訳程度に隠す丈の短い物だ。昔はやったボディコンといえば説明が早かろう。

 

何より目に付くのが、両目を覆う目隠しである。何とも淫惑的な格好だったが、敵は敵、彼はお構いなしに踏み込んだ。一閃。そのサーヴァントは真也の一刀を躱すと、家蜘蛛のような素早さで、壁、天井、床へと飛び移った。

 

恐るべき機動力であった。

 

ならば部屋の隅に追い込み切り捨てるだけ。如何に素早くとも、部屋の中では速力を活かせまい。真也は床を踏み抜き、間合いを詰める。ジャラリ、鎖がのたうつ音がした。先ほどの杭のような武器は鎖の末端だった。リビングの奥に陣取ったその女は、彼を打ち付けようと鎖を走らせた。波打つ鎖の節と腹。それを見極め、基点となる腹を、ある時は刀身である時は柄で打つ。四方八方から迫り来る鎖をはじき飛ばした。女の表情に驚きと焦りが浮かぶ。

 

彼はこのサーヴァントがあまり強くないと、直感でアーチャーより格下と判断した。

 

(だが宝具とか使われると厄介だ、手早に、無駄なく、切り捨てる!)

 

力を失った鎖が部屋に舞う、その様はまるで舞台に投げ込まれたリボンのよう。真也は疾風のように駆け抜けた。目指すは、一路、女の首である。このタイミングなら避ける事も守る事もままなるまい。女が息をのむ。彼が“殺った!”とそう確信した時である。

 

「兄さんやめて!」

 

開いた扉から桜がボストンバッグを投げつけた。直撃。彼はその衝撃で壁に打ち付けられた。殺意が無かったので避けられなかった。ベチリという珍妙な音のあと、困惑という沈黙がリビングを支配する。サーヴァントの女も戸惑い、立ち尽くしていた。壁にへばりついていた真也はそのまま、ズルズルと崩れ落ちた。戦闘中になんてことをするのか、涙で溢れた兄の目は切ない抗議の意を表していた。

 

「だって止める方法、他に思いつかなかったし……」

 

もじもじと恥じらう妹の姿が可愛かったので彼は許した。

 

 

◆◆◆

 

 

彼は散らかったリビングを片付けた。細かいところは無視して片付けた。ソファーに腰掛ければ、ローテーブル越しの正面に桜が見える。桜色のカーディガンに、白色のゆったりとしたワンピース姿で座っていた。いつもの桜の出で立ちである。

 

(おぉぉぉぉ……)

 

久しぶりの桜の姿と匂い、彼は感極まっていた。桜と真也の二人を見渡せる位置に女サーヴァントが座っていた。目隠しを付け表情なく能面であったが、桜と真也を何度も見比べていた。顔の作り、髪の色、全体的な雰囲気、そういった比較である。彼女は首を傾げた。どう見ても兄妹に見えない。

 

(私も人の事を言えませんね……)

 

と彼女は二人の姉と自分を比べて肩を落とした。真也はサーヴァントを見て美人だろうと考えたが、直ぐに忘れた。目の前に桜が居たからである。

 

「で、桜。この人誰?」

 

我ながら意地が悪い、そう思いつつも彼はそう聞いた。桜はたどたどしく答えた。

 

「私の友達で、日本に旅行に来て、私を頼って、」

 

そこまで聞いた彼は、桜の額を指でこつんと弾いた。

 

「わかりやすい嘘をつくんじゃありません」

「はぅ」

 

額を押さえる桜は涙目である。

 

(サクラニウム充填120パーセントォ!!)

 

その姿と声を聞いて彼は心中で涙を流す、このまま死んでも悔いは無い、地獄の魔王すら屠って見せよう、そんな事を思ったりもした。もっと桜に浸りたい欲望を、蹴って踏んづけてどうにか押し込んだ。彼はサーヴァントに言う。

 

「おねーさんのクラスは? アサシンか? それともキャスターか?」

 

はっと息をのむ桜。女は微動だにしない。

 

「兄さん、サーヴァントの事知ってるの?」

「おにいちゃんに不可能はありません」

 

言うまでも無くつい先ほど凛から聞いたからであった。サーヴァントの代わりに桜が答えた。

 

「ライダーです」

 

あれだけの機動力ならば騎兵の方が適当だろう、と彼は考えた。

 

「ライダー、なんで攻撃した? 兄と聞いてなかったのか?」

「武装もしていましたし、てっきり不審者かと」

 

今度も桜が答えるのかと思ったが、ライダーが答えた。しっとりした声で真也は好感を持った。ライダーは桜と真也が似ていなかった、という判断は伏せた。さて、問題はここからである。なぜ桜がライダーと分かるのか、どうしてライダーが桜と一緒に居るのか、どうして桜がサーヴァントの事を知っているのか。

 

(聞きたくない……めっさ聞きたくない)

 

彼は渋い顔でこう、おずおずと桜に聞いた。

 

「……桜、腕に令呪は?」

「あります」

「……桜は、ライダーのマスター?」

「はい」

「……桜は聖杯戦争の事をライダーから聞いた?」

「はい」

 

何の躊躇いもなく答えた桜を見て彼は遠い目である。

 

(そういえば桜ってすこし天然入ってるんだよなー)

 

聖杯戦争は戦争と言うより殺し合いである。監督役もいるが、マスター同士であれば戦の貴賤などお構いなしだろう。陰湿な手を使ってくる輩も否定できない。桜は殺し合いという現実に気づいていないのだろう、彼はそう考えた。

 

(どう考えても良くない)

 

真也は桜を2階の自室に呼び出した。話を聞かれては困るとライダーは1階のリビングに控えて貰った。

 

二人は真也の部屋、カーペットの上で向かい合って正座である。サクラニウムの補充が済んだ真也は取りあえず落ち着いてココアを飲んだ。桜は落ち着かず、部屋をせわしなく見ている。久しぶりの兄の部屋と匂いと声に、鼓動は早く強く暴れていた。

 

止めども無く押し寄せる身体の疼きをどうにかしようと身じろぐが、鎮めたくても鎮まらない。それは身体の率直な反応であった。先ほどから兄が何か言っている、だが一向に頭に入ってこない。

 

「かくかくしかじかまるまる……だから棄権するべきだ。桜、聞いてるか?」

「は、はいっ!?」

「……聞いてなかったな?」

「え、えーと、そんなことは、」

 

半眼で睨まれた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

真也は頭を掻いてこう繰り返した。

 

「聖杯戦争はかなり厳しい戦いだ。ライダーの力は見ただろ? あんなのが7体も居るんだ。ぶっちゃけ命に関わる。隣町に教会があるらしいんだが、そこに聖杯戦争の監督役が居て、マスターを保護して貰えるそうだ。令呪を放棄して、ライダーには別のマスターを探して貰おう」

 

桜は押し黙り、視線を下げた。彼女は自分の願望を人に否定されると、大抵このような仕草をする。経験上それを知っていた真也はこう聞いた。

 

「ひょっとして桜には願いがあるとか?」

 

桜は令呪の宿った左腕を胸に抱きしめた。図星である。

 

「桜」

「嫌」

「桜ってば」

「嫌」

 

言いたくても言えない、耐えるしか無い、彼女のその姿はとても深刻そうに見えた。

 

“聖杯があれば苦しみから逃れられる”

 

彼女のその抽象的な願いは何を招くのか。

 

「桜のその願いはそんなに重要か?」

 

兄のその問いに彼女はただ頷いた。彼は暫く思案した後、こう言った。

 

「……そっか、わかった。なら聖杯戦争に参加しよう」

「兄さん?」

「馬鹿な顔するんじゃありません。大事な妹が戦うって言ってるのに、のほほんとする兄がどこに居ますか。俺も戦うって言ってるの」

 

彼女はハッと面を上げた。

 

「……私のために戦ってくれるの?」

「そう、桜のために戦うの。恥ずかしいこと言わせるんじゃありません。取りあえずはライダーを交えて相談だな、これから忙しくなるぞ。学校だって行けないかも」

 

桜のために戦うという兄の台詞は、全てを吹っ飛ばして彼女の心と身体を高鳴らせた。不健全な高鳴りだった。想いが極まり真也に抱きつこうと腰を上げた時、

 

「あっ……」

 

ひんやりとした感覚が身体にあった。彼女は慌てて腿を閉じた。

 

「あ?」

「そ、相談の前に私着替えてきますっ!」

「着替え? 出かける訳じゃ無いのに、なぜに?」

「な、なんでもありませんっ!」

 

顔を真っ赤に染めて、そそくさと出て行った桜の後ろ姿を見送って彼はため息をついた。

 

(凛とはこれで敵同士か、人生とは皮肉よのぅ)

 

 

◆◆◆

 

 

場所はリビングに戻り、真也はソファーに腰掛けた。組んだ両手を頭の後ろに、ふんぞり返った。台所に立つのは桜である。3人分のココアを作っていた。彼女は先ほどと同じ服装だった。

 

(着替えたって、何を?)

 

彼はそう疑問に思ったが、どうでも良いと頭の隅に押しやった。問題はローテーブル越しに腰掛けるライダーの姿である。なんで目隠しをしているのか、なぜ眼に毒な恰好をしているのか、何処の英霊なのか幾つか疑問は浮かんだが、最初の質問はこれにした。

 

「ライダー、お前の望みは何だ」

「私に聖杯に掛ける願いはありません」

「……は?」

 

英霊は本来、本人の意思に関係なく世界に行使されるモノ。その英霊システムを間借りしている聖杯は、桜に近い境遇のサーヴァントを、本人の意思なく呼び出す場合がある。ライダーもその口だった。

 

「なら、ライダーに戦う意義はないのか」

「桜を守る、それが理由です」

「なんで?」

「桜は私に近い」

「どういう意味?」

「秘密です」

 

目は見えないが、すんとすまし顔のライダー。問いただしても答えそうにない。根掘り葉掘り聞くのも失礼だ、なにより、召喚理由に大した意味は無い……そう思った彼はこれ以上の追求を止めた。“かっての私に近い”ライダーは桜みたいに少し垢抜けない娘だったのだろう、そう思う事にしたのだった。

 

(願いはマスターとサーヴァントの二人分、桜には願いがあってライダーは無い。と言う事は一つ余るのか。温泉旅行でも頼むかね……)

 

キッチンで背を向ける桜に声をかけた。

 

「さくらー、草津と熱海どっちがいいー?」

「草津が良いですー」

(いやいやまてまて、最後の蟲が一匹が居た。それにしよ)

 

そんな馬鹿な事をしていたら、彼の目の前にライダーの顔が合った。目隠しで顔は見えないが整った顔立ちをしているだろう事は容易に知れた。ソファーに腰掛けている真也に、覆い被さる様に迫っている。彼女は彼の首元に鼻先を近づけ、スンスンと匂いを嗅いでいた。

 

「……なにを?」

 

この状況に至った原因が読めない真也にライダーはぐうと腹の音で返事した。

 

「ぐう?」

「シンヤ、貴方は良い匂いがしますね」

 

さらりと垂れた長い髪が彼に被さった。彼には髪で出来た籠に閉じ込められた様に感じた。薄暗く、甘い匂いがする。触れていなくとも伝わってくる体温はいかほどのものか。思わず眼を回す彼だった。

 

艶のある唇が開けば、牙が見えた。それは唾液に濡れ糸を引いていた。首筋を這う舌は触覚でもあり性器でもあった、くすぐりはいつしか快楽に変わっていった。ライダーさえも真也の首筋に見える膨大な魔力(血の流れ)をみて身体を高鳴らせていった。

 

“じっとしていていなさい、直ぐ終わります”

“まて、俺は、”

“シンヤの血なら私は大きな力を得る事が出来るでしょう。ひいては桜のためです”

 

その嬌声(ささやき)それは現だったのか、それとも夢だったのか。桜のためという言葉は彼の最後の抵抗を奪った。彼女の牙が首筋に触れた時。

 

ガシャン! という何かが落ちて割れる音がした。

 

我に返った真也がその音を見れば妹の姿。信じられないと言う嘆き、ではなく憤りで現実を壊してしまいかねない、壊してしまえという表情をしていた。桜の足下には割れたマグカップとこぼれたココアが3人分。

 

一度喜ばしておいてこの裏切り(仕打ち)。桜の衝撃は如何ほどのものか、憤りが怒りに変わるのにさして時間は掛からなかった。両手を強く握り、身体を震わせ始めた。何か発言せねばマズい、と彼は慌ててこう言った。

 

「桜、ちょい待ち。これはそういう事じゃ、」

「いつまで触ってるんですか……」

 

気がつけば、彼の左手はライダーの胸に触れていた。

 

「あれ?」

 

慌てて手を離すが後の祭り。

 

「残念です。シンヤ、また次の機会に」

 

ライダーは霊体になって消えた。

 

「自分だけ逃げるなっ!」

 

桜の双眸は前髪に隠れ見えない。いっぽいっぽ歩み寄る、その恐ろしさはどうだろう。まるで鬼神か魔神だ。

 

「ライダーとはさっき会ったばかりなのに……」

「お、おちつけ。そういうエッチな事じゃ無くて、血を吸うというそういう行為で、」

「美綴先輩といちゃついたあげく、遠坂先輩にもホイホイついて行って……」

「ちょっとまて。それは誤解。その2人は違う。なんでもないのであって」

「へぇ、ライダーとは何でもあるんですか」

 

彼は己の失策に天を仰いだ。キリシタンではないが十字を切った。彼に影が落ちた。

 

実際のところ彼には人並みの性欲はあった。生物である以上仕方が無い。桜に義理を立てて動画や写真で発散していたが、目の前にある女の身体は余りにも生々しく、現実的で、衝撃的だったのである。だものでライダーの誘惑にあっさり陥落してしまった。もちろん、凛の“童貞”という罵りも後押ししていた。

 

「兄さんのっ! ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!」

 

左頬に強烈な痛みが走る。これは当面口を聞いてくれないな、と彼は涙した。

 

 

◆◆◆

 

 

真也を見送った凛はアーチャーを連れて陽が落ちたばかりの新都に繰り出した。他マスターの情報集めと陽動である。

 

河川敷から綺麗な夜景を見て、愉快になった。駅前のロータリーで怪しい人物を追えば肩すかし、落胆した。下町の住宅街で犬に吠えられ、生意気な子供に腹を立てた。カフェで一息つけばナンパ男に纏わりつかれて、鬱憤がたまる。

 

成果は無し。適当な公園でからあげクン・レギュラーを頬張っていると、背後に控える霊体のサーヴァントにささくれだった。アーチャーが何か言った訳ではないが、その気配は如実に伝わってきた。

 

「楽しそうね、アーチャー」

「いや、意地っ張りもここまでくれば立派なものだと感心していた。君は進んで厄介ごとに首を突っ込む質のようだ」

 

姿は見えないが、人を小ばかにしたような笑みが脳裏に浮かぶ。そしたら凛に暴言を吐く真也の顔も浮かんだ。

 

(どいつもこいつも)

 

どうして私の身の回りに居る男どもは礼儀が成っていないのか。

 

(父さんは、背が高くてスタイルが良くてハンサムで、礼儀正しくて優しくて頭が良くて、強く気高い立派な魔術師だった……)

 

そんな人物がなかなか居ない事は分かってる、だがどこかに居るに違いない。事実父さんは居たのだから。そのために己を磨いてきた、それを求める権利はあるだろう。

 

物思いに耽っている凛にアーチャーは言う。

 

「一度出直したらどうだ。まだ陽も落ちて間もないから人通りもある、マスターが動き出すにはまだ早かろう」

「情報収集は地道なものよ。それに、手ぶらで帰れるかっつーの」

「やれやれ、おまけに負けず嫌いと来たか。あそこまで見せつけられたのだ、分かってはいたがね」

「何が言いたいのよ」

「これはあの男の成果だな。その評価はしなくては成るまい。マスターの素を見る事が出来たのだ」

「真也の事は言わないで」

 

キッと鋭い視線の凛である。アーチャーは肩を竦めた。続けてこう言った。

 

「では凛。探偵の真似事というのはどうだ。新都でガス漏れ事故が多発してるだろう? 調べておくべきだと私は考える」

「根拠は?」

「新都は急開発された街だが流石に数が多すぎるのが一つ。一ヶ月前から急に増えているのが一つ。古い建物新しい建物問わず起こっているのが一つだ。事故の発生時期がばらけていれば納得も出来ようが、私に言わせればあからさまだな。誰かの仕業と判断するのが妥当だ」

「そう、随分世情に詳しいのね」

「情報化社会の恩恵だな。君も毛嫌いせずにインターネットを使ってみたらどうだ」

 

なんと言う事は無い、アーチャーは葵の端末を拝借したのだった。マウスを持ってモニターに向かう英霊の姿はなんとも珍妙である。凛は器用だし機械への順応性も高いのだろうと追求はしなかった。

 

「大きなお世話よ。そんな事よりアーチャー、そこまで自慢げなんだから事件の起こった場所は控えてるんでしょうね」

「過去10件まで控えてあるが、手近なところから調べるか?」

「なら一番新しいところから当たりましょ。何か手がかりが残ってるかも知れない」

 

そのビルはゴシック建築をモチーフにした最近話題になったビルだった。白色で正面にあるエントランスは聖堂のよう。テナントやオフィスが入った複合ビルで、つい先日までは賑やかな場所だった、が。今では閉じられがらんとしている。見上げれば照明は落とされていて、寂しさを隠さない。街の灯りでひっそりと浮かび上がるだけだ。

 

ゲートはもちろん閉じられていて、ご丁寧にも“Keep Out”のテープで封印されていた。もちろん彼女はそんな事に縛られないし、従う理由も無かった。アーチャーに侵入させ、セキュリティを停止すると彼女は裏口から堂々と侵入した。

 

「機械に詳しいのね、アーチャー」

「ものの構造を把握するのは得意でね」

 

そんなやりとりをしながら該当のフロアに立ち入れば、凛の表情がたちまち険しくなった。微かに残る魔力の残滓、そして香の香り。何らかの術を使った事は明白だった。

 

「何の香だろう、これ」

「魔女の軟膏だろう、セリ科の愛を破壊するという奴かな。だとすると相手は女か。サーヴァントになってまで八つ当たりするとは根が深い」

 

凛は一般人を巻き込んだそのやり方に怒りを覚えて、続けて幾つかの現場を探ってみた。だが有効な手がかりは見つけられず、たまたま通りかかった公園に立ち入った。歩き回って時間も夜から深夜に変わっていた。凛はベンチに腰掛け、つぶつぶコーンスープを飲んだ。

 

「アーチャー、どう思う? 私はキャスターだと踏んでいるのだけれど」

「それについては同意見だ。だがなかなか頭の切れる人物のようだな。これだけ派手に動いて尻尾を掴ませない」

 

凛は引っかかって出てこないコーンの粒をどうにか食べようと、缶をトントンと叩いていた。缶の底にある粒は食べた、入り口の内側周りにへばり付いている数個はどうしても取れない。彼女は苛立ちを堪えて、そのまま屑箱に放り込んだ。どうにか全部食べてやろうとするも今回も敗北らしい。

 

「しかたない。収穫もあったし、今日は一度帰りましょ」

「帰っちまうのか。それは残念だぜ。どこまで追えるか見ていたかったんだけどよ」

 

その声に応じる様に、凛はざっと構えた。アーチャーは姿を顕した。

 

樹木の幹の影、そこから青い人影が現れた。男は青いぴったりとしたスーツ姿で、髪を刈り上げ、首筋から一房髪を流していた。一見痩躯なシルエットだが、十分に鍛えられた肉体である。野獣そのものだ。そしてその男は赤い槍を持っていた。

 

凛にはその人物がサーヴァントであると察しが付いた。

 

「ランサー……」

 

凛の呟きにランサーは挑発的な笑みで返した。その笑みは肯定である。ランサーは辺りを見渡した、舗装された広い空間、道路からは樹木で視線が塞がれている、深夜で人気も無い。ただ煌々と街灯が灯っているだけだ。凛を追っていた彼は仕掛けるならこの場だと決めたのである。

 

「まぁ、影から見るのも飽きてきたところだ。軽く運動としゃれ込もうじゃねーか、そう思わねえか? 兄さんよ」

 

アーチャーは夫婦剣を投影し、ランサーは赤い槍を構えた。初めて見るサーヴァント同士の戦闘である、二人が放つ威圧と魔力は膨大で凛は圧倒されていた。だから赤毛の少年がその場に近づいているなど気づきようが無かったのである。

 

 

◆◆◆

 

 

真也は台所に立ちコップに水を注いでグビリと飲んだ。桜に引っぱたかれた左頬がジンジン痛む。桜と関係改善を図れたと思ったらあっという間に振り出しに戻ってしまった。或いはマイナスかも知れない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

と盛大なため息をついた。

 

「顔色が優れないようですが」

「おかげさまでね」

 

彼の背後、リビングにライダーが立っていた。照明は点いていない。窓から漏れ入る光を浴びて、闇に浮かんでいた。ライダーは夜が似合うな、と彼は思った。

 

「桜は?」

「入浴中です。湯船につかりながら、兄さんの馬鹿、兄さんの馬鹿、と呪詛のように呟いています。涙目で怒っています」

「あ、そう」

 

マスターである桜が本気で怒れば令呪を使うだろう、そうで無いなら本気では無いという事だ。良いのか悪いのか、嬉しいのか残念なのか、彼はもう一度水を飲んだ。彼女は近寄りもせず壁の華となっていた。真也はまた血を吸いに来るのかと警戒はしていたが、もうその気は無いらしいと安堵した。ライダーは言う。

 

「迂闊でした」

「なにが?」

「サクラがシンヤを男としてみている事です」

「ないない、それはない。兄妹だぞ、俺ら」

 

「それでは何故サクラが怒ったと?」

「桜はおにいちゃん子だから。昔から他の娘と仲良くしてるとヤキモチを焼くんだ。かわいいだろー?」

「であれば尚更心配です」

 

マスターを心配するというライダーの発言は大いに彼を安心させた。

 

「なんで?」

「サクラのあの反応は過剰です。嫉妬で無いならばシンヤに依存しているかも知れません」

「依存?」

「はい」

 

ライダーに依存だと指摘され、思わず黙り込んだ。そんな馬鹿な、だがしかし。過去を振り返り思い出せば心当たりは幾つかあった。それはそれは昔の話。まだ幼少の頃、貰ったラブレターを桜に破られた事があった。年上の女の人から頬にキスされれば赤くなるまでハンカチで擦られた。部屋の掃除とかこつけて、荷物(エロ本)もよく検査される。

 

(昔からこうだったから何とも思わなかったけれど、これって異常なのか?)

 

桜のあの反応は嫉妬に起因する物だったが、ライダーはまだ桜の事情を知らない、真也は桜の本心を知らない。彼の重大な勘違いは今発生したのである。

 

リリリ、と電話が鳴る。我に返った真也は慌てて電話を取った。

 

「はい、蒼月です」

『衛宮と申します。夜分遅くに申し訳ありません。真也さんですか?』その声は舞弥だった。

「はい。どうかしましたか?」

『士郎がまだ帰らないので、そちらにお邪魔していないかと電話させて頂きました』

 

「いえ。来ていませんが。バイトでは?」

『もう上がった事をバイト先に確認を取っています』

 

真也は一瞬“士郎の奴、夜遊びしやがって”と思ったが“連絡無しというのも士郎らしくない”と考えた。好き嫌いは別にして筋を通す人物だからである。

 

『お騒がせしました。もし士郎がそちらに伺ったら連絡を頂けますでしょうか』

 

モヤモヤとした雲の様な不安が徐々に形になる。凛は“令呪があるか、ミミズ腫れなどその予兆はあるか”と彼に聞いた。先日衛宮家の食事に呼ばれたとき士郎の左手にそれらしい跡があった。連絡する奴が連絡しない、良くない何かが起こった。カチンとイメージが結像する。

 

「舞弥さん、俺が士郎を探しに行きます。すれ違い防止のためそのまま家に居てください」

『え、ええ』

 

真也は士郎のバイト先と、いつも使う道を聞いて電話を切った。彼は駆け足で自室に戻り、防寒具と霊刀を手に取った。玄関で待ち構えていたライダーが言う。

 

「一体何事ですか。血相が変わっています」

「ライダー。俺が戻るまで家から一歩も出るな。万が一襲撃を受けた場合、桜を連れて直ぐ士郎の家まで逃げろ。場所は桜が知ってる。お前の脚なら造作も無いな」

「待ちなさいシンヤ。貴方の説明は不足しています」

「後で話す!」

 

なおも詰め寄るライダーを無視して、彼は原付スクーターに跨がった。士郎がマスターかも知れない、これは根拠の弱い推論だ。そしていま他のマスターのサーヴァントに襲われている、これはただの想像でしかない。ただ一つだけ確実な事は、士郎が死ねば桜が泣く。

 

「死ぬなよ、あのクソッタレ!」

 

彼はヘルメットを雑に被るとアクセルを拭かした。

 

 

 

 

 

 

つづく。




あの兄にしてこの妹あり。リミッターカットォォォ!!!







【お問い合わせ】
Q:何で桜を連れて逃げないの?
A:
真也は状況も顧みますが、基本的に桜の希望を叶えるというスタンスです。別名甘やかすとも言う。脅威があっても桜が日常の生活を望むのであれば、それを排除するというふうに動きます。桜が逃げたいと言って、初めて避難行動を考えます。

逼迫かつ明確な危機が迫ればその限りではありませんが、今後展開していく聖杯戦争は桜の利益と危険、真也の実力、凛と天敵である士郎の動向、戦況が微妙なバランスを取るので、真也に難しい判断を迫るでしょう。

以上を踏まえて。序1での凛との避難するしないの会話を追加しました。

因みに、ご存じの事と思いますが桜は自分の本心を真也に隠しています、これ大フラグになります。
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