冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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08 聖杯戦争・序4

場所は移り衛宮邸。和風の居間、四角い大きめのちゃぶ台に向かうのは凛である。チクタクと時計が時を刻む。彼女は肘を突いて組んだ両手の上に顎をのせている。気怠いその雰囲気は美少女の物だったが、耽る内容は少々物騒だ。

 

士郎は舞弥に引き連れられて奥の部屋で相談中。真也は彼女の背後で壁にもたれ掛かっていた。凛はどうしてこうなったのか考えてみた。新都でアーチャーを伴って行動したのは良い、ランサーと遭遇したのも良しとしよう。

 

「なんであそこに衛宮君が現れるのよ」と独りごちた。

「士郎、新都でバイトしてるから」と真也は答えた。

 

凛は振り向かずそのままの姿勢でこう続けた。

 

「新都に何人居ると思ってるのよ」

「士郎ってトラブル探知機なんだ。子供のころ正義の味方を目指して、毎日ケンカを探してたからその腕前は魔術師並みらしい」

 

「詳しいのね」

「一成に聞いた」

「柳洞君?」

「そう」

 

「それってトラブルメーカーって言うんじゃ?」

「メーカーかと言われると微妙じゃないか。どっちかというとトレーサー」

「あぁ、メーカーは真也だったわね」

「やかましい」

 

凛は続けて考えた。ランサーが追ったのは目撃者を消すためだ。それは凛とて同様である。ランサーが仕留められなかったら凛が仕留めなくてはいけなかったのだ。目撃者を探したのは、アーチャーを動かしたのは、せめて見届けようと思ったから。ところが目撃者は生きていて、おまけに真也も付いてきた。その目撃者が士郎だったので更に驚いた。

 

「真也」

「なに」

「どうしてあの場所に居て衛宮君を助けた訳?」

「……」

 

真也はじっと凛を見た。言うべきか迷っているようだった。

 

「言いなさい」

 

真也は駆けつけた理由を話した。士郎の左手にあるミミズ腫れが令呪の予兆ではないか考えたこと、帰宅時間が遅れているにも関わらず連絡一つ無かったこと、トラブルに巻き込まれているのではないかと推測したこと、以上を話した。ただ桜の思い人だとは伏せた、プライベートな話だからである。

 

「衛宮君がマスター?」

 

凛は初めて振り向いた。真也は身を竦めた。

 

「士郎の左手に令呪の予兆がある」

 

真也はハッキリとそれを確認したのだった。凛は呆気にとられていた。

 

「なんだ、気づいてなかったのか」

「え、なに? つまり衛宮君は魔術師って事?」

「そうなるな」

「わたし彼の事知らないんだけれど。わたし冬木の管理者なんだけれど」

「知らんがな」

「ど、どいつもこいつも……」

 

ちゃぶ台の上にあるお茶をかっ食らうと湯飲みを置いた。ゴンと音が鳴る。

 

「それで?」

「士郎は苦手だが、別に死んで欲しいとは思ってない。OK?」

「ふん、まぁいいわ」

 

気に掛かるのが舞弥である。彼女は士郎から人外めいた存在(サーヴァント)の話を聞くと、何が起こったのか察しが付いたようだ。

 

(あの舞弥って人、聖杯戦争のこと知ってるのかしら。何者?)

「久宇舞弥って士郎の養母みたいだな」

「何も聞いてないわよ」

「そんな顔してた」

「なら私が何を考えてるか分かる?」

「……お茶淹れようか?」

「濃いのお願い♪」

 

その舞弥は士郎の手当てをしたあと話があると、彼を連れて奥の間に籠もってしまった。時計を見ればそろそろ1時間は経つ、凛はちゃぶ台に突っ伏し、机上に置いてあるあめ玉を弄びだした。

 

「で?」

 

凛の問いかけに真也は思わず口をつぐんだ、渋い顔である。彼には凛の意図が手に取るように分かった。うやむやにしたかった問題だが、凛はそれ程甘くなかった。一縷の望みを掛けてとぼけてみた。

 

「で、とは?」

「とぼけるんじゃないわよ」

 

それは彼の身の振り方である。

 

「……避難はしない」

「真也がそう決めたならこれ以上干渉する事じゃないわね」

(おぉ、なんと物わかりの良い)

 

「でもこれからどうするつもりなのか、これだけは確認するわよ」

「言ったろ、基本的何もしない。襲われたら武力対応」

「ランサーに睨まれた、そうアーチャーから聞いたのだけれど」

(……耳が早い)

「他のサーヴァントにも喧嘩を売りそうね、アンタ」

 

真也はこほんと一つ咳払う。

 

「ふむ、では率先的に干渉しよう。攻撃こそ最大の防御だ」

「……ごめんなさい、貴方の言っている事が良く分からないのだけれど」

「首尾良くマスター襲って美人さんサーヴァントを確保。そして、いちゃいちゃ」

 

凛は笑顔ですくっと立ち上がると、歩み寄り身を寄せた。片足を立て腰掛けている真也の胸に左手を添えた。手の届く距離にある凛の姿。か細く白い左手はとても柔らかく、とても暖かい、そう彼は感じた。10代特有の甘い匂いが鼻孔を突く。心臓が一つ強く打った、それが露呈しないか、彼は不安になった。凛は笑みに僅かばかりの鋭さを織り交ぜてこう言った。

 

「ゼロ距離ガンド喰らってみる?」

「ごめんなさい、調子に乗りました」

 

真也は桜がマスターである事を隠すため、凛をからかったのだった。彼は凛との何気ないやりとりが楽しい、それに気づいていなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

衛宮邸の奥まった部屋に舞弥と士郎が居た。士郎の部屋で二人は正座で見合っていた。静かで物音一つ聞こえない、木造建築とは言え大声を出しても居間には届かない、それだけの距離が離れていた。舞弥は士郎の部屋を見渡した、相変わらずの殺風景さ、彼女はそう思ったがそれどころでは無かった。

 

“常人離れした人間の存在”、“時代錯誤した物々しい恰好”、士郎の断片的な話を聞いた舞弥はそれがサーヴァントであると確信した。

 

再びこの冬木市で聖杯戦争が起こる。切嗣が残した家、士郎の生まれた土地、次回の聖杯戦争までのインターバル、これらを考慮して、期間限定で冬木市に留まったのだが、見込みが甘かったと思い知らされた。ただ10年で再発したのは切嗣の聖杯破壊が原因であるからその判断を攻めるのは酷であろう。

 

問題は、士郎がそれに巻き込まれた事、否、巻き込まれそうになっていると言う事である。彼の左手にあるミミズ腫れ、それが令呪の予兆であると言う事を彼女は見落としてしまったのだ。だが一番の問題は別にあったと、彼女は思い知らせた。

 

「士郎。2週間ほど冬木市から離れます、いいわね?」

「駄目だ」

「危ないの。怪我をするの。逃げるの」

「舞弥さん。人を説得させるには理屈じゃ無くて納得させるの事が重要だろ。俺はまったく納得してない」

 

予想通りとはいえ、士郎は聞く耳を持たない。幾ら危険を説いても士郎は身に迫る危険を軽視する、というよりは評価しないのだった。

 

「わかりました。ベビードールを着てあげます、それで手を打って」

「訳が分からない!」

「それともオープンタイプが良い?」

「下着の話じゃない!」

「ごめんなさい士郎、胸が小さくて」

 

舞弥は己の胸にそっと手を添えた。彼女が纏うのは黒のワンピースである、長袖で首元はタートルネック。彼女はシックな装いを好むが、身体のラインを意識する着こなしをする。ぴったりとした服越しに見える、小ぶりな双丘に思わず赤面する士郎だった。

 

「俺気にしないから!」

「嘘おっしゃい、時々大河と桜の身体を見てるでしょう。服越しに何を想像しているのやら、いやらしい」

「……」

「気づかないとでも?」

 

「ってそうじゃない! 俺は何で襲われたのかを聞いてるんだ! そういう会話で誤魔化すのは止めてくれ!」

「駄目?」

「駄目」

 

士郎は胡座を組み、腕を組んで舞弥を見つめていた。顔は少し赤いが追求を緩める気は無い、そう語っていた。舞弥は正座で、頬に手のひらを添え、困惑の表情である。伏せ眼がちに視線を逸らしていた。一つため息をつく。

 

ここで押し切っても士郎は二人に聞くだろう。二人が話さずとも士郎は冬木市に留まるはずだ。であれば士郎の手綱を握れる様に話した方が良い、彼女はそう判断した。

 

舞弥は聖杯戦争の事を士郎の伝えた。案の定、士郎は否定的な表情を見せた。

 

「なんだよ、それ」

「ここで重要なのは儀式が現実に存在する事、士郎には止めようが無いと言う事よ。例えそれが人殺しを伴う儀式であろうとも」

「気に入らない。聖杯で願いを叶えるなんてインチキじゃないか」

 

「士郎ならそう言うわね。でも覚えておきなさい、価値観は人それぞれだし普通の人間は利己的なの、魔術師はその極みと言っても良い。200年前の魔術師たちが聖杯戦争のシステムを作り出したのも欲望のため、血で血を洗う戦いを続けてきたのも、ひとえに執念。それは並大抵なものではない。士郎がどれだけ否定したところで彼らは考えを改めない、止められない。だから士郎。もう一度言うわ、冬木を離れるべき」

 

士郎は視線を下げた。その先には畳の緑があった。

 

「遠坂と真也はマスターだというのか」

「令呪を持つ遠坂さんはマスターね、サーヴァントは士郎の言う赤い男でしょう。真也さんは違う様だけれど、状況から考えて何らかの関係者とみるべき。関わるべきではないわ」

「……」

「士郎の正義感は私も知ってる。でも彼らは何の縁もない他人。何の咎もない犠牲者ならともかく望んで戦う人達よ? それでも士郎は庇うというの?」

 

舞弥は聖杯戦争の折、一般人に犠牲者が出る可能性について言及しなかった。あくまで可能性であるし、それを言えば士郎は阻止すると言いかねないからだ。

 

「桜は他人じゃないだろ」

「桜さんも蒼月の人間よ。魔術の技は一子相伝、真也さんの妹なら魔術師ではないと思うけれど関係者である事には違いない。残念だけれど」

「……」

 

士郎は左手に宿る令呪の予兆をそっと撫でた。いま彼には一つの選択があった、関わるか関わらないか。迷いという沈黙を続ける士郎に、舞弥は身を寄せた。彼の首元に鼻先を埋める。彼女の腕は士郎の背に回った。その温もりは“士郎を危険な目に遭わせたくない”と告げていた。

 

「士郎、お願い」

 

凛も桜も気に掛かるが、士郎にとって誰が一番大事な存在かと聞かれれば舞弥である。10年にわたる存在はかけがえが無い。強情を張り巻き込むのは避けたかった。彼は渋々こう言った。

 

「……分かった」

「そう、よかった」

 

彼女は女の身体を使って温もりを士郎に与え続けてきた、それが功を奏したと彼女は喜びを隠さない。

 

「舞弥さんは時々強引になる」

「切嗣にも同じ事を言われたわ。変なところで似てるのね」

 

士郎は、素っ頓狂な声を上げた。切嗣の名前で思い出したのである。

 

「どうしたの?」

「夕方、家の近くでイリヤスフィールって娘に会ったんだけど、オヤジの事を知ってたんだ。舞弥さん心当たりあるか?」

 

その士郎の言葉。舞弥は避けられる運命ではなかったのだと思い知らされたのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

切嗣が亡くなって暫く経った頃、舞弥は士郎の歪さに気づいた、それは彼女にとって見過ごす事ができなかった。このままでは士郎が良くない一生を送ってしまう。それを恐れた彼女は幾度となく指摘、注意、説教したが一向に治らなかった。

 

ではどうするか。

 

士郎に女という楔を打ち込む事にした。自分の、女の身体を使って意識させる事にしたのである。スキンシップを過度に図ったり、一緒に寝たり、風呂に入ったり。思春期を迎えてからは着替えを敢えて覗かせたりもした。タイミングを計り脱衣所で鉢合わせするようにも仕向けた。

 

年の差もある、いつか楔となる娘が現れるまでと彼女は割り切った。だが、なかなか現れなかった。

 

士郎が中学生の時である。正義感のもと酷い怪我で帰宅した士郎を見て、慌てた彼女は関係を迫った。士郎は未だ変わらない、精神が成熟すると手の打ちようが無い、という判断だった。彼女は純粋すぎたのである。もちろん士郎を通して切嗣を見ていたことも事実であった。

 

当然士郎は渋ったが、女盛りの身体を持て余している事を口実にした。士郎が受け入れねば他の誰かに頼むと半ば脅迫まがいの事までもした。

 

最終的に、士郎に誰か特定の娘ができるまでと言う条件の下、二人は肌を重ねた。

 

士郎が穂群原(ほむらばら)に入学して暫く立った頃。“気になる娘がいる”という発言を最後に二人の特殊な関係は終わった。舞弥の歪な教育は一応実を結んだのである。だが彼女の心と身体に残った小さな棘は彼女自身気づいていなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

義姉であるイリヤスフィールが追ってくる。聖杯戦争が避けられぬ定めと知った舞弥は全てを士郎に話した。切嗣の非常な過去、アイリスフィール、アインツベルン、10年前の悲劇の真実、それを聞いた士郎は立ち上がった。

 

“俺にとってのオヤジは正義の味方を目指した衛宮切嗣だ。俺を助けてくれたのは紛れもない事実”

 

そう彼は決心した。舞弥は言う。

 

「士郎はイリヤと戦える?」

「止める。もしそれでも襲ってくるのであれば倒す」

「其れは殺すという事よ、分かっているの?」

 

しばしの間のあと彼は分かってると答えた。返答に要した間は迷いである、それは士郎を危険な目に遭わすに違いない、だがそれは士郎救済の種となろう、彼女はそれを聞き届けると満足したように目を閉じた。

 

「舞弥さん、二人に話してくる」

「私は準備をしてから行きます」

 

士郎は部屋を後にした。舞台は居間に戻り、しびれを切らすのは凛である。ちゃぶ台に頬杖を突き、トントンとリズムを刻む指は苛立ちを隠さない。彼女は振り返りもせず、背後の真也にこう言った。

 

「遅いわね」

「そうね」

「何で待ってるんだろ、私」

「凛は律儀で面倒見が良いから」

 

突然沈黙した凛に彼はこう言った。

 

「嘘じゃ無い。本当にそう思ってる」

 

彼女は無視した。

 

「なんでアンタ帰らないのよ。帰りたがってたのに」

「顛末を見届けようと思って」

「仲が悪いんじゃないの?」

「それはそれ。男の連帯感って奴」

 

真也からしてみれば士郎がマスターになるなら他人事ではない。敵になるにしろ味方にしろ情報は欲しい、と言うことだ。

 

「凛こそ帰れば? 葵さんが心配するぞ。時間を作れば明日にでも伝えるから」

(葵、葵、葵、母さんのことばかりね、こいつ)

「怖い眼だぞ。可愛い顔が勿体ないぞ」

「どうせ、私は可愛げが無いわよ」

 

またぞんざいな扱いをされて凛は苛立った。

 

「カリカリしないの。俺は心配してるの」

「ふん、心配とか言ってどうせ口だけよね」

 

月のものでも来たのか、と真也は思った。流石に言わなかった。

 

「衛宮君は礼儀正しくて立派よね」

「そうね」

「どこかの誰かと違って、意地悪なこと言わないし」

「そうね」

 

「衛宮君と付き合っちゃおうかしら」

「士郎は駄目だ」

「あら? ヤキモチ?」

「……妹が士郎を好いている、だから駄目」

 

真也は渋々言った。

 

「衛宮君だったの? 妹さんが好きな相手って」

 

凛は噂話に興味は無いのである。

 

「そう」

「でも私の勝手よね、それ」

「ま、そうなんだけどね」

 

真也は驚いた顔を見せた。

 

(桜、凛、士郎の三角関係? 冬木市ラブストーリー! サーヴァント的な意味での血まみれ関係?! 新たな聖杯戦争が始まる! ……二股掛けたらちょんぎろう)

 

真也の態度に凛はますます苛ついた。

 

「遅い! もう1時間経ってる!」

「まだ50分」

「同じよ!」

「凛は待つのが苦手なんだな。いや、待たされるのが嫌いなんだな」

 

「あったりまえじゃない!」

「言い切る凛は本当に凄いと思う」

「様子見てくる!」

 

立ち上がり歩く凛に声を掛けた。その乱暴な歩き方はズカズカと言わんばかりである。

 

「やめておきなさいな。積もる話もあるんだろ」

「アンタはなんでそんなにのほほんとしてるのよ!」

「ほら、俺。忍耐力あるし」

「喧嘩売ってるの?!」

 

「落ち着け。そんなにピリピリしてたら100年の恋も冷めるぞ」

「その程度で冷める恋なんて要らないわ!」

(何というつんつん娘なのか……)

「なら、真也。アンタが私を楽しませなさい。享楽を献上しなさい」

 

「楽しませる? 凛を? 俺が?」

「そう」

 

凛は腕を組んで、むっすりと真也を見下ろしている。なぜだ、と彼は思ったが。月の影響なら仕方ない、と腰を上げた。刀を鞘から抜くと、水平に掲げた。

 

「で?」

「ここから本番」

 

刃の上に彼は500円に似たコインを乗せた。絶妙なバランス感覚で載っている。

 

「ふぅん、器用なものね。でもそれだけ?」

「吩!」

 

刃に魔力を乗せて、気合いと共に引き抜けば、コインは真っ二つ。その断面は鏡のように光っていた。

 

「どうよ」

 

桜には拍手喝采を受けた技である。自慢一杯の彼に凛はこう言った。

 

「つまらない」

「……」

「……」

 

真也は袖を伸ばしゴソゴソと動かした。白い小型の動物が飛び出した。それはバサバサと羽ばたいた。

 

「鳩も出せます」

 

バサバサと羽ばたく鳩は一片の羽毛を落とした。それは凛の頭に乗っていた。彼女は偉い勢いで真也を指さした。怒りは堪えていたが米神に血管が浮かんでいた。

 

「アンタ実は手品師でしょ! 魔術師なんて嘘なんでしょ!」

「いえいえ、マジシャン(魔術師)です」

 

ぷち、という切れる音。凛は真也に詰め寄り、襟首を掴んだ。激しく前後に振った。その様はキツツキのよう。

 

「もー、分かったわ! アンタ私のこと嫌いなのね、そうなのね、そう言いなさいよ! そうすればスッキリするから!」

「あー、うー、あー」

「なにが“とても優しい女性”よ! なーにが“生死の堺に立てる程の剛胆な女性は好み”よ!」

「あ”ー、う゛ー、あ”ー」

「なっ、にっ、がっ! “遠坂凛はそれで良い”よ! 思わせぶりな発言ばっかりし、て、あ、れ?」

 

真也の左腕が少しおかしいことに気がついた。よく見れば左脇が赤く染まっている。血痕だ。しまったと、慌てて救急箱を取った。治療をすっかり失念していたのだった。だが、当の真也はどこ吹く風。大丈夫だと治療を拒否した。

 

「ほら、早く傷を見せなさい」

「もう痛くないから」

「馬鹿言うんじゃないの」

「だから、」

 

「服を脱ぎなさい」

「あらいやだ、凛さまってば大胆ね」

「いい加減にしないと怒るわよ」

「……」

 

本気で怒りかねない凛の姿に彼は根を上げた。その傷を見て凛は眉を寄せた。処置の必要が無い程に治っていたからである。

 

「アンタ、治癒呪文とか持ってるんじゃないの?」

「だから、ない」

「なら何でこんなに早く治るのよ」

「好き嫌いがなくて、沢山食べるから」

(……何者よこいつ)

 

封印具で大半の魔力は封じられ、外部から分かりにくいが真也の魔力は膨大だ。ここまでその身体に近づけば凛に疑念を与えるには十分だった。傷をつつきながら凛は、魔術刻印も持たず、魔術も継承していないなら、遺伝的な要因を疑うべきだと判断した。

 

「ねぇ、サンプルくれない?」

「サンプル?」

「そう」

 

サンプルと言えば血液、髪の毛、精液である。だがそんな物渡す訳に行かないと彼は話を逸らす事にした。

 

「余所様の家で精液よこせとか、大胆だな。ここ(居間)でするのか?」

 

ナニを想像したのか一気に頬を染める凛だった。それは赤い風船が破裂した様であった。

 

「ば、ば、ばっかじゃないのっ! 血よ! けーつーえーき!」

「採血でも十分おかしい」

「ズボン脱ぐな! それ以上脱いだら死ぬから! 舌噛んで死んでやるから!」

「シャツの裾を納めるだけだい。てゆーか、脱がしておいて何を今更。凛ちゃんのエッチ」

「ふ、あ、こ、あ、こっ、ここっ!」

 

憤りの余り言葉にならない。凛は顔を真っ赤に染めて硬直していた。真也は思う。

 

(凛との距離感を仕切り直さないと、いけないかも)

 

彼女に魔眼を知られたら厄介だ、その先にある展開は封印指定もしくはホルマリン漬け、彼はそう考えた。凛を深く信用していなかったのである。

 

 

◆◆◆

 

 

士郎が“マスターとして戦う”と言ったとき真也は驚きもしなかった。何となくそういう気がしていた。その結果を持って真也は今後の身の振り方を考えた。士郎が戦う以上桜とは敵対関係、立場上潰すしか無い。だがそれは桜にとって酷である、共闘するのが一番良いが、問題が一つあった。

 

「士郎に願いはあるのか?」

「ない」

 

聖杯が叶える願いは二つだけ。士郎には無くても彼のサーヴァントにはあるだろう。桜に必要な願いは二つだ。一つは、彼女の秘めた願い。もう一つは、桜の心臓に巣くう蟲を取り除く事だ。ここで共闘条件は成立しない。

 

真也はちゃぶ台に向かい合い、意見を交わす凛と士郎を見ながら考えた。彼には桜の心臓に巣くう蟲が、あと数年鍛練を積めば屠れるだろうという見立てがある。つまり願いは二つあるのが好ましいが、一つでも構わない。士郎の脱落の可能性、闇討ち、幾つかの候補を考慮のうえ願い関しては保留にした。現状、士郎と組むのが適切だ。

 

(不本意だが、非常に不本意だが、断腸の思いだが、桜と組ませて、気づかれない様に影からこっそりと支援。桜のため、桜のため……)

 

頭を抱えて念じる様は自己暗示のよう。真也を余所に凛が言う。

 

「なら敵同士ね私たち」

「俺は遠坂と争う気は無いぞ」

「なによそれ」

「戦う理由は聖杯戦争に勝ち残るためじゃなくて。どんな手を使ってでも勝ち残ろうとする奴を、力尽くでも止める事。遠坂は違うだろ?」

 

「私から見たら貴方は敵なの。聖杯戦争は誰が勝ち取るかというルールのゲーム、ゲームに参加してルールに従わないなんて、そんな事が成立すると思ってるの?」

「都合が良いのは分かってる。それ以外の方針は考えつかない。こればっかりはどんなに言われても変えない」

「そう、なら好きにしなさい。そんな事が出来るのか楽しみだわ」

 

(桜もめんどい奴を好きになったもんだ。不安……)

 

凛はすくっと立ち上がる。

 

「真也、帰るわよ」

 

士郎は送ろうと言いかけたが、それを仕舞い込んだ。余り無様な姿は見せられない。真也は門まで見送ろうと立ち上がった。

 

「俺は残ってく、ついでに召喚も手伝っていく」

「ばかね、見せる訳ないでしょう」

「士郎、あとで男同士の話がある」

「分かった。俺からも話がある」

「凛、今日は助かった。ありがとう。先に帰ってくれ」

「……」

 

程なく舞弥がやってきて3人は召喚の準備に入った。場所は庭の隅にある土蔵である。舞弥がメモを見ながら指示をする、3人は試行錯誤で魔方陣を描いていた。

 

「舞弥さん、こここうか?」と士郎が言う。

「ちがう、こう、こうするの」

「舞弥さん、これでいいですか」と真也が言う。

「もっと上よ、そう、そんな感じ」

 

土蔵を見つめる凛の顔は何故か赤い。加えれば苛立ちもあった。

 

(仲が悪いのに何で協力してるのよ、コイツら……)

 

と言うことである。

 

「真也、そこ間違ってるぞ」

「おぉう、済まない」

「士郎、足をどけろ。方陣を踏み消してる」

「あ、ワリィ」

「こここうか?」

「違うこうだろ」

「ちがう、逆だ逆」

 

苛立ちが募りとうとう凛は噴火した。

 

「あぁもうじれったい!」

 

彼女は土蔵に踏み込むと真也が「まだ居たのか?」と悪意無く聞いたので、凛は「うるさい! 替わるわよ!」苛立ちを隠さず答えた。士郎から道具をふんだくり描きだした。舞弥は躊躇ったが、ランサーの再襲撃を懸念して凛の協力を受ける事にした。

 

士郎が「ハニーフラッシュ?」とボケたので、真也は「それ古すぎ、あと替わるじゃなくて変わるな」ツッコんだ。凛はミニスカートが不安だったので少年二人を土蔵から追い出した。

 

手持ちぶさたの二人は縁側に腰掛けて茶を啜る。夜空に雲はあったが、月は垣間見えた。真也は単刀直入にこう言った。

 

「桜はライダーのマスターだ」

 

士郎は目を剥いた。

 

「どうして棄権させないんだ」

「桜には願いがある。相当に重要らしく頑として言う事を聞かない。俺としては桜が願うならそれを叶えたい。だがこのままではお前たちは敵対関係だ。士郎、桜と共闘してくれないか? 戦況は未知数、お互い素人同士だが知った仲、悪い条件じゃ無いだろ」

 

「桜と組む事に異存は無い、だけど真也」

「俺の話はしてない、桜の話をしてる」

「なら良い」

 

あっさり話が付いた。真也は続けてこう言った。

 

「士郎の話ってのは何だ」

「美綴の事だ」

「綾子がどうかしたか?」

「美綴はお前に気があるぞ」

 

「知ってる、それがどうかしたか」

「そういう好意じゃなくて、男としてみてるって事だ」

「随分と久しいツッコミだな。仲は良いがそういうんじゃない」

「ならなんでへこむんだよ」

 

「綾子がへこんだ?」

「真也が遠坂に招待された、それを聞いてから落ち込んでる」

真也はまさかとか思った。士郎が嘘を言うとは思わないが、認識間違いの可能性はある。判断保留にした。妹を優先したのだった。士郎は非難の眼差しだ。

 

(しかし、もう噂として広まってるのか。頭痛い)

「で、どうするんだ」

「どうとは?」

「美綴と遠坂の話だ」

「士郎、おまえ凛のこと本気だったのか。大して話した事ないだろ」

「そんなんじゃない」

 

それとこれは話が別か、と真也は納得した。気になる女の子が二股掛けられるなんて、ふつう黙ってはいられないだろう。

 

(驚いた。士郎にそういう感情があったとは)

 

真也は士郎を牽制することにした。桜、凛、士郎の関係を考えた上での発言である。

 

「二股を掛けなきゃいいんだろ?」

「なんだそれ」

「言ったはずだぞ、悠長な事言ってたら俺が取るぞって。俺も凛を狙ってるから」

 

そうか、士郎は淡々とそう言った。準備出来たわよ、と凛は二人を呼び出した。士郎は凛から召喚のレクチャーを受けると、気分を入れ替えて呪文を唱え始めた。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に、」

 

魔法陣に魔力が満ち光が溢れる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

目のくらむような光が土蔵を満たす。そうしたら“しゃらん”というなんとも澄んだ音がした。風に舞い清い音を鳴らす風鈴の様な音だった。そして皆が皆、それが鎧の音と知る。それを纏う者の尊さが奏でた音だったのだ。

 

「問おう、あなたが私のマスターか」

 

そこに白銀の騎士王が立っていた。

 

 

 

 

 

つづく!




シークレット・サブタイトル“衛宮くん家の家庭の事情”


やばい、マトモな奴が居ない。


【真人間ランキング】
綾子>葵>凛>>桜≒舞弥>>士郎≒真也って感じでしょうか。

力も純粋さも度が過ぎるとだめよね。


万が一掲示板が燃えたらレスしませんので、ごめんなさい。





【おまけ】
相関図

桜―(好:小:公)→士郎
桜―(好:大:秘)→真也

凛→??

士郎―(好:中:秘)→凛
士郎―(別格)→舞弥

真也―(好:大:公)→桜


(例)
真也―(好:大:公)→桜

・真也:誰が
・好:好意あり(⇔嫌:嫌い)
・大:とても(大中小の3段階)
・公:公になっている。(⇔秘:秘密にしている)
・桜:誰を

意味:真也が桜の事を激Loveなのは皆が知っている。
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