胡蝶様に甘やかされすぎて鬼殺がままならない一般隊士のお話   作:エミュー

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前話でのお気に入り評価等本当にありがとうございます。
非常にモチベが上がりますが何かと忙しい季節ですので何卒御容赦を!!




胡蝶様とはい、あーん

「二週間ぶりですね。具合はどうです?」

「まあ、ぼちぼちですかね」

「それは何より。私が留守の間に何か起きていたらと思うと心配で心配で」

 

木更が蝶屋敷に運び込まれて二週間が経過した。

鬼との戦闘で右腕を骨折していたらしく、全快までに一ヶ月はかかるだろうとしのぶは言っていた。

利き腕に木をあてがい、包帯でぐるぐる巻きにして吊るしているため、日常生活が非常に不便だ。蝶屋敷で従事する神崎アオイに処置してもらったのだが、ちょっと強めに巻きすぎではないだろうか。

 

「全然動かせないよ」とアオイに訴えれば「そのためにきつく巻いてるんです」とバッサリ切って落とされた。

鬼殺隊の主治医胡蝶様が信頼を置く彼女の言うことなので、きっと正しいのだろう。

 

視線をしのぶに戻した木更は、改めて彼女の美貌に感心していた。

 

(ほんと、綺麗な人だな)

 

鬼殺隊は平隊士であっても激務なのだが、『柱』ともなれば仕事量は倍増する。加えてしのぶは蝶屋敷の主人として医者の役割を果たしているため、冗談抜きで鬼殺隊一忙しい人だろう。

 

けれど彼女の肌はシミひとつ無く、透き通るような乳白色。髪もさらさらで光沢があるし、長い睫毛に縁取られた藤色の大きな瞳はミステリアスで知的な雰囲気を醸し出し、大人の魅力のようなものを感じさせる。

精巧に作られた人形のような美しさ。

 

そう、人形のような。

 

(いっつも笑ってるからなぁこの人。何考えてるか分からないからちょっと苦手なんだよな)

 

木更の目にもしのぶはとても魅力的に映るし、十数年の人生の中でしのぶ以上の美人を見たことはない。

けれど不思議と恋愛感情は沸いてこない。

その笑顔があまり好きではないから。

人間としての美しさを感じている訳ではなく、造形美として、作り物としての美しさに感じる、みたいな。

 

「これ、持ってきたんです」

 

そう言ってしのぶは手に持っていたお盆をベッドの脇にある机に置いた。上には昼食である肉じゃがと味噌汁が湯気を立てながら並んでいる。アオイが作ったのだろう。すごく美味しそうだ。

 

「わざわざどうも」

「いえいえ。患者のお世話は私の責務ですので」

「さいですか」

 

ベッドから起き上がった木更は机に向い、左手で箸を掴む。

利き腕を骨折しているので、慣れない左手での食事は非常に難儀するし時間がかかる。

ぷるぷると震える左手で箸を繰る。とりあえず肉じゃが。じゃがいもに箸を突き刺し、口元に運ぶ。その道中で。

 

「あっ」

 

手間をかけて煮込んだのだろう。想像以上に柔らかかったじゃがいもが箸を刺した際にできた亀裂から真っ二つに割れ、と真っ白な床へぽてっと落下してしまった。

 

「食材に謝ってください」

「ご、ごめんじゃがいもっ」

「アオイにも謝ってくださいね」

「ごめん神崎……!」

 

拙い箸使いを目撃された木更はほんの少しだけ頬を紅潮させてしのぶを睨みつける。

 

「い、いつまで居るんですか。あんま見られると恥ずかしいんですけど」

「ああ、私のことはお気になさらず」

 

「真っ赤になって凄まれても可愛いだけですよ〜」とにこやかに告げるしのぶに、木更はますます羞恥が込み上げてくる。

内心ちくしょうがと思いながらも、どうせ何を言ってもしのぶはそこから動かないだろうし、彼女の存在を無いものとして極力視界に入れないように再び箸を伸ばす。

 

が。

 

「あぁっ……」

「……」

「………よっ。ほっ……あ」

「…………」

 

しのぶに直視されている緊張感もあってか、いつも以上に箸で食べ物を掴むことができない。チラりとしのぶを盗み見ると、必死に笑いを堪えてぷるぷると震えていた。

さすがに悔しくなった木更は箸をお盆の上に叩きつけるように置き、味噌汁の入った茶碗に手を伸ばす。味噌汁ならな箸を使わずに食すことができるからだ。

 

「あー、お味噌汁の優しいお味が身に染みる〜」

「肉じゃがは食べないんですか?」

「後で。胡蝶様が居なくなってから食べます」

「はぁ。見てられませんね」

 

溜息。するとしのぶはお盆の上の箸と肉じゃがの入った皿を手に取った。そして箸でじゃがいもを掴み、木更の顔の前へと持っていく。

 

しのぶの行動に理解が追いつかない木更は目を瞬かせ、自身に向けられたじゃがいもを眺める。

 

「なんですか」

「食べさせてあげます」

「は?」

 

にっこりと笑ったしのぶ。尚も硬直する木更。

 

「…………はっ」

 

しかしようやく木更は気づいた。

この体勢。状況。これは俗に言う────あーん、である。

 

(いや、なんで!?)

 

内心の動揺を悟られぬように表情は変えず、心中で疑問を噴出させる。

しのぶ程の超絶美人にあーんしてご飯を食べさせてもらう。これはある意味、世の中の男連中の理想ではなかろうか。

しかしあまりの恥ずかしさに大手を振って喜べないのも事実。

こういうことは恋仲や夫婦がやることだ。

間違ってもただの上司と部下の関係の男女がやることではない。

 

いつまで経っても硬直したまま再起動しない木更にほんの少しだけ苛立ったのか、しのぶは箸で掴んだじゃがいもを木更の口元に寄せた。

 

「いつまであほ面晒してるんですか。はい、あーん」

「あの……胡蝶様」

「なんです」

「は、恥ずかしいです…………」

 

かぁ、と頬を染めてそっぽを向いた木更。羞恥に悶える木更に呆気に取られたしのぶは数秒間動きを停止させ、やがて「ぷっ」と小さく吹き出して笑った。

 

「とっても可愛らしい反応ですねぇ」

「くっ……」

「意外な一面、発見です」

「忘れてください……」

 

くすくすと笑いが絶えないしのぶに、勘弁してくれと肩を落とす木更。

だって仕方ないだろう。美人にまじまじと眺められ、あーんをされる直前だったのだ。羞恥心を捨てていない純粋な男性であれば誰もがこうなる。恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「で、いつ食べるんです?ずっとこの体勢だとキツいのですが」

「じゃあもう諦めてくださいよ」

「嫌です」

「あぁもう!」

 

全てを諦めた木更は大きく息を吐き出し、差し出されたじゃがいもに向かって口を開いた。

 

「はい、あーん」

 

やや乱暴に噛み付けば、口の中に広がる優しい味わい。

もぐもぐと咀嚼して飲み込めば、「最初から大人しく食べさせてもらえばよかったのに」としのぶは頬を緩めて笑った。

 

当の本人は男にあーんをした事に特に意識している様子はない。

結局、恥ずかしさといたたまれなさに苦しめられたのは木更だけ。

 

「味はどうです?」

「相変わらず美味しいです」

「でしょうね。アオイが作ったんですもの」

 

まるで自分が褒められたかのような口ぶりで喜び、アオイを賞賛するしのぶ。本当にアオイのことを信頼し、大切に思っているからこそ出た言葉だろう。

自身の心に笑顔を貼り付け、本心を見せないしのぶが初めて木更に見せた素の表情や言葉にも感じる。

 

「さっ、まだまだありますよ。どんどん食べて元気になってくださいねっ」

「えっ」

 

言うや、今度は糸こんにゃくを木更へと向ける。

まだ続けるのかよ、と目で訴える木更を無視して、ずいずいと箸を木更へと近づける。

 

「なんだか、雛に餌を与える親鳥になった気分です」

「さいですか……」

 

もう、彼女に何を言っても無駄だろう。

全てを食べ終えるまでこの羞恥プレイは続く。

はぁ、と息を吐き出すと「そんなに嫌なんですか」と頬を膨らませて睨んでくるしのぶ。

 

「寧ろ美人さんにあーんしてもらえて嬉しいですけど、恥ずかしさの方が勝るというか……」

「まあ、美人だなんてお上手。ちょっと気分が良くなったので、花宮くんの腕が治るまで毎食食べさせてあげますね」

「ちくしょう墓穴掘った!」

 

既に羞恥心で爆散寸前だ。畳み掛けるように次から次へと木更の口元に食べ物を運ぶしのぶ。はやくも十回目のあーんである。

 

「もう勘弁してください……!」

「ほんとに可愛いですね〜。弟みたいです」

 

激しく狼狽する木更をにやにや笑顔で見守るしのぶ。どこか仲睦まじい姉弟のような光景だなとしのぶは思った。ほんの少しだけ胸の奥が温まるような気がして木更を見ると、心底困ったような、恥ずかしいような、けれども嬉しそうな、よく分からない複雑な表情をしている。

 

どこか放っておけない世話のかかる弟。

しのぶにとって、今の木更への印象がそれだ。

 

(同い歳と聞いたんですけどねぇ)

 

年下のような可愛さとあどけなさ。

男性にしては頼りない華奢な肉体。

鬼の討伐の報告書を意地でも出さない頑固さ。

姉と同じ『花の呼吸』の使い手。

 

しのぶにとって、放っておくことのできない圧倒的弟要素が詰め込まれた木更は、これからもいい遊び相手になりそうだ。

 

「はい、あーん」

「ほんとにもういいですって!!」

 

 

 

 




胡蝶様はまだデレない。

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