胡蝶様に甘やかされすぎて鬼殺がままならない一般隊士のお話   作:エミュー

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胡蝶様と任務

「なんでここに居るんですか」

 

大怪我としのぶの甘やかし地獄を乗り越え、ようやく任務に復帰することができた木更。指定された任務地に到着した頃には既に夜明け前で、徐々に空が白んでいる。任務は明日に持ち越しかなと、近くの藤の花の家紋の家に向かう道中に彼女は居た。

 

「決まってるじゃないですか。花宮くんの保護監視役です」

 

『蟲柱』胡蝶しのぶ。穏やかな笑みを浮かべ、こちらを眺めている。

 

「長期離脱後の初任務ですし、何かとお節介を焼きたくなる私の胸中を察してほしいものですね」

「お母さんですかあなたは」

「そこはお姉さんと呼んでほしいです」

 

「ほら、しのぶ姉さんっ」と無理やり言わせようとするしのぶの脇を素通りし、藤の花の家紋の家へと歩を進める。

 

「連れないですねぇ」

「あんたに構ってたら精神の摩耗が激しいんだよッ」

 

思わず敬語を忘れて反論した木更の数歩後ろを軽やかな足取りでついて行くしのぶに対し、鬼の姿を見てすらいないのに枷でも引き摺っているのかと心配になるほど疲れきっている木更。蝶屋敷でのしのぶの仕打ちを考えれば当然か。

 

一部の隊士を除き『柱』に君臨する人間に対して抱く感情は畏怖と敬意である。人の身でありながら剣技の神域へと足を踏み入れた剣客に対する敬意と、圧倒的実力差から来る本能的恐怖、と言ったところか。

木更もその手合いの人間であるため、『柱』の者と接する時は語彙力が低下したりしなかったり。

 

「というかいいんですか。お忙しい身なのに俺みたいな平凡な隊士に構ってて」

「ご心配なく。これから蝶屋敷に帰るところでしたから」

「じゃあはやく帰ってくださいよ!」

「そうもいきません。近くに鬼の気配を感じましたので」

 

ハッとして周囲に意識を巡らせる木更。

ここは山間部に位置する廃村。住民はいないが、街と街を繋ぐ最短ルートとして昼間は多くの輸送業者の往来がある。

さすがにこんな夜更け前から人は通っていない。けれど確かに感じる。

 

「……結構近いですね」

 

途端に高まる緊張感。鬼殺隊に入隊して二年近く経過し鬼を狩り続けてきた木更だが、今でも鬼と会敵する瞬間というものは緊張するし、恐怖だってある。

 

臨戦態勢に入った木更を見て、しのぶは煽るように笑う。

 

「肩に力が入ってますよ〜」

「もうっ!今話しかけないでください全集中してるんでっ」

「常中も高い精度で会得してるんですね〜。これは実戦を見るのが楽しみです」

 

実はこれまでしのぶは木更が鬼と戦っている場面を見たことがない。というのも、こうして任務で一緒になる(しのぶが木更の元に立ち寄っただけだが)のは初めてのことだからだ。なんなら初めて会話したのが木更が蝶屋敷で療養するきっかけとなった任務の時。

お互い顔や名前は知っていたが、同じ場所で同じ時間を共有するのはこれが初めて。

どこか新鮮味を覚えたしのぶは、この先は余計な茶々を入れずに見守ろうと決心し、うんうんと頷いた。

 

木更は刀の柄に手をかけたまま疾走し、鬼の元へと向かう。追うようにしてしのぶも駆け出した。

 

(近い……もうすぐそこに鬼がいる……!)

 

乱立する木々の合間を縫い、駆け抜けること数秒。開けた場所に出たその先に。

 

「……!」

 

鬼は居た。

 

年端もいかない少女の鬼だった。

薄桃色の着物を纏い、ふらふらと覚束無い足取りで歩を進めている。

接近する木更に気が付いたのか、肩口まで伸びた黒髪をはためかせて振り返った。

 

(このまま斬れる────!)

 

疾走の勢いをそのままに、一思いに頸を切断しようと呼吸を深めて────。

 

「………ろして」

「…………え?」

 

鬼の少女の頬に伝う一筋の涙。懇願するかのような眼差しに、この世の終焉でも見てきたかのような、絶望に染まり憔悴し切った表情。

被る。重なる。記憶の淵で今も尚木更の柵として心根の奥で疼くあの日の出来事。

 

「……っ」

 

頸を斬るその刹那、木更の全身が強ばったかのように硬直した。

鬼は自身の奥底から這い出てくる欲望を押さえつけるかのような顔で木更を見上げる。

 

「ころ……してッ……!私の頸を………斬って!!」

「…………!」

 

唇を噛み締めた少女の口元から血と涎が溢れ出る。餌を前にした獣のように。吐く息は荒く、目は座り、いつ木更に飛び掛ってきてもおかしくない状況。鬼舞辻無惨の血によって鬼と化した者が抗うことの出来ない人間への捕食衝動。それをか細い糸のような今にも解れそうな理性で抑え込んでいるのだろう。

 

「私……気付いたら鬼になってて……!お姉ちゃんと妹を殺した……ッッ!!お父さんとお母さんは私を楽にしてくれようとして……でもいつの間にか、喰べてたの………!」

 

涙ながらに懺悔する少女。

理性が限界なのだろう。目に前の木更に手を伸ばしては逆の手で掴んで必死に抑え込んでいる。

 

「鬼になった私にもう………居場所はない……ッ!これ以上誰も……殺したくない!!」

「………」

「せめて人であった記憶がある内に……死にたい………!」

 

少女の切なる願い。

悲しげに顔を歪める木更に、遂に少女が飛び掛った。

咄嗟に鬼との間に日輪刀を挟み、身体を貫かんとした鋭利な両手の爪をすんでのところで防ぐ。

当然のことだが、鬼の膂力は人間の数倍と言われている。男性でありながら女性の腕力とそう変わらない木更はなすすべなく押し倒された。

 

「花宮くんっ!」

「胡蝶様!手を出さないで!!!」

「ですが……!」

 

咄嗟に抜刀するしのぶだったが、初めて木更の叫ぶような声を聞いて動きを静止させた。

 

(花宮くん……鬼に情けを……?)

 

まさか、と頭の中で思考を巡らせる。

事前に得ていた木更の情報の中に、家族を鬼に変えられたとの記載があった。恐らくだが、木更も復讐の為に鬼殺隊に入隊したのではないか。鬼殺隊を構成する隊員の殆どが鬼によって幸せを奪われた者たちだからだ。勿論しのぶもその手合いの人間。

 

けれど一向に戦意を見せない木更に、しのぶは姉の面影を重ねた。

 

押し倒された木更が少女に向かって声を発する。

 

「辛かったよな」

「………っ」

 

木更の声音はただ只管に優しいものだった。

それはまるで、妹に寄り添う兄のような。陽だまりのような温かさ。

力の抜けた少女の手をやんわりと払い除け、その頬に手を添える。

 

「悲しい鬼は、俺が救うよ」

 

────刹那後、白藤色の日輪刀が煌めいた。

 

え、としのぶは驚愕に目を見開き、刹那の合間に鬼の頸を跳ね飛ばした木更の後ろ姿を凝視していた。

まさに神速。それでいて流麗。

 

死者へ手向けの花を供えるかのような。巫女が神前で舞を捧げるかのような。数多の花々が咲き乱れるかの如き百花繚乱の乱舞。

 

淀みない肉体流動は一切の無駄が無く、踊るように振るわれた日輪刀の描いた軌跡には花が咲く。

 

「………きれい」

 

息を呑み、思わず見蕩れてしまう程に美しい木更の剣技。

花の呼吸を極め、『花柱』の名を冠した姉の追随を許さない超絶美技。

 

キン、と鞘鳴りの残響が響き渡ると、鬼の少女の肉体は灰塵と化し、宙へと斬り飛ばされた頸が音を立てて地面に落下する。

そこへゆっくりと歩み寄った木更は膝をつき、少女の頭を撫でた。

 

「もう、大丈夫。君の罪も命も、俺が全部背負うから」

 

灰となり空へ消え逝く少女の口がぱくぱくと動いた。声にはならなかったが、しのぶは確かに「ありがとう」と聞こえた気がした。

 

「お見事、です」

 

「組み敷かれた時はどうなる事かと思いましたが」と和やかに笑うしのぶ。

 

「花宮くんは鬼が憎くないのですか」

 

率直な疑問を投げかける。

木更は言った。悲しい鬼は俺が救う、と。

彼もまた、姉と同じく鬼を本心で救いたいと思う変わり者なのだろうか。

 

しのぶに背を向けたまま、暫し考え込む木更。

やがて。

 

「憎いですよ」

 

唾棄するように吐き捨てた。

その声音には人の温もりが乗っておらず、絶対零度の悪寒すら感じた。

 

「理解できません。鬼が憎いのに、鬼を救いたいのですか」

 

言って、しのぶは胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

人も鬼も皆仲良くすればいいのに。これはしのぶの口癖。

今は亡き姉の理想で胡蝶しのぶを押し殺し、矛盾を抱えながら戦う『蟲柱』胡蝶しのぶの。

全てを焼き尽くさんとする鬼への憎悪を押さえつけ、二度も家族を奪われた傷を笑みの裏に隠して、『蟲柱』胡蝶しのぶは詠う。

 

人も鬼も皆仲良くすればいいのに。

 

そんなこと、微塵も思っていないのにね。

心の奥底で誰かが嘲笑した。

 

「……鬼は悲しい生き物です」

 

しのぶの心中の葛藤を他所に、木更は続ける。

 

「人であった頃の記憶を失い、欲求のままに人を喰らう。こんなにも美しい朝日を忘れ、暗闇で生きるしかない」

 

いつの間にか夜の闇は去り、穏やかな朝が降り注ぐ。

昇った日輪の眩しさに目を細めた。

 

「約束、なんです」

「約束」

「俺が初めての任務で殺した鬼との、約束」

 

悲しげに笑った木更の顔は、今にも泣き出しそうで。声にならない慟哭が木更の中で渦巻いていた。

 

「………どれだけ憎い鬼相手でも、命を奪う行為には責任が伴う。誰かに押し付けたくないんです。命を奪う覚悟を。命を奪う責任を。俺は背負いたい」

 

悲愴な決意だった。

その言葉を呑み込むのに、一体どれ程の時間を要したのか。

これ程までに剥き出しの憎悪と、鬼を救いたいという慈愛を心の中で同居させるのは容易なことではない。それはしのぶがよく知っている。

 

「鬼を一匹殺せば、その鬼がこれから殺すであろう何十何百という人の命と幸せを救える。そして何より、望まずして鬼となったその人自身も殺戮の因果から救ってやれる」

「……苦しくは、ないのですか」

「苦しいですよ。それでも俺はこの考えを曲げる訳にはいかない」

 

立ち上がった木更はしのぶに向き直った。

 

「そうでないと俺は──────」

 

言いかけて、やめた。

 

「………俺は、約束を守る主義なので」

 

きっと、最初に言おうとした言葉とは違うものなのだと、しのぶは察した。

彼の過去に一体何があったのか。それは分からないが、確かに言えることが一つだけある。

 

花宮木更は、自分と同じだ。

誰かの理想で自身を塗り固め、拭えない過去に囚われ続けている。

見えない糸に絡め取られ、もがけばもがくほど苦しくなる。

逃れられない恒久の苦しみ。

 

自らが選んだ道の先は茨が敷き詰められている。

後戻りはもう、出来ない。

 

「花宮くん。君は立派です」

「え、なんですか急に」

「いいえ、なんでも」

「変な胡蝶様」

 

疲れきった表情の木更は帰路に着く。

藤の花の家紋の家に向かうつもりだろう。去っていく木更の詰襟の袖口を指先で掴んだ。

 

「なんです」

 

あからさまに嫌そうな顔をした木更。そこまで嫌われているのだろうかと一瞬だけしょげかえりそうになるしのぶだったが、精一杯の笑みを浮かべて。

 

「花宮くんのこと、もっと知りたいです」

「はぁ」

「蝶屋敷に来てください。いいですか。これは柱の命令です」

「はぁ?」

 

木更の袖口を掴んだまま歩き出すしのぶ。

心做しか、その顔には微笑が浮かんでいるようにも見える。

 

同族を見つけた喜びだろうか。

実の所はしのぶ自身にしか分からない。

 

「嫌なのですか?」

「………」

 

二人には頭一つ分以上身長差があるので、図らずしてしのぶは木更を見上げる形になる。美人の上目遣い。断ることなどできるはずも無く。

 

「……嫌じゃないです」

 

これ程までに自身の男としての浅ましさを恨んだ日は無いかもしれない。

やけに上機嫌なしのぶを見て、まあ、たまには悪くないかなと強引に自分を納得させてしまった。

 

美人は得だな、と改めて思った。





胡蝶様デレ度2%くらいですかね
同じような境遇の人を見つけてほんの少しだけ気が楽になったしのぶちゃんでした。
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