「おかーさーん!お客さん来たよー!」
玄関を開け、家の中に向かい、元気な声で叫ぶ羽未。
そしてそのまま返事を待たずに、靴を脱ぎ家に上がり、くるりと振り返って素早く脱いだ靴をそろえると、玄関をくぐって中に入ってきた朋也達に向き直る。
「改めまして、ようこそ民宿『加藤家』へ!こっちの居間でくつろいで待っていてください!」
そう言って奥の方を指した後、ぺこりとお辞儀をして、自身は別の方へ消えていく。
「とても元気な子ですね」
「そうだな」
そんな羽未の姿を、微笑みを浮かべて見送った朋也と渚は、荷物を玄関に置いて靴を脱ぎ、家に上がってからそれを揃える。
「よいしょっ」
その様子を見た汐も両親に倣い、玄関に腰掛けて靴を脱いで上がり、脱いだ靴を揃えようとする。
「わぁ!?」
「危ないっ」
「おっと!……ふぅ……気を付けるんだぞ、汐?」
「う、うん……パパ、ありがと」
前のめりになり過ぎて、危うく入口側に転がりそうになった汐を、すんでのところで抱きかかえて支える朋也。
その様子を見て、声を上げた渚も安心した様子で息を吐き、当の汐も少し驚いた様子を見せながら、朋也に答える。
「せっかくの夏休みなのに、怪我なんかしたら楽しい事も出来なくなっちゃうぞ?」
「やだー!」
「だろう?だったら気を付けような?」
「うん!」
朋也は、責めるでもなく、諭すように言って、汐の頭を帽子越しに撫でる。
汐は、顔を上げて満面の笑みと共に答えた。
「朋也くん、ありがとうございます」
「あぁ、ちょっとヒヤッとしたけどな」
苦笑いを浮かべて、朋也は渚に答え、その後汐の方を振り返る。
「でも、こういう事も自分でちゃんと出来る様になってきたんだよなぁ」
「えぇ、しおちゃんは賢いし良い子ですから」
些細な事だが、我が子の成長を感じられるちょっとした出来事に、思わず笑みを浮かべる朋也と渚だった。
親子三人は、玄関での小さなハプニングを経て、無事に民宿の中に上がり、案内された居間に向かう。
部屋に入ると、そこは畳敷きの和室になっており、朋也達三人が手足を広げて横になっても、十分にくつろげそうな程の広さがあった。
部屋の真ん中にはテーブルが一つあり、端にはテレビが、テレビ台と共に置かれている。
「わー!ひろいね!」
とたとたと部屋を走り回る汐。その様子を眺めながら、朋也は荷物を部屋の隅に置き、ふっと一息つく。
「ありがとうございます、朋也くん。重くありませんでしたか?」
「あぁ、大丈夫だ。これくらいなんて事ないさ」
気遣う渚に、力こぶを作るようなジェスチャーをして答える朋也。
「とりあえず、お言葉に甘えて少し休ませてもらおうぜ」
「はい、そうですね」
朋也がまず荷物の傍に座り、続いて渚もその横に座る。汐は変わらずはしゃいでいて、今は畳の上でごろごろと転がっていた。
「しおちゃん、あんまりはしゃぐと危ないですよ。あと、お着換えしないと……猫さんの毛がいっぱいついたままですよ?」
「あっ……うん、そうだったね」
渚に言われて、自分の衣類についていた沢山の猫の毛を思い出した汐は、ぴたっと止まって申し訳なさそうに立ち上がって渚の傍に寄ってくる。
「大丈夫だよ」
「え?」
不意に聞こえた三人の誰とも違う声に、朋也達は一斉に声の方へ振り向く。
振り向いた先……部屋の入り口には、髪も肌も透き通る様な白さの、長髪の女性が立っていた。
「こんにちは。岡崎さん一家……だよね?」
「え、あ、はい」
「初めまして、鷹原しろはです。夫の羽依里と一緒に、この民宿をやってます」
そう言ってお辞儀をするしろはにつられて、朋也と渚、そして汐もぺこりと会釈をする。
「あ、俺は岡崎朋也です」
「妻の渚です」
突然現れたしろはに動揺していた朋也と渚だったが、すぐに立ち上がり、同じように自己紹介をしてお辞儀をする。
「えと……うしお、です」
両親の姿を見て、同じように汐も改めて自己紹介と共にお辞儀をする。
「ふふふ、可愛いね」
そんな汐の姿を見て、笑みをこぼすしろは。
「えっと……ところで、大丈夫と言うのはどういう事なんでしょう?」
ふっと、疑問に思った事を、渚がしろはに問いかける。
「それはね……羽未ちゃんもたまに、猫と遊んで毛だらけで家に上がって来ちゃうから」
浮かべた笑みに、少し意地悪な雰囲気を加えて、楽しそうにしろはが言う。
「な、なるほど」
「そうなんですね……ふふ」
しろはの返答に、朋也は納得した様子で、渚はその羽未の様子を想像して可愛らしく思ったのか、微笑んで答えた。
「ただいまー」
「あ、お帰り。羽依里」
「おとうさんお帰りなさい!」
玄関から羽依里の声が聞こえると、しろははそちらに向き直って答え、更に奥からは羽未の明るい元気な声が聞こえてくる。
少しして、羽依里が居間に姿を現し、その後を追いかけるように、羽未も部屋に入ってきた。
「あ、すみません。くつろがせてもらってます」
「あぁ、長旅で疲れたでしょう。自分の家だと思ってのんびりしてください」
「えぇ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「食事は魚でも肉でも、どちらもあるから、好きなのを言ってくれれば用意できるよ?」
「よ、良かったら私も手伝わせてくれませんか?何もしないのは落ち着かなさそうなので」
親同士が話し込んでいると、不意に羽未の傍に汐が寄ってくる。
「おねぇちゃん、ねこさんすき?」
「え?う、うん……好きですよ?どうしてです?」
「ねこさんとあそんで、そのままけだらけでおうちにあがっちゃうって……」
汐の言葉に羽未が顔を赤くする。
「お、おとうさん!?汐ちゃんに何か変なこと言いました!?」
「ええっ?俺何も言ってないよ?」
「じゃあ、まさか……おかあさん!?」
「……」
視線を向けられたしろはは、目をつぶり、一瞬沈黙した後……
「……うん、当たり」
にっこりと笑って羽未に答える。
「も、もー!なんでそういう恥ずかしい事言っちゃうんですか!」
「ふふふ、ごめんごめん」
ぽかぽかとしろはを叩く羽未。けれどもその手に力はこもっておらず、恥ずかしさを紛らわす為の物であり、それが解っているしろはは、謝りながらも笑って、それを受け止め続ける。
「な、なんか、しろはさんって……」
「は、はい……面白い方ですね」
「しろは、時々羽未をからかうのが好きだからなぁ……」
そんな光景を、朋也、渚、そして羽依里は、和やかな表情で眺めていた。