鷹原・岡崎両夫妻が、過去の馴れ初めを語り合った夜から一晩明けて……
「おとうさーん!朝ですよー!」
からっとした乾いた熱気と、扇風機や開け放たれた窓から、心地よい風が吹き抜ける『加藤家』に、朝の太陽にも負けないような眩しい声が響き渡る。
「……ん?」
「ふぁぁ……おはようございます、朋也くん」
その声に揺り起こされるかのように、朋也と渚が目を覚ます。
汐は、昨日の島までの旅の疲れがあったのか、まだすやすやと眠っている。
「う、羽未ちゃん。お客さんが居るんだからあんまり大声出しちゃダメだよ?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
幾分かトーンを抑えて羽未を叱るしろはの声と、同じように抑えた声で謝る羽未の声が聴こえてきて、朋也と渚は思わず顔を見合わせて笑う。
「時間は……6時か。ちょうどいい時間だから俺達も起きるか」
「はい、そうですね」
反射した、窓から差し込む日差しに照らされた、壁に掛けられている時計を見ると、きっかり6時を指していた。
「しおちゃん、朝ですよ?」
「……ん……」
渚が優しく声を掛けると、掛けられていた布団ごと何度かもぞもぞと動いていた汐はゆっくりと目を開け、寝ぼけ眼のまま身体を上半身だけ起こした。
「ママ、パパ、おはよう……」
「あぁ。おはよう、汐」
「おはようございます……しおちゃん、ママと一緒に、洗面台を借りて顔を洗いに行きましょうか?」
「……ん……」
二人に挨拶しつつ、ふらつきながら布団の上に立ち上がる汐の様子を見て軽く苦笑を浮かべながら、渚がそういうと、汐も小さく頷きつつ、眠気に負けたのか、渚にぽふりと身体を預けて寄り掛かってしまった。
「おやおや……」
「ふふふ……昨日は長旅で疲れちゃったんですね、きっと」
そう言って汐を抱きしめ、その頭を撫でる渚。そんな母子の光景を、朋也は嬉しそうな笑みを浮かべながら眺めていた。
「朋也くん、このまましおちゃんと一緒に先に顔を洗いに行って来てもいいですか?」
「あぁ、いいぞ。じゃあ、その間に俺は着替えておくかな」
「はい」
答えると渚は汐を倒さない様にゆっくり起き上がり、立ち上がってから今度は汐を抱きかかえて、部屋の外へ消えていった。
「さて、着替えるか」
そう言って朋也も布団から出て、立つと同時に一つ、大きく伸びをした。
「じゃあ、俺も行ってくるかな」
渚と、まだ眠そうな目をしている汐が部屋に戻ってくると、今度は着替えを終えていた朋也が洗面台へ向かおうとする。
「はい、行ってらっしゃい」
「パパ、いってらぁさー……」
「汐、ちゃんと言えてないぞ?」
眠さに負けそうになりつつも送り出そうとしてくれる愛娘の姿に、思わず噴き出しそうになるのを堪えて、朋也は部屋を出る。
「あ、あの!」
急に声を掛けられ、朋也がその声の方へ向くと、そこには羽未が立っていた。
「す、すいません、もしかしてさっきの声で起こしちゃいましたか?」
「あー……いつも家でもこれくらいの時間にはもう起きてるから大丈夫だよ」
申し訳なさそうに尋ねてくる羽未に、朋也は、あまり気にさせない様にと、明るく笑顔で答えた。
「そ、そうですか」
朋也の言葉を聞いて、少しほっとした様子の羽未の後ろに、人影が迫る。
「でも、お客さんがいる時はあの起こし方は控えような?正直俺も恥ずかしい」
「おとうさん!そもそもおとうさんが朝ちゃんと起きてくれれば問題ないじゃないですか!」
羽未の頭に手をやり、ぽふぽふと撫でる人影……羽依里がそう言うと、むくれ面になった羽未が撫でられながらも反論する。
その表情は、羽依里の寝起きの悪さに怒っているのと、撫でられて喜んでいるのが混ざったような、微妙な、変な顔になっていた。
「……ぷっ……」
「ほら!岡崎さんに笑われちゃいましたよ!もう、おとうさんったら!」
「いや、これは多分俺じゃないと思うんだけど……」
羽未の絶妙な表情に、たまらず小さく噴き出した朋也。それを見て父親の情けない姿を笑われたと思う羽未。羽依里は羽依里で、羽未の表情と朋也の反応を見て、何故彼が噴き出したかを大体察し、自身も羽未の表情を見て少し笑いながら、そう答えた。
「おっと、それより……岡崎さん、何か用事があったんじゃないかな?」
「あ、はい。さっき起きたんで、ちょっと顔を洗わせてもらおうかなと思って……」
「ほら、羽未。引き止めちゃだめだぞ?」
「うー……はーい」
何となくはぐらかされた感がするものの、引き止めているのは事実なので、素直に引き下がり奥の方へ戻っていく羽未。
「……しっかりしたお子さんですね」
「はい。ちょっとマセてますけどね」
そんな羽未の後ろ姿を、互いに愛する娘を持つ二人の父親は、同じように慈愛に満ちた目で見つめていた。
「あ、朋也くん。お帰りなさい」
「おかえりー」
「お邪魔してます」
朋也が部屋に帰ってくると、そこには着替えを終えた渚と汐と共に、しろはも並んで座っていた。
「おはようございます……どうしたんですか?」
渚と汐に頷いて返しつつ、しろはに聞く朋也。
「えっと、朝御飯は何が良いか聞きに来たんだけど……」
「昨日のお料理が凄かったので、その話をしていたら話が弾んでしまって……色々しろはさんに料理のコツを聴いてたんです」
「あー……昨日、相当美味しいって感動していたもんな、渚」
「はい!おうちでもあんな料理が出来たら、朋也くんやしおちゃんに喜んでもらえるかなと……」
「そ、そんなに目の前でべた褒めされると、恥ずかしいよ!?」
まるで子供の様に目を輝かせて語る渚と、照れたような表情でわたわたしだすしろは。
「な、なるほど…」
そんな二人の様子に、何と言って良いか解らない風に、朋也は言って苦笑いを浮かべた。
「お、皆ここに集まってたのか」
ちょうどそこに羽依里と羽未も現れる。
「えぇ。渚がしろはさんに料理のコツを色々聴いていたみたいで」
「なるほど。しろはの料理は凄く美味いからなぁ」
「おかあさんの料理はどれも美味しいんです!」
「は、羽依里!羽未ちゃん!」
思わぬタイミングで身内からも褒められ、しろはの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「……うーん……でも……」
そんな一同の様子を眺めていた汐が急に唸りだし、全員が彼女の方へ向く。
すると汐は渚の傍へ寄っていき、ぴたっとくっついた。
「うしおは、ママのごはんがいちばんすきだよ?」
おずおずと、少し照れ気味に言い、言い終わった後、皆の視線から逃れるように渚の後ろに隠れる汐。
そんな汐の言動に、思わずその場にいた全員が微笑みを浮かべる。
「しおちゃん……ありがとうございます」
そして渚は、そんな汐にお礼を言いつつ、後ろに手をまわして隠れた汐の頭をそっと撫でる。
そんな二人の光景を、朋也や鷹原家の面々は、更に暖かな笑みを浮かべながら見守っていた。