「こ、これは凄いな」
「そ、そうですね」
『加藤家』の朝の食卓に並んだ品数に驚く朋也と渚。
小鉢などの小さな器に入った品が大半だったが、海苔の佃煮や里芋の煮ころがし、細かく刻まれた野菜の煮物に、魚の干物や目玉焼きなど、少量ずつだが品数多く、和室の真ん中にある大きなテーブルの上にずらりと並べられていた。
だが朋也達の目は、それらの品を見回すことなく、その中の一品に向けられたまま止まっていた。
「……ちゃーはん?」
「そうです、チャーハンです!」
汐が小首を傾げながら、一番目の前に置かれた器に盛られた品の名を口にすると、その呟きを受けて羽未が胸をそらして自慢気に言う。
食卓に並ぶ、純和風な品々の中で、各人の席の一番手前に置かれた、本来普通の食卓では白飯があるだろう位置にある、皿に盛られた炒飯が、異彩を放っていた。
「ええっと……朝御飯、ですよね?」
「そうですよ。うちはチャーハンが大好きな物で……」
「おかあさんのチャーハンはとっても美味しいんです!」
恐る恐る尋ねる朋也に、羽依里は少し苦笑いを浮かべながら、羽未は満面の笑みを浮かべながら答える。
「ごめんなさい。いつもの癖でご飯を全部チャーハンにしてしまって……」
そう言いながら羽依里と同じように苦笑しつつ、しろはが食卓に戻ってくる。
「ま、毎朝なんですね……」
「うん。羽未ちゃんがチャーハン大好きだから」
「羽未ちゃんが……それなら納得です」
まだ少し衝撃を受けた様子の渚に、しろはが笑顔で答える。その言葉と雰囲気に、娘への愛情を感じた渚は、そう言ってしろはに笑いかけた。
「それに、俺も最初は朝からチャーハンは重たかったけど、これはこれで慣れると意外と悪くないんですよ。岡崎さん達も試してみてください」
「そ、そうなんですか。じゃあ、せっかくだし頂いてみようか?渚、汐……」
「そうですね。朝からチャーハン……少し興味あります」
「うん!チャーハンおいしそうだよ」
岡崎家のそんなやり取りを見て、羽依里としろはは顔を見合わせて微笑み、その後、羽依里は岡崎家の方に向き直る。
「それじゃあ、食べましょうか」
「あ、はい」
『『『いただきます』』』
昨晩同様、全員の声が重なり朝の食事が始まる。
最初の一口目は、奇しくも全員同じくチャーハンだった。
チャーハンの皿に添えられたレンゲで、掬い口に運ぶ岡崎家の三人。
「……こ、これは……美味い」
「はい、美味しいです……それに、すごくあっさりしてます!」
「おいしー!」
三者三様の良い反応に、思わずしろはの表情に笑みがこぼれる。
「うん、あっさりしてると思う。朝に作るチャーハンは、羽依里が胃もたれしない様に、味付けをあっさり目に工夫してるんだよ」
「え、そうだったの?」
普通に食べ進めている羽依里の手が意外そうな表情と共に止まり、羽依里はしろはの方を見る。
するとしろはは少しだけムッとしたような表情を浮かべた。
「そうだよ。羽未ちゃんは物心ついた時からチャーハンが好きだったけど、羽依里は最初の頃、チャーハン歴がまだ短かったから……美味しく食べてもらうのに苦労したんだよ?」
「そ、そうだったのか……俺の為にいつもありがとうな、しろは」
「べ、別にそんな事ないし……いつも、羽依里の事を考えてる訳じゃ……」
羽依里が真顔で感謝を述べると、今度は少し照れたような恥ずかしそうな表情をして、しろはがそっぽを向く。
「でも、おかあさん……おとうさんが外に出てる時とかに、おとうさんの話を結構してますよね?」
「こ、こら羽未ちゃん、変なこと言わないの!ほら、食べるのに集中しないとご飯をこぼしちゃうよ!?」
「はーい」
少しニヤニヤしながら、チャーハンを食べる手を止めて恥ずかしい暴露をする羽未に、しどろもどろになるしろは。
「……きゅん」
「な、何がきゅんなの、羽依里!?」
そんな自身の妻子の様子を見て、ときめき和んでいる様子の羽依里に、更にしろはの動揺が加速する。
「な、なんか……ラブラブ、だな」
「そ、そうですね……」
「ちゃーはん、おいしいね」
そんな羽依里としろはの様子を見て、何故か朋也と渚も照れてしまう。
そして、美味しいチャーハンに夢中になっていた汐は、そんな周りの状況に気づかず、こぼれるような笑みを浮かべながら、食べ続けるのだった。
朝食を終えて一時。
かちゃかちゃと、しろはと渚が食器を洗う音が、台所から聞こえてくる。
その音を聞きながら、羽依里と朋也は和室で共にくつろいでいた。
「びっくりしたでしょう。朝からチャーハンなんて」
「え、えぇ、まぁ……でも、美味しかったし何より食べやすかったですよ。渚も言ってたけど、あっさりしてて」
その言葉を聴いて、うんうんと頷き、我が事の様に喜んでいるような様子を見せる羽依里。
「……チャーハンは、美味しいだけじゃなくて、我が家にとって特別なんですよ」
「特別?」
「はい。絆というか、要というか……」
「あぁ、なるほど……わかります」
話を聞いている朋也の脳裏に、だんご大家族が浮かぶ。
「俺達にも、そういうのがありますから。昔流行った、だんご大家族って知ってますか?」
「あぁ、ありましたね」
「渚が大好きなんです。俺は最初、そこまででは無かったんですけど……いつの間にか、渚に影響されて、俺も大好きになってしまってて」
「……わかるなぁ」
今度は、羽依里が朋也に同意する。
「最初の頃の一時期、毎食チャーハンという日々が続いたことがあるんですけどね。最初は胃に辛かったけど、色々あって、今では思い出深い、いつでも食べたい品になってしまって」
「しろはさん、料理の腕が凄いですしね」
「いや……その時に作ってくれていたのは、羽未だったんですよ」
「え!羽未ちゃんが!?」
思わず朋也は、食後からずっと汐と一緒に、絵を描いて遊んでいる羽未の方を見る。
「……羽未ちゃんって、幾つでしたっけ?」
「あー……まぁ、色々と複雑な事情があったんですよ」
「そ、そうですか……そうですね、色々な事情ってありますよね」
苦笑いを浮かて歯切れの悪い羽依里の様子を見て、朋也もそれ以上の追及はしなかった。
それと同時に、羽依里の言葉を受けて、朋也の脳裏には、自分達の経験してきた『複雑な事情』が呼び起こされる。
「色々あって……でも、今こうして家族でいられるなら、それで十分ですよね」
「……うん、そうですね」
羽依里も何かを思い出し、そして朋也の意見に同意する。
そんな、少し感傷的になっている二人をよそに、台所からは、食器の重なる音と共に、しろはと渚の弾んだ楽しそうな話し声が聞こえていた。