同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~   作:兵部省の小役人

2 / 53
 民主主義的な政治戦を知りたければ同盟代議院を見よ。
 多様性のある議論を見たければ同盟弁務官総会を見よ。
 それでもまだうんざりしていなければ君はこの仕事に向いている。

~ハイネセン・ポスト政治部新人オリエンテーション原稿より


第1話796年3月上院安全保障委員会にて

宇宙歴796年3月20日 同盟弁務官総会 安全保障委員会 第34委員会室 

 

 同盟標準時間午後一時丁度、同盟弁務官総会、安全保障委員会委員長であるウォルター・アイランズ同盟弁務官(ルンビーニ共和国選出)がマイクのスイッチを入れた。 

「え~それではこれより質疑に入ります。政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。安全保障、国防行政等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、最高評議会議長安全保障補佐官パヴェル・カントロヴィチ博士、国防委員会戦略部長のダグラス・ミドルトン君、外十名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか」

「異議なし」「異議なし」

 これからはじまるのは同盟弁務官総会安全保障委員会である。

 同盟弁務官総会は、有権者達には正式名称ではなく専ら【上院】と呼ばれている。

 だがその名前には相応の理由がある。自由惑星【同盟】の成り立ちは文字通り惑星間の同盟である。【ハイネセン神話】は神話でありナショナリズム高揚の為の演出が多分に含まれている。自由惑星同盟の成立後、巨大都市ハイネセンポリスを抱えるバーラト共和国は当時数十万の難民集落であった。そこに農業、工業、嗜好品、文化など近代国家としての下地を整えたのは崩壊した銀河連邦の最辺境(停滞した開拓最前線)のサジタリウス準州から生まれた諸共和国の支援と投資である。

  敢えてサジタリウス腕の奥地にバーラト共和国を建国した【バーラトのピューリタン】は停滞した彼らに対し大規模な投資と開拓による産業発展を齎した英傑達であり、同盟憲章の制定を主導したバーラト共和国は同盟政府の首席であった事に疑いはない――というよりもある意味ではバーラト共和国は一大国家として成長するまでは『連邦直轄地域』の特権を振るい、経済成長を続け、首都として続けていたのだから同盟政府とバーラト共和国を同一視するのも歴史的過程からすればそう間違いではない。

 

「御異議ないと認め、さよう決定いたします。あ~、本日はアスターテにおける大規模戦闘、失礼、大規模戦闘の結果を踏まえた安全保障体制、および国防行政に関する調査を議題とし、質疑を行います。質疑のある方は順次御発言願います」

 

 ‥‥‥そうした点から言えば【バーラトのピューリタン】達の国父達をそのまま同盟の国父としても間違いはないだろう。だがバーラトから離れ、土地を開拓したもの達の住う共和国とバーラト共和国は別の国家であり、実態はどうであれ政治理念として対等な加盟国であらねばならない。その上に同盟と言う機関があるのだ。

 同盟憲章制定委員会が同盟弁務官総会という概念の父であり、同盟弁務官とは憲章制定委員(政府全権代表)という官職名の子となる。

 無論、最初の制定から加盟国は大幅に増え、幾度かの憲章改正もあったが下院が【同盟市民】の様々な利益代表者であれば上院は【同盟加盟国】の利益代表者であることには変わりはない。

 ――故にここで手を挙げるのはアスターテ連邦共和国利益代表である男だ。

 アイランズ委員長は耳をハンカチで拭き、唇を舐めると重々しく名を呼んだ。

「‥‥アレークシン・リヴォフ君」

 

 のそり、と立ち上がった者は巨体であった。その造作は何もかが太く、厚い。眉も。髭も、目も、唇も、七十余年の人生が刻んだ皴すらも太い。その上、年齢にそぐわぬ体躯は分厚く、太い。

 唯一、細いのはわずかに頭にへばりついている髪の毛だけだ。

「【民主主義の縦深】のリヴォフである!!議題となっておりますアスターテにおける軍事行動を中心に質疑させていただこう!!」

 当然ながらその声は野太く、音量はフライングボールに熱中した大学生が他人の金で貪る焼肉消費量のそれである。

 隣に座る黒人の議員が苦笑しながら耳を塞いでいる。

「御承知の通り堅固にして強力な帝国軍の兵站拠点であるイゼルローン要塞が専制帝国主義者共に設置されて以来!!悪質で深刻な侵攻攻撃がイゼルローン回廊近郊で相次いでおります!!

インフラの被害のみならず略奪、拉致、婦女への暴行など、広範囲かつ甚大な被害が及んでいるのは御承知のとおり!!」

 発言に力が入っているのはこの男がアスターテ連邦政府の代弁者であり、尉官、佐官時代には輸送艦の陣頭指揮を執っていた歴戦の軍人だからである。時には戦地となる地域住民の避難や戦後の避難民の帰還などもこの目で観てきた男だ。

 アスターテ共和国はイゼルローン回廊近郊にある。会戦規模の戦闘はめったに起こらないが帝国軍の【威力偵察】を受ける事はよくある話である。

 アスターテの政界においては十数年間、国防畑を耕し国防長官の座を務め、同盟上院議員としては二期目、10年務めているベテランだ。2年後の選挙にも出馬するつもりではないかといわれるほどに矍鑠としたマッチョ老人である。

「国民の安全を保障する万全の体制を構築することが喫緊の課題である!!」

 艦隊総司令部後方主任参謀を務め少将で退官したのちは故郷、アスターテ共和国の国防長官を務め、同盟弁務官として10年目を迎えている。

「このね!極めて重要性の高い国家安全保障分野に関しまして、責任者となられたのがヨブ・トリューニヒト――あ~委員長であります!

大変失礼ながら、委員長には国防委員会の長としてその資質があるのか改めて質す必要がある!

何故なら!アスターテ会戦において【国防委員会が主導し帝国戦力を撃滅する】と広報において説明していたことをあげる!

だがその結果はどうか!アスターテ星系において投入した兵力の56%もが失われております!

つまりは常備艦隊を完全動員した際の12%が失われたのです!」

 

「甚大な被害だよ!」

 エル・ファシル共和国選出議員のサウリュス・ロムスキー同盟弁務官がヤジを飛ばす。

 エル・ファシル共和国医師会会長を務めた名家の出身だが、戦災対応医療ネットワークに参加し、度々戦災地の復興の為に出向いており、ネットワーク理事長を務めたこともある。そのため【交戦星域】にも同盟軍部にも顔が広くリヴォフの属する【縦深】の代表世話役を務めている。

 

 だがそんな彼も8年前に彼の弁務官官舎でエル・ファシル本土から逃れた首相たちの手で【亡命政府】を作られたことがある。つまるところ本土を占領されたのだ、全く他人事ではない。

 

「そしてその中には艦隊司令部が二つ全滅し、多くの経験を積んだ参謀と司令官が職務に殉じ戦死をしたのです!

これは継戦能力に大きな打撃を与えたことは明白である!!

委員長の御認識はいかがでしょうか。国防委員会の主導で行われたこの結果は全く問題ないとお考えでしょうか。

ご自身の主導とは全く責務を負わぬことでありましょうか?」

 質問を終えるとリヴォフは椅子に腰かける。

「そうだ!そうだ!答えろ!」

 隣に腰かけたオリーブ色の肌を軍礼装で覆った議員がヤジを飛ばす。ヴァンフリート民主共和国のデイヴィット・イロンシ中将だ。

 彼の国は銀河連邦軍の腐敗から生まれた鉱山と軍需工場と艦隊駐留用隕石加工要塞でできた国である。

 ちなみに五百年程前に彼等の祖先であるアスカリ達がルドルフから逃れた銀河連邦軍元帥と取り巻き達を爆殺して“革命”を起こしたのは公然の秘密である。

 彼自身は陽気な壮年の男であるが、国防民主主義という奇怪な政体が継続されるほど特殊な事情を抱えた彼の国もまた、自由惑星同盟と銀河帝国の係争地域として数年前に戦役の地となったばかりだ。

 この三名はその共通点をもって【民主主義の縦深】と名乗る院内会派の中核メンバーとなっている。

「野次はおやめください――ヨブ・トリューニヒト君」

 上院安全保障委員会委員長であるアイランズ議員は頬を引き攣らせながらボスである国防委員長を呼ぶ。

 

「国防委員会の主導、と申しますのは動員、戦力の整備などの分野において、つまり、委員会の所管事項についてですね。より効率よく、迅速に、執行し、優位を確保するといういみでございまして。

 常備部隊の平時充足率を15%の増大を行い、演習等についても、予算を増加しました。この成果に特に自信をもって断言した物でありまして」

 

「そんなことは聞いてないんだよ!!」「そうだ!質問に答えろ!!」

「野次はおやめください!」

「撃滅するって言ったのはお前だろ!!」「全然違うじゃん!!言ったよね撃滅するって!!」「断言したなら責任を取れよ!」

 リヴォフの会派以外からも野次が飛び交う。動員された第4艦隊や第6艦隊の動員管区の弁務官達も政府批判に相乗りしているのだ。

「野次はおやめください!!」

 アイランズが声を張り上げ、ようやくひと先ず野次が静まり、トリューニヒトが咳払いをする。

「えー、リヴォフ弁務官の質問にある、兵力の運用につきましては、えー、統帥の原則、統帥の原則の通り統合作戦本部の助言に従い、議長と共に大方針を定め、艦隊総司令部に一任すると、その点につきましては指揮系統の明確化について、最高評議会議長、及び国防委員会においても徹底された方針であります。

無論、今回の戦闘結果を踏まえ、教育体制、再検討を行ったうえで、確りと自由惑星同盟の全ての国民の皆様に安全、安心に暮らしていただける安全保障体制を構築することが私の大きな役割の一つである。

その為に私が政治生命をかけて取り組むべき重要な職責であると申し上げております。

ですがそれは、私一人の力で行うものではありません。同盟軍、構成邦軍、そしてそれを支えるすべての国民の皆様、その協力に応え――」

 自由惑星同盟議事堂の中継モニターを二人の中年男性が眺めている。

「あの御老人、大したものだなトリューニヒトの奴が原稿の棒読みに徹している」

 財務委員長、すなわち同盟の金庫番であるジョアン・レベロと人的資源委員長のホアン・ルイである。

「余計な事を言ったら手ひどい目にあるのはわかっているだろう。‥‥‥あのお爺ちゃん達を怒らせちゃぁたまらんよな。私なら頼まれたって安全保障委員会はごめんだ」

 

「財務とていい加減なことは言えんがあそこまで白熱するのは税金の話くらいだよ」

 レベロが自嘲する通り財務は嫌われ者だ。政治家は金を配るのが仕事だが、財務は支出は絞り、歳入をあげようとする。

 軍事費!即ち無制限の出費!と国家防衛戦争に際して叫ぶのにはかのイゼルローン要塞にも勝る堅固な神経が必要である。

 

「人命を取り扱っているんだ、それでも感情が入れ込むのはあそこさ」

 いまいち理解しかねる、と言った顔のレベロにホアン・ルイは嘆息した。

 ハイネセンの金融界で活躍し、富裕層と中産層の支持を得る自由党きっての政策通であるが都市から出たらその影響力は及ばない、典型的な都市政党の首魁である。必要な人物ではあるが彼が議長になる日はないだろう。

 かくいう自分は労農連帯党、いわゆる左派政党のトップだ。労働者と兵隊はほぼ同じ層である以上、どうしても軍事、というよりも戦場生活にある程度の知見が求められる立場である。そして労働者需要の高い【国境】についても。

 連立政党としては保守からすれば同じ左派であるが政策的には――かりに戦争が有利になればますます相容れない。皮肉な事ではあるが防衛戦争という手に負えない怪物と戦っているからこそ肩を並べている。

 そうした意味ではヨブ・トリューニヒトが属する保守政党、国民共和党は中道右派路線であるが部分的には連帯労農党と話せるのが皮肉な話である。

 この三政党を主軸に小規模政党を取り込み下院の過半数を勝ち取った『民主共和連盟』による政権。

 その恐るべき敵こそがこの上院……『同盟弁務官総会』だ。

 恐るべきことに彼らは必要であれば党派を超えて噛み付いてくる。かの戦場の交戦過程に党議拘束という概念は存在しない、彼らは自治政府の代弁者であるからだ。

 必要であればトリューニヒトの支持者が反戦市民連合の『人権教育振興基金』案に賛成し、自身の地域に奨学金を振り撒き、反戦市民連合の同盟弁務官がトリューニヒト派が動議した『国産農業品優遇制度』に賛成し自国の経済がホッと一息をつく。そのような場所なのだ。

 フリープラネッツ労働総連合の書記局員として長く汗を流し理不尽と無知と反中央の憎悪とやり合ってきたホアン・ルイや地方政界に長く席を置いた灰色の政治家であるサンフォード議長、国防委員会一本槍で委員長になってから少々窶れたヨブ・トリューニヒト委員長閣下、そして文字通り上院長老である国務委員長ならまだしも最高評議会の面子ですら同盟弁務官達の本質を見誤るものは少なくない。

 とりわけジョアン・レベロはハイネセン金融界の出身だ。良くも悪くも良識的な富裕層の代表であり、卓越した財政評論家である、だからこそ下院で活躍しているのだが――。

 いわゆる「バーラト・エリート」の中は恥ずかしげもなく「距離の防壁」をいまだに国父の掲げた理論だと考えている者がいる。

 『上院』はそうした『バーラト・エリート』へのカウンターであり、『ハイネセンポリスはハイネセンの後継者ではない』事を知らしめる為に存在する機関である。

 

「【縦深】は同盟軍の失態にあわせて戦災再建予算に上乗せさせるつもりだね。こちらからトリューニヒトに援護射撃をしてやるとするか」

「厄介な連中だ!彼らには国家経済というものがわかってない!!‥‥上乗せできる分を関係委員会と連絡を取って数字を出そう」

 君はともかく、ウィンザー女史に貸しを作るのもしゃくだな、とレベロは苦々しい顔で呟いた。

 そんな時でも女史をつけるレベロの事を人間としてホアンは好んでいる。掲げる政策と個人の交友はまた別の話だ。それを割り切れない人間は政治ができない。

 

 足早に立ち去る同輩を見送るとホアン・ルイは苦笑した。

「次の選挙では‥‥‥地方に強い党人が必要だなぁ」

 官僚上がり、エリート上がりは確かに必要だ。特に広く低所得層に効果があり、わかりやすい政策を構築ができる人間は左派政党の党首であるホアン・ルイには必須の人材だ。

 だが――長く続く戦争でバーラト星系などの中央と、イゼルローン回廊付近の国家群の間で対立が広がりつつある。

「下院で目立つ若手が欲しいなぁ、大衆の共感を呼んでキャラクターの強く、辺境出身で保守層にもウケる従軍経験のある愛国的な左派、か。そんな活きのいい奴がいればいいがねぇ」

 最近の若いもんは、とこぼしかけたホアン・ルイは声を出さないように笑い続けた。自由の国であるからには、自分の年齢を思い出して声をあげて笑う事を気恥ずかしく思う事もまた自由である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。