同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~   作:兵部省の小役人

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「国防とはきわめて政治的なものである。国防とは国家における最大の雇用創出策であり、最大の需要創出であり、そして何よりも政治的な危機を産み出す要因である。そして大概において出世する政治家というものは臆病なくせにスリルジャンキーである」(「国防委員会における1000日」ジェラルド・アルバレス退役大将(元国防委員会事務次長))


第21話元帥閣下たちの政争指導

宇宙暦796年6月上旬

 

 統合作戦本部で行われた会議でだされた【シトレ人事案】は激しい動揺を呼んだ。既に地上軍、艦隊総司令部では「新人事案」を議会に出す前に闇に葬るべく、公然とした勉強会から密談・立ち話・そして無数のメモが飛び交っている。

 そこから距離をとっているのはヨブ・トリューニヒト国防委員長の一派だけである。

「よろしいのですか? 国防委員長閣下」

 ドーソン次長、統合作戦本部の事務方の自他ともに認めるトップはヨブ・トリューニヒト国防委員長に呼び出されて心配そうに10も年下の政治家を観察していた。

 それにしても、彼が憲兵時代から関係を深めていた情報部の活動が第7次イゼルローン攻略戦の魔術を下支えしたのであるが、それを自覚しているのだろうか?と彼の周囲の人間は内心首をかしげている。それほどに気が小さかった。

「よろしいともドーソン次長。君は職務に励んでくれればいい。率直に言うと」

 トリューニヒトはトントンとデスクの天板を叩く。

「ここで決定的に軍が割れるのは困るのだよ、軍の首脳部というコップの中で荒れ狂う分には構わないがね。だから私は当面は国防委員事務総局と信頼のおける軍人たちに静謐を望む」

 職務を円滑に回すことが第一だよ、と付け加える姿もどこか洒脱さを醸し出していた。

「袖口が濡れることもありましょう」

 ドーソンは忠誠心から警告を発する。

「構わないとも、今は最高議長閣下と同盟市民諸君に敬虔なドブ攫いの姿をお見せする時期だからね」

 トリューニヒトは。気は進まないがそれも政治業で利益を得るためには必要だからね、と苦笑を浮かべた。

 

 自由惑星同盟の政治に明確な支配者はおらず、累卵の連立によってかろうじてサンフォード政権は成り立っている。

 帝国に抵抗するために力強く行政権を行使するはずのオパールビルの内部では、無数の利益団体を代表する派閥によって議論が行われている。

 ヨブ・トリューニヒトは浮動票が基盤ではあるが、同盟地上軍や構成邦軍、そして軍官僚を支持基盤につけている。シトレがロボスに勝ちそうになればすかさず仲裁に入る必要がある。

 

「それにしても、あのシトレがよくあそこまで騒ぎを引き起こしたものだ」

 本来であればこれほど騒ぎになることはないはずである。なにしろ総選挙前に駆け込みで行われる軍高級幹部の人事とはいえ、シドニー・シトレが軍令の長を継続することに異議を唱える人間はごく少数だ。なにしろ30年近く自由惑星同盟全体を重病人としてきた略奪と殺戮の”難攻不落の蛇口”であるイゼルローン要塞を奪還し”難攻不落のダム”を構築する機会を創ったのである。新たな最高議長とよほど折り合いが悪くなければ変更となることはない。

 だがシドニー・シトレの提示した案は同盟地上軍の最高位を実質的に中将に抑え込むことで地上軍を中心とした軍縮を示唆したのである。

 さらに穿てば構成邦軍は地上軍が主流である(例外は植民船団国家のアスターテ連邦と交戦星域の盟主を自認するパランティア連合国だけである)構成邦軍へも軍縮の圧力が高まると予想する者も少なくない。シトレ元帥の後ろ盾は自由党であればなおさらである。

「彼の周りは、所詮は学生運動かぶれでしかない。あくまで“社会的エリートの作法”の範囲で反権威主義を振り回すだけ、良くも悪くも若干ひねるが中道の範囲内になると思っていたが、君はどう思う?ドーソン次長」

 軍政のトップに振られたドーソンはものすごく嫌な顔をした。そりゃそうだ。

「そうですな・・‥‥才能のある学者が変人となるのではなく、変人だから才能があると思いこんだような、痛々しい秀才が交じるぐらいだと思っていましたが」

嫌悪も関心の一種なんだねえ(憎悪を向ける姿は鏡のごとし)

 特定自称革命家の将校を思い出したのか、心なしか早口で罵倒する最高軍令機関次席を眺めながらトリューニヒトは頬を流れる汗を拭いた。

「……ゴホン、次席副官に抱えているのが組織工学で修士号だったかをとった英才がいるはずです」

「政治ブレーンの人選か、彼が政界に臨むつもりであればその器量が確かめられるのだろうな」

 トリューニヒトはドーソンに退出してよろしい、と合図をするとぼんやりと天井を眺めた。

 ――いずれにせよ、悲壮にドブをかぶって見せねばならない。

 委員長室でのやり取りとほぼ同時刻の頃である。

 シドニー・シトレ元帥は軍きってのリベラル派で個人主義・共同体主義双方のハイネセン主義者の中でも常に卓抜した戦術家として名声を博した軍人であった。彼が元帥杖を手にしたのは当然の成り行きだ。それだけではなく、反戦派の穏健層を引き込み、中道派に引き付けることができる唯一の将校だとみられているのならば、尚更に。

 一方で主流派軍人や中道派議員たちから勝ち取ったカリスマは宇宙艦隊司令長官時代の功績によるものであり、本部長としての失態、ロボス元帥との対立から衰えつつあるとみられている。

 ラザール・ロボス元帥は宇宙艦隊司令長官としてよりも艦隊司令官、副司令長官時代を高く評価されている。特にアルレスハイム会戦における戦闘指揮はいくつかの幸運(帝国軍迂回部隊が哨戒網への伏撃に失敗したなど)もあるが大勝利を収めている。亡命者の血筋を引いていることは、時にハンデともなるが政治カラーを明瞭にする。ラザール・ロボスは、それを活用してきたのは間違いない。だが、第3次ティアマト会戦とアスターテ会戦における失態で指導力に疑問を呈されている。さらに軍内でも情報部がシトレ元帥と組んで大戦果を挙げたことで窮地に立たされているとみられている。

「つまり私は圧倒的な優位にあるわけだ,ヤン生徒のお陰でね」

 シトレ元帥は重々しく椅子の背もたれを軋ませる。

 次席高級副官は機敏に本部長の思いを汲んで見せた。

「その通りです。多少の反発は理解を得ることができます。地上軍はモノの数には入りません」

「縁故主義と軍国主義がはびこる同盟を救わねばならない。イゼルローン要塞の奪還、30年目を迎える前に本部長直轄の作戦で成功した。今こそ、この時しかない。不要な地上軍を削減し、トリューニヒトの政治屋軍人共やラザールを担ぐ過激派を商船企業に叩き込んでやる!」

 せいぜい情報交通委員会が苦労するといい、とシトレはほくそ笑んだ。

「ええ、議会の保守派と人気取りしか頭にない連中の党派主義をねじ伏せ、国軍の統制を護る時です」

 そして第7次イゼルローン攻略作戦を除けば最良の要塞攻略作戦の指導者として名を馳せるシトレ元帥は、往年の如く大規模な攻勢計画を、銃後においても作戦指導を開始した。

「まず自由党と労農連帯党を固めるとしよう。後は議長を頷かせればよろしい。問題は同盟弁務官だ。上院は厄介ではないかね」

 政治部門の参謀をつとめるアレックス・キャゼルヌ次席副官は頭を振って見せた。

「だからこそ、です。下院を固めれば選挙区が重複する国政政党を通して話ができます。下地はいずれにせよ下院の国政政党である以上、そこで党派を固めれば弁務官に話をする下地ができます」

「政治においては常に悲観的に行動するべきですが今は慎重なればこそ大胆に進めましょう」

 信頼のおける幕僚の言葉にうなずき、シトレは通信端末を手に取った。

 ――やあジョアン、君のところの幹事長に連絡を取りたいのだけれどね。

 その数日後、ガラティエ共和国にて政権与党の党幹部と議会の防衛委員会委員、そしてガラティエ軍統合参謀本部の幹部が集まっている中、ガラティエ駐留艦隊幕僚長のビューフォート大佐は内心、胃をさすりながらにこやかに対応をしている。

 この場の最上級者ユリウス・マリネッティ国防大臣は面白そうに30半ばの年若い大佐を眺めている。彼もまた似たような軍歴を経て准将まで登ってから政界に転身したやり手である。

「つまり今回の君のレクチャーの要点は、シトレ元帥の案は軍の総意ではないということかね?」

「はい、その通りです。軍の方針の変革・および改革は自由惑星同盟の存続にとっては必要であることに疑いはありませんが、地上軍の軍縮や構成邦軍の“自律的な財源の確保”、そしてなにより駐留艦隊の“段階的な縮小による宇宙港の民生転換化”は過剰であると我々は考えております」

 じろり、とセルカン・ヴァロル参謀総長がにらみつける 。彼はガラティエ軍人の主流派中の主流、『歩兵畑』の男である。

「我々とは?」

 シトレ元帥のぶち上げた人事案に最も激怒した一人はこの男であろう。

「……ガラティエ駐留艦隊司令部の独自研究と提言です」

 情報参謀と兵站参謀が夜なべしてさらに近隣の駐留艦隊の幕僚陣(副官すらも動員された)たちと すり合わせを行い……とにもかくにもひどい目にあわされたものだ。コイツは経済学の復習じゃないか、バーラトのオフィスに戻って退役前の箔付けにしてくれないと割に合わん、とぼやく者もいたほどだ。

「君」

 ヴァロル参謀総長が顔をしかめる一方でマリネッティ国防大臣は顎を引き、視線を鋭くする。

「独自と申し上げていますが、艦隊総司令部より、周辺構成邦の状況を調査したうえで研究を行うように要請を受けたものです。あくまで要請ですが、同盟の各方面における各駐留艦隊に対し発出させられております」

 軍政と軍令のトップの双方がわずかに好意を見せた。よろしい、”表向き”の意味を理解し、姿勢を示した。であれば本命だ。

「なるほど、それで君達の考えは?」

 ビューフォートは息を吸って、吐く。畜生、総司令部からエリートがくればいいものを。いやいや、俺達も外から見ればエリートの範囲か。そうであっても”この分野”ではなかろうに――

 笑みを張り付けたまま、ビューフォートは自身の人生を護るために口を開いた。

 ――それでは簡単にですがご説明を。

 


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