同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
シドニー・シトレの用兵の妙は大規模兵力の集中運用である。
ラザール・ロボス元帥が巧みな機動戦術で不意を突くことを得意とするのであれば、シドニー・シトレは兵力を揃え、決戦の場を誘導し、大攻勢を仕掛ける。
状況を整え、巧みに大兵力を自在に動かし、火力集中と突破、そして文壇により、敵を各個撃破することが本領であった。
ゆえにシドニー・シトレは参謀が提供する選択肢においても自身の得意とする選択肢を選んでいる。
すなわち【味方戦力の徹底した動員】により【敵を手際よく一掃する】である。
シドニー・シトレが統合作戦本部長までの【階段】を登ってきた【馬力】をもたらした1つが、この自身の資源を動員する能力によるものである。
「君達の党には受け入れやすい物だと理解しているが」
「本当にそう思っているのかね?」
レベロは興味深そうにシトレを観察する。彼が政界に足を踏み入れることは公然の秘密だ。
「もちろん急進的であることは理解するが必要なことだ。つまり――」
レベロはある部屋の前で立ち止まった。
「その先は彼女たち―党執行部にも説明してくれ」
「もちろんさ」
レベロが入室したのは、上品で居心地の良い小さな応接室だ。先に部屋でくつろいでいた者たちが立ち上がって迎える。
全国党務を統括するマサ・チューサン全国委員長、自由党顧問の上院で第二院内会派「通商政策研究会」の代表世話役・ホラティウス・ハンフリー同盟弁務官、党としての政策立案を担うマーティン・“キャスター”・ジャクソン政務調査会長……自由党の役員達,いわゆる執行部だ。
「こんにちは、本部長閣下。てっきり2期目が内定したらもう顔を出さないかと思いましたよ」
口火を切るジャクソンの目は冷ややかだ。彼は自由党左派(通称民権派)を束ねる立場であり、自由党きっての国防通兼対帝国強硬派として知られている。彼は自由党の弱点であるイゼルローン航路の中間星域と交戦星域の票を動かす力を持つ男である。
「まあ落ち着きなさい、ジャクソン君。君が取り組んできた分野なのはわかるがね」
ハンフリーは穏やかに窘める。民生的は共に財政ハト派に位置するがジャクソンは鼻を鳴らして背もたれに身を預けるにとどまる。
「顧問はそれでいいのでしょうがね」
フェザーン航路の構成邦が多く所属する「通商政策研究会」からすれば同盟地上軍削減による軍縮は得だろう。何しろ経済は安定し、国内の購買力が増すのなら言うことはない。いわゆるリベラルホークのジャクソンと国防政策において【同じ色でもグラデーションの対極】に位置する。
「党としての方針は有権者の支持の拡大につながるかどうかに左右されます。個別の政策にのみ焦点を当てた議論は、その後にしましょう」
チューサン全国委員長は老齢の女性でありながら周囲を睥睨するだけで左派の2人を黙らせた。彼女はレベロ率いるいわゆる正統派に近い。一方で女性の自由や子どもの権利に対する闘士としても著名である。
「それでは、今回の人事の意図と今後の方針についてご説明をお願いします、本部長」
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その足でシトレは人的資源委員会の総合庁舎に足を踏み入れる。
「人的資源委員長にご相談を」
労農連帯党の中央執行委員長、ホワン・ルイが出迎える。身長差があってもシトレは丁重に彼と握手を交わした。
「大攻勢を軍内で行っていると聞いているがね」
「ええ、軍部内の改革を行うつもりです。そうした点からすると私達は協力できるはずです」
「改革の内容は?」
「星系内の交戦が大幅に減少したことに対応し、同盟地上軍を縮減します。もちろん宇宙軍もスリム化を行いますが地上軍300万人、宇宙軍は陸戦隊15万人、宇宙軍45万人の軍縮を予定しています。構成邦軍も同盟の支援を減らしつつ目標として全構成邦で計40万人の削減を目標とする予定です」
「合計400万人か‥‥」
宇宙軍は正規艦隊だけでも1100万人を超える規模である。地方駐留艦隊まで含めれば2000万を超えるだろう。だが宇宙軍そちらは陸戦隊を合わせても60万人(約3%減)に留まっている。同盟地上軍は非常にコンパクトで3000万人程度である。こちらは1割近く軍縮が行われる。
人的資源委員長は普段の穏やかな表情から動かない。
「来年度以降は宇宙軍の戦死者が減る見込みです。軍縮、というよりも訓練後速やかに開放できる予備兵が増加します」
「死人を減らすのは最重要だね」
「軍からの退役に際して、人的資源委員会・国防委員会・情報交通委員会で合同小委員会をつくり、適切な退役後の就労支援を行うべきだと考えています。職業訓練部門に宇宙軍から将校と下士官を教官として派遣することも、検討しております」
「‥‥‥私は何とも言えないねえ」
「委員長」
「構成邦も今回の件には、あちらこちらで【大いに期待が高まっている】そうだ。事業としては地域社会開発委員会や情報交通委員会の職掌であるが‥‥労働力の不足については人的資源委員会としても【期待】しているところでね」
「一般的に申し上げて、職掌の外たる民政について容喙するのは軍人の本分ではありません。ですが国家の生産・運輸などにおける健全な状態を保つのは、国家安全保障の一環であり‥‥こと戦災に携わるものに関して最高議長の指導を受けて参画するのは軍政軍令の密な連携があってこそでは」
「さあね、だけど本部長の改革については興味を抱いているよ。自由党からの声にも」
ホアン・ルイは新しいフォルダを手に取った。会談は終わりということだろう。
シトレは満足していた。つまりは自由党が賛成すればよろしいということだ。あとはどこを固めるか、国民共和党?いや、リスクが高い。地域主義者たちは地上軍が中央政府への影響力の窓口として軍縮には断固反対だ。トリューニヒトに至っては地上軍を削減するこの案に断固反対だろう。腐敗の根源になるというのに、いやだからこそか。改革を骨抜きにされてはならない。
であれば、そう、彼らを揺さぶるために『強固な包囲網』を形成するべきだ。それも伏兵となるような…予想外の支持を。
シトレは副官から囁かれた内容に頷き、専用車に乗り込む。
「アビー・ホフマン記念下院議員会館に」
28ある下院議員会館の一つに向かう。彼女が一つの布石になるはずだ。
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「こんにちは、ジェシカ代議士」
ジェシカ・エドワーズ‥反戦市民連合では最も新しい議員であるが社会運動のアクティビストとしては若手でも高い発信力が武器である
反戦市民連合は大きく分けて平和構築の為に制度的な大改革を求める設計主義派と大衆運動を軸とする情動的な運動派に分かれている。彼女は運動派のホープといえるだろう。
「お久しぶりです。シトレ元帥閣下。最後のお会いしたのはラップ”大佐”の卒業式以来でしょうか」
年若い女性であり、音楽的な声を発する彼女は魅力的だ。だからこそ危険である。
「‥‥左様ですな」
軍人に寄り添うかのように振舞う姿はまやかしではない。
だが、反戦市民連合とは【距離の防壁理論】を臆面もなく唱える左派ポピュリスト政党。国民政党ではなく『バーラト首都圏』の政党でしかない、だがそこに人口が集中していることが問題だ。そして、彼女の役目は「まあまあ、そのようなつもりではないのです」と軍部や中間星域、交戦星域の人間に対して微笑みかけることである。
「なぜ新人議員の事務所に、制服軍人の首席たる御方が、わざわざいらっしゃったのでしょうか」
「制服軍人が議員のところに伺うのは、いつだって政策・戦略構想のレクチャーのためです」
シトレの人事案とその後の構想について説明を受けたジェシカは微笑を浮かべ、返答する。
「非常に興味深いですね」
「それは重畳、なにかご意見があれば、是非とも」
ジェシカはそうですねえ、と珈琲を口に含むと表情を崩さずに爆弾を放り込んだ。
「イゼルローン要塞を利用した講和の研究など、いかがです?」
「議員‥‥?イゼルローン要塞を差し出すと?」
「それも検討していただきたい、それだけです」
「‥‥‥それは、私の人事案を承認する代替案ですか?」
ジェシカはクスクスと、そんな影響力が新人の私にあるわけないではありませんか、と答えた。
「いいえ。軍部で【検討】していただければありがたいだけです。あくまで単語を使うだけであろうとも。講和を模索する影響、帝国の行動予測、それらを研究することは、そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」
「‥‥‥」
シトレは腕を組み、天井を見上げた。
成程、現在のところ対帝国の交渉は国務委員会が管轄する駐フェザーン高等弁務官か、軍部しかいない。
行政的な権限拡大は戦争のコントロールにも重要かもしない。最終的には文民政治家が判断するにしてもこの段階で軍部の影響を拡大することは必要か―?
キャゼルヌ次席副官はこちらの視線には肩をすくめるだけだ。
これは危険なステップだ。だが上手く踊り切れば、自由惑星同盟、否、人類史におけるレガシーを創り出すことができる。
「ジェシカ代議士」
――統合作戦本部は当然あらゆる可能性を検討するのが本懐です。
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その2日後のことである。シトレ本部長はオパールビルの会合に呼び出されていた。
「‥‥結論から言うと、人事案は国防委員会と艦隊総司令部、陸軍幕僚総監部の協議の上で素案をまとめるとする」
ロイヤル・サンフォード議長はゆっくりと、だが静かな怒りをうかがわせる口調で自身の統帥権を補佐する統合作戦本部長へ結論を述べた。
「では私の人事案は‥‥」
「提出を見合わせていただきたい」
パヴェル・カントロヴィチは眼鏡を拭きながら溜息を吐く。
「地上軍の問題で中間星域の大半も反対。上院で承認を得るのは不可能、いや、下院すら危うい」
マクドノー首席補佐官がぴしゃり、と言った
「これは貴方が招いたことだ」
そして立体テレビジョンのリモコンを操作すると、動画が流れ出した。
確か、これは毎週報道されている1on1インタビュー規格の番組だ。
ジェシカ・エドワーズがレポーターの対面で微笑んでいた。
『ジェシカ議員、それではいよいよ平和への転換期が訪れると?』
レポーターは珍しく緊張の色を見せながら質問した。
『はい、シトレ本部長に今後の方針の説明をいただいた際に、質問しました。帝国との交渉のためにイゼルローン要塞を活用できるか、と』
『本部長は何と?』
『今後の改革の中で新たな方針として検討すると、確かに約束していただきました』
一瞬、沈黙が下りた。
『それは‥‥非常に革新的ですね』
『もちろん要塞を引き渡すことを前提にはしません。ですがシトレ本部長が、イゼルローン回廊の中立化などのオプションを研究するのであれば、私は反戦市民連合に対し、今後の軍改革への参画を―』
ジェシカのセリフが終わる前に、電源が切られた。
「元帥の軍歴とこれまでの貢献を疑うものではない、だが軍内の意思統一の阻害、国民への誤解を招く発言に対しては――」
サンフォードの声を聴きながら、シトレの意識は内面に潜っていく。そして、冷ややかな声が自身の底から聞こえた。
――攻勢は頓挫した、夢から覚めるんだな、元帥閣下