同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~   作:兵部省の小役人

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「議会で熟議をした法案がいい法案とは限らない。理想論としては、法案が生まれた時点で9割の調整が終わっているものでなくては施行できるものである保証もない。社会が複雑である限り立法とは輪をかけて複雑怪奇なものである」フランソワ・フーリエ教授(教育工学、アスターテ工科大学)(退役軍人の処遇と技能労働者確保の在り方検討会の座長を3度にわたって務めた)


第28話そして飛び立つ

宇宙歴796年6月23日ハイネセンポリス標準時間08:30

 

同盟国会議事堂 第1委員会室(非公式会合)

 

 

 さて、実のところ【自由惑星同盟国会議事堂】にすべての国会議員が集まるわけではない。ここには同盟弁務官総会と各種委員会室、そして下院の【本会議場機能】のみがある。

なぜなら同盟下院を構成する代議士達は本会議場においてはほぼ活動することはない。15の常任委員会と6つの特別委員会、そしてそれらの下に属する100を超える小委員会で活動することが多い。

 もっと言えば、下院議員は8565人で構成される。上院議員である同盟弁務官は300人、それらの秘書や事務所スタッフ、事務局・法制局の職員、そしてロビイストに民間サービス事業者たちも加えると当然であるが数十万人規模に膨れ上がる。【ハイネセンポリス最大の産業とは国会会期である】というのは間違いではない。

 下院本会議場は儀礼的な採決(実際は各党の政務調査部会を経て各委員会で決議される)と最大の花形であり、各党の若手出世頭と重鎮が暴れまわる超巨大委員会である予算委員会で使用される。

 そしてもう一つ、ここを本会議場たらしめているのが【下院運営委員会】だ。これはこの「国会議事堂」に常駐する数少ない常任委員会であり、86人で構成されている。要するに1%の選ばれた議員ということだ。担当する分野は議会事務局・法制局・国会図書館などの運営管理、総合的な政策方針に関する調整・議員倫理と懲罰、そしてなにより院内規則と委員会人事に議事運営の日程‥‥下院という巨大な組織を管理する頭脳である。

 同盟最古の政党の一つである自由党を代表し、下院運営委員会の中枢を担うのは、いわゆる正統派(ハイネセン主義者)の重鎮であるジェラード・ピアソン国会対策委員長と民権派(現代的ハイネセン主義兼対帝国強硬派)のマーティン・“キャスター”・ジャクソン政務調査会長、中道派のグリ・コルスタ全国委員長の3人だ。ここにジョアン・レベロ党首が加われば自由党執行部が揃う。

 ピアソン委員長はテルヌーゼン出身で自由党のもっとも古き良き時代の気風を受け継いだ一人だ。反戦市民連合の台頭に対し、財政タカ派であり テルヌーゼン共和国首相を務めた際には一時的な財政緊縮と共に同じ星系内に設置されているティアマト民国フローニンゲン自治領に対する投資減税を行なったことで、食糧品・嗜好品の価格低下に成功し、大きく支持を伸ばした。

 

「財政的な面ではこれまでの四半世紀の予算に比べ大幅な改善が見込まれる。動員にかかる費用や傷痍軍人の社会復帰などの予備費削減をそのまま復興と星間運輸に当てるのであれば生産性向上、経済のボトルネック解消である星間流通を支える技能労働者につながる」

 ジャクソン政調会長は楽し気に手のひらをこすり合わせる。

「我らが”均衡ある”ピアソン氏も賛成できるのでは?」

 

 ピアソンはわずかに眉をしかめるがそれだけだった。

「そうですな、今は実体経済を支える労働力の回復が最優先です。そのための投資は収益性が高い。政府の支出を軍需から振り分けるだけでも債務の内容が変わる」

 

 コルスタ全国委員長が微笑みながら言った。

「地域産業主体というのは気になりますが、許容の範囲内でしょう。上院の支持を確保するためにも必要です」

 

 

「うむ、いずれにせよ政権の方針を定める法案だ。財務方面からも太鼓判を押していただければ、超党派で議員連合を組んで」

 その時、ノックが響きジョアン・レベロが4人の男を連れて、入室する。

 

「その通り、私も同感だ。すまない、ロムスキー代表、リヴォフ世話役、アリシア国対委員長の御三方。打ち合わせが長引いてしまってね。3法案を支持するのとは【別の話】としてね。『夜警の帰還』キャンペーンを行う、これに協力して欲しい」

 同盟弁務官は構成邦を代表する上院議員であるのと同時に、構成邦政府と自由惑星同盟政府を結ぶ外交官でもある。であるからにはこうしたやり取りも珍しくはないが‥‥

 

「法秩序委員会・同盟捜査局(ABI)のマリオン・ブラックバーンです」

 黒い肌をした女性が微笑みかける。ABIは、同盟政府直属の国内情報・治安機関であり、同盟政府最大の法執行機関である。特別捜査官で複数師団を編成できるほどの強大な組織である。法秩序委員会の機関であるが、最高評議会国家安全保障小委員会のメンバーであり、最高議長補佐官(安全保障担当)も法秩序委員長と並ぶ実質的な上官である。

 法秩序委員会は(サンフォード・トリューニヒトらが所属する)国民共和党の大物政治家が委員長を務めている。

 

「財務委員会・歳入本部のジョアン・イタラです」

 キビキビとしたオリーブ色の肌をした中年の男が握手を求める。税務・関税に関する行政を所管する官僚であり、証券取引など税務に関する潜在的な刑事違反や、マネーロンダリング、通貨違反、テロ資金供与などの関連する金融犯罪の捜査も担当している。当然ながらジョアン・レベロが財務委員会を牛耳っている。

 

「人的資源委員会厚生本部・薬事対策部のカワハラ・カツフミです、よろしく」

 眼鏡をかけたE系列の男性が一礼する。麻薬や密造酒、不正な医薬品流通対策などの元締めである。昨今は傷痍軍人などメンタルヘルス患者を中心に広がる薬物汚染の拡大に頭を悩ませている。人的資源委員会は労農連帯党の党首ホアン・ルイが委員長を務めている。

 

「‥‥‥‥物騒な組み合わせだね、政治家が恐れるコンビじゃないか」

 ロムスキーは一瞬、虚をつかれたが、すぐに微笑みを浮かべてあいさつに答えた。

 なぜほかの省庁、それも自由党と関わりのない省庁の情報機関が揃っているのか。

 

「あら、政治家よりも恐れる人はいるでしょう」

 マリオン長官は片頬を歪めて言った

「そう、外部からの工作員です」

 

「ほう?」

 

「皆様方に関わりがある重要目標の一つとして、交戦星域内を中心として帝国諜報機関の細胞を破壊します。これは構成邦の法執行機関、および構成邦宇宙軍の協力が必要になります‥‥これまでの通りに」

 

「これについては従来から行ってきた捜査により資源を投入し、数か月以内にSWATの投入により一気に摘発を行います」

 ほかに目標があるということだろうが、それについては笑顔を浮かべて黙っている。

 イタラ本部長とカワハラ部長も説明せずに微笑んでいる。

 

 アリシアは弁護士だけあり、鋭い視線を向ける。

「大規模な作戦であることは理解したわ。でも、それなら当然、デュープロセス(適正手続き)に則った活動よね?協力するのはいいけど問題が起きたらアルレスハイムのハンソン首相はもちろん、ウチのタロット議長だって激怒するわよ?そこはしっかりして欲しいわね」

 

「当然です、そのためにも従来の情報提供をより密に行う必要があります、それに報道関係者への守秘も」

 

 リヴォフは腕を組んだままレベロをにらみつける。

「軍情報部は絡んでいないのか?」

 

 レベロは練達の政治家が見せる感じの良い無表情で応えた。

「もちろん、交戦星域における防諜活動においては常時連携している。それはリヴォフ同盟弁務官殿が非常によくご存じでしょう?」

 

「‥‥‥法案については【このキャンペーンとは無関係に】自由党は賛成してくれる。それは間違いないな?」

 

 

「当然ながら、与党3党は結束してこれらの法案の通過に協力するとも。もちろん、自治連合の諸君も歓迎するさ、選挙の結果がどうであろうとも、我々は【今この時期に共通項を見出す】ことは非常に重要であると認識を共有できるのだから」

 

 リヴォフは上を向いてため息をついた。つまり、自分たちはこの最高評議会で【超党派的に行われる】情報作戦を邦権主義者の野党である自治連合にのませないといけないわけだ。

 畜生め、ジョアン・レベロは【計画の中枢を話していない】のは間違いない。歳入本部が主導する作戦だと?ならなぜ同盟捜査局が弁舌を振るっているのだ?

 それを俺たちに見せていることにも当然意味がある。

 ――まあ、いいさ。決断したからには飲み下す必要がある。

「この【夜警の帰還】キャンペーンが重要であることは理解した。ロムスキー代表?」

 

 

「うん、構わない。どのみち復興の前に交戦星域の【正常化】は必須だからね。イゼルローン要塞ができて30年・・‥このあまりに長い、長い、ドラマを終わらせる時が来たのだ。我々も痛みを飲み込む必要がある」

 

 

宇宙歴796年8月1日ハイネセンポリス標準時間05:30

テルヌーゼン共和国 首都テルヌーゼン オケリー・ダイナー

 

テルヌーゼンの夜は賑やかだ。老舗(あるいはオンボロの)ダイナーであるオケリー・ダイナーにとって昨夜は、とりわけ盛況だった。

 

 うめき声をあげ、常連の老人が起き上がる。長椅子にブランケットで5時間ほど、眠っていたのだ

「すまんな、すまん……」

 

「いいですよ、こいつはサービスです」

 店主のオケリーは怒る様子もなく、水を差し出した。

 70代のこの老人は、星間運送会社に勤めてきた。故郷からこの宇宙港街に一人で移り住んでからも、30年近く、延々と働いてきた。10年前に余生と呼ぶものに人生の段階が変わってからも、彼にとってテルヌーゼンは故郷ではなかった。

 オケリー氏が年下の友人であっても、同じ同盟市民であっても、同郷の人間ではなかった。

 それでも、オケリーが店を独立させた時から、酒の温度や飯の味付けに文句を言いながら、通い続けてきた悪友である。

 

 つけっぱなしの立体テレビからロイヤル・サンフォードの声が聞こえる。

「サジタリウスに住まう全ての自由な市民の皆さん、私は本日、自由惑星同盟の新たな時代についてお話したいと思います。本日、自由惑星同盟の上下院は3つの法を可決しました。私の机の上にはその法案があり、署名される時を待っています。これらの法律によってどのような事が成されるのかということを説明するため、署名をする前に皆さんの時間を頂きたかったのです。これらの法案は、自由惑星同盟で最も傷ついた人々に確実で平等な機会を確保するためのものです。私たちはついに、イゼルローン回廊の向こう側へ、略奪者たちを押し込んでしまいました。ですが、私たちは『かつて古き良き社会』をこの時代に適した形で作り上げ、そしてそれを守る体制を……」

 

 

 酒精がもたらす頭痛すら不快であっても老いた彼の心には、生きている実感となる。

 

 空を覆う艦隊、装甲服越しに、娘を値踏みする汚らわしい兵士たちの悪夢にうなされてきた。

 アルコールの霧で薄れさせようとしても、それは常に自分の脳髄にまとわり続けて生きた。

 だが、それもようやく、ようやく、遠ざかる時が来た。

 老人はゆっくりと立ち上がって店の外に出た。

 今では黄金の太陽がビルの窓に反射して照り付ける。彼の歩く道は、久々に山吹色の輝きでに満ちていた。

 痛む膝を動かし、一歩ずつ前に進む。あまりに長くここで時を過ごしてしまった。帰宅までの道も年を食った今では随分と長くなった。

 これからも苦労が多いだろう。故郷を思い起こさせるものが残っているのかも分からない。

 これを歓迎する人ばかりではないことも知っている。それでも、今だけは関係ない。

 それにオケリーの坊主も寂しがるかもしれないが、それでも祝福して見送ってくれるだろう。だから、いいんだ。

 

「さあ、家に帰ろう、懐かしの我が家へ、アスターテへ」

 

 ――くしゃみをして、年甲斐もなく笑った。

 

 

 

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