同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
宇宙歴796年7月7日パランティア連合国標準時17:30
パランティア連合首都 ムンドブルク
カラオケチェーン セッタイ・エコー ラグジュアリールーム
同盟政府の頭痛の種は数あるが、そのうちの一つはパランティア連合国だ。それは能力の不足ではない、能力の振るい方にある。彼らは【銀河連邦サジタリウス準州】時代から存在する。
長征一万光年の船団に遭遇した時には分裂し相争っていたが、それでもサジタリウス準州の盟主であるという自任(と経済・人口的な実態)は揺らいでいなかった。
現在では、そのアイデンティティは【交戦星域の盟主】へと変化した。イゼルローンによる冬の時代には【ケレブラントの軽母艦艦隊】や情報機関HUORNを強化し、交戦星域首脳会議を介して経済と安全保障政策に大きな影響力をふるっている。
「ファンゴルン統括官。今回は要請にこたえていただきありがとうございます」
ベックの挨拶に笑みを崩さず、ファンゴルン統括官は握手で応える。
「同盟捜査局からの協力【依頼】となれば、こちらも念入りに調べさせていただきましたよ」
ラーソンは素早くベックのフォローに入る。
「こちらの依頼に答えていただき感謝する。HUORNの提供する情報にはいつも助かっている」
ベックとラーソンは共にエル・ファシルの出身である。
ラーソンは同盟地上軍としての経験から構成邦との不文律を学んでいる。一方でベックはエル・ファシル内務省・国家警察庁犯罪捜査官から出向している身であり、パランティアへの微妙な反発があった。
ベックは、8年前にエル・ファシル本土陥落を経験しており、その復興でパランティアが”投資”を行っていることを知悉している。
それが不平等ではなく帝国がもたらした変容であると頭で理解はしても感情的な物は溜まるものだ。
ラーソンに助かった、と頷き、ベックは資料をファンゴルンに差し出した。
「今回の調査は、ステントルムの死がおそらく最大の手がかりだ。彼はブレイビクの不意を突いた」
ステントルム警部補の殺害は、捜査が想定よりも早期に始まったものであることを示している。警察官を殺害するリスクは非常に大きい
。加工工場での殺人は入念で計画的、そしておそらく組織的なものだ。だが二度目の殺人は、犯罪露呈のリスクに対処するためのっさの行動であるはずだ。
ステントルムの殺害は鮮やかであるが、そのシステムに対する奇襲が生んだ悲劇的な【ミス】だ。
ステントルムのような捜査官を殺害するリターンはあの一瞬の混乱だけで、それを埋めるためにエル・ファシル警察は全力を尽くす。そしてABIが訪れたのだ。
「ブレイビクは、税関で輸出入貨物に係る検査を担当していた。何をやっていたかが重要になるだろう」
ラーソンが補足した
「そしてブレイビクは税関職員として、パランティアで電子機器について研修を受けている」
ファンゴルンはコメカミをもむ。彼にとっても他人事ではない。ブレイビクが税関職員の立場を利用したのであればあくまで支援役だ。パランティアにはより中核に近い組織の者がいる可能性が高い。
「我々が捜査していたのはこの製品です」
ホログラムが浮かぶ。
「重力センサーと各種観測機能の複合したセンサーです。小型化したので人工衛星にも搭載できますよ。星系間のワープを探知し、警戒ができる。非常に高性能なものですが、広くは使われていませんね。なにしろ維持管理に特殊なパーツが必要な部分が多いのです。何しろ純軍事用ですので」
ファンゴルンはそっと椅子を引きながら言った。
「さて、ここからは少し場所を変えましょうか」
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同日パランティア連合国標準時18:44
パランティア連合首都 ムンドブルク
首都環状高速道路内
「全手動運転とは珍しいですね」
HUORN所有の地上車に乗るとファンゴルンは脳波認証を終えるとすべての自動設定をオフにして、走り出した。
「センサーという者は食わせ物でしてね。不必要な情報まで記録してしまうことがある
。脳波や視線の動きが記録されるべきでない時もありますから」
「走行中の車内なら、それさえなければ話が外に漏れる心配もないか。そろそろさっきの本題にはいりませんか」
「いいでしょう。この電子工学上の最新鋭といっていい部品ですがね。エル・ファシル軍は必要とする兵器を所持していないのですよ。もちろん、エル・ファシル駐留艦隊の任務などで使用する可能性もありますから、あのセンサーのニーズがある可能性は0ではない。ヴァンフリートの例もありますから深く探るとHUORNがエル・ファシルではなく、ハイネセンと喧嘩することになりかねません。なのでエル・ファシルへ運ばれるを探らず、パーツそのものについてよく調べました」
秘密裏に大規模補給基地が建設されたのであれば、当然その手の部品を調達することもありうる。
「あの複合センサーの使い道はね、アイアース級(現行の艦隊旗艦級)の改装や、特別仕様の偵察艦、要衝に配備される非常に高度な防衛衛星――そう、アルテミスの首飾り」
ファンゴルンはミラー越しにABIの捜査官に鋭い視線を飛ばした。
「あの部品はね、ベック主任捜査官。8年前、788年に開発されたものなのですよ。アルテミスの首飾りはいつ配備されたか覚えていますか?」
「792年‥‥‥だな」
「そう、アルテミスの首飾りはハイネセンに配備されました。だがそれだけでなく他の構成邦でも欲するところはありましてね、ヴァラーハは特に報道で攻勢をかけてましたが、我らパランティアも、当然ながら欲していました。メーカーはウチにもありますからね」
「思い出した。確かコストが高すぎるという理由で止められたのではなかったか?」
「無論、そんなわけありません。【アルテミスの首飾り】、あれはたしかに強力ですがそもそも、交戦星域において高いパフォーマンスを発揮するものではない。
あれには相応の規模の艦隊を支援する拠点防衛装備です。ゆえに政治的省庁だけでなく実務上も害悪だったのですよ。わかりますか?宇宙軍にとってはたかだが1000隻の駐留艦隊が点在する交戦星域において、【高価格かつ高度な技術を用いた】防衛装置が置かれる意味を」
ベックが眉を顰め思考する前にラーソンがうめいた。
「おいおい、つまり【アルテミスの首飾りそのものが艦隊を拘束する】ってことか?」
「さすがは退役将校殿、私よりも理解が早い!ええ、その通りです。上院を国防官僚と宇宙軍総司令部の参謀が駆け回ってどうにか切り崩して得たものが――【第5次イゼルローン攻略作戦の大幅な拡大】だった。
私も詳しくは知りませんが、国防予算の設備予算を予備費に組み替えたとかなんとか‥‥‥。
とにかく、お二人とも。重要なのはこれは【土壇場の修正】なのですよ。だから――」
「【組み立てられなかったアルテミスの首飾りがあるはず】なのです」
車内に静寂が数秒、満ちる。
「‥‥‥‥‥なんだと?」
豪胆なラーソンが、かすれた声を出した。
「
「ない、と」
ベックはクーラーボックスから珈琲を取り出し、啜る。
「それで向こうが不手際を認めて我々に情報共有をしてきたんです。もちろん非公式な物ですがね。私たちはイゼルローンを介した破壊工作が主敵だ。
敵さんが鹵獲兵器を使った偽旗作戦なぞやらかしたらえらいことになる。だから我々は密輸にも目を光らせている。餅は餅屋ってことです」
ファンゴルンがアクセルを踏み込んだのだろう。スピードがさらに上がる。
「我々は2年ほど前から調査を進めてきた。デメテルやらファイアザードやら、あちらを漁ってきましたがどうにも引っかからない。そうしたらあるグループが浮かんできましてね」
「やり口が軍情報部らしくないと思ったら軍部じゃない。主導は帝国財務省辺境経済調査局、カストロプ公の下で一気に成長した情報機関でしてねぇ。それにフェザーン金融機関の一部に、医薬企業、まぁそういった連中の寄り合い状態です」
「医薬企業?」
「貴方たちはイゼルローン方面が専門ですか?」
2人が頷く。
「ならご存じないのも無理はない。帝国で最高の医療サービスを提供するのはフェザーンですよ。帝国貴族の体調を知りたいのならあそこを調べればいい‥‥苦労しますが。まあそれはいい、どちらにせよ、この捜査はもう一つの結論が出ています」
ファンゴルンがボタンを押すと窓にスモークが張られる。そしてタブレットにある情報が表示された。
「イゼルローン要塞で確保された資料です。イゼルローン要塞もこれが出てきたのは問題になったようですな」
そこに書かれているのは帝国で今年発生した内乱の資料だ。【アルテミスの首飾りの首飾りを使用した】カストロプ公爵領の反乱だ。
ベックは軽い目眩を感じながら情報をまとめ、結論を下した。
「‥‥‥どこから出てきたのかを調べるのは、結果的にこちらの仕事になるかもしれないな。あの2件の殺人は非常に高度かつ組織的であり投じられたコストは極めて高い」
ラーソンはむっつりと呟く。
「それに、最初の被害者はルンビーニの服を着ていた。ルンビーニはフェザーン回廊のすぐ近くだ」
さあ次はルンビーニへ行かねばならない。