同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
‥‥‥アラン・エンゼル教授(フェザーン経済大学経済思想学教授)
フェザーン自治領の主、ルビンスキーの執務室にやってきた5人の男は、傲然と黒革のソファへゆっくりと腰掛けた。その男たちの持つ、一種の洗練された慇懃さを保っているが、この星の支配者である陰謀家にして経済人に対する軽蔑の意がにじみ出ていた。
帝国医薬業連合会のヘルマン・ビーヴェント事務総長、帝国通貨準備銀行のヨーゼス・アブス総裁、帝国通信事業団のフォン・シュテファン理事長、宇宙港整備事業機構のヴィルヘルム・フォン・リヴォニス理事長、食品通商ハンザ連盟のエルンスト・フォン・ハウエンシルト子爵。人呼んで「フェザーンの御者たち」だ。
レムシャイド伯は経済ではなく政治的な側面から帝国を代表する高等弁務官である。だがこの男たちは経済的な面から帝国(における自身の分野)の利益を代表している。
彼らは【フェザーンの増長】を叩き潰し、帝国が利益を吸い上げるための五大外圧団体であり、フェザーンを働きバチであれ、と殴りつけるのが役目である。
「これはこれは、自治領主”閣下”、実に【御多忙】なようで。ですがねえ」
アブスが嫌味たらしく言葉を続ける。
「ここは【皇帝陛下の慈悲により】自治を認められているだけの【帝国領】ですよ。貴方がたのような者が、帝国政府にあれこれ言われることなく、好きに商売をするための場所ですが、それは皇帝陛下と帝国のためではありませんか?まあ、今までも貴方のように黄金に目が眩む輩ばかりでしたが、【次代】はこちらから用意する方が良いでしょうかねぇ」
「我々には我々のやり方があります。レムシャイド高等弁務官閣下にも自治権は揺らぎないといただいております」
アブスを横目に見ながら、ルビンスキーは言った。衝動的な反応が具体化する前に押し込めるのはルビンスキーのささやかな才能の一つだ。
「自治?独立などしてないではないか。この星の繁栄は帝国と叛徒の両方に依存している繫栄だ。皇帝陛下と帝国のために活用するべき繁栄であろう」
シュテファン理事長は冷ややかに答えた。彼は国務省の官僚上がりで通信事業の許認可に多大な影響力を持っている。
「シュテファン殿も御人が悪い!!いやいやいや!自治!自治!もちろんですとも!それは非常に大事なことです」
ホーエンシルト子爵は両手を広げて笑う。僅かに葡萄酒の香りが漂う赤ら顔の男。だがその目は冷徹に輝いている。
「ですが、卿とて帝国臣民でありましょう。ならば、臣民としての節度は守って頂きたい」
この男はブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が共同で運営する一次産業の輸出を行う団体の長だ。そしてこの2つの閥はヴァンフリート会戦の後、争うように非主流派の門地を婚姻や金の貸し付けによって奪い取り、勢力圏を広げていた。そしていくつかの重要な領地はイゼルローン要塞への兵站拠点として軍との取引が主であった。おそらくそれはフェザーンになだれ込むのだろう。売り手を求めて。
「ホーエンシルト子爵のおっしゃる通りだ。卿の火遊びも度が過ぎるのなら皇帝陛下の慈悲にも限りがあるだろう」
殺気を込めた視線を向けるのはリヴォニス理事長だ。宇宙港整備事業機構は実際は帝国将校の天下り先である。そして天下りさきでは帝国正規軍の権益を擁護し、領邦貴族の増長を防ぐのが役割だ。貴族軍の反乱や傭兵(特に身を落とした退役軍人)の状況を――特に内務省より先に――察知するために情報部に協力することもある。
「諸賢らのご要望は確かに承りました。これらの課題はフェザーンとして主体的に取り組むべき課題であると認識しております」
空気が張り詰める。要するに、この男たちはイゼルローン要塞陥落による情勢の変化の責任をフェザーンに押し付け、自治権を削ろうとしているのだ。特にリヴォニスは”強硬な”手段を状況によっては嬉々として使うかもしれない。
その場をとりなすように、ビーヴェント事務総長が割って入った。医師らしい慇懃な態度だ。
「皆さんどうか落ち着いてください。フェザーンの位置とそれが持つ政治的特性は、我らにとっても重要であることは皆さん一致しているでしょう。私たちはそれに呼応する必要があるのです」
利益代表者たちは笑みを浮かべながら冷え切った視線を向ける。そんな4人に、ルビンスキーは同じように冷え切った視線を浅黒い笑顔の皮でくるんで答えた。
緊張の面談が終わった後も、ルビンスキーは代表であるアロウロート労働者生活協同組合連合会のリクター専務理事を出迎えた。
リクターはじっと彼らを眺めている。この男は労働者、技術者、そして中小企業経営者――つまりは生活のために資金を預け、安定を求める者たちの代弁者だ。そして公然の秘密としてその共済金の運用には【ディナール】…自由惑星同盟の通貨が大いに関わっている。
リクターは、「打ち合わせた通り、全面的に協力する。アロウロートは、自立した資金運用を認可し、共済加盟者が公平に扱われるのであれば、あなた方を支持し続けますよ」と穏やか口調で話した。
リクターはフェザーン人ではあるがルンビーニ共和国の女を孕ませたものであるということをルビンスキーは調べ上げていた。経済学を学んでいるが、法律家でもあり、フェザーンの労働者の解雇トラブルなどでも活動している。
「もちろんだ、【君の投資先】にもよろしく伝えておいてくれ」
ルビンスキーは深みを帯びた声で鷹揚に酒を進めた。
「君の協力はとてもありがたいよ。ありがとう」
ルビンスキーとリクターは同年代である。ルビンスキーからすればリクターは異物だ。高度な学歴を持ちそれにふさわしい能力を持ちながら、中小企業や労働者層を相手に商売をし、同盟の走狗紛いの立ち位置に就くのは、ルビンスキーには理解しがたい。
「あぁそうだ、閣下。少し聞きたいのだが……」
リクターの問いかけに、ルビンスキーは現実に引き戻された。
「交戦星域観光産業への投資について知っていますか?」
ルビンスキーは予想していなかった質問に首を傾げた。
「復興法が通りそうだとは聞いているが、まだ手を出してはいないな。なぜそんなことを?」
「大したことではないさ、少しだけ聞いてみただけだよ」
ルビンスキーは目を細めて同年代の男の背中を見送った。
そして専用端末には医薬事業連合会のビーヴェント事務総長から【猊下の面会】について直通回線でメッセージが届いた。
「また今度話そうじゃないか、リクター」
――これがフェザーンを統治するということだ