同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
宇宙歴796年6月20日ハイネセンポリス標準時間09:30
バーラト共和国 ラール・コート首都圏歳入局 第2大会議室
「諸君、国家に対する犯罪で最も重要かつ特異なものは何かわかるかね?」
「脱税であり、金融犯罪だ。我々の捜査を撹乱できる許可をおいそれと与えるつもりはない」
ジョアン・レベロは、部下たちの間をゆっくりと歩きながら言った。
「我々はこれに立ち向かわなければならない。行動する前に緻密な計画を立て、綿密に犯罪の痕跡を確保し、訴訟を起こすための準備をしなければならない」
彼は立ち止まると、眼の前の席に並ぶ職員らを見渡した。レベロは、イゼルローン陥落前からの捜査に従事する部下達の名前と顔、歳入本部における活動の概要を把握していた。彼らの中には人生の大半を税務行政に捧げてきた国税捜査官や、金融本部のベテラン検査官がいる。一方で、税務大学校を卒業したばかりのものや、人的資源委員会の薬事対策捜査官、国防情報部の部員、中には顧問として雇われた金融アナリストまでいる。
彼らを見定めながら、レベロは続けた。
「これまでの我々は、慎重に同盟経済への影響と膨張し続ける通貨量の影響を見定め、慎重な法執行と規律の維持に努めてきた。
これを卑屈な日和見主義と感じ、屈辱を感じたもの、汚職の浸透、同盟市民の生命にすら値札をつけて売買する様を見過ごす羽目になった者もいるだろう」
「しかし状況は変わった。財務委員会は、あらゆる障害を排除し、欲しい情報を明らかにする。諸君らはそのために、公平さ、中立さを示すための大鉈を振るうのだ。フェザーンとその裏にある帝国政府の影響力を縮小し、諜報網を破壊するのだ!」
そう言うと、レベロは立ち上がり、会議室から出ていった。
レベロが去った後、誰かが呟いた。
「公平で中立と言ったが、簡素とは言ってくれないんだな!」
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ディスプレイに流れる連絡先情報をジョアン・レベロは、注意深く目を通していた。
彼は道筋を辿るようにそれぞれの決算資料に書かれている資金の流れをほかの企業のものと結び付け、慎重に、慎重に、資本と情報の流れをつないでいかねばならない。だが、この資金の流れ道は帝国の中枢へ続くものであり、ABI(同盟捜査局)といえど簡単に見つかるものではない。
――だからこそ、財務委員会の出番だ。
財務委員会、とりわけ歳入本部と金融本部は同盟政府の(万民に忌み嫌われる)番犬である。職員の厳しい目と緻密な計算は、同盟財界だけでなく、時に政治屋の多くの夢を打ち砕いてきた。歳入本部は「公平・公正・安定的な財政」を実現するために、金融本部は「公正かつ透明性の高い安定した金融システムの構築」のために大量の書類を要求し、それを整理し、情報を蓄積している。資金の流れに限定するならば国内では最大の情報機関ともいえる。
だがそれでも聖域はあった。それが【フェザーンの富】である。戦時経済とは何か?それは生産性のない軍備に資金を投じ、その財源に国債を発行するというものだ。悪性のインフレーションを緩和するには何が必要か。民間事業への投資である。それは悪性のインフレを緩和する民間資本の通貨となる。
フェザーンは帝国の自治領である。帝国軍の諜報組織がここを活用していることは同盟も理解している。経済と生活水準を支えるそれは、特にイゼルローン要塞の時代から浸透が著しくなった。それゆえにどのような疑わしい点があっても――政治判断により捜査の本格化を断念してきたものだ。
だが‥‥‥今は違う。
レベロは椅子に寄りかかり、コーヒーを口に含む。
ジョアン・レベロは”お行儀のいい”政治家だと受け取られている。財政規律を訴え、悪性のインフレと戦い、貧困地域から憎まれ、都市から愛される自由党の象徴のようなエコノミスト出身の政治家――間違いではない、だがそれだけでは党首になれない。
法のグレーゾーンを歩いたことはいくらでもある。だがそれを僅かでも踏み越えたものを何人も自身が影響を及ぼせる猟犬を解き放ち、正義の裁きの座に突き落としてきた。辺境の人間の痛みもわかるが、それでも自分は【自由惑星同盟】の国益を擁護してきた。そう言い放てる面の皮の厚さを持っているつもりだ。
この捜査には2つの焦点がある。
まず第一に、フェザーンの影響力の抑制だ。フェザーンは交易とそれ以上に金融取引に見せかけた金融取引における利益の確保にある。とくに内部会計と財務報告書を見ると戦争による被害から巧みに資産を逃がしてきたこと。これらの中には明らかに帝国の侵攻のタイミングや、業界内の他企業の経営判断が漏洩していると思しき事象が複数リンクしていることである。
これらはすでに歳入本部の査察官や金融本部の検査官たち、それにABIのホワイトカラー犯罪担当の捜査官たちが捜査し、レベロ自身が捜査の差し止めに活動してきた。
第二に、密輸犯罪だ。著名なのが麻薬、そしてそれだけではない。嗜好品に医療技術、そして機密情報に最新鋭の兵器まで!これらの病巣を慎重に切除することで自由党の信頼を向上し、そして可能であれば他の政党の信用を失墜させる必要がある。
自由惑星同盟が連邦国家であり戦時国家であることが生み出す複雑怪奇な会計の連鎖を把握する必要がある。
合同捜査チームは、同盟経済の最中枢であるバーラトとフェザーン資本が最も深く根をはる構成邦ルンビーニにそれぞれ大規模な応援を派遣することを決定した。それぞれは構成邦に点在する拠点でも有数のセクターであり、すでにリエゾンが現地で情報を整理、統合し始めている。
――そして猟犬は解き放たれた
宇宙歴796年7月20日ハイネセンポリス標準時間16:30
バーラト共和国 ラール・コート首都圏 ダダ=モレー=マックリー証券商会
モレー営業本部長は汗をかきながら立ち入り検査を行う捜査官たちの前に立ち尽くしていた
「‥‥‥‥」
オフィスでどこの莫迦がつけたのか、ニュース番組が流れている。サン・オタニがフライングボールで選手を2人まとめて場外に吹っ飛ばしたというニュースが流れている。テレビをつけた奴を後で調べてそいつを場外に吹っ飛ばしてやりたいものだ、と夢想する。
「いくつかお伺いしたいのですが、御社の株主ですが‥‥33%保有するのがフェザーンのメガバンク2社、そして5法人ほど、小規模な経営コンサル系のファンドよね、これらで20%ほどですが‥‥これらは全部同盟資本に偽装されているわね」
クロサキ金融特別検査官はねっとりとした口調で続ける。
「こちらの経営コンサル系のファンド、フェザーンの政策銀行が出資をしているものですね?実質的に集めた資金の7割はこれらのもの。フェザーン資本は実質過半数を占めている‥‥防衛事業への投資参画は、同盟経済安全保障法違反ねえ」
防衛事業といっても被服や食料関係という低リスクなものである。
「そ、それは私どもでは何とも‥‥‥」
明らかに何か意図がある。最高議長選前の工作だろうか、とあたりをつける。
「失礼、手洗い」と
立ち上がり、隠し持っていた携帯端末をいじる。
「木っ端役人どもめ、見ていろ。すぐに追い返してやる!自由党に私は顔が利くのだぞ!」
自由党の中でレベロに近い議員を‥‥と秘書の番号にかけるが出ない。
「急ぎだというのに‥‥!」
事務所にかけても出ない。議員会館に‥‥‥とかけようとするとジョアン・レベロの声が聞こえる。そっと立体テレビの方を見る。
ジョアン・レベロが映っている。
『つまり夜警の帰還作戦とはイゼルローン攻略の成功を確固たるものにするために情報管理と行政能力の強化を目的としています。我々は治安の改善と腐敗との戦いに主眼を置き、さらには不当な工作を一掃し、すべての市民が安心して眠れるよう……』
ぐらりと視界が揺れる。慌てて別の局へチャンネルを変える。
『続いてのニュースです。トランスポート・ナル・コーポがサイオキシン麻薬の販売利益を企業として裏帳簿に計上していたことで同盟捜査局が歳入局と薬事取締部と合同家宅捜索を……』
2人の男がモレーに歩み寄る。
「失礼します。社用のスマートフォンの通信記録を精査した結果ですが。フェザーン通商代表部の職員との通信記録が発見されました」
「な、なんだと!?そんな…」
「申し遅れました。私はABI国家安全保障部のカバシマ上級特別捜査官と申します。こちらは同盟軍憲兵隊情報保全局のバーデン曹長です」
同盟警察と憲兵隊の防諜部門がそろい踏みである。
モレー本部長は昼に心臓病の薬を飲んだ事を後悔した。
己の華の階段が崩れ落ちるこのショックに心臓が耐えてしまったことが恨めしかった。
――猟犬はまず一匹の獲物を