同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~   作:兵部省の小役人

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外からの専制主義の脅威に惑わされて、内からの専制主義の脅威を見過ごしてはならない。
内からの脅威は、工作員と、狡猾で無秩序な拝金主義者を通して、偉大なるハイネセン主義の心臓部にまで浸透しつつある。
拝金主義者たちは、自由世界を奴隷化し、共和主義の基盤を破壊するという行為に思想をもっているわけではない。
だが彼らはルドルフの黄金象のために狂信的に身を捧げるだろう。
(法秩序委員会同盟捜査局 ヘンリー・クリザリング長官)


第33話狩猟ラッパの音を響かせる

宇宙歴796年7月10日ルンビーニ共和国標準時6:30

首都 カピラ アポォジャイアントホテル・カピラ

 

 夜警の帰還作戦は進む最中、ABIのベック特別捜査官とラーソン特別捜査官は本来はそれと無関係のはずの殺人事件捜査で、【交戦星域】から【フェザーン航路】のルンビーニ共和国まで移動し、うんざりしていた。

 このルンビーニ共和国はフェザーン資本とガラティエが中心となる同盟資本の政治対立が鮮明になっている。

 大量の投資家が発信力を武器に蠢くフェザーン資本が富の源泉の自由市民フォーラムと地元名士や退役軍人たちが主軸となり、”お隣”のガラティエなどが支援するフェザーン国民党が対立している。

そしてその政治対立で加速する苛烈な資本主義に対抗する人民協同連合。

 ABIのルンビーニ支局で手に入れた情報のすべてがこの混沌とした政治対立による混乱に悲鳴を上げていた。

 ルンビーニ共和国選出のウォルター・アイランズ同盟弁務官が個別の政策よりもあいまいな愛国主義とフェザーンとの友好関係維持にのみ注力している理由がわかるというものだ。

「宇宙港も仕切りがフェザーン資本だとな。大規模に探すには‥‥‥政府内の派閥争いがひどすぎる」

 ベックはこめかみを揉む。このホテルに泊まるときもラーソンと二人で盗聴器のチェックをしたほどだ。ベックは資料をアタッシュケースにしまうと、ビジネスホテルの立体テレビを操作する。

「新聞や局ごとにニュースのラインナップが全然違う。スポンサーと運営が変わると取り上げるニュースが同じジャンルでここまで変わるものか?」

 

「おすすめのレストランにコンビニの売れ筋ランキングまで違うってか?」

 ラーソンが肩をすくめてABIのノートパソコンを操作しながら笑う。

 

 ベックは軽口を黙殺する

「ラーソン、知恵はないか?警官殺しで初動がABIが動けるようになった。ステンストルムの仇討ちでもある。逃がすわけにはいかない」

 

 ラーソンは肩をすくめる。ベックは熟練の捜査官であり、犯罪に対する幅広い知見をもっている。そしてラーソンは軍将校時代の経験は捜査官一筋のベックとは異なる知見をもたらす。悪くないバディだ。そしてそれだけではなく

「知恵は足りんがコネはある」とにやりと笑う。

 その時、呼び鈴の音が響く

 ベックが拳銃をそっと手に取りラーソンがのぞき穴を覗く

「”法秩序委員会の方ですね?”ウォルター・アイランズ事務所の方から参りました。ラナマンと申します」

 秘書という言葉を絵にしたような男が笑顔を浮かべて立っていた。

宇宙歴796年7月10日ルンビーニ共和国標準時8:30

首都 カピラ シッダールダ記念宇宙港シャトル発着場近郊 ビジネスホテル ハイパーホテルカピラ

 

 

「軍情報部は随分と危機感を持っていたようだな」

 ラナマンは微笑みを浮かべたまま動かない。ベックもラーソンも本気で『ウォルター・アイランズの秘書』だと信じてはいない。

 ルンビーニ支局は迅速に4人の捜査官を増援に送り込んできた。おっしてラナマンは5人の屈強な男をつれている。いずれも名乗りはしないが軍人だということはよくわかる。

 

「A班…ラーソンと俺が部屋に行く、B班は正面玄関、C班は駐車場、D班とE班は外で車両で動けるように待機」

 包囲網が配置についたのを確認するとベックとラーソンは部屋の扉をたたく

 

「すみません、警察です!開けてください!」

 ベックがインターホンを鳴らし、そして扉をたたく‥‥体をドアにさらすことなく

 次の瞬間、レーザーが扉を貫いた。

 防塵マスクとゴーグルをつけ、 ホテルから預かったマスターキーを差し込み、ラーソンがチェーンに向けて炭素クリスタル製カッターを振り下ろす。

 

 ベックはドアノブに手をかけ、一瞬息つぎをする。

 

 

A B I !!(同盟捜査局だ!!)Put your hands up!(全員そこを動くな!) 」

 

 ベックはブラスターを、ラーソンはペッパーボール拳銃を2丁構えている。

 

 ブラスターを構えた男たちが発砲しようとするが、ラーソンは警告とほぼ同時にペッパーボール‥‥粉末催涙弾を乱射していた。

 催涙粉末が着弾先でまき散らされ、銃を持っていた男たちがうめき顔を抑える。この銃はこれでいい。

 ラーソンが唸り声をあげてとびかかるのが聞こえた。

 

「ブレイビク!ブレイビクはどこだ!」

 警棒を振るいながらベックは奥に踏み入っている。

 窓から飛び降りようとする男を見つける。

「ブレイビク!!」

「うるせえ!!」

 そしてブレイビクは飛び降り‥‥クッションが敷かれたトラックの荷台に飛び降りる。そして立ち上がろうとしたところを【屈強な男たち】とABI捜査官が取りおさえる。

 

 ラーソンがベックに声をかける

「狩りは獲物を持ち帰るまでが仕事だぞ、手伝ってくれ」

 ブレイビクを取り押さえるとラナマンは鋭い目を向ける。

「アルテミスの件もこれではっきりしますね」

 ABI捜査官たちはみなおおよその予想の通りであると確信し、ラナマンもそれを隠す気はあまりなかった。

 こうしてエル・ファシルで発生した殺人事件は想定外の進展を経て、【アルテミスの首飾り密輸出事件】のキーを握る男をとらえることができたのだ。

 彼らは意図せずして【夜警の帰還作戦】に巨大な華を添えることに成功した。

 

 

 

宇宙歴796年7月15日自由惑星同盟 ハイネセンポリス標準時11:30

財務委員会庁舎 記者会見室

 

 記者会見室にジョアン・レベロが登壇すると、記者たちは無言でカメラを向け、端末に録音とメモ書きを始める。

 レベロはメガネを拭くとゆっくり記者たちに一礼する。

「おはようございます。まず現在行われている財務委員会とABIとの共同捜査について申し上げます」

「財務委員会金融本部の理念は、【安定した金融システムを通じ、システム利用者の権利保護と市場の公正性・透明性・活力を向上させること】です。

歳入本部は【経済社会の変化に柔軟に対応し、公平かつ公正適正な税務行政の執行】を理念としております。財務委員会に対する市民のニーズは、時代ごとに変化してきました。

財務委員会にとり、このイゼルローン要塞建造後は自由惑星同盟領内における通商破壊作戦の頻発化、激甚化および軍事侵攻に対し、防衛力を担保するための政府歳入の確保と健全な経済の両立が優先課題でありました。

金融本部は、サジタリウス腕全体のサプライチェーンの円滑化と戦災からの迅速な復旧復興を金融行政を通じて推進を図ること、および歳入本部は常に経済実態を確認し、制定された税務行政の適切な執行に邁進して参りました」

 レベロは記者たちを見る。意図を探ろうとするベテラン記者から必死にタイピングする若手記者まで同盟全土、それにフェザーンからも報道陣が集まっている。

「現在、イゼルローン要塞陥落により、経済の復旧が期待される中、サジタリウス腕の金融システムは総体としては復旧・復興・労働市場改善への期待から良好な推移を示しているところであります。

一方で【イゼルローン要塞の影響で過剰に膨張し特定の経済・金融市場】への対策と税務・金融行政を通じた経済安全保障の強化が求められているところであり、現在は法秩序委員会とともにこれの実現に向けて協力して施策を推進しているところです」

 レベロは意味深げに記者たちを見る。

「私からは以上です」

 

 最前列に座っていたモジャモジャとした髪の毛をした太った記者が手を挙げる

「幹事社のハイネセンポリス社です。弊社より2点お尋ねさせていただきます。先般、可決された戦災復興基本法と星間流通復興法について2点お伺いします。

まず1点目、戦災復興基本法は、復興のための施策を、同盟政府と構成邦政府・地方公共団体において推進する義務があると記されています。

これは同盟政府の財政における影響が大きく、また同時に同盟経済における復興投資の活性化に対する期待の声も上がっています。

これから財政はどうあるべきかという観点でレベロ委員長のご所見を伺いたいのが1点です。

もう1点は、星間流通基盤支援機構が設けられますけれども、同盟全体の産業に対する金融政策に向けた現状認識と、星間基盤支援機構に期待する役割について教えてください」

 

 レベロは微笑み、レジュメを手に取る

「まず歳出について、来年度予算案につきましては、各党内で精査をさせていただいているところであり、財務委員会としては総評は差し控えさせていだたきます。

一般論として、財務委員会は、低利子の国債への乗り換えおよび民生予算の増大は、民間経済の活性化、および生活水準の向上は同盟経済のみならず財政健全化に資するものであると期待しております」

 

「もう一点、星間流通基盤支援機構についてです。星間流通振興基金の運用による民間企業への支援は、金融本部も連携し、より効率的な産業施策の形成へ協力する所存です。

また、職業教育は現在の人手不足の社会情勢において、非常に重要な位置を占めております。星間流通産業政策の実施への協力を深化するため、星間流通支援機構は産・官・学の中心としてリーダーシップを発揮していただくことを期待しています」

 幹事社はその週のトピックを尋ねるのが慣例だ。これも選挙に向けた質問であることは誰もがわかっている。

 

 細身の女性が手を挙げる。

「モダン・ガーディアン社です。弊社も2点お尋ねさせていただきます。

いわゆるマックリー商会問題についてです。同盟経済安全保障法違反の事案についてですが、フェザーン通商代表部の職員と取締役クラスの接触が複数あったと指摘されています。

財務局に報告した内容についても、フェザーンの投資ファンドがペーパーカンパニーを経由して経営権を掌握していたとの情報もあります。

今回は他にも複数社の金融検査、税務調査が行われていますが、こうした現在の捜査の現状に関する評価と今後の対応について教えてください。

もう一点、これらの金融・税務における犯罪においてフェザーン自治領政府が関与していた場合の対応について、お聞かせください」

 

 レベロはゆっくりとうなずく

「財務委員会としては、個別の捜査案件へのコメントは差し控えます。【夜警の帰還作戦】の目的は、長年の戦時体制における治安改善および帝国情報機関の干渉を一掃、法の支配の強化にあります。

個別の案件はそれぞれ精査し、立入検査等により更なる事実確認を進めると同時に、民事・刑事両面からの責任追及を着実に進めることは当然のこと、ABIのみならず必要であればより広範な各種専門機関と連携し、各分野から厳しく捜査・検証および必要な措置を講じていきたいと考えています。

また、特に経済安全保障など重要なインシデントの場合は、最高議長閣下の判断を仰ぐことになりますが――」

 

 レベロはニコリとカメラに微笑んだ。財務委員長たるもの、わずかな言葉で情勢を変えることができる一瞬がある

 

「我々は状況の変化に【強力かつ適切に】対応するため、最高議長閣下と一体的に行動する方針です」

 ――ジョアン・レベロが政治家であり、男性であるこの2つの属性を最も自覚させたのは、この言葉を発したときであった。

宇宙歴796年7月15日自由惑星同盟 ハイネセンポリス標準時11:30

宇宙港整備事業機構フェザーン事務所財務運用課

ハンス・フォン・クロジック”退役”中尉

 

「やあハンス、財務運用課にようこそ。今日はまずウチの基礎であるマネーフローの管理について説明しよう。我々は名目上は宇宙港整備のための投資基金管理が仕事だが、実際は統帥部直轄の【第二予算】の運用を担当してるんだ。あー、あー、そんな固くなる必要はないよ」

 クサヴァー・シュヴァルツ主任は愛想よく手を振る。

 ハンス・クロジック中尉は士官学校で経済学に関する論文を提出後、少尉として1年間統帥本部情報部の管理課で経理関連の業務を経験したのちに”退役”してフェザーンに軍からの推薦で勤務したことに”なっている”。

 

「仕事は簡単だ、このディスプレイを見てくれ、これが投資基金の流れを可視化したものだ。これは説明用に使う一か月前のものだけどね」

 シュヴァルツ主任が端末をいじると複雑な相関図のラインが点滅する。この男も帝国の貴族将校のはずだが、ハンスから見ると過剰に――”市民(ブルジョア)”風だった。それがフェザーンに勤務するうえで必要なのだろうか。

「仕組みはこうだ。我々は株式を保有する投資ファンドに資金を委託する。ここを通して複数の金融機関を経由して叛徒の企業へ資金が送られる。その結節点がこのダダ=モレー=マックリーグループという証券会社だ。ここから叛徒の企業へ投資されてその利益を回収するのがボクらの役割さ」

 

「叛徒の企業、ですか」

 ハンスは鼻をこする。汚れ仕事なのは間違いない。問題はどの立場にいるかだ。

 

「あぁ心配しないでくれ。これは帝国軍の情報活動だから。それに帝国貴顕の方々が――外聞を憚られるが――必要とするサービスを確保するのも我らの役目だから一種の聖域にいると思ってくれていい。

見てくれよ、この資金の一部を経費として叛乱軍と取引する事業者に流しているだろう?

これで勇気ある貴族は快適に宇宙艦隊や陸戦隊でゲーム(狩猟)をすることができた。

これからはイゼルローン奪還のためにもう少し役割が重くなるだろうけど――」

シュヴァルツ主任はちらりとハンスを見る。主任にとって自分はその監視の目なのだろうとハンスは黙ってうなずいた。

 

「そうは言ってもやることは変わらない。フローそのものは複雑だけど、いってみれば新無憂宮の庭園を支える水流を管理するようなものさ。蜂は庭師よりも蜜にたかるものだ。それじゃあ最新のデータを‥‥」

 データが切り替わると、シュヴァルツは微笑み、ディスプレイを指さす。

「おおっと!ほら、この数字が見えるか?これは流れが詰まっていることを示している。待ってくれ、これは――あぁやはり医薬品の流通を担うナル・コーポレーションだね」

 企業データが表示される。医薬品などの星間輸送を主力事業とした企業だ。もちろん投資してるからには”それ以上”の副業を行っているようだが。

 

「ちょうどよかった、こういうトラブルはたまに起きる。この会社は先日、徴税吏共に搾りあげられていたからね。想定の範囲内だよ。叛徒共に媚薬をかがせても、センキョの前にはたまにこういうトラブルがあるのさ。別ラインに資金を移動して――」

 シュヴァルツは息をのむ。

「くそっ!待ってくれ!このルートも詰まっている。それに、これも、あれも、一体何が起こっているんだ?たった一週間でマックリーを集結点にしたマネーフローの半分が詰まっている!!」

 ガリガリと髪をかきむしると、立ち上がる。椅子が倒れた音が響くときにはその眼付には凶暴な光が宿っていた。

 

「マックリーの莫迦たちは一体何をしているんだ? ハンス!!貴様に教えた暗号化チャットアプリでチームを招集せよ!おい、クソ、新入り!お客様扱いはもう終わりだ!」

 シュヴァルツ主任はシュヴァルツ大尉に戻ってしまっていた。

 

「はっ!申し訳ありません。大尉殿!」

 

 そしてイゼルローン要塞陥落後の大変動が始まった。【正史】と全く異なる形で。

 

 

 

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