同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
――エミン・アセモグル教授(ガラティエ大学(ガラティエ共和国)経済学部教授)のフェザーンの台頭(宇宙歴790年刊)より抜粋
宇宙歴796年8月5日 フェザーン標準時15:45
駐フェザーン高等弁務官事務所 大会議室
コーネリア・ウィンザー情報交通委員長
フェザーンへの使節団には新任のコーネリア・ウィンザー情報交通委員長を筆頭に実務を担うフィリップ・ラフォレット国務副委員長(パラス共和国選出同盟弁務官の自由同志会所属)と議会を代表するオブザーバーとしてウィリアム・オーデッツ同盟下院議員が派遣されていた。
ウィンザーはため息をついた。彼女は1時間以上この会議に出席しており、情報交通委員長の座に就いた事をすでに後悔し始めていた。経済安全保障を推進していたウィンザーにとっては夜警の帰還作戦に対する支援は情報交通委員長への速やかな就任へのサポートと就任後のスポットライトを浴びるのは(レベロの背後というのは業腹ではあるが)悪くない取引であった。
夜警の帰還作戦は、動員された多くのチームが彼らの仕事を再構築するにつれて、急速に彼女の想定する範囲を超えて燃え広がっていった。
――金融安全保障法の違反にインサイダー取引‥‥これはいい、想定の範囲内だ。
――サイオキシン麻薬の組織的な密輸?‥‥まあここまでやっているとは想定が付いていた。踏み込み過ぎかもしれないが望むところだ。
――軍事機密情報の漏洩?に帝国軍情報部資金の資金洗浄?
――アルテミスの首飾りの流出に証拠隠蔽のための連続殺人?
待て、待て、待て!!!すでに状況をコントロールしているものは誰もいない。ジョアン・レベロは泰然としているが、それは割り切っているからだ。
レベロの自由党は第一与党ではない、最高評議会議長ですらない。だから奴はこの濁流が牛舎を押し流すのを眺め、適度に消火すればいいのだ。
情報交通委員長に就任して最初に目を通した報告では最悪の事態が記されていた。
経済界と金融サプライチェーンでは無数のパージが行われている。それだけではなく情報部門や情報交通委員会が所管する星間保安庁でもフェザーンを担当する部署では同盟検察官の立ち入り検査が行われている。
ウィンザーはいきなり爆弾を押し付けられた形だ。トリューニヒトですらすでに記者会見を控え、サンフォード議長への忠誠を誓いだしている。
ウィンザーがここに送られたのは【愛国的な女性であること】が理由に他ならない。
ウィンザーはため息を吐く。これでもまだマシかもしれない、と自分を慰める。民生向上路線に舵を切ると政権が決定した後の情報交通委員長就任だ。あの軍部の揉め事が続き、方針が示されなかったら、沈む最高評議会の席に座らされることになる。もはやアピールすべきものは愛国心とそれによるパフォーマンスしか残されていない。
ウィンザーは会議に耳を傾ける。オーデッツが弁舌を振るっている。「みなさん、私どもが申しあげたいことはただ一つ。適正な取引、法令遵守の精神を守らぬものに我々の市場の門をくぐるべきではないということです。皆さん、私は同盟市民の代弁者として申し上げたい。我々はフェザーン商人、いえ、フェザーンの”自由経済”が本当にその名に正しいものなのかを考えなければならないのです!」
ウィンザーはうんざりとしてた。この男はオブザーバーの癖によくしゃべるものだ。
この協議は連日のように行われ、今日はすでに2時間の延長が予定されている。
「あなた方は組織的に自由惑星同盟の国防情報を盗み、専制主義軍閥連合に売り渡していた。いえ、そうではない。あなた方は我々に保証した事実と異なり積極的に専制主義軍閥の情報機関に協力していたと考えています」
ラフォレット国務副委員長が慎重な口調でフェザーンを攻撃する。
ルビンスキーの側近である長老会議の一人が余裕を持った口調で口を開く。
「失礼ながら、我々はそのような事実を保証した覚えは――」
ウィンザーは意識して堂々と立ち上がる。
「しないということですね?結構です。それでもう十分です。どれほど犠牲が多くとも、たとえどのような代償を払おうとも、我々にはなすべきことがあります」
だがこの協議は――同盟側は【合意に達成することを目的としていない】
彼らは、フェザーンの暗黙の【最大の長所】である帝国からの【高度な自治権】の解釈を揺さぶろうとしていた。つまりところ、つまるところ、だ。フェザーン回廊は【もはや政治的な特権は存在しない】とブラフを込めて殴りつける気なのだ。
それが本当に正しい事実なのかどうかは【どうでもいい】。それは与党3党が合意していることだった。
「そのような意見がフェザーン側から出されることは甚だ遺憾であり、強力な措置を検討せざるを得ません.我々はまだ貴殿らの犯した罪の調査を完了しておりません。経済制裁は幾度も強化せざるを得ないでしょう」
「再度こちらで認識の確認をさせていただきたく‥‥」
長老会議評議員は弱弱しく座り、ルビンスキーが瞼を揉む。
夜警の帰還作戦に従事した捜査班は検察官や専門の学者たちが加わったワーキングチームへと発展し、できる限りフェザーン資本を締め上げるために自治領政府を攻撃する砲弾を作り上げている。
さて、なぜこのような事態になったのか?フェザーン自治領の優秀なるルビンスキー氏と側近たちは誰もかれも忘れていることがあった。
自由惑星同盟は腐敗した戦時国家であるのと同時に戦時ポピュリストたちの帝国であり、中道3党が大衆迎合にかけては専門家であり――何より下院選挙、否!最高議長選が年末に控えているということを。彼らは戦争を抑制するために帝国軍ではなく新たなスケープゴートを欲していることを。
政治家に付き従う官僚たちは選挙後の処遇とそしてなにより権限の拡大を求めて官僚組織の本能に乗っ取り【権限を妨害するもの】を排除するべく猟犬の本能を取り戻していた。そして多くのフェザーン資本に雇用された男たちと買収された者たちが監獄につながれている。
会議は進むにつれてフェザーン自治領政府が成立以来初となる空中分解の様相を呈しつつあった。
オーデッツはますます扇動的な発言をして混乱を広げ、ラフォレットは報道向けに事実を整理しフェザーンに対する制裁を正当化し、ウィンザーは【愛国的】にラフォレットの発言を装飾して繰り返す。
腐敗と不正行為を暴露する同盟政府の攻撃はルビンスキーの威光を揺るがしつつあった。
長老会議の面々はそれぞれが他の長老会議の面子を非難した。そして彼らはそのすべてを文字通り【最高責任者】である自治領主に擦り付けようとしている。
無論、フェザーンの有力者たちはルビンスキーが清廉潔白で、諜報行為や破壊工作に手を染めていないと信ずるものなど一人もいない。むしろそれに積極的に参画し利益を貪ってきた。
だがそれは【だからこそ問題なのだ】諜報行為、特にフェザーンのそれの本質とは金銭信用仄めかし‥‥つまるところ国がある程度安定し法秩序が機能し商業が機能するからこそ意味がある。
フェザーン自治領の存在意義は揺るがされ、双方が合意の下で見逃されていた腐敗の根があらわとなり、システム全体が崩壊の瀬戸際にあるように見えた。
ルビンスキーが重々しい口調で切り札を切る
「――もし我々が、フェザーン資本が貴殿らの市場から締め出されるというのであれば、自治領政府としても金融資産の売却を検討せねばなりません」
要するに国債を投げ売りするということだが‥‥
ウィンザーはレベロからもらった覚書を思い出し、ほほ笑んだ。
「たとえどのような代償を払おうとも、我々にはなすべきことがあります。それに我らは良性のインフレーションへの威光政策を進めるつもりです。自由惑星同盟市場において十分の同盟国債の信頼性と市場の愛国心により担保されると考えております」
ウィンザーは考える。実際にやられたら困る、だがやった場合のヘイトはまず間違いなくこのルビンスキーに向かう。選挙の際にやるならそれでいい、準軍事的あるいは治安維持組織を使用したアプローチでフェザーンの実体経済をやさしく揺さぶってやればいいだろう
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宇宙歴796年8月6日 フェザーン標準時09:00
フェザーン中央証券取引所
大型立体テレビではハイネセンポリスからの生中継映像が流れている。
サンフォード議長はネクタイを締めなおし、演壇に上がる。
「フェザーン自治領は本邦の重要な防衛兵器の密輸出事件および多くの経済安全保障法の違反を組織的かつ、複数にわたる偽装工作を重ね、通商代表部職員などが長年にわたり関与してきたことが判明いたしました。一部においてはゴールデンバウムを首魁とする軍閥連合の情報機関が関与してる可能性も示唆されております」
「一連のフェザーンの政府および多数の企業が関連した行為は自由惑星同盟の主権を侵害する目的のものであり、認めることはできません。強く非難をいたします。
そして、今後、我が国としては、【非常に強固な制裁】を含む対応について調整を行っていくということになると考えます」
「輸入の関税引き上げ、輸出の禁止、国外に対する金融所得の課税の大幅強化、関係企業およびフェザーン自治領政府の国内資産の凍結など最高議長令を発令いたします。また可能な限り早急に議会に提出し法制化を進める予定です」
もはや悲鳴を上げる者もいない。誰もが走り出した。
経済構造の崩壊により、フェザーン証券取引所はまさに混沌とした状況となっている。自治領政府と何らかの関係があると思われる企業の株式を必死に売却し、沈みゆく船に引きずり込まれる前に、その船との繋がりを断ち切ろうと必死になっている。
元値の半額以下で株を売ることができたら幸運だと考える人も多いだろう。しかし、相次ぐ金融資産の凍結、財産の差し押さえ、役員の検挙それらのニュースと同時に株価の下落幅は広がり、幸運な人は刻一刻と減っていく。
その影響はすでに痛ましいほど明らかだ。数十人の金融家たちが、目の前で事業が破綻していくのを見て自殺したり、高層ビルの窓から同僚のように倒産へと突き進む企業を見守ったりしている。
「畜生!自治領政府は何してやがるんだ!クソッたれのルビンスキーめ!呪われろ!」
ああフェザーン、銀河の真珠はゆっくりと転落し、落ちていく。宇宙歴796年8月6日‥‥いくつかの異なる選択をした世界線では帝国領侵攻作戦が決定された日であった。
ようやっとスーパーイベント発生だぜ!