同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~ 作:兵部省の小役人
「父さん、最近の流行はショート動画を見比べてストーリーを”発見”することらしいですよ」
(テルヌーゼン・ブロードウェイのコメディ劇「偉大な選挙とは目が潰れるほど輝いて」より)
【論説】ジョアン・レベロの変貌と「強いリベラル」の逆説
――イゼルローン後の世界で、自由党はどこへ向かうのか
ハイネセン・ポスト論説委員 宇宙歴796年8月12日
ジョアン・レベロ財務長官が、自由党の党首選で再選を決めた。それも、下馬評を覆す圧倒的な得票数によって。
ほんの3か月前まで、レベロ氏は「同盟財政の番人」と呼ばれ、無制限の軍事支出と星間流通への打撃、そして何よりもスタグフレーションと戦い続けるエコノミストであり、【交戦星域】の宿敵であった。そして党内で彼に挑むのは”キャスター”・ジャクソン率いる民権派であった。だがジャクソン氏は優雅に敗北を認め、党員らに挙党一致を呼びかけている。なぜか?彼がイゼルローン要塞攻略という軍事的快挙の陰で、もう一つの戦争――【夜警の帰還作戦】を主導し、勝利したからだ。
財務省歳入本部と金融本部を動員し、ABIら諸機関と連携することで、フェザーン回廊を経由して同盟内に浸透していた銀河帝国の資金ルートを摘発、金融制裁を断行した手腕は、確かに鮮やかだった。イゼルローン要塞を手に入れたことによる新たな戦争の姿を提示した。そう、レベロ氏は軍隊が血を流さずとも、法制を運用することで、敵を締め上げることができると証明したのだ。この功績は、彼を単なる実務家から「頼れる指導者」へと押し上げたことは疑いない。
だが正統派ハイネセン主義者たる市民たちは、ここで一度立ち止まり、この熱狂の正体を冷徹に見つめる必要がある。現在、自由党に起きているのは、極めて奇妙な「ねじれ」現象だからだ。
本来、自由党の党是は「小さな政府」である。減税による民間活力の喚起と、個人の自由の尊重。それが我々の掲げてきた旗印だったはずだ。しかし、現在レベロ党首が推進し、世論が熱烈に支持しているのは、その真逆を行く政策である。
イゼルローン要塞を確保することで、我々は帝国の侵攻という恒常的な恐怖から解放された。そこで浮上したのが、長年戦火に晒されてきた「交戦星域」選出議員団による復興法案だ。政府はこれを支持し、交戦星域の復興と軍事動員の緩和による民間経済の活性化路線へと舵を切った。必要な面があるのは事実だが、これはインフレとの戦いを約束してきたレベロ氏にとって、限りなく変節に近い譲歩に他ならない。
さらに、フェザーン・帝国ルートへの金融制裁は、国家権力による経済活動への強力な介入を意味する。これは治安維持を優先する「タカ派」の手法だ。
つまり、現在のジョアン・レベロと自由党は、「経済的な左派」と「安全保障上のタカ派」という、正統なハイネセン主義とは相容れない二つの要素を併せ持つことで、支持を拡大しているのである。「強い国家による、国民の生活防衛」。 レベロ氏が体現しているのは、このパラドックスだ。彼は、イゼルローン奪取による平和への安堵感によるハト派のニーズと、タカ派の求める安全保障への意識の高さの双方を、金融の法令順守と税務行政の徹底という大義名分で満たしてみせた。
これはある意味で、トリューニヒト国防委員長が好むような感情的なアジテーションよりも質が悪いかもしれない。なぜなら、レベロ党首は「数字」という理性に裏打ちされ、国民と国家に対して有益に実行されているからだ。それ故に我々は国家権力が個人の経済活動やプライバシーの領域に深く踏み込んでいる事実を、「正義の執行」として喝采してしまっている。
来るべき総選挙で中道三政党はそれぞれ議席を伸ばすだろう。その時、自由党は台風の目となる可能性が高い。だからこそレベロ党首に問いたい。 夜警の帰還作戦は安全保障のための一時的な政策なのだろうか?それとも大衆迎合のために強い指導者を演じ続ける気なのか?
イゼルローンの向こう側にある専制軍閥連合を笑うことはできない。我々もまた、「復興」と「正義」の名の下に、自ら進んで強力な首輪を求めようとしてはいないだろうか。【夜警の帰還作戦】の成功には喝采するべきだ。だがもう座り直し、この演目をいつまでも続けるべきではない。
自由党の次の4年間を我らは慎重に見守り、必要であれば声を上げるべきだろう。
【労兵の声】レベロ財務委員長は人民の普遍の権利擁護を宣誓せよ
――勝利の果実を腐らせるな!
「連帯せよ!」論説委員会 宇宙歴796年8月12日
イゼルローン要塞は落ちた。この事実は、サジタリウス腕を統治する自由惑星同盟市民の連帯と、最前線で血を流した兵士たちの粘り強い戦いによって勝ち取られた、歴史的な勝利である。これは、過去の怠惰なエリート主義者たちと、専制主義軍閥が人民から搾取した富を流し込むフェザーンに媚び諂ってきた『お利口な首都主義者』の「勝利」ではない。
我々はまず、現政権の一部に属しながらも、この人民の勝利を具体的に支えたジョアン・レベロ財務委員長の辣腕に対し、(その政治思想はさておき)敬意を表さねばならない。
自由党党首の座をよりマシな”キャスター”・ジャクソン達が奪うことを期待していたが、『夜警の帰還作戦』の功績は大きい。圧勝はやむを得ないことだろう。
レベロ委員長はイゼルローン陥落後の混乱期に、財務委員会の権能をもって、フェザーンを介した帝国諜報網と資金供給ルートを白日の下に晒した。そして即座に金融制裁を断行し、同盟の血を吸い続けてきたフェザーンの腐敗金権主義に偽装した専制的帝国主義者の寄生虫共を駆逐した。
これは、アルレスハイム革命以来、長年の我々の主張が正しかったことの証明である。帝国は軍事力だけでなく、腐敗した「資本」という名の別働隊を用いて、我々の民主主義を内側から蝕んでいたのだ。レベロ財務委員長は金融エコノミストという退廃的職業の経験を同盟政治家としての手腕として活用し、帝国資本の喉元に刃を突き立てた。この行動は、いかなる党派的利害を超えて断行されるべき真の「反帝国主義的功績」である。どのような時計であろうと、時を刻もうという意識があれば正しく時を示すことはあるのだ。
しかし、ここで我々は、彼の所属する自由党の変節に対し、厳しい監視の目を向ける必要がある。自由党は、伝統的に「小さな政府」と「減税」を党是としてきた。彼らはこれまで、前線兵士と交戦星域の労働者階級が絶叫しても無視し、軍事費の抑制とブルジョア民主主義のための税制を主張してきた。イゼルローンの確保と、交戦星域選出議員団の突き上げ(人民の意思)によって「復興路線」に賛同し、”キャスター”・ジャクソン達と握手をし始めた。
これは、反戦市民連合との対決姿勢を明確にしているのだろう。「正統派ハイネセン主義」と「首都圏ファースト主義」の戦いは我々の連帯にレベロたちを組み込む時が来たことを示す。共同体的ハイネセン主義へ向けた啓蒙を行う時が来たのだ。
ジョアン・レベロ財務委員長の真価が問われるのはこれからだ。現在、同盟市民が求めている復興は、血と汗によって勝ち取られた「人民の権利」である。この権利を実現するための費用は、長年にわたり戦争を利用して私腹を肥やしてきた戦時利得者、即ち帝国・フェザーンの不正資金の活用を主軸とするべきだろう。
それだけではなく、次政権においても政府の役職に就きたいのであれば、さらにより公正な財政を推進し、地域格差と経済格差の解消に努めるべきである。彼の金融手腕が、富裕層のための「資本の手先」ではなく、本当に血を流した人民のための「人民の剣」であるならば、彼は普遍的な権利を擁護する正義の断行を市民に宣誓せねばならない。
真の公平と公正な共同体は平等な負担による行政サービスから生まれる。特に戦火が遠かった地域の者たちに対する甘い声が、戦火が遠のいたからこそ、力的に聞こえるだろう。
我々「労兵評議会」は、サジタリウス腕の遍く労働者、農民、そして兵士たちに対し、今一度団結を呼びかける 復興の完了、そして経済的な地域格差と階級格差の是正が達成され、悍ましき専制主義者を銀河から一掃するその日まで、我らは断固として闘争を続けなければならない。
市民諸賢よ!今こそ連帯を!
宇宙歴796年8月13日 バーラト共和国 ハイネセン アライアンス・ポリティカ本社
アライアンス・ポリティカ編集部記者(国民共和党党本部担当) ロイド・マーゲリッジ記者
ロイドが同業他社の記事を読んでいるとサラトクがのぞきこむ。
「自由党はレベロが党首継続ですか。サンフォード総裁といい、現状維持と見るべきですかね?先輩の次のテーマって党首選の概観と総選挙の見通しでしたよね」
「そうだな、だが現状自体が大規模な改革の途中である点は留意すべきだ。サンフォードも保守といっても大規模改革の途中だ‥‥なぜこの二紙を選んだのかわかるか?」
ロイドのデスクの上には「ハイネセン・ポスト」と「連帯せよ!」が並んでいる。
「ハイネセン・ポストはハイネセン首都圏最大シェアの高級紙ですよね。正統派ハイネセン主義の旗手です。連帯せよ!は、共同体ハイネセン主義の起源となったアルレスハイムを中心に全国の左派系団体で読まれていますよね?うーん」
サラトクは顎を撫でる。
「自由党の支持母体と友党である労農連帯党の受け止め方ですかね。サンフォード総裁続投との対比ですか?」
サラトクの言葉に唸り声で返す
「60点だ。それだけじゃない。レベロの支持の広がり方を見ている。労農連帯党は”友党”であり続けるとも限らないしな。それに――」
ロイドはサラトクを見る
「この4年間どうであれ三党は手を組み続けた。イゼルローン要塞陥落後は結束を強めてすらいる。逆に言うなら労農連帯党も自由党も国民共和党と手を組む選択肢はあるということだ」
サラトクは唸る。
「なるほど、だからこの自由党の分析は記事に重要ということですね」
「サンフォードが手にしたのは同盟主義、レベロが手にしたのは”反・反戦市民連合”というカードだ。どちらも中道化ではあるがその意味は異なる」
ロイドは顎を撫でる。こうして言語化すると同じように聞こえるが党の立場からするとその意味合いは異なる。サンフォードのそれは回帰である。だがレベロは自由党そのものをより包括的にしようとしているのかもしれない。
「自由党の激戦区はバーラト首都圏。一番の頭痛の種は、お膝元で反戦市民連合が支持を延ばしていることだ。だがそれもイゼルローン要塞陥落からの復興ムードで弱まっている。だからこそ同盟主義を掲げて中道勢力を激戦区に結集させる気だ」
先輩の考察を聞きながらサラトクは携帯端末のメモを読む
「先輩はサンフォード総裁は地域間の平等を訴えるのは保守左派的な色合いを強めているとおっしゃっていましたね。対比するにレベロ党首は反帝国のみならずイゼルローン時代に対応が甘いと叩かれていたフェザーンに対しても対決姿勢を鮮明にしました。不正権益を是正することで反帝国とクリーンさを強調したということですよね」
サンフォードは地方の左派に、レベロはタカ派に支持を広げようとしている
「サンフォードが二期目を目指すのならパチェノの自治連合は強力に後押しするでしょう。構成邦単位では同じ党に所属しているものも多いですから‥‥」
ロイドは頷く。若手がロジックのパズルを続けるのを見守る。
「あれ?そうすると‥‥国民共和党は盤石?」
「どうかな、人民防衛運動はトリューニヒトに接近するだろう。地方党人派に自治連合が合流したら中央派は面白くないからな」
頭ごなしに抑えつけられるなら対抗策を用意するのは普通だ。
「自由党は首都圏を抑えるために反戦市民連合との対決を強める。おそらくこれに成功すれば地方の票を拾えるようになる」
反戦市民連合は札付きだ。国政政党にとっては毒だが間違いなく票はある。それによって離れる票の方が多いが。
「サンフォードが地方を代弁するカラーを強めるならレベロは対立候補となるだろう」
サラトクとロイドは視線を交わす。
「そうなると‥‥」
「労農連帯党がキーになるだろうな。売り込み方で組む相手が変わる」
親軍であり、反帝国であり、反ブルジョアであり、階級平等と労農連帯を唱えながらも人口の都合上で首都圏外の都市部で地盤が固い。
つまりは自由党と組めば選挙区のすみわけはたやすい。一方でサンフォードへの相乗りは政策的にも適度に距離があり連携しつつ譲歩を迫ることができる。
――さあ、小さな巨人は何を売り込むのだろうか