「ん、もうこんな時間か」
時刻は23:30。
二週間後に期末テストを控えた俺は苦手な数学を勉強していた。
決して自分から進んで勉強しているわけではなく、何処ぞの女教師に数学の成績を指摘され、更には姉達にも聞かれてしまったのだ。
正直最初に指摘してきた平塚先生も悪いが、数学の成績は壊滅的なのは事実なんだよなぁ。当然反論などできるわけもなく、姉達(というか大井姉)にお説教されたというわけだ。
というか大井姉、普段はあれほどデレデレなのに怒るときは家族以外の他人に接している時みたいに超厳しいからめっっっちゃこわいんだよな。
怒る大井姉の隣でいつも通り飄々とした雰囲気を出しつつも見守ってくれる北上姉はまじで聖母。女神。
だって八幡のハートがブレイクした際には優しく「大丈夫。私も数学が1番苦手なんだよねぇ」「数学だけは満点とったことないし」とか言ってくれるし。
ってただの嫌味じゃねぇか。よくよく思い出せばニヤニヤしてたし。
前言撤回、俺の姉は鬼です。
そんなこんなで今回のテスト、特に数学は頑張らないといけないのだ。
ペンを机に置いてグーっと伸びをする。頑張った後の伸びはマジで気持ちがいい。
「マッ缶でも飲みに行くか」
まだ冷蔵庫に余りが入っていたはず。
ドアを開け、廊下にでる。
「…とても静かだ」
勉強に集中していたからか、周りが静かなのに気がつかなかった。
いや、これだと逆説的か。周りが静かだったから勉強に集中できたのかも知れない。
「大井姉達おきてるのか?」
居間は明かりがついていた。
流石にそろそろ日が変わるのもあって小町は勿論、吹雪ももう既に寝ているだろう。
起きているとしたら大井姉と北上姉だろう。大方俺と同じように試験勉強しているに違いない。
ガチャとドアを開ける。
案の定、居間では大井姉と北上姉が勉強していた。
「おー八幡。どうしたの?」
「勉強が一区切りついたからな。マッ缶飲みにきた」
「おーいいねぇ。私にも一本頂戴ー」
「はいよ」
冷蔵庫を確認するとちょうど2本あった。
ただストックがもう無いから、また通販で二箱くらい頼むまないとなぁ。
冷蔵庫から2本取り出し、1本を北上姉に渡す。
「ほい」
「ありがとね」
よいしょ、と俺も椅子に座る。
それに合わせて勉強していた大井姉もひと息つくのか、ペンを置いた。
「そういえば八幡」
「ん?」
「最近、吹雪はどう?私も北上さんも学年違うから様子はわからないのよね」
「特にこれといったことは。元々真面目だし勉強もできるから問題ないんじゃ無いか」
ついでに真面目だから俺が寝てると起こしてくれるのだが、そんなこと言ったら大井姉の目つきが怖くなるのでやめておく。
え?大井姉がツンツンしてないって?この人家族にはデレデレするからいいんだよ。
「まあ八幡みたいに成績が酷いわけじゃなければいいわ」
ヤバイ。数学の話題は避けなければ。俺が死ぬ。
「まあまあ大井っち。八幡と一緒の学年が良かったんでしょ?」
「ま、まぁそうだけど…」
照れながら正直に話す大井姉の隣で俺にウィンクしてくる北上姉。
あざといけどマジで助かった。北上姉神様。さっき鬼とか勝手に言ってごめんなさい。
「けど八幡、ブッキーのことはすこし気にかけてあげてね」
「問題ないから大丈夫だと思うが」
「そういうことじゃないんだよ。ねぇ大井っち」
「ええ、そうね」
「どういうことだ?」
初めての学校にしろ、授業態度は申し分ないしなにより真面目だから、俺より成績いいくらいだと思うが。
…自分で言っといて悲しくなってきた。
「まあこればっかりは八幡もわからないかなー」
「八幡、戦争が終わった時艦娘が力を失ったっていう話は覚えてるわね?」
「おう」
「私たちは力、燃料を必要としたり艤装を展開できたりするような力をなくしてしまった艦娘を『人化した』と捉えているの」
「『兵器』の艦娘ではなく、『生物』の人間になったってことだよ」
「基本的には戦争が終わると同時に艦娘は力を失って人化したんだけど、例外がいるわけなのよ。それが…」
「吹雪なわけか…」
「厳密にいえば、封印の犠牲になった艦娘だねー。ブッキーは燃料も必要ないし、艤装も展開できないって言っていたけど」
「どうにも私たちには人化したまた艦娘とは違和感を感じるのよね。こればっかりは論理的なものではなくて、勘のようなもので申し訳ないけど」
「…」
艦娘としての能力は失ったが、同じ人間にしては違和感を感じる、か。
「なんか人と艦娘のハーフみたいな感じだな」
「まあそんな感じ。ブッキーは今その状態にいるわけなんだよね」
「そうなっているのが問題ないのか、はたまた悪影響を及ぼすのかはわからないわ。そういう意味で1日を通して1番近くにいるであろうあなたに気にかけてもらいたいのよ」
「ブッキー自身が気づいているかもわからないしさ。少しでいいから見といてほしいな」
「わかった」
勿論、そう言われるのならより気にかけるだけだ。なんたって家族、だからな。
俺の答えに満足したのか2人とも笑っている。
とりあえずこの話はここで終わりのようだ。
手元にあるマッ缶をあおり、席を立とうとしたら大井姉が話しかけてくる。
「そういえば、八幡?数学の調子はどうかしら?」
げ。まずい。とりあえず話を反らして部屋に逃げよう。
「ま、まあまあかな。でも俺は日本男児としてまずは国語を」
「はちまん?」
「はい非常にヤバイですごめんなさい」
姉からは逃げられなかったよ(泣)
変わり身の早さに大井姉はため息をつき、北上姉はゲラゲラ笑ってる。
大井姉はともかくあのゲラゲラ笑ってるじょうろ雷巡は許さん。絶対許さないノートに書くことに決めた。
大井姉と北上姉はテーブルをトントンと軽くたたく。
「ほら、勉強道具持ってきなさい」
「え?」
「テストまであまり時間ないけど、ここはハイパー北上姉様に任せなさい!」
「ほらさっさと持ってくる!ダラダラしてると寝れないわよ!」
「わかったよ…」
ここまで来ちゃうともう逃げられない。
諦めて勉強道具を持ってこよう。幸い、この二人は教えるの超上手いからな。
自室に道具を取りに行くときの足取りはなぜかいつもより軽かった。
☆☆☆☆
「…まあ取り敢えず今日はこんなものかしら」
「おわっだぁ~!!」
「八幡お疲れ様~。マッ缶飲む?」
「飲む」
「おっけー」
大井っちにしごかれてテーブルに突っ伏している我弟を横目に冷蔵庫を開ける。
ってマッ缶ないじゃん。
「マッ缶ないじゃん。八幡、どうする?」
「あー、そういやさっきので最後だったな」
「じゃあココアでもいれようかね~。大井っちも飲む?」
「北上さんのココア!!飲むわ!!」
「がってん承知ー」
コップ3つに牛乳を入れてレンジで温める。
大井っちはさっきまで八幡が解いていたプリントを丁寧に眺める。
学校だったり人前だったり、実は厳しい姿で有名な大井っちだが、その本質は全て優しさからあるのだ。
…カッコよく言っただけで本当はただのツンデレなんだけどねー。
「うん、この調子なら間に合いそうね」
アホ毛がぴくんっと反応して八幡が体を起こす。可愛い。
「お、マジ?」
「ええ。毎日一緒にやっていけば高得点間違いなしね」
「……」
ガックシ、とまたテーブルに突っ伏す八幡。
まーそんなに甘くないよねー。
と、牛乳が温まったのでココアの粉を入れてかき混ぜる。
「ほーい。北上様のココアだよー」
「あざす」
「ありがとう北上さん!」
3人でズズッとココアを飲む。
…最近は忙しかったからこういう時間取れなかったけど、やっぱり大事だね。
隣でココアを飲む大井っちも同じような顔をしている。
「あの、さ」
あちい、といいながらゆっくりココアを飲んでいた八幡が顔をあげる。
「なんだかんだ、ありがとな。北上姉と大井姉」
その顔は真っ赤になってはいたが、優しく微笑みながら八幡は言う。
「「っ///」」
たったそれだけで自分の顔が熱くなっていくのがわかる。理由は単純。
私は大井っちの方を向く。ちょうど大井っちもこっちを向いたようだ。
お互い顔が真っ赤なのをクスッと笑いながら頷く。
「「はちまーん!」」
「お、おい。やめろ!」
この可愛い弟。否、この男が大好きだからだ。
大井っちと二人で同時に抱きつく。
今艦娘の力はなくても数年前までずっと毎日鍛えていた身体。そう簡単に解かれる筈がない。
最近新たな家族も加わり、これから確実に忙しくなっていくだろう。
それでもこの暖かさは忘れないよう、私は大切に抱く。
この後八幡の悲鳴で目が覚めた小町ちゃんに3人こっぴどく怒られました。
最近吹雪ばかりでしたので、北上、大井とのお話にしました。
とはいえ吹雪が総武に編入するまでが終わったので、これからこの二人はどんどん登場させるつもりです。
なんたってこの二人もヒロインだからね。
次回は少し本編から離れたお話の予定です。
よろしくお願い致します。