インフィニット・ストラトス 最強と天才の幼馴染 (更新終了) 作:灰崎 快人
「よしっと……これで準備万端ね」
純白の衣と羽生の舞装束に身を包み、金の飾りを装った箒はいつもよりもぐっと大人びている。それだけでは無く、神秘的な雰囲気を纏っているため、息を呑むような美しさがあった。
「口紅は自分で塗れる?」
「はい。昔もしていましたから」
「そうよね。箒ちゃん、小さい頃からやってたもんね。神楽舞。あの姿も可愛かったわね~」
「む、昔の話は……」
「箒ちゃんも束ちゃんも体調崩したときは千冬ちゃんがしてくれたこともあったわね~千春君も一度だけあったかしら?」
「えっ……」
そんな話は聞いたこと無い。いや仮にあったとしても決してあの人の口から語られることはないのだろう。千冬さんも千春さんもこの衣装を着て舞を踊っていたというのは……後日聞くことにしよう。
小指の先で小皿から取った口紅をすっと唇に塗っていく。スティックルージュではなく、昔ながらの口紅を使うのもこの神社のしきたりだ。
(よし……)
鏡向いて紅を引いて、しっかりと引けていることを確認して箒は満足する。
昔、母親がしていたのをどうしても真似したくて、無理を言って小さな頃から神楽をやっていたことを思い出す。
それだけ少し恥ずかしい過去だったが、箒はそれよりも今鏡に映っている自分の姿に見入っていた。
(雪子叔母さんの化粧は流石だ、鏡の中の私は別人だな。まるでどこかの姫君のようだ)
ごほんと咳払いして再度表情を引き締める。
そんな様子の箒を見て楽しそうな叔母さんが、祭壇から宝刀を持ってきた。
「そういえば箒ちゃん、昔はこれ一人で持てなくて扇だけだったわね~」
「今はもう持てます!」
その言葉の通り、一息で刀を抜いてみせる箒。そして刀を右手に、扇を左手に持つ。
この一刀一扇の構えは古くは『一刀一閃』に由来し、現在も篠ノ之剣術の型の一つにある。
とは言え、実践で本当に扇を使うわけでは無く、『受け』『流し』『捌き』を左手の獲物に任せ、右手で『斬り』『断つ』『貫き』を行うという、いわば守りの形の二刀流に近い。
他流派では、小太刀二刀流の型として呼ばれている物である。
「ねえねえ箒ちゃん。扇振って見せてよ。叔母さん小さい頃のしか見たことないから」
「ええ。それでは練習もかねて舞ってみましょうか」
刀を鞘へと戻し、それを腰帯に指す。それは神楽というよりも侍のようだったが、これで正しいのだ。少なくとも篠ノ之流は。
「では!」
閉じた扇を開き、それを揺らす。
左右両端一対につけられた鈴が、シャンと厳かに音色を奏でた。
練習でありながらも、神楽を舞う箒には本番さながらの気迫にも似たような雰囲気があり、あたりが突然静かになったかのような錯覚さえ覚える。
扇を右から左へ揺らしながらも、腰を落としての一回転で刀を抜き放つ。
そしてその刃に扇を乗せて、ゆっくりと空を切っていく。
それは正しく『剣の巫女』の名にふさわしい厳格さと静寂さを兼ね備えており、幼かった頃よりもぐっと美しくなった箒はそれを自然に纏っていた。
「――以上です」
「まあまあまあ!素晴らしいわ!箒ちゃん!ちゃんとここを離れても舞の練習はしてたのね!」
「ええ。まぁその……一応巫女ですから」
叔母さんの喜色満面の笑みに押されて、箒は照れくさそうにそう告げる。
しかし、これに関してはあまり一夏には知られたくない事でもあった。
女らしいことをしている、というのは箒にとって若干のトラウマでもあったのだ。
(昔も男子に冷やかされた……)
それをかばってくれた一夏がとても眩しく見えた。最初の印象こそ最悪だった一夏だったが、その剣を境に箒の態度は緩和されていった。
だからこそ、それを一夏には知られたくないのだ。
昔は『数人がかりで女の子をいじめる男の子が気に食わない』という理由で怒りをあらわにしていた。けれどそれは『箒が侮辱されたから』というわけではない。
もし一夏に『女らしいことは似合わない』と仮に言われてしまったら、トラウマどころではない。
最悪の場合、みっともなく泣き出してしまうかもしれない。
そう思うとこの神楽舞も見られるわけには行かなかった。だからこの夏祭りには一夏を誘いはしなかったのだ。
(どうせあいつの事だ。夏祭りを覚えていても、わざわざ来たりはしないだろう。面倒だとかなんとか言ってゴロゴロしてるに違いない)
そう考えると、それはそれで面白くない自分がいると言うことを自覚してしまった。
(ええいっ!とにかく!一夏は来ない!だからわたしは精一杯舞を舞うだけだ!)
「よっ」
「…………」
「おつかれ」
一夏がいた。
(待て。待て待て。おかしい。おかしいぞ?私は神楽を終えてから軽く汗を拭くついでに巫女服に着替えてお守りの販売を手伝っていた、そんなところに何故一夏が!?)
混乱の余りここ数十分の行動を振り返りつつ棒読み反復し、改めてこの現状を確認する。
「それにしても凄いな、様になってて驚いた」
(これが夢だと言う可能性はないのだろうか?あり得ないことが起きているときは大体夢だ。)
「それになんというか……綺麗だった」
「っ――!!!」
ボンッと一瞬で顔が真っ赤に染まる箒。その赤さは巫女装束の袴の色に劣らないほどだった。
(う、ううう?ゆ、夢だ。これは夢だ。絶対に夢だ。あの一夏が、わたしにこんなことを言うはずがない。そうだ、そうだとも!夢だ!)
「夢だ!」
「な、なに?」
突然の大声に驚く一夏は、若干間の抜けた声で聞き返す。
「これは夢だ。夢に違いない。早く覚めろ!」
「箒ちゃん大きい声出してどうしたの?……あら?」
異変に気がついてやってきた雪子叔母さんは、箒の様子と一夏の姿を交互に見る。
「ああ」
ポンッと手を打って何やら得心する雪子叔母さん。その頭上には豆電球が光っている様に見えた。今の時代ではLEDの方が良いだろうか?
「箒ちゃん、あとは私がやるから、夏祭りに行ってきなさいな」
「なっ!?くっさすがは夢だ。あり得ないことが次から次に起きる……」
ブツブツとつぶやきを繰り返しまだこれが夢だと思っている箒に雪子叔母さんは腕組みをして考えたあと、再度閃き電球を輝かせた。
「えい」
ベシッ。
柔らかな物腰とは裏腹に鋭いチョップが飛んできた。
「あいたっ!?」
「箒ちゃん、現実に戻ってきてね」
「は、はぁ……」
叩かれた頭を押さえながらも、なんとか現実に帰還することが出来た箒。
そしてすぐさま、雪子叔母さんがくるりと箒を回れ右をさせて背中を押す。
「ほらほら急いで。まずはシャワーで汗流してきてね、その間に叔母さんが浴衣出しておくから」
「あっ、あのっ」
「良いから良いから」
箒の反論を許さず、強引にその身体を母屋まで押していく。そして去り際に、振り向いて一夏に言った。
「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」
「えっ?」
ぽかーんとしている一夏に、ウインクを送ってそのまま箒と一緒に居なくなる。
どうしたものかと思いつつも、待っていろと言われた以上一夏は待つことにした。
「一夏ここに居たか」
そんな彼に話しかけてくる人物が一名。
「千春」
本来夏祭りに一夏は行かない予定だった。しかい話しかけてきた人物、黒神千春に誘われ現状の状態になっていると言うことになる。
「箒には会えたか?」
「ああ。ちゃんと会えたさ。舞の時の箒と少し違ったけどな」
それは良かったなと千春は言うが、彼が一夏をこの夏祭りに誘った理由は一切無い。なんとなくで誘っただけであり他意も何も無かった。
「雪子叔母さんに彼女を待つのも彼氏の役目って言われたけど、どういう意味なんだ?」
全くコイツは……と言うような顔をしながらも、千春は何故そう言われたのか一夏にゆっくりと説明していく。恋愛などに鈍い一夏には事細かく正確に説明をしなくてはいけないので案外苦労するのだ。
「――つまり付き合っているように見えたって事だろ。お前ら昔から仲いいからな」
「な、なるほどね」