インフィニット・ストラトス 最強と天才の幼馴染 (更新終了) 作:灰崎 快人
(あ、あり得ん!)
ざっばーんと三回目のお湯を頭から被りながら、さっきからずっと繰り返している言葉を箒はさらに続けて紡ぐ。
(一夏が夏祭りに来た。それは可能性としてはゼロではなかった。し、しかしだ!)
さぱーん。四回目のお湯を頭から被る。
ぐっしょりと濡れた黒髪からポタポタと水滴が落ちるが、気にしては居られない。
(あ、あの一夏が、一夏が!私に『キレイ』だなどと!)
脳内美化四割増し程度の一夏が、甘く箒にささやきかける。
『キレイだぞ、箒……』
『待て一夏。は、花火を見るためにここに来たのでは無いのか?私ばかり見てどうなる……』
『あんなの、二人っきりになるための口実に決まってるだろ』
『一夏……』
『箒……』
そして二人は幸せなキスをして終了――
「だあああっ!」
どっぱーん!桶に張った満杯のお湯をまた頭から被る箒。
「箒ちゃん~?なんだか大変な声が聞こえてきてるけど、大丈夫ー?」
「はひっ!大丈夫です!」
思わず裏返ってしまった声でした返事は、聞くからにして大丈夫そうではない。
「とりあえずそろそろ上がってね~。もう三十分も経ってるわよー」
「えっ!?」
時間のことをすっかり忘れていた箒は、それから慌てて身体と髪を洗い、しっかりと汗を落とす。
上がってすぐにドライヤーで髪を乾かしながら、時間短縮と言って浴衣の着付けをしてくる叔母さんに逆らえず、されるがままになってしまう。
「うん、できた。やっぱり箒ちゃんには和服が似合うわ~。お母さん譲りの髪のおかげかしらね?」
「どうも……」
褒められた事と浴衣を着せてくれたことの両方にお礼を言いながら、箒はいつもとは違う服装に若干戸惑いの色を隠せない。
浴衣を実に数年ぶりに来た箒だったが、雑誌のモデルと比較しても遜色ないほどの雰囲気と一体感、それを着こなせて見せた。
(な、なかなかに……似合っていると、思いたいです。少なくともおかしな所は無いはずだ)
自分の容姿についての自覚がない箒は、そんな自身の無いことを考えながら改めて鏡を見る。
白地に薄い青色の水面模様がついた浴衣は、アクセントに朱色の金魚が泳いでいる。所々に置いて行かれた銀色の玉と金色の曲線とが派手でなく自己主張せず脇役として徹底していて、涼しげな印象と落ち着いた雰囲気とを醸し出していた。
「それじゃあこれ持って行ってね。お財布とか携帯電話とか、他にも必要なもの色々入れておいたから」
そう言って巾着を渡される。
いつの間に用意したのやら……気になるが訊かないことにしておいた。昔から雪子叔母さんはとにかく気が利く人で、何時だって誰かのために何かを用意している。
「あの、雪子叔母さん」
「なあに?」
「あ、ありがとう……」
照れくさそうにそう言う箒に、叔母さんは少しだけ意外そうな顔をした後、とびきりの笑顔で返した。
「どういたしまして。それより、ほら。彼氏をあんまり待たせちゃダメよ」
「い、いや、あいつは――」
「はいはい。急いで急いで」
急かされるまま脱衣所を出て、玄関へと向かう。途中、壁掛けの時計を見ると、時刻は既に六時を過ぎていて、外は橙色に包まれていた。
「花火は八時からだから。それまでにちゃんと二人っきりになれる場所に行くのよ?」
「ですから、あいつは――」
「はーい、いってらっしゃーい」
「ううっ……」
全く話しを聞いてくれない雪子叔母さんにまだ言い足りない箒だったが、草履を履くなり外に出されてしまってはもう反論の余地もない。
それに何よりも、かれこれ一時間待たせている一夏が気がかりだった。
(ど、どうしよう。思ったよりも時間がかかってしまった。帰ってしまったりとかしてないだろうか?それにそもそも叔母さんの勘違いなわけで……ああなんと説明すれば良いんだ)
浴衣の裾を乱さないように気をつけながら、それでもできる限り早足で神社の鳥居絵と向かう。昔から、待ち合わせ場所といえばそこだった。
(一夏は……)
鳥居に着くと、既に多くの人で溢れかえっていてなかなか一夏を見つけ出すことができない。
特に、鳥居から神社の中へと向かう人がほとんどの中で、こうして立ち止まってしまっているだけでも通行人の邪魔になってしまうことが気がかりだった。
(やはり、一夏はもう帰って――)
そう思いかけていたとき、グイっと手を引かれた。
「見つけたぞ箒――おっ浴衣姿だ」
「い、一夏っ。いたのかっ。全然気がつかなかったぞ」
またしても突然の再会に、箒はつい焦る余りおかしな事を口走ってしまう。
(お、落ちつけ、落ち着け……ああっ!手!手を握られて!)
今更ながら、しっかりと握られている手に意識が向いて、また頬が赤く染まる。
幸運だったのは、あたりがそれなりに暗くなっていて、その顔色を一夏に気づかれないと言うことだった。
「へぇ。いいなそれ、似合ってる」
「そ、そうか!?わ、私もそう思っていたところだ!」
――褒められたっ!?またしても褒められた!?
軽いパニックと好意にのぼせそうになってしまう箒を、一夏が人の流れに沿って歩みを誘導していく。
「さて、色々見て回ろうぜ?いやー、しかし夏祭りに来るのも二年ぶりかぁ~去年は勉強してたしなぁ~」
ドキドキと響く胸の高鳴りを確かめるように抑えるように、箒は左手で自分の胸に手を当てたまま一夏について行く。その右手はまだ繋がれたままだった。
箒が合流する少し前、一夏を夏祭りに引っ張り出して来た張本人は彼と共にいた。
本来ならば一夏は実力と知識を深めるために学園で専用機持ち達と訓練をする予定であったが、千春が箒を一人にさせるわけには行かない。という表向きの理由を作り学園から連れ出した。
本当の理由は箒の気持ちに少しでも気づいて貰うためだ。恋愛に疎い朴念仁に気持ちを伝えたとしても、それがしっかりとした形で伝わるかと言われればそうではない。
実際にそれで気づいて貰えず女の子を泣かせたと言うことがあったのだ、まぁ幼い頃なのだから仕方ないだろう…多分。
「さて一夏。これから箒が来るわけだが、遊びたい屋台や食べたいものとか多いだろう?一応これだけ持って行け」
そう言って懐から取り出したのはお年玉袋だった、一体何なのだろうかと疑いつつもそれを受け取る。千春に開けてみろと言われ中身を確認する。
その中には一万円札が十枚入っていた。
「これだけあれば満喫は出来るだろ、お金は返さなくて良いからな」
「いやこんなにいらないって!」
「阿呆、これは元々お前の金だぞ?」
え?と呆気に取られている一夏の表情を見て少し微笑む、彼の説明をしっかりと聞くとこのお金はかつて一夏がバイトしていた時に貯めていたお金だったようだ。
自分でもこの額には驚くが、よく今まで残っていた物だと思っている。
「あとお前の部屋に通帳が置いてあるが、それもお前のお金だからな。まったく止めていなかったら大問題だったぞ」
中学の俺ってそこまで酷かったかな?と自分でも戸惑ってしまう。
「年に一度のお祭りだぞ?しっかり楽しまなきゃ損だ。ちゃんと箒をエスコートしてやるんだぞ?」
そう笑顔で俺に伝えるやいなや颯爽と消えてしまった。俺は言いたいことを何も言えずにその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
急にこんな大金貰っても戸惑うだけだってば……
「箒、危ないから離れるなよ?人にぶつかるぞ」
「う、うむ」
「それで、最初はどこに行く?」
「そうだな……」
つい先ほどから繋がっている手が、少しもどかしいがそれでも嬉しいと思ってしまった。
(今は二人っきりなのだ。学校とは違って邪魔も入らない、プライベートな時間での二人っきりなのだ!)
そう考えると更にこの現状が喜ばしいと感じてくる、あの一夏と手を繋げていることがより嬉しかった。
「そういえば、箒って金魚すくい苦手だったよな」
「いつの話だ!いつの!」
「今は違うのか?」
「当然だ、いつまでも私が過去のままだと思うなよ」
「じゃあ勝負するか?負けた方が食べ物奢りな」
「望むところだ!」
腕を組んでうなずく私は、一夏と共に金魚すくいの屋台を探す。祭りの屋台には必ずある金魚すくいだが、最近はスーパーボールすくいや水風船が増えてきた。
水風船は放置しておくとしぼんでしまうので、正直取るかどうか悩むところだ。そして割れる。
スーパーボールは落としたらどこかに飛んでいって境内に紛れてしまう、たまに歩いていると落ちているのを見かけるからな……
「あ、でも箒は浴衣だよな。大丈夫か?」
「和服の扱いには慣れている。心配も手加減も無用だ」
「そっか、じゃあ勝負だ!」
「望むところ!」
ふたりのポイが同時に水をくぐった。
「悪いな、焼きそばを奢って貰ってしまって」
「ぐっ……納得いかねえ」
ほくほく顔で焼きそばを食べる箒の横で、一夏はうぐぐ……っと拳を握りしめていた。
勝負は五対五の引き分けで終わるかと思いきや、なんと一夏の器から二匹の金魚が跳ねて水槽へと戻った。その一連の流れに呆気を取られていたふたりともそこでポイの紙が破れて決着となった。
「あの金魚には感謝しなければ、真剣勝負に水は差されたが……」
「金魚だけにな」
ギロッといつもよりも二割ほど増した睨みを利かされて、一夏は口を閉じる。
「まぁいつまでもむくれるな。ほら焼きそばだ。一夏も食べろ」
そう言って、今し方まで口をつけていた箸のまま焼きそばをつまんでよこす。
(か、間接キスというものになってしまうが……仕方ないだろう)
またドキドキと鼓動が暴れ出すが、それをどうにかして顔に出てしまわないように気をつけながら、箒は一夏の様子をうかがう。
「お、思ったより、うまいな……」
当の本人はけろっとした表情をしていて、およそ他意はない様子だった。
全くこういったことに疎いのは相変わらずだったな……
「しかし喉が渇いたな……何か買いに行くか?」
「そうだな~。人混みのせいで暑いし、仕方ないな」
「うむ」
顔が赤いのはまったく別の理由なのだが、まぁいいだろう。
(よし、このまま自然に手を取って――)
居合い技の時と同じような剣豪の目で、ぐぐぐっと一夏の手を注視してしまう箒。
そして、絶好のタイミングが訪れた。
(い、今だ!)
「――――あれ?一夏?」