愛することが大好きだ。
自分の意義を証明する必要がないからだ。
絵を描いている。
衝動のままに描いている。これまで培ってきた技法なんて知らない。それでも、体に染み付いた習性のようにそれはたしかに絵を描いていることに活かされている。
だから、それはあっさりと完成してしまった。
残りは数日置いて違和感を消していく作業だ。今はベランダでタバコの処理作業。掃除機のように消費に徹している。
わずかな高みから見下ろした街は、どことなく忙しない様相に見えた。それでもなお笑っているように見える。煙の消えていくその街を見ながら、俺はただ日々を食い潰していた。
こうしていると、昔の休日を思い出す。
夕方に起きて、とりあえずでテレビとパソコンをつけて。冷蔵庫の中になにもないことに気づいたらコンビニまで歩いていった。そういう、どこにでもあるような無駄な一日。
時間を食い潰している感覚というのはいつどのような時でも変わるものではない。土曜日にしたって日曜日にしたって祝日にしたって平日にしたって今となってはどれも変わらないようなものなのだから。
でも、それでもこうして無駄に時間を使っていることを自覚したら、どうにかしないといけないという気持ちになってくる。
物書きは一定の期間その場に収まり続けていると、自分の存在について考えるようになるのだという。昔読んだ本で誰かが語っていた。思い出すこともできないというのなら、それだけ興味がないのだろう。
だがそういう言葉があったのは確実に覚えている。
でもそれは物書きに限った話ではないだろう。
こうして自分を切り売りして何かを作り出す仕事というのは、誰もがそういう気持ちを抱えていくに違いない。
別に俺が辛気臭いだけということはないだろう。音楽家だってそうなんだし、小説家だってそうなんだから。
そんなどうでもいいことを考えている正午。ベランダにどこからか忍び込んできた猫の姿を認めたとき、俺の今日が始まった。
猫をコンクリートの大地の上に降ろして一息。
首輪もしていなかったので、きっと野良猫だ。それにしては人懐っこいというか、俺に対しての警戒が薄いのははてさて。俺も野良猫の仲間のように思われたということなのだろうか。
猫は好きだ。というか、動物は好きだ。とにかくデカい犬と猫を飼ってのしかかられるのが人間の生きる理由だとすら思っている。
それは冗談にしても、動物は好き……大好きである。
ペットというのはいいものだと思う。それは人をつなぎとめる理由になるから。
俺もそういうものがほしかったのか、と思うと少しばかり笑ってしまうが。
まぁ、とにかくそういうことである。
部屋に戻ってみると、俺が出ていた間に来ていたらしく、善悪が俺を出迎えた。
なふだは今日も事務所に向かっている。忙しいことだ。昨日の夜中に迎えに来てくれたのが今更申し訳なくなってくる。
きっと許してくれるだろうから、今はそれはいいとしよう。
「なぁ、善悪」
「なんでしょう」
「お前ってさー。どうしてVTuberになろうとか思ったわけ?」
そう聞くと、少し考える素振りを見せてから、
「……そうですねぇ。半分くらいはヤケだったでしょうか」
ヤケ。自棄か。俺と似ているような気もする。
決定的に違うんだろうけれど。自分自身で選択したことと、必要に駆られ選択したこと。
そんなの、前者のほうがはるかに大変だ。俺にはできそうにもないことである。
「聞いてもいい?」
「面白くない話ですよ。平凡も平凡な俺が、平凡星から逃げ出して苦労して、最終的に平凡に今の座を決めることになるっていうだけの話です」
「面白そうじゃん。聞かせてよ」
「はぁ。それでは」
そうして彼は語り出す。
「俺、昔は漫画家志望だったんですよ」
「人が一人で生きていくことはできない。でも、人は一人で完結するものだ。そう思ってました。
けれど実際に蓋を開けてみたら高校生に上がった自分に、周囲に合わせている自分に気づいたんですよ。
適当に誰かを好きになっていました。老若男女関係なく。美しいものには花と愛を。そうでないものにも夢と愛を。そうやっていたら、他人に全てを依存している自分になってしまっていました」
「そんな空っぽな人間が、漫画みたいに何かを一から作りあげることなんてそりゃあできませんでしたよ。
それでも最近の漫画には原作者志望の人だっています。
そういうやつにお話は任せて、俺は絵を描いていました」
「けど、他人の助けがなければろくになにも生み出せないなんて創作者失格じゃないですか。俺にできる最大限のことをやっても、俺の評価にはなりはしない。
そんなの既存のものを作っただけだ。あるものをただあるように、形をなぞって整形しただけ。
そう思った時、無性に今の俺が間違っているような気分になったんです」
「だから辞めました」
「でも、俺にはそれ以外はなにもなかったわけですから。そのあととりあえずで大学を行こうとして落ちました。高校を卒業したらクソ田舎から去ることにしてました。だからとにかくそれで上京……とはいきませんでしたが。都会には出てきました。
しばらくバイトでどうにかこうにか生きて、そうしていたら、どこにもいけない自分に気づいた」
「気づいたのはもう五年も経とうとしているときですよ。馬鹿らしいでしょう? 五年も経てば時節は変わって、俺とは違って本気で夢を追ったやつは既に遠いところに消えていた。……まぁ、高校時代に話を考えてたやつなんですけどね。
どうにも嫌な気分になって、漫画をまた描き始めました。何年経っても芽は出ることはありませんでした」
「いつのまにか、どん底に沈んでいるような自分になっていることに気づきました。
気づいたからって、何ができるって話でしょう? どうしようもない。どん底から這い上がる気力もなくて、とりあえずはなんとなくでTwitterに絵を上げ始めました」
「たった一人それを認めてくれたひとがいたのは、ほんとに運が良かった。ちょっとだけそれでやる気も出てきました」
「だからその勢いのまま、VTuberに応募した。そしたら受かった。そんな程度の、どこにでもあるような平凡な話ですよ」
どこにでもあるかこれ?
話を聞き終えた俺の反応は、きっと間違っていないと思う。
むしろ勢いで応募してこれだけのファンがついているのを運がよかったで済ませるのはどうかと思う。登録者地味に『じぐざぐ』一期生の中でも多いし。
「つまり高卒で夢破れて今はここってこと?」
「……まぁ、そうですね。間違ってないです」
「夢追ってただけ偉いじゃん。俺なんか高一のときに実家飛び出してここだぞ」
高一で学校に行かずバイトして、最終的に辞めてこっちに出てきた俺よりははるかに偉いと思う。
「それ、大丈夫だったんですか? 女の人ひとりででしょう?」
「力仕事やってた──……ってそうか。そう見られるのか。別に大丈夫だよ、水商売とかやってねーし」
そもそもできないというか。
そのときからこの部屋を使っていたので、もう結構な付き合いになる。
住処が安いのはいいことだ。
「元々あんまなにか食べないし。だから食費とかもフルでバイトしてたら結構なんとかなったというか」
いろいろと面倒なこともあったが、それなりにどうにかはなった。
バイト先に気に入られ、そのまま入社という経歴もあったくらいだ。
まぁこの体になったせいで行けなくなったけど。
「まぁそんなわけだ。ろくでなし同盟ということで」
「はは。意外とそういうこともあるんですねぇ」
と言いながらマイクを手に取る。
「じゃ、これお前の」
「うん? え、急になんですか」
「配信しようぜ。どうせ暇だろ?」
「……こっちじゃアバター使えません。俺の部屋にいきません?」
そういうことになった。
地味に入るのは何度目かになる隣人の部屋は、勝手になふだに片付けられる俺の部屋とは違ってかなりものが散らばっている。うっかり踏まないように気をつけて歩く。慣れた足取りでするすると進む善悪がパソコンを付けた。
「ということで始めていくぞー」
「はやぁい」
『突発的に行動起こすのやめろ企業勢だろ』
『企業勢でも突発的に始めるやつ多いんだよなぁ』
『告知はどこ……ここ……?』
『急にコラボするやん それもこの音の感じはオフやん』
「オフコラボかどうかってそんなさっとわかるもんなの?」
「いや、音とかでわかるのは少ないと思いますけど」
「ほーん。良い耳してるのね」
『幽明見境:昨日は大変だったよ』
『あっ、俺の妹だ』
『俺の弟だし』
『は? 俺の兄だよ』
『俺のママだぞ』
『俺の恋人です』
「一瞬で複雑な家系図ができたなぁ……」
「見境さん……いや、昨日はほんとに付き合ってもらってごめんなさい。助かりました」
『幽明見境:ハピコちゃん今度いっしょに遊ぼうね』
『座津田からくり:俺とも遊ぼう』
『昨日なんかあったの?』
『あらあらあらライバーさんたちも反応が早い』
「昨日ちょっと俺のメンタルがバグって夜中に出歩いてたらじぐざぐのライバー総出で探されたんよ。なんて侘びたらいいか」
「あれだけ死にそうな顔してたらそりゃあ探しますよ……」
『うちのハピコちゃんがほんとすいません……』
『じぐざぐみんなやさしい』
『幽明見境:私は別にだいじょうぶだよ 私たちの中でハピコちゃんはふわりと同列の存在になってるから』
ふわり。
じぐざぐに存在する綿のような少女のようななんなのかよくわからないかわいいいきものだ。
綿あめで構成された女の子というのが一番適切だろうか。
『わからなくもない』
『チワワ見てるみたい』
『ふわりちゃんレベルってすごいなみんなから愛されてるじゃん』
『座津田からくり:涼がアルトにハピコちゃんの話してるのすごく癒やしだったぞ』
『幽明見境:善悪くんはにゃんこだけじゃなく私にももっとハピコちゃんを自慢するべき』
「俺の知らないところで俺の話がされてるの、ちょっとこわいんだけど……」
「別に悪いことは話してませんよ。今日はベランダで猫と対話を試みてたとかそのくらいの話ですっったァ!?」
『草』
『こんな凛々しい顔をしているが実は猫と話そうとしていた』
『尋常じゃなく恵まれた容姿と達観したような発言をするクールビューティーのふりをして精神年齢が小学生レベルの女』
言いたい放題言いやがって。俺もキレることはあるんだぞ。
そう思いながら善悪に親指攻撃を仕掛けている。小さく呻く様はなんとも面白い。ふはははもっと苦しめ。
『ニキとハピコちゃんって同棲してるの?』
あ、忘れてた。
完全に説明を忘れていた。どうしよう、と思って隣を見ると、こちらに向けてウインクをする男の姿。そこはかとなく嫌な予感がするが任せてみよう。こくりと頷く。
「──実はハピコさんと俺、結婚してるんだ」
『術楽なふだ:ただただ単純に部屋が隣同士なだけですちなみにハピコさんは私の部屋に結構遊びに来ますが先輩に部屋にはあんまり行かないのでどっちかと言えば私のほうが結婚していると言えるでしょうハピコさんの料理も部屋の掃除もしてるの私ですしこれは先輩にはできないので私のほうがポイント高くないですかそう思いますよね』
『草』
『鈴音涼:今のは嘘です』
なふだの反応が早すぎて普通なはずの連理の反応がすごく陳腐に思える。ていうかこれ発言予想してないと送れないだろ。そもそもあいつは今歌のレッスンをしているんじゃなかっただろうか。ていうか結婚してないしする気もない。
なふだの部屋のほうに行くのは単純に部屋が綺麗だからだし。
「まぁ今のは冗談として……」
「お前マジで外堀埋めるつもりだったよな?」
「なんのことですか?」
『うーんこれは極悪人』
『刺す』
『てか結局声が似てた隣人って本人だったのか草』
『いよいよほんとにストーカーでは?』
『ヒモと金のあるストーカーとママ』
『うーんいいバランスだ……こうみるとハピコちゃんプロのヒモよね』
プロのヒモって概念何なの?
『鈴音涼:ハピコさん最終学歴中卒ですし』
「やめろバラすなれっ──涼!!」
「俺さっきその話聞いた。結構なかなかの衝撃だったね」
「うるさい黙れ元漫画家志望のフリーター」
「中卒で無計画に家飛び出してバイトやってた人に言われたくないですー!」
「うるさいうるさいうるさい俺はちゃんとそのあと就職したんだよ!」
「でも結局辞めて今ニートじゃないですか!!」
『泥仕合 五十歩百歩 同じ虫』
『俳句ができあがったな……』
『お互いに黒歴史晒し合うのやめない?』
『ニキが漫画家志望だったのは知ってる Twitterのフォロワーが30人とかだけだったってのも知ってる』
『座津田からくり:俺も正確にはニートだったぞ』
「からくりさんの機械いじって路銀稼いでた話ほんとすき」
「俺たちみたいな市民とは違いますよ……『天才』ってやつはね……へへっ……」
なんだろう。
学歴を指摘されるの、今更辛くなってきた。
これは俺に余裕ができたからかそれとも。
そんなのは関係ない。今たしかにあるのは、俺たちはどっちにしろろくでもないやつらなんだという実感。
それだけがずっしりと伸し掛かっていた。悪い方でも、いい方でも。
更新という名のマラソンゲーム その果てにあるのが作者の死だとしたら?(闇落ち手前)(翻訳すると一応あった書き溜めが真に尽きました)
アニメ化もしましたし呪術廻戦をよろしくおねがいします 9巻というか過去編の完成度高すぎて何回も見直している
番外編をするとしたら
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過去編
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公式ライブ
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なふだちゃんお家騒動
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全部