駅で人を待っている。
駅入り口に近い柱に体重を預けてスマホを見ながら、俺は人を待っていた。今日は珍しくすこしはおめかしをしての外出だ。流石に少しは厳かな雰囲気で行ったほうがいいに決まっている。まぁ二人に選んでもらったんだけれど。俺にまともな服が選べるわけがないのだ。
餅は餅屋って言うし。
スマホの画面に映し出されている画像。ファイル形式はpng。スマホのネット制限がまだ遠いことを確認する。別に外に出ないから問題はないんだが、それでも備えあれば憂いはない。事前確認しておけば問題はない。家の鍵を閉めたかどうかくらいの感覚でしかなく、そしてすぐに確認できることなのだから確認しておくに越したことはないのだ。
休みの日だからか、街は活気立っている。健全な容貌を見せているのだから、問題はない。いや、問題はあった。多少まともな格好をしているからか、さっきから多少声をかけられることがある。
別にYouTuberがどうこうならば問題はないが、それとは違い普通のナンパだ。少なからず善悪よりマトモな面になってから出直せと言っておいた。そこそこちゃんとした服装してたら声もかけられるものか。比較的無難な、いわゆる地味な服装だからか余計にそうなっているのかもしれない。
もっと攻撃的な服装ならまだマシだったのかもしれない。例えば真っ赤とか。そんな色なら誰も話しかけはしないだろう。
「──ねむ……」
というか、朝時だ。眠気も来る。朝イチでナンパというのもなかなか珍しいものじゃないだろうか。すごいものに遭遇した気がする。
昼時ならもっと来るのだろうか。そう思っていると、待ち人が駆け足で息を荒げながら近づいてきた。
「ごめんっ、お待たせぇ」
「おう。息整えな」
白い髪の色。白い肌の色。着飾っている服まで真っ白で、どことなく非現実味を漂わせる少女。ここに来るまでに何度振り返られたのだろうか。目の惹くその女子の声を、俺は聞いたことがある。違和感は拭えないが、そのうち慣れるだろう。そういうものだ。
その綺麗な髪が少し跳ねているのはチャームポイントになるだろうが、おそらくは寝癖だ。ポケットから櫛を取り出して梳いてやる。昔少しこうした覚えがあった。うまく出来なくて泣かれたこともある。懐かしいものだ。
今ではもう、することもない。
「ご、ごめん兄ちゃん……」
「その顔と声で兄ちゃんって言われるの違和感しかないな」
待ち人は連理である。
今日は『じぐざぐ』による生歌配信企画の日。
俺は約束したとおりに、連理の付添で送迎をする。
「行くか」
「どの駅で乗るかわかってる?」
「調べてる。切符は買わなくて大丈夫か?」
「あ、うん。pasmoあるよ」
「残高は問題ない?」
「大丈夫」
なんてやり取りを経て動き出した。向かう先は秋葉原。少し距離はあるけれど、そんなに問題はない。すぐに着く。
隣を歩く弟を見た。いや、今では妹か。一日置きに変わるなら弟でいいか。ともかく弟に対して保護者がついていくことを許可したのは、タイミング的に女子バージョンになることがわかっていたからか。
確かにこの見た目と中身を考えると、一人で旅をさせるのは怖いものがある。英断だと言えよう。
「飲み物とか買わなくて大丈夫?」
「あ、うん。着いてから買うよ」
ということで、電車に乗り込んでしばらく。乗り継ぎなどを経てからようやく会社に着いたのだった。
その印象は、普通の事務所といった感じ。
中に入ってみてもそれは変わらない。とはいえ昔勤めていた場所よりははるかに小綺麗だと思う。比較的大きいし、駐車場までちゃんとあるのは東京では珍しいのではないだろうか。と思ったがそれも比較的小さいので、こんなものなのかなぁと言った感じだ。
「……んん? あれれ? ハピコちゃんと涼くんだー」
「あ、見境さん」
「ああ、この間はすみません」
「いいよいいよ、気にしないで。別に敬語とか要らないよ? 私って敬われるような人間じゃないのだ」
そう言ってにへらと頬をやわらげた相手。
幽明見境。性別は不明。現状では女子にしか見えないので便宜上彼女としておくが、ついている疑惑だってある相手だ。
設定としては幽霊的な存在で、魂を主食としているらしい。あくまでも設定なので別に俺が狂ったわけではない。
しかし魂。魂か。最近は嫌にそれと縁があるものだ。流行ってるのだろうか。それとも、VTuberになるような人間は心底それを信じ切っているのだろうか。
でも、VTuberの中の人は魂と呼ばれる。それにこだわっていてもおかしくはないか。
その意味では、俺もVTuberに似ているのだろう。
女の見た目に男の心。別に演じることもないが、配信したりなにかをしたり、やっていることはVTuberと一切変わりないのかもしれない。
「ハピコちゃん、今日は涼くんの付添だけー?」
「え、まぁ」
「せっかくだしスペシャルゲストで出ない? たぶん企画さんは喜んでオーケーしてくれると思うけど」
「嫌だよ……?」
えー、なんでさーという声に対して指を二本立てる。
「まずひとつ。俺が出たくない」
「うん。すりすり」
なんだ今の。
「そしてふたつ。なふだの邪魔をしたくない」
「あー、それならしょうがないね」
といって、意外なほどあっさりと彼女は引き下がった。
逆にこっちが拍子抜けするくらいだ。目をしぱぱとはためかせていると、彼女はこっちの反応を見て頬を膨らませる。あざとい仕草だが天然でやっているのだろう。あんまりに媚びがない自然な動作だった。
「私もなふだちゃんのがんばり知ってたもん、それを出されたら弱っちゃうよ」
「なるほどねぇ……」
そういうことらしい。
「あ、そうだ。練習室に案内するよ。付いてきてね」
そうして案内されたのは、小さな個室だ。防音仕様らしい。ここで普段練習しているのだろう。置かれているのはスピーカー。小型ながらそこそこ良いようで、CDプレーヤーに繋がっている。
backing truckをこれで読み込ませて練習する感じらしい。歌の指導なんかはできる人がやるようだが、人数の問題もありなかなか全員一斉にということは難しいようだ。
「まぁ歌の指導なんか最低限だけどね。ここでは曲をトチらないように練習するだけだよ」
「なふださんなんかは新曲の発表を生でやるっていうのですごく大変な練習をしてるんですよー」
らしい。まぁ既存の曲を歌うのに関しては、そう大変なものでもないからそうもなるだろう。
善悪がそんなに忙しそうにしてなかったのもこういう理由があってのことか。
なるほど、と感心していると扉の向こうからごすっと鈍い音が聞こえた。窓から覗いてみると、そこには倒れ伏した人の山が。
最前列に埋もれているなふだと善悪と知らない人。一体なんなんだこれ。
「あー……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです」
「ハジメさん起こして……むぎゅー……」
「はぁ──っ復活! ってもうひどいよ幽明ちゃん! ハピコさんが来たら僕に伝えようよ!」
「忘れてましたすみませーん。なんちゃって。言われてなかったから別に要らないかと思って」
「報・連・相は社会人の基本だろ!?」
「でも青玻璃さんいっつも相談しないじゃん」
「本当にごめんなさい」
土下座した知らない人の前に仁王立ちする幽明見境。よくわからない関係だが、偉い人なんだろうか。全くそうは見えないが。
土下座から足の指の筋力で起き上がった彼が、こちらに向かって胸元から取り出した名刺を渡してくる。
「ということで僕、『じぐざぐ』プロジェクトの統括をしてる青玻璃カイラです」
「あ、はい」
「いやぁ以前からお会いしたいと思ってたんですよねぇ。最高にうち向きの人材じゃないですか」
「はぁ」そうだろうか。疑問だが。とりあえず、さっきから気になっていることを一言。「前髪にほこりついてますよ」
「えっマジ?」
そう言って彼は前髪を払い、
「──気のせいですよ!」
「なんだこいつ」
なるほど。
VTuberの関係者は大体変人らしい。
……その言い方だと俺も変人になるか。やめておこう。
「で、質問です青玻璃さん。この人だかりはなんでしょう?」
「皆さんハピコさんに挨拶しようと集まってるんですよ」
「何故??」
「好かれてるんですよ」
「なんで??」
俺の反応は間違ってないはずだ。
だがまぁ、こちらとしてもこの間お世話になった……というか、迷惑をかけた人は結構いる。なのでむしろちょうどいいかもしれない。この機に謝っておこう。
「えっと、一人ずつお願いします」
「よっし順番決めましょうじゃんけんすっぞじゃんけん」
「二十人いるのにじゃんけんって効率悪くないですか」
「ならあっち向いてホイ」
「悪化してるぞ」
「なら小学校のときにやった前の人に勝った人が残るやつ」
「ハピコちゃーん! 手を上げてー!」
「え、あ、うん」
言われるがままに手を上げた。
「前で適当にぐーちょきぱーのなんかお願いします」
「待ってお前らなんで当然のようにそっち側いるの?」
この場合のお前らとは既に挨拶を終えている五人を指す。
「そんなことはどうでもいいんですよほらはやくはやく!」
「どうでもよくないからな! ……まぁ、他がいいならいいけど。
じゃあいくぞー、じゃーんけーんほいっ」
出したのはグー。
なんというか、手を変えないでいいから最初はいっつもグーを出してしまうのだ。
癖といえば癖だが、あんまり問題にならない癖だから放置している。
そして残ったのは五人。
「随分と一気に減ったな……?」
二人残っているのはまぁいいとしてなふだと善悪と連理が残っているのはどことなく怖い。
最初にあいこでも駄目なので、そのぶんがふるいおとされたと考えたらまぁ納得できるものだろうか。
身内三人が残ってるの考えがバレてるみたいで怖い。
「次ー。じゃーんけーん、ほいっ」
ずがっと大きな音がして見れば善悪が蹲って倒れ伏せている。
そしてなふだは勝ち誇るようにチョキを掲げていた。
俺が出したのがグーなので、ここで二人は脱落なのは間違いない。
「──あれ、ていうか決まった……?」
控えめにグーを出している連理。
何故か猫耳をつけてチョキを掲げている女子。いやあれ絶対三丁目にゃんこだろそれ以外考えようがない。
そしてパーを出したのは忠兎もぶである。
「……………………」
「やったー! 勝ちましたよー!」
ひょっとしたら動体視力がよすぎて普通に何出すか見てから出したんじゃないかという疑問が拭えないが、ともかく勝ちは勝ちだ。こっちに近づいてきて手を差し出してくる彼女に、手を出した。
「ということで、ちょっとぶりですハピコさん! 今日はおめかししてるんですね」
「あ、うん。すごく違和感あるけど」
「似合ってますよー! でも意外と可愛い系も狙えそうなんですよね。今度着てみませんか?」
「服を選ぶ時間が勿体ないから……」
「じゃあ私が選ぶので着てください」
目がガチだ。とりあえず頷いておく。ビビってはない。この間からよく気圧されるけど別にビビってないから大丈夫。
大丈夫だって。
「じゃ、そういうことで! 次誰ですか?」
「決まってます」
そして、一人の少女が手を上げた。
長くまっすぐな黒髪は、細い線の儚げな顔つきと違い鮮烈に個我を伝えてくる。どこか眠たげな瞳で、彼女は言った。
「こういうときは──上から順番に行くべきでしょう?」
「はぁぁぁぁ? ちょっと待ったソラちゃんそれは聞き逃がせねぇなぁ?」
「ステイ」
「はい」
弱すぎる……。
あっさりと陥落した五百円の男が座り込むのを見て反応に困る。周囲がなにも言わないってことは次は彼女ってことでいいんだろうか。
こちらに近づいてくる彼女のほうに顔を向ける。
彼女はこちらにやんわりと手を差し伸べてくる。表情の読みにくいその目と、柔和な曲線を描いている口元。まとっている独特の雰囲気。
そして声にも覚えがあった。
「はじめまして、高山ソラです。
前々からお会いしたいと思ってました」
高山ソラ。
『じぐざぐ』のメンバーの中でも特にずば抜けて人気のある彼女。登録者数だって他とは比べ物にならないレベルの彼女が差し出してきた手に、こちらの手を恐る恐ると返した。
「それは光栄。こっちはまさか会えるとは思ってなかったよ。雲の上の存在だもんな」
「うふふっ……やっぱりそうです」
と、ここでいまいちよくわからない返答。疑問に首をかしげると、彼女はそのままこちらに顔を近づけ──
「あ、ああぁぁぁぁぁぁー! やっちゃったぁー!」
「俺もまだなのに……クソッッッ」
「子供のときは向こうからされてたので僕の勝ちです」
「お前らちょっと大丈夫か……?」
背後の喧騒もイマイチ耳に入らない。
何が起きたのかよくわからない。一体俺はなにをされた?
「──はぇ?」
顔が熱い。いまいちよくわからないけど顔が熱い。脳が起こったことを処理しきれない。
こっちの顔から遠ざけた顔を赤らめながら、黒髪の少女は唇に手を当てた。
「──ふふ。アンドロギュヌス的な在り方、すごく素敵ですね?」
わからない。
よくわからない。
頭が沸騰している。
なにこれ。
ソラちゃんは美少女で清楚なんですがまぁこういうことするしふざけるときはとことんはっちゃけるのでもぶちゃんのほうが清楚ってなっちゃうんですよね
喋らなければ清楚
彼女がこれまで興味を持ったリストには涼くんとか前々回名前だけ出たアルトくんとか見境くんちゃんとかみたいな人たちがあったり
番外編をするとしたら
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