才能にも色々な種類がある。
努力の才能。観察する才能。特徴を掴む才能。すべてを統括した才能を持った人間だっている。
そして俺は見た。青玻璃カイラの人を見る才能、才能を引き出す才能──そして、『じぐざぐ』というバーチャルYouTuber集団のプロジェクトに関わっている人間の才能というものを。
音楽が人を救うことはない。人は勝手に音楽で救われるのだ。そんな言葉で陳腐だと流せない程度には、そこには『本物』があった。
昔であれば誰も評価しないだろう才能。時代の変遷によって評価されるようになった才能。
それらの結晶が、俺の前にある巨大なモニターに映し出されている。
音楽は人を救わない。
けれど、それは確かに救われるような音楽だった。
人を救える音楽だったのだ。
リハーサルが終わるというタイミングで、俺たちは事務所へと戻ってきた。
もらったセトリを見て、新曲発表のなふだを中盤に持ってくる仕組みであることを確認する。本番前、開始まであと一時間ほどある。
演者によってはギリギリまで個人で練習したり、緊張をほぐすためになにかをしたりするらしいが。今回気になっているのはそこではない。
裏方だ。裏方は配信前も忙しなく準備をしている。入念な準備だ。その中にしれっと自称天才物理学者ことノーブル・ベルゾナーと座津田からくりが交じって平然と作業をしているのは、技術者の
ステージの中央らへんで演奏に異常がないか確認している奏者がいる──いや待てまさか生演奏まであるのか。どこまでやるんだ一体。ていうかこの企画にどれだけの金がかかってるんだ。
これを見ていると、いよいよ舞台の本番前を思い出す。子供のときに……小学生のときに、少しだけ演劇で舞台に立ったことがある。
そのときの空気感は、なんとも言えないほど刺激的で輝いているのだ。
少しだけ、VTuberというものの背後にどれだけの覚悟がかかっているのかわかった。
俺と一緒に入ってきたカイラは演出担当の人とすぐに話し込んでいた。つまり、彼が舞台監督ということだろう。いや待てそれリハにいなくて大丈夫か? と思ったが、部外者である俺がとやかくは言えない。彼の判断に任せる以上はない。
話し合いが終わったようだ。話し込んでいたカイラは動き出し始めに大声で叫ぶ。
「蝦夷鹿ちゃんのラスサビの入りちょっとだけの動きと演出見せてー!」
「はぁーい! そのまま入っていいですか!」
「俺らはいけます!」
「じゃあそれでお願い! ……オッケー、蝦夷鹿ちゃんの動きがよすぎて体にかけるエフェクトがあってない! 体に固定は難しいならそれなしで彼女起点に地面に波紋に変更!」
「わかりましたぁ!」
「凶鳥! 口上!」
「はい! ──『満たし、揺らぎ、紙吹雪。ひさぎ微睡む白百合の夢は忘れられないだろう』!」
「入りが弱い! 最初の一音からはっきり! でも力みすぎるなよ! できるか!?」
「できます!」
「じゃあもっかい! ……オーケー! その調子で頼む!」
「はい!!」
「なふだ! 本番前に一回だけ入りのタイミング合わせよう!」
「わかりました!」
「……オーケー! マイク音量だけあと1……2上げて! 演奏に食われるかもしれん!」
「はい!」
いよいよ本格的に本番前、と言った様相になってきた。とはいえ、これができるのはVTuberだからだろう。演劇の舞台になると本番前にこれだけ大声での打ち合わせはできない。こういうのは、リハーサルの段階でやっておくことなのだ。
ある意味VTuberならではのことだろう。
ノリとしてはドラマの収録に近いだろうか? テレビの生番組の舞台裏とかがこうなっているのだろうか。どこの業界も大変なものだ。
「けどこの大変さは嫌いじゃない──ですよね?」
「平然と人の思考に割り込むなよキス魔」
「キス魔じゃないです。にしても、よく見てますね。経験とかあるんですか?」
「演劇をちょっとやってた。子供の頃だ」
「……ふぅん。それなら、この空気感は感じたことはないんじゃないですか?」
「いや。大人に交じってやってたからな。懐かしいくらいだ」
「それはそれは、ハピコさんも手広いですね?」
そう言ってくすくすと笑う高山ソラ。目元はあまり動いていない。どこまでが本心なのかわからない。なんだこいつ。
「……緊張はしないのか?」
「緊張は筋肉みたいなものですから。経験してると慣れるものです」
「ほーん。ラストバッターなのに?」
「だから、ですよ。トップバッターよりもマシでしょう。ですから、最初に全員で歌う流れなのは流石ですね」
一番最初に、みんなで合唱する。なるほど。それによってトップバッターである八橋の緊張をほぐすという算段のようだ。
話した感じ、彼はこのくらいのことでは萎縮しそうにないが──それでも、実力は出し切れないかもしれない。
セトリを組んだ人は演者のことをよくわかっている。というか呼ばれたときに反映させられるようにフルボディ用のトラッカーをつけてるんだなみんな。
話題に上がった最初に一人で歌う男、三橋八橋を見る。
少し周囲とはスペースを空けて、軽く体を動かしていた。
「彼を最初にしたのはすこしまずかったかもしれませんね」
ソラが言った。何故だろうか。俺にはいいことのようにしか思えないが。
「だって」彼女はにやりと笑って。「ハードルがすごく上がっちゃいますもの」
──そして、彼女の言った通りに三橋八橋は盛大にやらかした。
いや、この場合のやらかしたは駄目な方向ではない。むしろ最高に最高──最高すぎる演出と、動きと、歌声を披露している。
特に動きだ。相当キマった動きをしている。本番一発目でバク転成功させるってマジか。
あの動きに合わせて演出を作っていたあたり、彼には『あれくらい余裕』だという信頼がないといけない。そしてそれですら過小評価なのだ。
想像よりも遥かにキレた動き。派手に動いていて息切れを見せない。バク転した直後に声を放っても声をブレさせない。それこそプロのパフォーマーのようだ。
動きが凄まじすぎて若干追従しきれていないモデルを、文句もなしにリアルタイムで調整している裏方の仕事も丁寧であり、そして早い。
派手にエフェクトを散らしまくってもなお、それに一切負けることなく彼は主役でありつづける。
丁寧に作り込まれた背景に食われることもなく、そこに主役であり続けるのだ。それはカメラが引いてもなお同じ。
それだけ周囲に散らしていれば、普通は視線が逸れるものだ。けれど──彼が視線を引き続けている。
「──ありがとうございましたー! 三橋八橋で『テレキャスタービーボーイ』でした! いやーめちゃくちゃ動けて楽しかったです! 俺の無茶振りに対して最初はブチギレてた裏方さんも、ちゃんと無茶な動きに対応してくれてありがとうございました!!」
「わかってるんなら無茶振りやめろや」
ぼそっと呟かれた裏方さんの言葉。俺もそのとおりだと思う。
俺が見ていた大きいモニターの横には、もう一台同じサイズのものでコメントが拡大表示されている。
『やっば……』
『どうして公式は投げ銭させてくれないんですか』
『最初から飛ばしてんねぇ!!』
『かっけぇ……』
『普段クソみたいなダジャレしか言わないのにどうしてこんなかっけぇんだ……』
『裏方さんキレるは草』
『実際あんな動きされたらキレるんだよなぁ』
『なんであんなクソ早い足先の動き崩れないんだ怖いわ』
『技術力ぅ……ですかね』
「あれ? スパチャオンにしてないんだ」
「今回のは別に収益目的じゃないですからね。単純に、なふだちゃんの新曲発表の場とライバーみんなのやりたいの結果ですよ」
「それでもスパチャしていいと思うけどなぁ」
俺の疑問に答えたのはカイラだ。彼は俺の隣で実際の映像を確認していた。そして八橋の想像以上の働きを見て満足そうに頬を緩めている。
「出ている本人たちが要らないって言ってるんです。今回のはライブのようにガッチガチの練習をしたわけじゃありません。それでお金をもらうのは嫌だって。僕たちとしてもなるべく彼らのほうに直接感謝として投げてほしいので」
「なるほどな。それなら納得だ」
とはいえ、こうも働いている裏方を見るとどうにもなぁという思いもある。
「技術班を心配してるなら大丈夫ですよ。ちゃんと今日のぶんの給料は追加で出ますから」
「え、それ赤字にならないか? 大丈夫かよ」
「いっつも赤字覚悟ですよ。でもこのあとの個人へのスパチャ代の分割で相当入ってくるんですよねぇ……なんで、あんまり問題じゃないというか」
それでも収益に関しては相当……なんだ。相当減るだろうに。
そして、八橋のフリートークが終わり入れ替わりに入ってきたのはミーニャ。
シェイプシフターという設定を持つ彼女は、その小さな体を精一杯に動かしながらも可愛らしく歌を進め。
サビでそれが一変した。
先程までの可愛らしい歌声とは違って、力強い歌声にノータイムでシフトした。
ポップな雰囲気は変わらない。それでも、そこにある彼女の雰囲気はまるで違う。
かわいさに釣られてやってきた相手を、そのギャップで仕留めるというのが彼女の手口なのだろう。だが実際にそれが滑らずに成功している。
なるほど、十六歳。俺に挨拶をしてきたときのあれは擬態。
まるで別人のようにすら見える。そしてそれを強調するのがエフェクトよる演出だ。
動きで見たら、先程の八橋がずば抜けすぎている。けれど彼女は歌を歌う──でなくて、曲を作っている。
自分の声まで武器にして、リアルタイムでそういう曲を作り上げている。
思いっきり歌って、額から汗を流しつつも天高く掲げたその指。
鮮烈に正面を見据える目は力強く、苛烈な雰囲気すら漂わせている。
「──はーい! ありがとうございました! ミクルミック・ミーニャでした! 『アンヘル』歌いましたー! ミーニャはボカロ好き! 歌えてよかった!」
『ママンも今ですと興奮中』
『サビの強さえぐい』
『かわいい……かわいい……かわいい……かわ』
『どうやってこんな高音で声量出してんだすげぇ』
『↑途中で食われてて草』
「……すごいな、『じぐざぐ』のメンバー」
「でしょう? 昔からいろんなアニメの声真似をして両親に怒鳴ってた結果だって」
「急に反応に困ること言うじゃん」
「彼女たちはすごいですよ。でもその凄さは、最初は僕しか信じていなかった」
「……ああ。さっき言ってた、挫折の経験ってやつか」
「そう」
カイラの顔はとても愛おしそうに。そして嬉しそうに、ミーニャを見据えている。
「彼女たちは一度は才能を認められなかった子たちだ。それが周囲であれ、自分であれ。ミーニャは声優志望。でも親に反対されてたわけです」
「あ? なんで? 両親はそっち系なんだろ?」
「だからですよ。彼女の両親は、声優の悪い側面だって知っている。競争者が多い。いくら彼女が抜きん出た才能を持っていても、それは不安定さの塊だ。
だから彼女はたくさんの事務所に応募して落ちて、ダメ元でうちに応募して、そして見事席を勝ち取った。そりゃあそうだ。僕は彼女みたいな人大好きですもん。
ここでの経験は将来につながる。会社側には実績として出せるから。だからこそ、最初はイマイチ乗り切れてなかった彼女もここでの活動に本気になってくれたんだと思うし──それによって、親を認めさせた。僕は嬉しいですよ」
だって、と続け。
「僕以外が信じてなかったその才能を、今──たくさんの人が認めている。
誰もが彼女の才能を疑っていないんですから」
まるでざくアクのローズマリーみたいなことを言うやつだと思った。
けれど、それでも確かによくわかった。
「そうだな。彼女には才能がある」
「でしょう? あとで言ってあげてくださいね。ミーニャちゃん、ハジメさんに対してすごく関心を寄せてましたから」
「そりゃあありがたいことで」
舞台上から去っていく彼女を見る。袖に捌けて、カメラに映らない場所へ。そしてそのままこちらに近づいてくる。俺のほうからも向かっていくと、ぱたぱたとかわいらしく両手を広げて向かってきた。
抱きとめると、少し硬い感触。トラッカーだろう。別にいいや、気にならないし。
少しだけ震えている彼女の体。緊張が今になって襲ってきたのだろうか。涙さえ流しそうになっている彼女の頭を撫でる。
「ハピコさん、どうでした?」
「うん。すごかった。高音も耳障りじゃなくて良かったと思うし、サビなんか人が変わったかと思うくらいだった。あんなことできたんだな。びっくりしたよ」
「そうですか? んふ、頑張ってよかったのですよ!」
「よしよし」
言いながら、次に舞台に上がった人物を見る。
善悪だ。
彼は何よりも真剣な目で。──これまで見たことがないほど真剣な表情で、深呼吸。
「──ええ。始める前に少し」
突然の話に、俺はカイラのほうを見る。
彼はにや、と笑って善悪を指差した。
「俺はいわばろくでなしです。人格がふたつあって統合されないし、そんなの関係なしにどちらもろくでなしだったりもします。
ですが、そんなろくでなしにたくさんの人が値段をつけてくれました。驚きです。
……ですので、皆さんが俺を買ってくれたその値段以上のものをお返しできたらなと思います」
そう言って、彼は前を──俺を指差した。
「それでは、よろしくおねがいします。──『白夜』」
それは。
彼自身が事前に歌うだろうと言っていた曲とは違っていた。
「ドッキリ大成功」
カイラが笑って、音響に指示を出す。そこから流れてくる音声は、『デモクラシーサイド』のものではない。
白夜。
半丁善悪最初のオリジナル曲で、その長さは一分半ほど。
でもまさかこんな場面でその程度で終わる歌をチョイスするわけもない。だから、これの意図はつまり──
『白夜!?!?!?』
『キター!!』
『白夜だ!!』
『まさかこっちがくるとは……』
『信じてたぞニキ』
『まって地味にYouTubeの音源から音が増えてる』
『耳に自信ニキそれマ?』
『期待』
──未公開の二番公開ということだ。
ヤンキーズ・ハイだいすき……。
センチメンタル・バニラもだいすきです
ぼっちぼろまるやっぱり大好きですね
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