街を歩いている。
例の企画はつつがなく終わりを迎えた。たくさんの熱狂とたくさんの物語を抱えて。
ターニング。以前と以降。寝て起きる程度の流れの中で、それでもたしかに変わったものが在る。それがなにかと言えば、そう。わだかまり。
壊れた心の壁の向こう。そこに行こうと思えるようになった。なってしまった。
いつまでも人は停滞していられない。足を止めたら、そのぶんまた歩かないといけない。
それを放棄し続けてきたのは俺だ。だから、がんばって走り出さなきゃ。隣の二人はきっと付いてきてくれるのなら。
並び立ってくれるのなら、それでいい。
足がないなんて幻想だ。気のせいだ。そう言って逃げていただけだ。
本当は足はあって、歩かないといけない。
支えるばかりを望んでいる俺はきっとがらくたなのだろう。
だから、がらくたなんかじゃないと。そう言えるように。誰かに恥じる自分でないように。
やるべきことがあるだろう。
公園がある。ベンチに座って、タバコを吹かしている。いつものやつじゃない。衝動的に新しく買ったものだ。この間のものがまだ残っているというのに、買ってどうするんだ。でもそうしたい気分だったのだ。
タバコはいい。自分の感情の雰囲気を示せるから。
どうしようもないもやもやが、煙となって空に消えた。
よし、進もう。吐き出せば幾分か楽になった。ゴミ箱に雑に吸い殻を投げ捨てる。
既に誰かが捨てていたのだから、俺はそれに倣っただけ。と言って言い訳をしてみて。
また歩き出した。
路面電車が見える通りに出た。小さく揺らめくような景色の白は、浮足立っていて対照的な青を鮮明に浮き彫りにした。
ポケットに手を突っ込みながら歩いている。
子供のころは、ポケットに手を突っ込んでいる人が怖かった。その奥にナイフを隠しているんじゃないか。そんな不気味さだけがあった。
種を明かすと簡単で、彼らはただ手持ち無沙汰か寒いかだったのだろう。
昔は無根拠な思い込みが強かった。今もそうだ。けれど、わからなかったことは減っている。学んでいる。わかるようになったのだ。
だから。つまるところ──そういうことだ。
……なんて、結論をぼかし気味にする癖があることは知っている。けれど言葉にするのが怖い。だからなんとなくで置いているのだ。
街は今日を生きている。それが焼き付いていた。すれ違った男子高校生の集団が、後ろで噂話をしているのを聞いた。女の体になるとそういうこともあるのだろう。それか、VTuberが好きな学生なのかもしれない。
そうだったらいいなと思った。
「ありがとうございましたー」
そんな声を背中に受けて、駅前のマクドナルドをあとにする。お持ち帰りの袋が重い。そこそこな量飲み物とハンバーガーを買ったからだ。
飲み物はシェイク二つ。ハンバーガーは、メニューにあったものから適当に8つくらい注文しておいた。
期間限定メニューでチーズバーガーの種類が増えていたのは助かる。とりあえず普通のものと全部買った。
多いかとも思ったが、まぁ駄目なら善悪がどうにかしてくれるだろう。のんびりと歩いていく。
歩いているときに頭に浮かんでくるとりとめのないことは、きっと大事な何かだ。いつか忘れる日まで大事に取っておこう。
「……………………」
歩いているとどこかもの寂しくなって、イヤホンをつけた。ブルートゥースの、落とすとすぐ無くしそうなそれ。
スマホに接続してから曲を流す。
購入して、端末に落とし込んだなふだの新曲。
それを聞きながら歩いている。この前聴いた生歌みたくはないけど、これはこれで趣があって好きだ。
この間のは一夜の夢のようなもの。
一夜の夢でも、ここにある曲が永遠にしてくれる。
だからそれは俺にとっての救いになっているのだろう。
愛していると言ってもいい。なんて恥ずかしくて、まともじゃ言えないけども。
歩いていたら、そろそろいつものアパートが見えてくる。
きしむ階段をかたかたと踏んで、上っていく。
そこそこの大きさがあって、あんまりボロ感はないが。それでも安いのは、ここに洒落にならないような事情があったからだろう。
怖くはない。必要に駆られたからここにしたわけでもない。
ただ、なんとなくここがいいと思った。
なんとなくは理由にならないだろうか? それでもいいだろう。
俺は俺だ。別に誰かに迷惑をかけるわけでもない。俺だけのものだ。
家の扉を開く。
「帰ったぞー」
「あ、おかえりなさい」
「マックで適当に買ってきたぞ」
「え、マックですか? ……ああ、マクドナルドですか。びっくりしたぁ」
「人によって呼び方変わるよなぁ」
マクドとか。
公式がマックって呼んでるからそっちに合わせているのだが。
「なふだは?」
「配信中ですよ」
「なるほど。じゃああとでいいかな」
今日はTwitter断ちしてたから、わからなかった。
さっそくパソコンを立ち上げて、手には買ってきたダブルチーズバーガー。
「適当に好きなの選んでいいぞ」
「わぁい。じゃあチキンフィレオもらいますね」
「どうぞどうぞ」
マウスをいじって、ようやくTwitterを開いた。
昨日投稿した絵を見た。
恥ずかしい絵だ。まさか自分を描いているだなんて、なにをやっているんだ。
ああ。でもそれでも、悪くないよな。
ちょっとばかり構図を頑張った絵。
三人も描いた絵。
これをさくっと描き上げることができたのは、きっと頭に構図があるからなんだろう。俺が描いた絵。
まだまだ未熟だ。下手くその域を越えていない。デフォルメ調に逃げているし、まだまだ甘い絵だ。
けれど。それでもいいじゃないか。
三人手を繋いで歩いたって、いいじゃないか。
「あ、ハジメさんその絵」
「なっ、なに??」
びっくりした。いきなり話しかけないでくれ。
画面を閉じようとする手をセーブ。いや違うから。自分の描いた絵を見て悦に浸ってたわけじゃないから。
「俺、その絵大好きです」
「……そうか? そっか。俺もお気に入りなんだ」
顔が熱いのは、きっと褒められたからだ。頑張った絵を褒められたからに違いない。
そうだ。そのはずだ。そしてあったかいのも、きっとそれが理由のはずだ。
逃避先にハンバーガーを選ぶ。手に持っていたものにかじりつけば、胃もたれしそうなほど強烈な濃い味がした。ピクルスの酸味がないとつらかっただろう。
「そうだ」
と、そこでふと思い立った。今日外出して探していたもの。結局イマイチなものというか──しっくりこないというか、よくわからないことばかりなせいで買うことができなかったものだ。
「ギターとか持ってる?」
「え? 持ってないですけど……」
「あーそっか。ならいいや」
「急にどうしたんですか?」
「ちょっと、弾き語りなんかしてみよっかなって」
昔触っていたことだから、しようと思えばできる。
でもギターの良し悪しなんてわからなかった。そんなのは任せていたから。
持っていたギターは、父のお下がりだ。今も実家にあるのだろう。弦もセットで。おそらく張り替えなければいけないはずだ。
最後に触ったのが、例の文化祭のときだから。もう錆びてボロボロだろう。
だから、そうするべきだ。
「最近の流行の曲ってなんだろうね」
「夜に駆けるとかじゃないですか?」
「ああ、聴いたことある。
──沈むように、溶けていくように──ってやつだよね」
「サビの知名度のほうが高いと思うんですけどね……」
「ゆるふわ樹海ガールとかだったら普通にいけるんだけどねぇ」
「まぁ、俺らはその時代の人ですからね。カゲプロとかどうでした?」
「小説は読んでないな。漫画はちょっと見てたぜ。アニメは覚えてない」
見ていたはずだが。まぁ、その時期は生活が安定しきってない時期だから記憶がなくても仕方ない。
当時はファンの厄介行動が問題になってた覚えもある。
それだけ過熱したコンテンツなのだろう。最近はめっぽう聞かないが、それでも如月アテンションとかはふと聴きたくなることがある。
あの時期のボカロコンテンツはよく聴いていた。バイト先でそういうのが好きだった女子がいたから、よく話してた覚えがある。
彼女は今はどうしているのだろう。あんまり年は離れていなかった気がするが。まっとうに大学にいって、まっとうに就職できているのならそれでいい。
それがいい。
「アニメって、ぼーっとするときにいいんだよなぁ。
無気力なときはいっつも見てた」
「やめてくださいよそういう言い方まるで俺が暇人みたいに……」
あ、見てんだアニメ。
最近配信以外の時間はだいたい俺の部屋にいるから見てないのかと。
ていうかそれどっちにしても暇人だよな。
「お前普段何してんの?」
「え? あー、ネットの小説漁ったり動画見たり漫画見たりゲームしたりしてます」
「暇人じゃん」
「最近はメルストやってますよ」
「大忙しじゃん」
ごめんよ暇人とか言って。
「どこまで読んだの?」
「とりあえずおすすめしてたシナリオは読みましたよ。エレキ3rdと科学3rd。あとは最初から順番に読んでます」
「いいよね。アニメも見ていこうぜ。死者1やった?」
「はい。え、アニメであるんですか?」
ある。
最高にある。
スタッフがガチだった覚えもある。
「見るがいい」
「はい……」
バーガーを食べ終える。包み紙をとりあえずテーブルに置いておく。袋にあとでまとめてから捨てるようにしよう。
とりあえず今はシェイクがほしい。
ストロベリーシェイクを袋から取り出して、ストローを刺して吸い上げる。
「ざくアクはどこまでやったんだっけ?」
「メニャーニャは出てきましたよ」
「あーおっけー、そこらへんね。防衛戦終わった?」
「あ、はい。やりましたやりました。あそこです。海の中で止まってます」
「あーね。初手フレイムさん……」
「エステルさんかわいいですよね」
「あのステージは雷アタッカーがなにもかも持っていくからなぁ。あと俺はジーナさんが好みだから」
まぁ全員好きなんだけど。本編でイベントがあった子なんかはとにかく大好きだし不遇でネタにされるアルくんも大好きだ。かっこいいと思うのは異世界編のニワカマッスル。
あと、ラストバトルがすごすぎた。
最初は一人きりの王国が、どこまで歩いてきたか。どこまで歩いていくか。
あの一戦にこれまでの冒険のすべてが込められている。
マリオンちゃんがんばって倒してよかった。本当にそれは思う。
俺の体が誰に支えられているか。どうやって歩いてきたか。
あのお話を見たあと、特に考えるようになった。
今なら即答できる。
「なぁなぁ」
「なんですか?」
「お前、どうやって俺の住んでる場所見つけたの?」
「ああ、偶然ですよ。ハピコさんってなふだが来るまでずっと外食だったじゃないですか。そんときに偶然見つけて、後をつけたら」
「マジでストーカーかよ。通報されるとか思わなかったの?」
「思いましたよ。やっちゃいけないとも思ってました。当然ですよ。そんなの普通やっちゃいけないんだ。
でも知ってますか。人って簡単に一線を越えるんですよ。
友人と固く握ったその手で地続きのように、まるで当然のように人を殺そうとするんですよ」
「それ、贖宥状にするのか?」
「いいや。許されたくないです」
「そっか。まぁ、どうでもいいから許すも許さないもないんだけどさ」
そうだ。別に俺はなにも感じちゃいない。
強いて言うなら、今ここで話してることが少し楽しいこと。
それだけがすべてだろう。打てば響くように言葉がすぐに返ってくる。
こういう会話は楽しい。言葉がとんとん拍子に進むのは、そして進展があるのは愉快なものだ。
これが会話の楽しさというものだろう。
「つまりは俺の警戒心がなかったってだけのことだし」
「そうですねぇ。警戒心はほんとにないでしょうね。にしても俺ってほんとに面の皮が厚いやつだなぁ……」
「別にいいよ。責められたいんだろ? いいんだって、俺がいいってんだから。それに対してうだうだ言わなくていいんだよ。
それともなにか? なにか言われたいのか? 言ってやろうか?」
「いいや……そういうわけでも」
そう言って善悪は言葉を止める。否定が効果を持たないと思ったのだろう。実際そうだ。
でも、そんなのは別にいい。今更その程度で失望できるわけがないから。俺にはもう、そんなことができそうにない。
俺が二人に抱いている感情は、間違いようもなく依存と呼べるだろう。
それが間違っているのだろうか。
間違っていると知っている。そんな正論が意味を持つなら、なにも困ることはないんだ。
だから。
誰にこの関係を否定されようとも、そんなのはどうでもよかった。
ただそれとは別で、やっぱりギターは持っておきたい。
「兄ちゃん……ほんとに大丈夫? わかんないと思うよ? それに家出したんじゃん……二人ともすぐに受け入れられるか……」
「うるせぇ。俺はただ忘れ物を取りに行くだけだってんだ。そこになんの問題がある」
「なんでこんなときだけ無駄にメンタル強いんだろう……」
開き直ってるからだよ。
目の前には三階プラス地下室がある巨大な家。
昔から変わっていないようなそんなもの。
高校一年の途中で飛び出した実家が、そこにはあった。
作者は音楽が大好きなくせにギターを部屋の置物にしちゃってるサブカルクソ野郎です。
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