明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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 書き溜めを放流。序盤は世界観というか地盤固めというかキャラ紹介に費やそうかと。


路地裏シティボーイ/ガールのセンチな存在証明

「考えてみれば当然の話なんだけどさ。世の中っていうのは頭が悪いほうが確実に楽しめるわけだ」

 

「いや別に勉強ができるできないの話じゃなくてだなー。勉強ができないやつにも無駄に頭回しまくってるやついるだろ? あれは頭が悪いわけじゃなくて、察しだのなんだのが悪いんだよ」

 

「え? 話が通じないやつらもいる? まぁそうだけどさ。え? だから、勉強ができないとか会話ができないとかで頭の良し悪しが決まるわけじゃねぇって」

 

「つまるところそういうやつらは基本的に現代社会に向いてないんだよ。昔も昔、思索ばっかしてりゃいい時代とか、あるいは他人と関わらない仕事だとかしてたらかなりできるタイプの人間だろ」

 

「何も考えてないように見えるやつを馬鹿だと断じるのはやめとけ。陽キャのほうが基本的に頭はいいぞ。だってな、会話っていうのは頭を使う行為なんだぜ。ウェイウェイしてるだけじゃない。そりゃあかたっ苦しい言葉とかは使えないやつもいるけど、それは頭の悪いわけじゃなくて適応だ」

 

「ぶっちゃけると言葉ってコンテンツは相互理解のために必要とされるものだからな。少ない言葉で相手が伝えられるならそれが何よりだろ?」

 

「まぁ気の知れた友達とかじゃないと深く相手の言ってることを汲み取ろうとはしないから、社会に出たら『言葉遣い』や『伝達ミス』が増えるわけだけどな」

 

「陽キャっていうのは誰にでも分け隔てなく臆さずに話したりができるやつらだろ。会話っていうのは自分はわかりやすく話して、相手の言葉が難しくても解して、っていうのをしなきゃいけないわけ」

 

「それができてる陽キャ連中は強いんだって。勉強ができなくても、それができたら頭はいい」

 

「陰キャがダメって言ってるわけじゃねーよ。俺も陰キャ側だ。陰キャの場合はなにが利点かって、こうして無駄にぐちぐち考えるしなによりいろんなコンテンツに対してどっぷりだから引用の幅が広いんだよ」

 

「アニメ好きっていうのは武器だぜ。なぜなら演技を知ってるから。特に名作って言われるアニメは間だったりなんだったりが丁寧だ。また、はっきりと音でセリフを聴くから話を聴くのが上手になる」

 

「ついでに、感動するお話とかそういうのも他人よりは見てるから感性は磨かれるし、状況に応じた返しもイメージしやすい。さらにいえばコンテンツを作る側にまわる場合の演出の引き出しが多かったりする」

 

「ま、そこまでいくと理想論の部分だけどな。でも例えば小説を書くのが趣味なやつがいる。そいつらは日常的にアホみたいな文字数を書くから、タイピングは早いし他の人よりも文章を書くのが得意だったりする。読書感想文とか、たぶん短く感じるんじゃないかなぁそういう人は」

 

「これっていいことだと思うだろ? でもそうじゃないんだ。量をこなすのが苦にならないっていうのはつまり、自分のハードルを上げてしまっている。必要のないことまで抱え込んでしまう。たとえば──サイトを作るのが得意なやつがいるとしよう。それを趣味にしてるやつな」

 

「そいつが就職して、その会社かなんかが『ホームページを作ろう!』って言い出すわけだ。その場合優先的に駆り出されるのは経験のあるやつだろ?」

 

「え? 言い出さなきゃいいって? あー、まぁそうだな」

 

「いつの時代も正直者っていうのは、すぐ死んじまいそうなやつらばっかだぜ」

 

「──あ、もうこんな時間か。今日の雑談はここまで。それじゃーな」

 

 

 

 

 少しだけ生活がにぎやかになった。

 

 というのも空いていた両隣の部屋に入居者ができたからだ。

 このアパートは遮音性に優れていて、かつ家賃も安めである。

 入ってくる人間は多い。

 ──すぐに出ていくが。

 

 そも、俺がこのアパートでやっていけている理由なんて決まっている。

 俺がどうしようもなく手遅れだからだ。家賃が安い理由なんて曰くがつきすぎているからに決まっている。

 けれど世の中は神秘を舐め腐り恐れることを忘れたものたちがたくさんいるのだ。

 

 俺がそうだ。

 そして厚かましくもこの部屋で過ごしてきて、数年は経った。

 その間で何度も入居者は立ち代わっているのだから、住む場所というのはちゃんと選んだほうがいい。

 それこそケチらずに。入居者までしっかりと調べておくべきだ。

 

 さて、その入居者ふたりなのだが、これが意外といい関係を築けている。

 今の俺の風貌が女のものだというのは抜きにしても、なかなか手応えのあるやりとりができているのだ。

 これは今までの俺では考えられなかったことである。

 

「はい、ハジメさん」

 

「ありがとー」

 

 こんな感じに。

 右隣の部屋に入ったのは女の子だ。幸が薄そうな。愛らしい見た目をしているから心配だったが、この間ベランダに置いてあったツボから飛び出したムカデを巨大な蜘蛛がさっと食べているのをにこやかな笑みを浮かべて見ていたのですぐに失せた。

 料理は得意らしい。

 ただ一人暮らしは不慣れなようで時々質問しにくる。

 それを続けていたらいつの間にか食事を作ってくれるようになっていた。

 懐かれたんだろうか。

 

 インターホンが鳴り、男が入ってくる。

 これが左隣の部屋に入ってきた男。

 

「別にそのまま入ってきてもいいのにな」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「そうですよー。ハジメさんは危機意識薄すぎですー」

 

「俺んちに盗み入るやつなんかおらんだろ」

 

「えぇ……自己評価低すぎ……?」

 

 事実だと思うのだが。

 

 ともあれ、テーブルを囲う。置かれていた食事に向けて手をあわせた。

 

「いただきます」

 

 これが最近のスタンダードである。

 

 

 

 例のバーチャルユーチューバーに目をつけられてから二ヶ月程度。

 俺の周囲で変わったことといえば入居者が増えたことと、動画収益が入るようになったこと。

 それは基本的にはバーチャルユーチューバー・半丁善悪の存在が大きい。

 率先してことあるごとに絡んでくるのでツイッターのフォロワーもまたどんどんと伸びてくる。おそろしい。

 そんなわけで、辛うじて俺は生きながらえていた。

 本当はもっと早くにバイトを探すことになるだろうと思っていたから、むしろこの結果は上手く行き過ぎていて怖い。

 

 焼いた魚をもひもひと咀嚼しながら思う。

 今日は和食テンプレートといえば連想されるだろう三品。魚、味噌汁、米。豪勢なものである。

 実はこの食事について、俺の身銭はいっさい切られていない。すべて隣室の二人が持ってくれている。

 俺も払おうと思ったが、二人が「場所を貸してくれてるので」だの「私達金持ちなんで」だの「ハジメさんみたいなかわいい人にお金を払わせるなんて」だのとよくわからない理由で却下された。

 無償の善意というのは怖いもので、いつそのぶんを請求されるのかわからない。身構えておこう。

 明日の暮らしにも困る身だった俺が、どうにかこうにかやっていけていた理由はここにある。

 

 生活の中でもかなりの負担になる食事がまるっきり浮いてくれたので、なんとか今のままで生きてこれたということだ。

 仕事に関しては完全にクビになった。失踪したということで片付いた。元の姿の俺なんてどこにもいないんだから探しても出てこないに決まってる。

 大変な期間というわけでもなかったからあまり咎められなかったのだろう。これが繁忙期ならもっと大変なことになっていた。

 

 ──さて。

 これで晴れて無職の身となったわけだが、こんな毎日に若干の怯えがある俺がいることも事実だ。

 隣室の二人がいついなくなるのかもわからないのにこのまま依存し続けるのは不味いだろう。

 どうにかして、収益を増やさなければ。

 

「ということなんだけど」

 

 今日も今日とて絶賛配信中。

 

 『つまり絶賛ヒモってことでおk?』

 『隣人に恵まれてよかったね…離しちゃダメだよ…』

 『まだ社会復帰考えてたのかよもう無理だよ』

 『そもそも成人した女がその服装なのはいやー……』

 

 と言われ、服装を見下ろす。

 男時代の服装だ。白Tシャツにズボン。選ぶのに苦がないしそれなりに快適だし何一つおかしいことはないと思うが。

 ジョブズやアインシュタインも服を選ぶ時間が無駄だとして適当なものを着てたらしいし。

 つまり俺は何一つ間違ってはいないのでは?

 

 『心の声が聞こえてくる迫真の首傾げ』

 『そんなかわいい仕草してもだめです』

 『そりゃ隣人さんも世話焼くわ』

 『警戒心のなさと世間知らずと謎の負けん気が重なって自然界ではすぐ淘汰されそうな女』

 

「そうでもなくない?」

 

 さて、ここで一つ思想の話をしよう。

 人間には欲求の段階がある。高校教育でも習うことだ。知らない人は少ないだろう。

 人は一つの欲求が満たされることでより高次元の欲求を抱くようになるというもので、その最低段階は生活。

 日々に苦しいものたちが着飾る余裕もないように、目の前の事態をどうにかすることでいっぱいいっぱいになった状態ともいう。

 

 つまり俺が着飾ろうという欲求がないのはこの生活のせいであり、それがどうにかなれば俺だって普通に見せるための服装をするようになるはずなのだ。

 つまり俺が着飾らないのは現在の貧困生活が悪い。

 お金をください。

 

 『そうはならんやろ』

 『曲解して自分の不都合を他人のせいにするな』

 『そもそも余裕のない人間って足元見られやすいからなー』

 『頼むからちゃんと着飾っとけ? ハピコちゃんにいろんな人が優しいのはあれよ? ランクが下すぎて敵にする気にもなれないどころか施さなきゃって気分にされるからよ?』

 『俺たちみたいなネットの底辺からも介護しなきゃってなるのさぁ……』

 

「まぁ自覚はしてるけどな。俺ってわりと考えクズなところあるし」

 

 考えクズってなんだろう。

 とっさに口から出た言葉に自分で首を傾げる。

 

 視聴者の言っていることは一切の脚色などなしの事実だ。俺は要介護者のような容体である。

 弱さというのは行き過ぎると施しを招くのだ。

 進撃の巨人もそういってた。

 つまり自然に弱い俺は他人に奢らせるプロということではないだろうか。

 

 なんて馬鹿げたことを考えながら、ぼーっと思考を張り巡らせる。

 なにについて語ろうか。聖婚についてでものんびり語ろうかと思ったところで、

 

 『半丁善悪:介護させて』

 

「出たな変態」

 

 『辛辣で草』

 『残当』

 『残当……?』

 『……残当』

 『残当!!!!』

 『審議すんな』

 

 こいつはよく生放送にやってくる。ひょっとするとコメントしてないだけでずっと見ているのかもしれない。

 そう思うと寒気がする。

 

 『引いてるじゃんw』

 『かわいい』

 『ハピコちゃん、かわいい!』

 『やめろやめろ!!』

 『ヌッ!!』

 『メニャ……?』

 『なんで今のワードでメニャーニャに結びつくんだ』

 

「なんでお前らざくアクに詳しいの?」

 

 ざくアクとは。

 フリーゲーム・ざくざくアクターズのことである。

 無料で百時間遊べるRPGとの文句通りに普通に百時間遊べる。強い。

 

 ちなみにざくざくアクターズにはハピコというキャラがいる。視聴者から名前被りを指摘されてプレイしたので(メインストーリーはクリアした)、まぁ全員が同じようにやったとなると理解はできる。

 やっぱできない。

 

 『半丁善悪:おかげで配信のネタになりました。結婚してください』

 

「あー、見た見た。おもしろかったけど声が隣人にめっちゃ似てて腹立つ」

 

 『見たのか……(困惑』

 『イルヴァの回復で発狂してたの笑ったわ』

 『もっとやばいのがいるんだよなぁ……』

 『もっと絵描いて(はーと)』

 『はじめて半年なのに絵がうまいのずるい……』

 

 絵。

 こいつの絵を見たことがないため、なんともいえないが。

 興味が湧いたので早速検索。ツイッターのメディア欄を遡っていくと、一枚のイラストが投稿されていた。

 

「俺じゃん」

 

 『半丁善悪:偶然ってこわいね』

 

 『はたしてほんとに偶然か?????』

 『ストーカー説……』

 『動画投稿始めた瞬間から捕捉してたしふつーにありえるのがこわいわ』

 

 『半丁善悪:偶然偶然』

 

「まぁ偶然よな。時期的に」

 

 俺は動画投稿を始めた日に女になった──正確には女になった日に動画投稿を始めたので、それ以前に投稿されてるこいつのイラストは俺をモチーフにしたものではないはずだ。

 他人の空似だろう。

 もともと第一声が『すげータイプ』だったわけだし。

 

「冷静に考えて、二ヶ月で収益化ってすごくない? 企業とかのやつは期待とか信用とか一定の保証があるのに対してこっち個人だぜ? しかもやってることのべらと適当に話すだけっていうな」

 

 『話が上手なのが悪い。もっと話せ』

 『力仕事してたってのが信じられんわ』

 『握力は未だに詐称疑ってるからな』

 

「あー、それな。じゃあもうそれでいいよ」

 

 ──動画投稿の頻度は高い。

 というか、毎日投稿している。そのうえ配信も両立しているのだから、なかなかにクリエイターなのではないかと自分を褒めたくなる。

 昔からよく回る舌だ。こいつがあってよかったなぁ、と思う。これがなければ、自分はもっと苦労していただろう。

 

 だが、けれど。

 どうして俺はこんなことができるようになったのだったか?

 

 

 

 

 ──俺は見た。

 

 些細な齟齬。言い回しのかけら。ボタンの掛け違い。たった一つの些細なことがきっかけで時にはとんでもないことが起こる。優秀な人間の選別。その基準は従順。さながら鉄骨渡り。滑り落ちれば這い上がることはできない。正しさへの背信。過ちの黙認。

 恵まれている人間だ。ああ、そうだ。それはそうだ。俺は恵まれていた。容姿も、生まれも、恵まれている。

 俺は生まれながらにして勝っていた。だからこそ俺が滑り落ちるべきだった。できることが多い人間が、恵まれた人間が、帳尻をあわせるように率先して不幸になるべきだった。そしてその立場に立って今俺は他人を妬んでいる。

 全てはどうしようもないことだった。結局、俺の意見は恵まれた人間が「もっとこうすりゃいい」と言ってそれきりで放り出してしまうような、独善的で、まったく本質を見ていない発言でしかない。

 

 相互理解は望めない。

 世界の人間は二つだ。

 

 自分か、自分以外か。

 選ぶ先など決まっている。

 

 決まっているのに、俺はなにを馬鹿なことを考えていたのだろう?

 

 俺が間違えば、他人に警句を発せる。

 そんなことを思っていたなら自惚れだ。

 人は決定的に、自己と他者を区別するのだから。

 

 他人の警句ごとき、誰も気にしてなどいないのだ。

 

 

 

「……んー、そろそろ切るわ」

 

 『また急に……』

 『いかないで』

 『明日もして』

 『いっていいよ』

 

 『半丁善悪:いかないで』

 

「じゃあな!!」

 

 そして配信を停止する。

 

 最後に「草」というコメントの波が流れるのを見て、完全に切れたことを確認して、立ち上がった。

 パソコンは放置だ。勝手にスリープモードになるだろう。

 

 外に出た。街を見た。

 

 活気はなかった。長閑といえるだろう。けれども、確かに生きていた。

 

 ここには全てがあった。にわかな動揺のようなざわめき。互いに触れ合うことはない、決して通路が埋め尽くされるわけでもない。

 互いが互いに対して不干渉。どこかひどく冷酷な響きのあるそれ。けれど、そう、けれど。

 

 ここには全てがあった。

 そして俺は確かに、ここに生きていた。




 ざくざくアクターズをやってください
 ついでにメルクストーリアもよろしくおねがいします

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