明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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同類相憐れむ

 安心できるだけの金がほしい。

 

 誰もがそう思っているはずだ。世の中は金だ。金がすべてだ。金さえあればなんだってできるし、金がなければろくなことはできない。

 だがなんにしたってあぶれるものはいる。金を真っ当に稼げない人間。社会に迎合できない人間。あるいは夢馳せ破れた名前のない誰か。

 そりゃあそうだ。誰もがちゃんと正しく生きていけるわけではない。

 正しいことばかりが正しさというわけでもないということもあり、なんとも世の中はやるせない。

 

 だから俺は間違いを否定したくはない。誰にだってそういうことはあるだろう。それがただ表出するタイミングがそれだったというだけ。

 潜在的に間違い続けている人はそれこそ無数──ひょっとしたら人類すべてがそれかもしれないというほどに、存在するのだった。

 

「だからね、気持ちはわかるんだぜおにーさん。俺だってひょっとすりゃあ同じことするかもしれなかったんだし」

 

「なんでお前そんなに落ち着いてるんだよ!?」

 

 おっと。うるさくても耳を塞げない。なぜなら現状は後ろ手に捕らえられているから。

 どういうわけか。どうしてこうなったのか。

 そんなのは俺のほうが知りたいが、とりあえずわかっていることだけ述べるとするならば。

 

 ──誘拐である。

 

 

 

 

 最近どうにも周囲の道徳心が欠けてる気がするな。そんなことを思いながら、リサイクルショップをあちこち回る。

 できることなら新品でなにもかも揃えたいが、あいにく店頭で触れるにはちょっとニッチなジャンルというか。だいたいネット通販でしか姿を見ないものなのでここに来た。

 通販で買えよと思うが、一度だけ触ってからしっくりきたものを選びたかった。

 そして目当ての物が見つかり若干浮足立って家に帰ろうというタイミング。

 そこで、俺は彼と出会ったのだ。

 

 見るからに不審者ですと言ったニュアンスを漂わせる目の揺らぎ方と、前傾でポケットに手を突っ込んでがさがさと弄んでいるそれ。

 まぁ間違いなく中身になにかあることは推察できる。それが凶器でなければまだよかったが、残念ながら普通に刃物。

 向けられた俺はというともう投降するしかない。そもそも間合いに入られてる時点で対応は無理だろう。

 

 そのままずるずると彼の家と思しき場所に連れてこられて今に至る。

 

 俺の家の周辺は異常なまでに人通りが少ない。だから周囲の助けは期待できそうにもなかったわけだ。

 

「おにーさんゲームとか好きなの?」

 

「なんで答える必要がある」

 

「だってパソコンのグラボごついし。結構慣らしてた感じかなーって」

 

「最近のJKはグラボとかわかるの……?」

 

 首を傾げられた。

 別に俺はJKじゃない二十八歳一般人なわけだけれど、そこの誤解は別に解かなくてもいいだろう。そもそもなんでJKだとか思ったのかがわからない。

 

「俺はさー。ざくざくアクターズ大好き人間なわけよ」

 

「はぁ」

 

「知ってる?」

 

「知らない」

 

「マジ? やったほうがいいぞ。フリゲだから無料だし。ほれ今すぐDLしろよ」

 

「なんでこいつこんな余裕なの……?」

 

 別に怖くないからじゃないかなぁ。

 

 そもそも震えながら刃物突きつけるような人間がどうこうできるような気力もないだろう。

 なるほど、別に怖くはないな。

 

 マジでパソコンにざくアクをインストールし始める相手を見て律儀だなぁと思う。

 

「ツクールのRTPって何?」

 

「ランタイムパッケージ。基本情報みたいなものかな。ツクールの汎用データをダウンロードするみたいなもん……だったはず」

 

「VXAceってやつでいいの?」

 

「おう。それをダウンロードして、そっからインストールするわけ」

 

「なるほど」

 

 なんだこのやり取り。

 少しして、インストールが終了。ゲームが開始される。

 

「画面ちっさいのな」

 

「フルスクリーンに出来たはず」

 

 ボタンは忘れたが。いつもそうしなかったから違和感がなかったわけだ。

 

「なんでこの子でちでち言ってるの?」

 

「でち子だからだよ」

 

「あざといね」

 

「お前国王に向かってなんだその言い草。刺すぞ」

 

「刺す!?」

 

 なんだこれ。

 なんで俺ざくアク布教してんだろう。これがわからない。

 

「あー、こういう戦闘システムね完全に理解した」

 

「結構TP管理とかの駆け引きがあって楽しいぞ」

 

「マジで? よっしゃ頑張るわ」

 

 とりあえずベルベロスとハピコと福ちゃんが仲間に。

 次はヘンテ鉱山に向かうというところ。

 

「これさぁ、楽しいの?」

 

「まぁまぁ。これからなんだって……この鉱山の次から結構面白くなってくるからさぁ」

 

「ふーん……じゃあそうするけど……」

 

 そして道中全スルーしつつ、鉱山の奥へ。

 ニワカマッスルが加入。かなり急ぎ目だが、大丈夫だろうか。

 特にこの次のボスは序盤の難所というか。

 かなりボスが強めなので大変なのだが。

 

 

 一時間後。

 

「雪乃ちゃん……!」

 

「ゆきのんかわいすぎるんだよなぁ……あれ? 泣いてる?」

 

「目にゴミが入っただけだって」

 

 雪乃イベントでそのセリフはやめろ。

 

「あー……くそ……このゲーム面白いなぁ……」

 

「だろ? 結構バランスとか面白いだろ? オープンパンドラ使える前提の難易度だからそりゃあそうなんだけどさ」

 

 これは名作ゲームですね。

 

「あのさー」

 

「ん?」

 

「そろそろ腕のこれ解いてくんない?」

 

「あ、ごめん。……いや待ってしれっと馴染んでたけどなんでお前そんな余裕なんだ」

 

「今更かよ」

 

 なんで馴染んでるんだよ。

 

 ため息一つ。床に足をごんごんとぶつけてはよ除けろとアピールする。

 ようやく解放された腕を伸ばして一息。

 

「じゃあざくアク進めよっか」

 

「なんでそんな余裕なんだ」

 

 そればっかりかよ。

 

 周囲を見回す。

 部屋の配置としては、やけに古めかしい装いだ。そして和風の建物である。おそらくはずっと昔の代からここに住んでいたのだろう。

 

 部屋はそこそこ清潔にされている。

 埃っぽさはあるが、それでもモノが散らばっているなどはない。

 いや、たぶんだがこれはあんまり部屋に帰ってきていないんじゃないだろうか。

 だから物が溜まらないということだろう。

 

「質問していい?」

 

「なに?」

 

「最初に、なんで俺を襲ったわけ?」

 

「会社にクビ切られた。稼げないし人生詰んだからいっそムショ入りしようかなって」

 

「理由がひどすぎるんだけど」

 

 だがそうか。意外と嫌いじゃない。俺だって何度かそうしてしまおうと思ったことはある。実行に移すことはなかったが、そういう衝動があったことは否定できないのだ。

 だからしない。だって、そう思った時点で五十歩百歩。同じ穴にいるのだから。

 

「どこの会社?」

 

「サウンドクリエイター。ちっちゃいところだけどな」

 

「マジ? なんでクビになったのさ」

 

「単純に会社の経営難。売れない音作るやつはいらんのだとさ。妹のCDくらいは担当したかったけど無理だったわ」

 

「妹いるんだ。へぇー」

 

「えーと……たぶん、お前より年上だよ。ちょっと夢を売る仕事してんの」

 

「アイドル的な?」

 

「いいや、ネットのほうの……」

 

「言っちゃ駄目なやつ?」

 

「あんまりよくない」

 

「オッケー、聞くのやめとくね」

 

 にしても、音楽業界でそういうことあるんだなぁ。

 

「独立とかできるんじゃないの? そういうのって」

 

「まぁそうなんだけどさぁ……」

 

「どんな曲作ってるわけさ」

 

「えーと……これ」

 

 と、言ってパソコンから再生されるのは聴いたことのない曲だった。

 独特というか、なんというか。あえて王道な雰囲気から外している曲。意外と嫌いじゃない曲だ。

 

「いいじゃん」

 

「個性って売る視点から見るとあんまいらないんだよ」と、言って彼は即座に再生ソフトを消した。「つまりはさー、こういう業界は『無難』なものが重要視されるわけ。個性が必要なのは特定のハマるアーティストくらい。んなことわかっちゃいるけど消し方がわからん。面白みのない曲になるのが嫌すぎる」

 

 つまり、と言って。

 

「向いてないわけだ」

 

「いいじゃん。じゃあ一曲作ってくれよ」

 

「は? ……いやいや、そんなん急に言われても困るんだけど。そもそもお前、作ってどうするんだ」

 

「公開する」

 

「はぁ?」

 

 俺の言葉に心底わからないと言った顔をする彼。そんな顔をされたら困る。

 はぁ、と言って、パソコンを少し突かせてもらう。YouTubeで自分の動画を検索。

 

 この間のイラスト練習のまとめ動画を再生。

 

「これ、俺」

 

「え、嘘ぉ」

 

「マジなんだけど……」

 

「え、でも」

 

 指差されたのは服だ。

 

「クソダサファッションじゃないじゃん?」

 

「なんで俺イコールクソダサファッションなんだよ。単純に服を選ぶのが嫌いなだけだ」

 

「それもどうなの……っていうか……え、マジ? 嘘だぁ」

 

 ちょっと待って電話してくると言って、彼は少し席を外す。一体どういうことだろうか。わからない。

 首を傾げていると、彼がすぐに戻ってきた。一体なんの電話だろうか、と思ったがはぐらされるので困る。

 

 そして待つこと三十分ほど。

 

 

「どうも、お久しぶりですハピコさん」

 

 

 そこには高山ソラが立っていた。

 

 

 

 

 常人よりも頭のどこかがブチ切れてる兄妹が俺の前にいる。

 かたや捕まるためにいきなり刃物を向けてくる危険人物。

 かたや初対面の相手にいきなりキスをぶちかましてくる危険人物。

 どちらも人が絶対に越えない線引をしているラインを簡単に飛び越えてくる怖いやつら。

 

 まぁ俺に実害がないから別にいいや。

 俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。苦言を呈されても知るか。

 

 とはいえ高山兄の暴挙は妹からしても目に余るようで、俺の目の前にはボコボコにされた彼が頭を下げている。

 

「すみませんでした」

 

「俺は別にいいんだけどさぁ……」

 

「そういうところが警戒心ないって言われる原因なんですよ?」

 

 そこを突いてきたお前が言うな。

 

「でも、ハピコさんって他人に対して一切興味がないですよね? 例外は家族と……あの二人だけでしょうか」

 

「やめろやめろ心を読むんじゃない」

 

「わかりやすいほうが悪いんですよ?」

 

 お前みんなに対してやってそうじゃん。

 くすくすと笑う彼女は、たしかにこの部屋で育ったような雰囲気がある。

 

「ここ、今は高山兄しか暮らしてないの? 親は?」

 

「とっくの昔にいませんよ」

 

「ごめん」

 

「いえいえ、多分想像してるのとは違いますよ。私が中学生のときに消えました」

 

「だから頑張って就職したってわけ。クビになったけどな。萎えるわー」

 

「へー。じゃあ俺んちに結構近いんだよな。ひょっとしたら会ったこととかあるかも」

 

「……? ハピコさんみたいな人、見た覚えがないんですが……」

 

 まぁそうだろう。それは今の俺じゃない。

 そんな事は言う必要もないから、黙っておく。

 

「じゃあ、すれ違ったこともないんだろう」

 

「そうでしょうか。……いえ、そうですね。たぶんそうなんでしょう」

 

 そう言って、彼女は黙った。

 

「そういえばさぁ」

 

「はい?」

 

「高山兄はドモールのほうに売り込んだりしないの? BGMとか作れる?」

 

「え? まぁできるけど」

 

「じゃあそっち行ってみれば?」

 

「……カイラさんならまぁ、否とは言わないでしょうけど」

 

「駄目か?」

 

「俺が嫌なんだよ」

 

「人に刃物向けるようなやつが四の五の言ってる場合か?」

 

「ごめんなさい」

 

 全く、道徳心がない。どうしたことかこいつ。

 

「でも待ってください。私の推薦ならそりゃあ、カイラさんも無条件で認めてくれると思いますけど。それには兄に相応の実力がないと迷惑なだけです」

 

「お前そんな信用勝ち取ってんのかよ……まぁ、だからさっき言ったことをしようぜって話」

 

 俺は今日買ったものを取り出した。

 MIDIキーボード。音楽制作に使われるもの。

 

 そういうわけだ。

 最近ギターを用意したのは歌枠のため。これに関しては完全に別で、少しばかり自分自身の曲を作ってみようかと思ったのだ。最近のちょっとした心の変化。俺がこれから踏み出せるように、これはする必要があった。

 だが、そこらへんの知識が俺にはまったくない。できる人に依頼するのがそりゃあ一番いいのだが、それにしてもコネがない。

 そういうことだ。

 

 だがこのタイミングでちょうどよく作曲ができる人間が現れた。

 まるで仕組まれたかのように。

 

「ということで、俺のオリジナル曲を作りましょうのコーナーどうでしょう」

 

「ポートフォリオにはなりますね。ありじゃないですか?」

 

「え、マジ? 仕事ってんならやるけど……俺の曲って一般的じゃないぜ?」

 

「むしろそっちのほうがいい」

 

 だって。

 

「無難な曲はつまらないんだろ?」

 

「んー……まぁそうなんだけどさ」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして新曲の打ち合わせを始める、というタイミングになって、俺は一つの疑問を投げかける。

 

「ところで高山兄。どうして俺を狙ったわけ? 他にもいろいろいただろ? ここがまったくわからないんだけど」

 

「……さぁ、なんでかな。直感。誰をやろうかって考えてて、でもいろんな人が通るたびに『これじゃない』って感じがするわけだ。

 ハピコちゃんだけが『ああ、()()()()()()()()()』っていう感じの予感がしてさ。だからそうした。はた迷惑な話だけど」

 

「ほんとだよバーカ」

 

「マジでごめん! 無罪放免なのマジで嫌なんだけど!」

 

「だからタダ働きしてんだろうがお前さぁ」

 

「実質無罪みたいなものでは……?」

 

 話しながら考える。

 

 俺に向けられている好意のほとんどは、特段理由を持たない。当然のように、仕組まれたかのように。何もかもが俺に忖度しているかのように、何もかもが都合よくできてしまっている。

 自分自身を物語の主人公だと思うのは当然だ。誰もが自分の人生の主役で、誰もが主人公なのだから。だがそれがもっと大きな主人公の前ではモブ扱いにしかならないだけで。

 

 そんなものとは次元が違う。恐ろしいくらいに、何かの力が働いているかのように何もかもができすぎている。

 半丁善悪が俺の動画を偶然発見し、偶然俺をコンビニで発見し、そして偶然にも俺の家の隣になふだと引っ越してきて、そして偶然にも俺が心を許せるうちの片方になっている。

 

 そして半丁善悪は俺が女になる四ヶ月に俺にしか見えない女子のイラストを描いている。

 

 今回だってそうだ。

 まるで仕組まれたように。

 高山ソラの兄が、俺の求めていた音楽クリエイターで。そして偶然にも俺に目をつけ、確実に俺に従わざるを得ないような状況になっている。

 

 懐かしい。この感覚。しばらく感じてなかったものだ。恐ろしさで体が震えそうになる。

 覚えている。

 子供のときにもあったのだ。こういうことが。

 

 そして妹は死んだ。友人だと思っていた相手はいなくなった。父親は殺された。

 

「なぁなぁソラさんや」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「俺のこと、初めて見た時どう思った?」

 

「そうですねぇ……似てると思いましたよ」

 

「誰に?」

 

「お母さんに。見た目だけですけどね」

 

「はぁ。ところでそのお母さん、何歳のときにいなくなった?」

 

「……? 二十八ですね。あ、ちょうどハピコさんと同じくらいですか?」

 

「嘘っ!? そんな年齢なの!?」

 

 わからない。

 わかりたくない。

 けれど、おかしいと思った。

 

「父親は?」

 

「……さぁ。覚えてないです」

 

「シングルマザーだった?」

 

「ええ。お金の援助自体はあったらしいですけど」

 

「あともう一個。高山兄とは何歳差?」

 

「二歳差ですね」

 

 なんだそれ。

 

 さっきの発言と合わなさすぎだろう。

 ぞっとする。

 

 何かが繋がりそうになった。けれどまったく繋がってはいない。

 少しだけ痛む頭。俺は何かを忘れているのだろうか。

 どうかはわからない。

 けれど、今はただこのわけのわからなさだけがあるのだから。

 それに満たされている。決して気分はよくない。

 

 気分がいいわけがないんだ、いつだって。






 急に雰囲気が変わったかもしれません。ごめんなさい。TS理由だけファンタジー方面に足突っ込んでるんですごめんなさい……。


 ハピコちゃんは戯言シリーズ好きだったりしますよ。

番外編をするとしたら

  • 過去編
  • 公式ライブ
  • なふだちゃんお家騒動
  • 全部
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