明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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「すごく心地がよかったせいです」

 

 

 

 夢を見ている。

 

 これが夢だとすぐにわかるのは、これまでになんども経験したことがあるからだ。畳の上。古ぼけたブラウン管のテレビ。それを眺めている。内容は見たことのないものだ。俺の視点ではない。誰か、知らない人間の視点だ。

 さながら他人の夢を眺めているような感覚。俺にはまったく実感がないが、それでもたしかにそれはあったことなのだろう。

 

 こういう夢は、時々見る。いつも見るというほどではないが、それなりの頻度で見る。だからもう慣れた。最初に見たときも、特に動じることはなかったが。まぁそういうわけだ。だからこそ今日もまた普段通りにのんびりと眺めている。

 普段は誰かの視点から、ぐだぐだとした日常が流されている。

 ところが今日はそれとは違った。また別だ。それも嫌な方向に別だった。

 

 小学生ほどの子供だろうか。彼らが歩いている。その近く、目立つ顔立ちのくせに妙に意識に入らない男が立っていた。それを見ている俺は、時折漏れるため息から考えるに女だ。今の俺よりか少し年下だろうか。

 一人、たしかに見覚えがある。どころか忘れたことがない人間たち。そして少年たちもどこか誰かに似ている風貌。

 

 父親が確かにそこにいた。

 

 少しだけ人の波があるその通りを歩いていた。いつもどおり、無駄に整った顔を眠たげに染めて。

 そこに正面から突っ込んでくる車がある。法定速度は当然のように超過。どれだけの速度を出しているのか、と言うほど。

 運転している人間は、見覚えがある。もやがかかっているけれど、たしかに見覚えがあった。なるほど。これはつまり、父親が死んだ瞬間の場面ということだ。

 全く悪趣味なものだ。俺が立ち会うことのできなかったそのシーン。それを目の前で垂れ流されている。

 誰がこんなことをしているのか。なんでこんなことになっているのか。わからない。俺の捏造と言われれば受け入れざるを得ないだろうが、それでも妙なリアリティを持って映像は流れ続けた。

 

 当たれば人が弾け飛ぶやも、と疑うほどに唐突に突っ込んでくるその車。当然、それに対して完全に対応することのできる人間なんて少ない。

 だから至極当たり前に視点主と、少年たちは逃げ遅れた。

 そして父は。

 

『ふんっ』

 

 車を両手で正面から止めた。いや待てこれは夢だ。捏造だろう。俺の捏造と言ってくれ。普通は無理だろ。絶対ありえない。いや……けど……父親ならやりかねない。少し迷ってから捏造だと考え直した。

 

 さて映像のほうはというと、まだ父親が車を正面から留めている。車輪は盛大に回転しているのにも関わらず全く動くことはない。

 なんだこれ。

 

『──ああ、そういうことか。ほら君たち。さっさと車の前から逃げなさい』

 

 画面が揺れる。視点主の女性が、逃げるためにさっさと退散したのだった。小学生を助け起こしつつ。

 

 既視感がある顔だ。

 まるでその二人は、半丁善悪と──青玻璃カイラのようじゃないだろうか?

 

『あ、貴方はどうするんですか!?』

 

 叫ぶような声。聞き覚えが少しある。まるで俺の声みたいだ。動画で録音される俺の声のようだ。つまりこれは、俺の今の体ということだろうか? ひょっとするとこの奇妙な現象の理由がわかるのかもしれない。

 問われた側である父親は、『んー』と小さく首を傾げ。

 

『まさか君に恨まれてるとか思ってもなかったんだけど。……まぁ仕方ないか。僕の腕ももう限界だし。

 ──ああ、そこの君。君だよ、君』

 

 顔をこちらに向けて話しかける父親。まるで朝食の味の感想を語るように、彼は言ったのだ。

 

 

『たぶんこの後来る僕の家族に、遺言を頼む。

 ──「僕のようにはなるな。独りで生きるな、大勢に好かれる人間になれ」って。

 ま、言うまでもなくそうなってんだけどさ』

 

 

 そうして、父親はあっさりと車から手を離した。

 勢いよく飛び出した車が相当な勢いで壁に激突。

 前面を酷く壁に擦りつけながら大体二百メートルほど前進して、ようやく止まった。

 

 衝突した相手の生死なんて、語るまでもない。

 

 

 モニターの電源を手を振ることで消し去った。そしてそのまま後ろに倒れ込む。

 ああ。お前の遺言通りだ。俺は父親のようにはなってない。今は一人ぼっちじゃない。好かれているといえば好かれているのだろう。

 

「この部屋、煙草ないの?」

 

 手をぶらぶらと振れば煙草が指に収まった。融通利くじゃん。指先に火を灯してみて、そうしてヤニカスへと成り下がる。

 まるで代金代わりかと言うようにモニターが勝手に点灯。そこから流れるのは、それ以前の話だった。

 

 そこに映し出されたのは。

 

 舞台の上で羽織のような民族衣装を着て演技をしている、昔の俺の姿だった。

 

 

 

 

 目が覚める。

 体にかけられている毛布を剥がして起き上がると、だるんだるんの服を着ている自分に気づいた。

 肩とか普通に溢れてるし。大丈夫かこれ。ズボンもズレている。下着だけ間違えてないのはなんだろう、慣れだろうか。

 しかもそれは濡れてびしょびしょだ。寝汗でもかいたのだろうか。

 

「んー……っはぁぁぁぁぁ……」

 

 手を伸ばしてみると、袖がずるりと落ちてきた。

 サイズが合ってなさすぎる。大丈夫じゃないなこれ。

 とりあえずは顔を洗ってくるとしよう。サイズの合わなくて鬱陶しい服を脱ぎ捨てて、下着姿で洗面所へと向かう。顔を洗って、ささっと歯を磨いて、タオルで体を拭いてそのままのそのそと歩いてくる。

 

「俺、どんな夢見てたんだっけ……」

 

 覚えてない。こうなるということは相当問題のある……というか、何かしら心に刺さるような夢だったのだろうが、その詳細がまったく思い出せない。

 こういうことは時々ある。しょっちゅうというほどはないから、時々としている。睡眠は一日の情報整理の時間でもあるから、ひょっとすると昨日感じた恐怖がそのまま顕になった可能性がある。

 

「……………………」

 

 部屋の鍵をかけた。

 鏡を用意。下着を少し下ろして。

 

「……確認できるものじゃないよな」

 

 すぐにやめた。別に恥ずかしかったわけじゃない。ちょっと怖かったわけでもない。それがあってもなくてもなにも変わらないよな、という話でしかないのだ。

 運動でなくなることもあるって聞くし。だから忘れよう。

 わからないものはわからないままで置いておいたほうがいい。

 

「……おっと」

 

 着替えてカーテンを開くと、窓の外を叩く小さな姿を見た。窓を開けると小さく鳴いたそれは、いつかに見つけた野良猫だ。

 見上げてくる首を撫でると、愛らしくも声をこぼす。かわいい。でもどうやってこのベランダに登ってきたのだろうか。

 

「よしよし」

 

「ハジメさーん? 鍵開けますよー?」

 

「あ、ごめーん」

 

 なふだの声。扉を開けて彼女を部屋へと招き入れる。

 

「鍵かけるなんて珍しいですね」

 

「そりゃあ俺だって鍵することくらいあるよ」

 

「いっつもしないじゃないですか」

 

 そう言われると困る。

 ベランダに戻ると猫は消えていた。一体どこにいったのか。まぁ人がきたから逃げたのだろう。

 確かになふだは怖い。厄除けかなにか知らないが、ベランダで蠱毒作ってたし。

 呪いを以て呪いを制すのやめろ。

 

「……ハジメさん、ひょっとして魘されたりしてました?」

 

「ん? ああうん。たぶんそうだと思う。なんでそう思ったの?」

 

「私は天才ですから。ハジメさんのことならなんでもわかるんですよ。

 っていうのは冗談として、単純にそういう色でしたから」

 

 人の感情の機敏に敏いやつだ。目をそらすようにパソコンを点けた。

 

 YouTubeとTwitterを開いて、椅子にもたれかかる。

 『じぐざぐ』メンバーの配信を流しながら、のんびりと調べ物をする。

 

 ネットに上がっている一つの動画を見つけた。

 かなり前に上がっていて、正面から撮影されているそれ。映っているのは昔の俺だ。

 

 なんとなく、これを見るべきだと思った。

 あんまり良い記憶もないが。一人二役どころかもっとだ。雰囲気で演じ分けをするにも限度があるってものだろう。

 無理に決まっている。

 

「これ、なんですか?」

 

「一人芝居。一人五役くらいするやつだよ。小学生が」

 

「はぁ。それは無茶な──待ってください。これ小学生ですか?」

 

「小学生だよ?」

 

「あの……性別、どっちですか? 彼? 彼女?」

 

「男だよ」

 

「嘘でしょう」なふだは、さも驚いたかのように。「全く見えない」

 

 見えないとは酷い。このときは女性の役をやっていたからそうなるわけであって。普通にしてたらまず男だと思うはずだ。

 女子と間違われたことは、この劇のように男女兼用の服装をしているときくらいだった。

 だから別に俺が女っぽいということはない。

 

「……あれ。これ、ハジメさんじゃないですか?」

 

「どれ?」

 

「ほらここの。ぼやけてますけど、髪型とかハジメさんっぽいですよ?」

 

「お、おー……マジだ」

 

 服装はまるで違うが。

 だいたいこの姿になったときの俺に似た髪型の女性がいた。というかまったく同じだろう。彼女はじっと俺を見つめていて、上演終了少ししてからすぐに出ていった。この後のフリートークには参加しなかったようだ。

 こんなに早く出ていたのなら、楽屋に戻ってから給水してホールのフロントに向かった俺とは遭遇しなかっただろう。

 スタッフさんも準備はできていなかったはずだから、そのまま素通りで帰ったことになる。

 

「見に行ってたんですか?」

 

「まぁね」

 

「なるほど」

 

 そこまで見て、動画を切った。

 

 謎が増える。彼女は俺の公演に来ていたのか。本当にこの体の持ち主かはわからない。けれど、もし本当にそうだとして。じゃあなんでこんなことになってしまったのか。

 

 わからない。何もかもがわからなくなる。パソコンには適当に高山ソラの配信を映しながら、俺は背もたれに倒れ込む。

 

 スマホで調べたこと。

 父親──戦火全師(ぜんじ)の死亡背景。

 調べても特に明瞭なことは見つからなかった。つまりここで手がかりは絶えている。

 投げ捨てて、上を見る。

 

「なふだー」

 

「はいはい、なんですか?」

 

「思い出したくないことってどうやって思い出してる?」

 

「そうですねー……勝手に思い出すまで待ってます」

 

「そっか」

 

「そうじゃないと思い出せないでしょう?」

 

「まぁね」

 

 とのことだ。つまりは、俺が思い出せるまで待つしかないのだろう。

 

「煙草吸っていい?」

 

「いいですよ。ご飯作っておきますね」

 

「やったぁ。今日はなに?」

 

「昨日の残りものに一品足しますよ。今のところなにも決めてないですが」

 

「了解。じゃ、ベランダいるね」

 

 煙草の煙を空へと流す。

 

 いつの間にかまた現れた猫が、俺の手にすりついた。

 

「お前はどこに隠れてたんだ?」

 

 わからない。もうなにもわからない。

 俺の中に大量にある、封じ込められた過去。それを一つひとつ紐解いていかないと、わからないことがある。だからわかるためにはそうしなければならない。

 

 煙草は嫌いだった。嫌いだったはずだった。けれども最近は嫌に吸いたくなる。酒は苦いから嫌いだ。けれどそれもまた、笑って飲み干せる日が来るとするのなら。

 きっとすべてがわからないときしかそうなってはいけないのだろう。だから遠ざけるべきだ。わかっている。

 

「──大丈夫。思い出せる。思い出せるさ、いつだって」

 

 

  ──俺は見た。

 

 

 過ちを紡ぎ続ける箱。すべてを叩き壊した俺。すべてを敵に回した俺。そしてそのすべてに勝ってしまえた俺。優秀な人間の選別。その基準は従順であるが、しかしそれがすべてとは限らない。すべてを叩き壊してしまえる人間は腫れ物に触るようにその枠外に追放される。優秀だけどイカれてる。戦火ハジメには近づくな。狂人。それが俺に貼られたレッテル。そしてそれは何一つ間違っていない。友人なんていなかった。

 恵まれている人間だ。ああ、そうだ。俺は恵まれている。才能に恵まれた。だからこそ、たった一人でも生きていけた。友人なんていなくても生きていけた。

 けれど一人で生きることのできない人間はいる。俺と親しいこと。それが途端に重荷になったのは、そう。俺のせいだ。だから俺から縁を切る。切ればいい。切ってしまえばそれで終わる程度のものでしかない。そんなものに縋るしかない人生なら、本当に詰んでいる。かわいそうだ。

 

 相互理解は望めない。

 世界の人間は二つだ。

 

 自分か、自分以外か。

 選ぶ先など決まっている。

 

 だから。

 

「俺は俺を優先するべきだったんだろう」

 

 少しばかり、血迷った結果。俺は友人のためと思いながらもすべてをぶっ壊した。

 それが間違っているのなら、俺は俺のためにそうするべきだったのだ。

 

 結果として今こうして煙草の煙を見上げている。それだけだ。

 それだけで、だいたいすべてが伝わるだろう。

 

「……ん、なふだ。なんだよ」

 

「人肌が心地いい季節になってきましたねー……」

 

 最近周囲に話聞かない人間増えてきたよな。

 

 まぁいいや。肌が触れ合う感覚は心地いい。後ろから抱きついてきているなふだをそのままもたれさせる。

 

「昼はどうしたんだよ」

 

「冷凍してたお肉の解凍中ですー。今はちょっとだけこうしてていいでしょう?」

 

「まぁいいけど」

 

 日の光と、なふだの体温。二つに包まれて心地よい。少しだけ眠くなってくる。

 

「あれ」

 

「あ、おはようございます」

 

「ああ、おはようございます」

 

 隣のベランダに善悪が顔を出した。

 

「煙草吸っていいです?」

 

「俺もう吸ってる」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 と言って、彼は慣れた手付きで噛んだ煙草に火を点けた。

 一服したタイミングを見計らい、俺は声をかける。

 

「煙草吸うんだな」

 

「ええ。最近はやめてましたけどね」

 

「似合ってんじゃん。いいんじゃねぇの?」

 

「そっちこそ似合ってますよ。でもこんなの百害あって一利しかないんですから、やめられるならさっさとやめたほうがいいですね」

 

 などと言いながら、彼はまっすぐ正面を眺めている。

 広がる街の様子がそこにはある。せかせかと忙しないそれを見ながら、のんびりと少しずつ時間が過ぎていく。

 

 昼食は二時過ぎになった。







 連続更新中に本が読みたくなってもほとんど休日しか読めないっていう話があります
 そしてそのぶんの欲求を執筆にぶつけることで欲求不満になりながら欲求を満たすという状態が完成して永久機関の完成なのでノーベル賞は私のものです

番外編をするとしたら

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  • なふだちゃんお家騒動
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