ミライは続いていく。望んでいようとなかろうと。
そういうものだと知っている。
スイーツを注文。椅子にどっかりと腰をかけて、俺は腕を組んでため息一つ。カイラはメニューを折りたたんで戻した。
俺にはわからないことをきっと相手は知っているのだろう。そしてそれを、あまり教える気はないらしい。そう思っている。少なくとも、これまで一切言及することはなかったのだから。
「ハピコさんはどこまでわかってるんですか?」
「この間夢を見た」
忘れていた夢が途端に立ち上ってくることというのは往々にしてあるものだ。俺の場合、それがついさっきだったということ。
「事故に巻き込まれた三人は、お前と善悪。あとはたぶん、この体の持ち主だ」
「ええ、正解です。戦火全師さんは俺たちを助けるために暴走した車を正面から受け止めたんですよ。信じられないかと思いますが」
マジだったよ。父親はほんとにどこを目指しているんだろう。
ひょっとしたら今の体の異常な身体能力は、それ由来だったりするのだろうか? いや、違うか。そんなわけがない。
「じゃあ善悪も俺のこと、気づいてないとおかしくない?」
「いや、あいつは覚えてません。その体の持ち主は自殺してるから……現状、あなたについてわかるのは俺くらいでしょうね」
だって、とカイラは続けて。
「あなたの雰囲気はあまりにも独特すぎる。見た目が変わったとして、それが『ありえる』と思ってしまうものだから……以前のあなたを知っている他の人が今のあなたを見ても、きっと普通に受け入れてしまうでしょう」
そうは思わないが。
っていうかそうなら俺は別に仕事辞めなくてよかったじゃん。どうなんだろうか。いや見た目が変わりすぎたってことで流石に辞めさせられるか。まぁいいや。今が大丈夫なら問題ないや。
組んでいた手を解き、テーブルに肘を乗せる。
「なんで善悪は俺のことを覚えてないの? 現場にはあいつもいたよね?」
「──あなたには関係ないでしょう」
その瞬間だけ、一瞬カイラの目に剣呑な色が混ざった。
地雷でも踏んだだろうか。
「なんて」胡散臭い笑みを浮かべながらカイラは言う。「冗談ですよ」
すっかりと消え失せていた先程の表情。
けれど、今の笑顔を信用しすぎるわけにはいかないだろう。たしかに俺は見た。
なるほど、父親の死は家族以外にも呪いをかけてしまっているらしい。
ていうか、この体の持ち主だって死んだって言ってたしな。
たった一人の死が多くの人生を壊すことだって、当然ある。
「善悪は……そうですね。ガワとしての設定は覚えてますか?」
「二重人格者?」
「ええ。それです。……本人はそれを演じてるって想定ですが……実際は違う。
本当に二重人格なんですよ、あいつ」
二重人格。なるほど。一度も俺の前でそんな素振りはなかったけど、本当にそうなのだろうか? 疑わしいが……まぁ事実なのだろう。
「あいつ、自分のことを空っぽだなんて思ってるでしょう。全然違うんですよ。あいつが空っぽだと思っているのは、もうひとつの人格に記憶を封じ込めているから。
……戦火全師さんが死んだ日に、ね」
「ふぅん。そういうことね……なるほど」
まるで俺みたいだ。少し笑いそうになって、まったく口元が動かなかった。面白くもない。そうだ。俺はなんとも言えなかった。言うことに意味があるとは思えなかったから。
半丁善悪は、本物の二重人格者。
俺は……過去を奥底に捨て去ろうとしているヤツ。
そのどちらも、人によっては糾弾すべきものなのだろう。でもそれは無理だ。俺がさせない。人は同じ苦しみにない限りはそれについて深く考えることもない。そうだ。そういうものなのだ。
だから、俺は弱さを肯定する。
それが俺の弱さだから。
「なふださんがあいつに対して懐いている理由は、『魂が二つある』からなんですよ。それがもう一つの半丁善悪。すべてを押し留めている半丁善悪だ」
「はぁ……なるほど。そういう意味ね。オッケー、理解した。それで。なんでそんなことになったんだ?」
「…………」
「なんでそんなことになった?」
「──あなたのせいでしょう」
睨み。
まったく覚えがないが、善悪がそうなったのは俺に原因があると。
まったく覚えがないからどうしようか。首を傾げると、カイラは咳払いを一つして話を切り替える。
あんまり触れてほしそうではなかった。
「もう一度聞くぞ。なんでそんなことになった?」
「……あなたが言ったんでしょうが」
言った。はて、なにを言ったのやら。全く覚えがない。
「『代わりに死ねばよかったのに』……忘れたとは言わせません」
「悪い、忘れた」
「……なるほど。そうですか。あなたは、そんな人なんですね」
どんなだよ。言ってみろ。
関係ないんだ、そんなの。
俺のせいにされても困る。言ったとして、本気にしたほうが間違っているのだろう。そんなの当たり前の衝動じゃないか。
「トロッコ問題。五人と一人、どっち選ぶ?」
「一人です。死人は少なければ少ないほどいいでしょう」
「そっか。お前はそういう人間なんだな」
「そうですよ。何か間違ってますか」
「普通に考えれば間違ってないとも。ただ、俺にとっては間違ってるだけ」
「あなたの言動のせいで一人死んでるんですよ」
「俺のせいにするなよ。死ねる強さのある人間は遅かれ早かれ勝手に死んださ。……だろ」
「あなたは」
カイラはテーブルから身を乗り出して、言った。
「罪な人だ」
「顔が近い。下がれ」
「そうですか。……ここが店でよかったですね」
「知るかよ。発端からして一時の気の迷いだろう。そんなのを本気にしたほうが悪い」
そう、知るか。
それ以上に言えない。俺にとっては、そんなことどうでもいい。
俺のせいで人が死んだとしても。
俺のせいで誰かがふさぎ込んだとしても。
知るか。何もかも知るか。もう知らん。
俺に同意を求めるな。この世のすべては当人の自己選択の果てにある。結果どこに行き着こうとも、責任の所在は本人にしかない。
俺がいつか野垂れ死ぬにしても、それは同じ。
因果応報。いつか来るはずだった死が追いついてきただけ。
生きていると、いくつもの柵が体を縛り付けてしまう。
大体はそれに絞め殺される。俺も例外にはならないだろう。
それは、その名は──。
「……はぁ。そうですか。わかりました。じゃあ、俺はこれ以上なにも言いません」
失望されただろうか。少しだけ怖く感じた。なんて嘘だ。なにも感じていない。
俺の本当のところを、誰も知らない。
俺にすらわからない。
自分がなにを考えているのかすらわからない。
「ちなみに、さっきまでのは嘘です」
「は?」
「善悪さんが二重人格なのは本当ですけど。そのきっかけは嘘です」
「なんで嘘ついたの?」
「さぁ、なんででしょう? 考えてみてください──ってことで。あ、お金払っておくんでのんびりしてって大丈夫ですよ」
「は? いやちょっと」
一人になった。
店員が持ってきてくれたモンブランをスプーンで掬って口に運ぶ。
心の奥でもやもやが晴れない。ソファーに体を任せ、小さくため息。
どこまでがホントでどこまでが嘘なのか。はたまた全部本当なのか。わからない。
口の甘さがただ、今は心地よかった。それが俺を縛り付けている。
ごちそうさま。
帰るか。立ち上がって、そのまま歩き出す。
──少し、空の容器が動いた気がした。
俺は誰だ。
自分自身のありかを探している。
せっかくなので服を買いに来た。
靴も新調しようと思う。
そんな先で、忠兎もぶを発見した。
「うげっ」
「あっ、ハピコさん!」
「えっマジ!? マジだ!?」
「ちゃんと服とか見にくるんだ……意外ですー」
そりゃあ俺だって服くらい見繕いに来る。
それを珍しいことのように言われても困るんだが。……まぁ服って言っても全部無地のやつだからすぐに買い終わるんだけど。
ところで現在カゴに入れた灰色のシャツを見る三人の目が冷たい。
「ハピコさん……流石にそれはないわぁ……」
「ありえませんよー、どれくらいかと言うと……からくりくんが病んでるくらいにはありえないかな」
「めっちゃ言われるじゃん」
三丁目にゃんことハルハハール・ハルハールの二人まで一緒のようだ。
『じぐざぐ』一期生の三人だ。意外と仲がいいんだな。まさかここで会うとは。
とはいえ、そこそこ都会のほうまで出てきているからそりゃあそうかとも思う。
「どうします? 時間あるなら一緒に回りません?」
「んー、まぁいいけど……約束してたし」
忠兎もぶが服を選んでくれると言っていたからそれに甘えることにしよう。
そんな考えは甘すぎたのかもしれない。
女子は買い物の時限定で体力が無尽蔵になる。それが元々異常に元気なヤツであれば、それはもう止めようがないほどにすごいことになるものだ。
なった。
体の痛みはないが、どっと疲れたので深呼吸。次から次へと差し出される服に着替えるのは息が詰まって仕方ない。
ていうか試着した服全部買い物かごにぶちこまれてるんだけどアレ買って持って帰れと?
いや全然帰れはするんだけどさ。それでも限度というか……こう、何かあるだろう? といっても多分伝わらない。仕方ないから、それを受け入れて置いておくことにする。
「買いすぎましたね」
「自重って知ってる?」
「なんですかそれ?」
自重くらい知っとけよ。と思ったが、黙っておく。知らないことを責め立ててもなんにもならないから。
それをすると、さっきの俺を否定することになるから。
あんまりにも荷物が多くなったので、わざわざなふだに来てもらった。申し訳なく思うが、なふだは笑顔で許してくれたので大丈夫だろう。
そして一期生三人組とはそこでおさらば。
「……約束してたんですか?」
「そんなわけ。連絡先知らんし」
「そうですか。偶然?」
「うん。偶然」
「今日、いきなり出かけたのは?」
「ちょっとばかし、そろそろ知らなきゃいけないことを知らなきゃねって」
「そうですか。知らなくてもいいことだとは思わないんですか?」
「いや違う。俺が知らなきゃいけないことだから」
「ふぅん。私にはわからないことなんでしょうね」
車が走る。
のんびりと走っている。他人が運転する車に乗るのは、楽しい。嫌いじゃない。程よい暖かさだし、揺れも気持ちよくて眠たくなる。
……ところで。
「なふださぁ」
「はい?」
「善悪が二重人格って知ってたの?」
「ああ、はい。そうですね。私が人の色を見えるって知ってますよね」
「うん」
だってよくそれ話すじゃん。わからないほうがおかしいと思う。
「先輩の色は……気持ち悪いんですよ。
魂なんてものがあるとして、それが二つ体の中にあって互いにせめぎ合ってるみたいな」
「……ふぅん」
俺は。
俺の場合は、父親が死んで……そして、真偽は不明だが死んだらしい女の体になった。
この女と同じ事故現場にいた善悪。
少しだけ、何かが繋がりかけた。
──いや待て。
もしこの女が死んでいるのなら、なんで高山ソラは死んだと言わなかった?
ひょっとすると俺のこの体の持ち主と、高山兄妹の間にはあまり関係がない?
子持ちかどうかもわからない。
じゃあ。
高山兄妹の失踪した親というのは、一体なんなのだろう。
そう考えていた俺の。
すぐ横を、どこか見覚えのある車が通り過ぎていった。
「────」
すれ違った運転手の顔。
覚えている。
それは、間違いなく──
「……ハジメさん? ちょっ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫」
「すごい震えてますよ……!? それに……すごく、怯えて」
「大丈夫。嘘。あんまり大丈夫じゃない。だから、なるべく早く帰ってくれるとうれしいな」
「具合が悪いとか、そんなのではないですね?」
「うん。だからお願い。なるべく早く帰って」
顔は見られてないだろうか。俺だと気づかれなかっただろうか。
歯の根が噛み合わない、ということはない。けれど全身の感覚があやふやだ。嫌な寒気がして体から汗がじわりと滲んだ。
気づかれたらどうなるんだろうか。
俺だとわかったら、父親みたいに殺されるのだろうか。
「──っはっはっは。あーくそったれ。嫌すぎて泣けてくらぁ」
「ハジメさん、ひょっとして……」
「ん? 何?」
「昔、嫌いな人の遺言がどうとかって言ってましたよね」
「うん、そうだね」
「それ、殺人ですか?」
「うん」
「何年前のことですか!?」
「十年は前」
「……殺人罪の初犯はおおよそ懲役十年以上。つまり、そういうことですか!?」
御名答。心を読まれているかのようにまるで的中させてくる。恐ろしいくらいだ。彼女には一体何が見えているのだろうか。
「違う違う。そんなのじゃないから、大丈夫だよ」
嘘をついた。
心配させたくなかった。それにこれは俺の問題で、誰にも憐れまれたくも、誰にも義憤を燃やされたくもない。
だから。本当になんでもないんだ。
怖くはない。
ただ思っただけだ。
死ぬべきならば、それは誰のほうなんだろうって。
一人称って便利なもので主人公の知らないことは知らないって書けるし主人公が見ようとしてないものは見なくていいんですよね。
番外編をするとしたら
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