明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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遡って

 ひとしきり悩んだあとはいつもぐちゃぐちゃになったまま立ち上がる。

 決して先に進むことはないが、それでもたしかに立っている。

 

 

 

 見渡せば周囲には活気のある街。これまでやってきたことのないようなほどのもの。

 人通りは激しく、カメラで撮られている自分たちをちらちらと見る人の姿が幾重にも。視線が刺さってどうにも嫌なくらいに心が抉られる。

 しかしだからと言って逃げ出すわけにはいかない。それには難しい。

 

「はい、はじめまして。『じぐざぐ』のプロジェクト統括をしてます青玻璃カイラです」

 

「どうも」

 

「いやいや挨拶しましょうよ!」

 

「なんでお前そんなテンション高いの……?」

 

「普段通りですが?」

 

 いやこの間は絶対もっと暗かったって。無理して明るくしてんだろお前。

 と思いながらも、俺はカメラに視線をやった。マジでやることになるとは。そんなことを思いながら。

 

 

 

「景色綺麗ですね?」

 

「ただの街だぞ。社交辞令やめろ」

 

「街って綺麗じゃないですか。わかりません? わからないかぁ。仕方ないなぁ」

 

「いやわかるけど。わかるからその煽りは通じないって。わかるからな」

 

「……ちょろ」

 

「ああ!?」

 

 フリだけだ。問題ない。

 なるべく間をつなぐことを考える。

 今回は配信と違ってちゃんと動画として投稿されるので編集でなんとかすることはできるだろうが、頼りっぱなしにはしてられない。そして撮り直しもなかなか利かせづらい。なるべく一発で理想に近いくらいには解決させなければ。

 

 それがお仕事としてのYouTuberだ。

 コンテンツとして、動画の時間は短いほうがいい。長い何かが見たいのならばテレビを見ていればいいんだから。だから、ひとつひとつを短い尺の中で収められるようになるべく間を詰めてしまったほうがいいのだ。

 だがこのとき話しすぎには注意しないといけない。なぜなら話しすぎるとどこからどこまでカットしようかという取り捨て選択がしづらくなって余計に尺を取ることになるからだ。

 

 無音が続くと当然カットする。

 だが喋り通しだとカットするシーンを選ぶ手間が入る。

 

 今回編集するのが俺じゃないからこそ、なるべくそこに配慮した動きをしなければならない。

 そう思っているのは俺だけじゃないらしく、俺が『ここらへん』と思った場所でカイラもぴったり言葉を途切れさせるのでなかなか優秀である。

 

「ってことでやってきました。1つ目のお店」

 

「有名なとこなのか?」

 

「いや? ただ特徴的なお店ではありますよ。そうじゃなかったらこの僕が選ぶわけもないだろう?」

 

「そう? お前って意外に無難なところ好きそうだけどなぁ」

 

「ご明察。あ、そうそう、今回紹介するのはすべて企画の協力をしてくれたところで当日になるべく受け入れてくれるから。どうしてもお店が見つからないって場合は今回の動画で紹介するお店をおすすめしますよ」

 

 と言って、しばらく無言。ここの間はカットする予定だ。

 料理が出てきた。

 所謂定食屋で、出てきたのはとんかつ定食だ。

 まだお昼にもなってないのにこれは大変じゃないだろうか。

 

 と思ったが全然普通に完食できたので問題ない。

 

「……食レポ無理だった」

 

「そもそも一言も喋ってないじゃないですか」

 

「言葉って無粋じゃない……?」

 

「表情でだいたい全部伝わってきたから構いませんけどね」

 

「そう……?」

 

 頬を抓ってみる。そんなに顔が変わっているような気もしなかったんだけど。いや、でも自分が思っているよりも周囲から見れば表情が動いているものなのだろう。大丈夫。そういうことにしよう。

 

「ひょっとしたらハピコさんなにか食べてるだけで絵になるんじゃ」

 

「ならないでしょ流石に」

 

 そういう人もまぁいるけど。

 顔がいいって便利だね。

 絶世の美少女ってほどではないし、少し整っている程度の顔つきなんじゃないかなとは思うけど。

 なんでだろう。表情か。雰囲気か。

 

 最近良く指摘されるので雰囲気ということにしておこう。

 俺は雰囲気上手ってことで。

 

「そういえばハピコさん、うちのライバーふたりが隣人なようで」

 

「うん、そうだね」

 

「実際どんなふうに思ってるんです? びっくりしました?」

 

「そりゃあびっくりするわ。動画投稿して一日で発見してきたやつが隣人だぞびっくりしない理由ある?」

 

「それは……まぁ、なんというか……たしかにすごいことですね?」

 

「ついでにその更に隣もまたVTuberで、親戚までVTuberになってたと。ちょっと偶然というにはできすぎて」

 

 言葉を切った。

 

「作為的なものを感じるね」

 

「そうですか。まぁ、たしかに実際ありえないことですからね」

 

 裏の事情をわかってきたら、『じぐざぐ』というプロジェクトには少しの同情というか、忖度というか……とにかくそういうものが伺えてくる。それを指してのことなのだが、どうやらカイラとしては特に指摘されて痛くもないことなのらしい。

 こいつがそんなことで狼狽えるような人間とも思えなかったから、こちらとしてもかわされて思うことはない。

 そもそも本番中だ。本気で指摘するわけではない。

 

「じゃあハピコさん、ふたりのことは好ましく思ってるんですか?」

 

「まぁ一応。嫌いじゃない。……好きだよ」

 

 そう返したら、カイラは「そうですか」とだけ言った。

 そして作ったようなにやにや笑いで。

 

「ですってふたりとも」

 

「??」

 

『ハピコさんのデレだぁ……俺も好きですよー』

 

『先輩より私のほうがハピコさんのこと好きですよー』

 

「!?!?!?!?」

 

 びっくりした。

 かなりくぐもった声が聞こえてきて、その音の出どころを探る。すぐに見つけることができた。

 ということで二つタブレットがテーブルに置かれた。

 なるほど、いつからこの通話は繋がっていたんだろう。

 

「ということで軽いドッキリと言うかなにかですよ」

 

「はぁ。別にいいけどね。全部本心だから」

 

「うわすっげぇデレる」

 

『いつの間に好感度稼いじゃったんだろう』

 

『私の場合は餌付けでしょうねー。ハピコさんの命は全部握ってるようなものなので』

 

 あながち間違ってないからなんとも言えない。

 口を閉じる。うん。間違ってないや。

 

 その心が依存だったとしても。

 依存であるからこそ。

 

「そうだなぁ。炊事洗濯どころか家事大抵全部やってくれてるもんな」

 

 そんなのなくとも、心を許していたと思うが。

 そして心の内側に入ってきたからには、二度と逃がす気もない。ちょっとやそっとで失望する気もないし、拒絶されるまでは助けていようと思う。

 

「つまり俺はなふだがいなくなったら死ぬってことよ」

 

 そう言葉にすると、自分が今まで生きてこれていたことが奇跡のように感じる。

 ちゃんと頑張ってた覚えがあるが。いや本当に頑張っていただろうか? 覚えてない。

 ほとんど全部食事は買って済ませていたと思うし、掃除はほとんどしなかったけど物は増やすことはなかった。

 洗濯は……ちゃんと頑張っていたような気もする。時々忘れることもあったが。まぁ大丈夫だろう。

 

 というか今とは似つかないほどの生活をしていたから、なふだがいてくれて本当に助かっているとは思っている。

 

『そんな情けないこと言わないでも……』

 

『ハピコさん、マジで家事できないですもんね』

 

「違う。やらないんだ。俺はしようと思ったらできる。めんどくさいことになるからやらないだけで」

 

『めんどくさいことになるならできてないってことでは?』

 

 正論は時に人を傷つける。

 落とした俺の肩を、青玻璃カイラがとんと叩く。

 

「家事はできないと大変ですよ」

 

「お前はできるの?」

 

「会社で勝手に寝泊まりして怒られることの多い僕ですよ? できると思うんですか?」

 

「アホじゃねぇの?」

 

「アドレスホッパー気取れますかね?」

 

「あちこち転々としてたらできるんじゃない?」

 

『家に頓着してないんですか』

 

『家はいいですよー。特に自分の家は。実家は要らないので一人の部屋を探しましょう』

 

 なふだがちょっと気になることを言っているがスルーする。あんまり踏み込んでいいラインとも思えない。

 

 だからスルーした。そうしていいのかわからない。踏み込むべきだったと思う日が来るかも知れない。知ったことか。

 今の俺が今、考えて選択したことだ。

 誰にも何も言わせやしない。それは俺にすら。

 

「まぁ、自分の落ち着けるところはあったほうがいいよ。大事だから」

 

 俺は言った。一体、どの視点から話したのだろう。

 

 

 

 

 撮影終了。もう夜に近づいている。

 

「お疲れさまです」

 

 カイラのその言葉に、壁にもたれかかっていた俺は彼のほうへと向いた。

 

「おう」

 

 少し肌寒くなってきた季節だ。ため息一つ。白く染まることはなかったが、防寒対策はしておくべきだろう。

 カイラは俺の隣に立つ。

 

「煙草持ってます?」

 

「あるよ。火は」

 

「ライターだけ持ってきちゃったので」

 

「ん」

 

 ということらしい。

 差し出したパッケージを見て彼は「ふぅん」とだけ呟いて一本手にとった。

 

「煙草を吸うのは」俺も一つ手にとって。「ポーズか?」

 

「そうですよ。そうしているだけで煙たがられるので。人が勝手に避けてくれるのは」カイラは口元だけを笑みの形にかたどった。「楽です」

 

 楽。

 楽と来たか。俺も理解できなくはない。

 

 人を遠ざけるのは楽だ。だがそれにすがっていると、いつの間にかそれ以外の方法がわからなくなる。

 そして孤独になっていく。疑いようのない現実的な視点からのロジック。でも、それ以外にどうしたらいいってんだ。

 俺にはわからなかった。

 

「初めて吸ったのはいつ?」

 

「十五。ちょっとばかしワルになりたかったんですよ。不味すぎてすぐに捨てちまいましたが」

 

「ふぅん。そうだな。いいことなんて少ない。でも何かに縋れるって点では、結構いいツールなんじゃないかとは思う」

 

「何かに依存してないといけない人生なんてつらいだけだと思いますけどね」

 

「人に依存するよりはマシじゃねぇの?」

 

 と、言って笑った。何がおもしろいのかよくわからなかった。

 常識的に考えると、依存することは間違っているのだろう。けれど現代、何かに依存してない人間なんているのか。

 誰も彼もが何かに酔っ払って存在を依存してどうしようもないことに吐き気を催している。少し優しさで包まれると決壊する程度の脆い精神を引っさげて生きているんだ。

 

 馬鹿じゃねぇの。

 

 通知が来た。見れば高山兄からのLINEだ。返信した。

 携帯をポケットにしまうと、噛んでいた煙草を手に持った。

 

「かくいう僕も人に依存してるんですよ。笑ってやってくださいな」

 

「そっか」

 

「正確に言えば人の死だ。『こうはなりたくない』が俺を動かす原動力になっている。

 例えばどうしようもなく嫌いなやつがいて。そいつに劣っていることがあるって考えるだけで嫌になりませんか?」

 

「なるよ。でも一番嫌いなのは」

 

 そんなことを考えてしまう自分自身だ。

 なんていっても、自分自身を否定するわけにもいくまい。ため息一つ。煙と一緒に口から溢れだした。さながら冬に吐く息のようだった。

 

「ところでさ」

 

「はい?」

 

「この間のやつ、どこまでが嘘なの?」

 

「自分で考えてくださいって言ったでしょう?」

 

「嘘ってコト自体が嘘?」

 

「さぁて、どうでしょうね?」

 

「なんで教えてくれないんだ?」

 

「言っても仕方のないことですから」

 

 ていうか。なんてカイラは言って。

 

「現状維持じゃ駄目なんですか?」

 

「は?」

 

「今のままでも十分以上にいいでしょう。どうしてあなたは今、こうなった原因を知りたいんですか? なんのために? わからないから? それとも現状を信じられないから? 自分自身が好かれていないと思っているから?」

 

 どうなんだろうか。

 

 二人を信用している。いいや、信頼している。だからこそ、疑うなんてことはない。と思ってはいるが。

 俺は疑っているのだろうか。本当に受け入れられるのかわからないと。そうやって疑い続けているのか。

 

 ないとは言い切れない。だけど俺は。

 

「ただ、この現状に甘んじていたくない」

 

「……なるほどねぇ。意地ですか? それとも」

 

「ただの」

 

 吐き捨てる。

 

「なんとなくだ」

 

 理由にはならない。でもそれが理由になるらしいから。気づけば薄くなっていた呼吸を、俺は。意図して深くした。

 

「なんとなくでもいいんだろ?」

 

「ええ。構いませんよ。でも、だからこそだ」薄い笑み。笑っていない。「俺はあなたに真実を教えない。なぜならその必要がないから」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「ハピコさん。わかりますか?」

 

 顔が近づいてくる。

 やけに整った青玻璃カイラの顔。それが、目の前にあった。

 底なしの昏さを湛えた瞳。

 

「なんとなくを理由にする以上──なんとなくで返されても、なにも言えないんですよ」

 

 煙を吐きかけるということはなかった。顔が離れていく。身長はカイラのほうが高いから、やけに威圧的に感じた。

 言っていることはわかる。理解もできる。

 けれど、本音はそこにはない。きっとカイラには俺には見えていない何かが見えているのだ。

 つまり、それは。

 

 わからない。

 わからないけど、このわからなさから目を逸らしてはいけないと思った。

 

 俺はたぶん、わかっているから。

 

 青玻璃カイラが隠している事実。それをきっと知っているから。

 だから彼は言わないのだろう。

 

 「冗談です」と、そのタイミングで着信音。失礼、と言い残して電話に出たカイラは、先程までとは打って変わって本気で驚いた様子で、

 

「嘘でしょう?」

 

 そう言った。

 何かある。そう判断した俺は煙草を握りつぶし、そして着信にすぐさま反応。

 

「どうした」

 

『あ! 兄ちゃん! その……!』

 

「ゆっくりでいい」

 

『え、えっとね! 家にあの人がきて……あの、お姉ちゃんが……』

 

「何があった」

 

『や、ただ話をつけにいくって、あの』

 

「誰に?」

 

『宮地』

 

「わかった、殺しにいく」

 

『それはダメっ……、それで、あの!』

 

「どうした」

 

『ごめん、助けて』

 

 連理が言った。

 

『お姉ちゃんだと、たぶん大変なことになるから』

 

「……わかった」

 

 電話を切る。

 俺でも変わらない気がするけどな。

 

 にしても、やっぱりあれは見間違いじゃなかったわけだ。

 狙いは何だ? どうして家に来た? どういう意図があって?

 わからない。わかりたくもない。どうしようもなく嫌いな相手のことをどうして俺がわからなきゃいけないんだ馬鹿じゃねぇのか。

 スマホをポケットに叩き込んだ。

 

「車出せるか」

 

「いけます。目星は?」

 

「わからん。……いや待て。お前のほうはどんな用件だった?」

 

「え。善悪が家から消えたって話じゃないんですか」

 

「はぁ!?」

 

 なんでそんなことに。スマホを見てみるとなふだから通知があった。なるほど。

 こちらが驚いている様子を見てどうやら向こうも驚いた様子で、こちらに「そっちは?」と聞いてくる。

 

「家に父さんを殺したやつが来た」

 

「なるッほど。最悪ですね」

 

「仕方ねぇ。二手に分かれて行くぞ」

 

「そっちはどうするんですか?」

 

「走る。最悪『じぐざぐ』のメンバーに探すの協力してもらって。たぶん家からはそう遠くない」

 

「はぁ!? ……ちょっと!」

 

 言葉は聞かない。

 俺は走り始めた。

 アテはあるんだ。

 だから走る。

 

 忘れてしまったことから目を背けながら。









 金曜まで予定が詰まってるので明日更新がなかったら察してください

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