許されたくない。そういう気持ちはなにより知っている。
過ち続けること。それがむしろ心地良い。そうやって、間違っていれば言い訳ができるから。
『どうせ社会に向いてないから』『どうせうまくやることなんてできないから』『俺にはこれしかないから。誰かにわかってもらえなくても、これだけが俺を肯定してるから』。
そういう言い訳をするのは、楽だ。そして自分を守っている。
その弱さを、俺は否定しない。けれど、それを俺に押し付けてくるのは許せない。
許さない。
俺を理由にするなら、それは別にいい。それは別にいいけれど。
故人を理由にして、そして『どうしようもない』だなんて言う。気に食わない。許す気になれない。だから許さない。
「戦火ハジメ──ずっと前に偶然見つけた。それから、ずっと見張っていた!」
「…………」
なるほど。本物のストーカーだったらしい。それも俺が俺自身であったとき──女の体になる前からそうしているというのだから筋金入りだ。
どこまで見張られていたんだろう。正確にはどこから、か。
だから、俺がYouTuberとして活動を始めたときにすぐに気付けたということか。
ひょっとすると部屋を盗聴とかされてたかもしれない。
盗聴自体は合法だ。それのための不法侵入が違法なだけで。
だけど、まぁ。別に俺からしたらどうだっていいことなのかもしれない。
だってこんなにも心動かないのだから。
「全部嘘なんだよ。漫画家になりたかった? 空っぽだからなれなかった? 全部ウソだよ。諦めたのはもっと昔だ。物語を描こうとするとずっと頭によぎるんだ。あの事件が。俺の目の前から消えてくれない! だから夢を捨てた!」
「なんだよ、それ」
「正確には──今の俺自身を捨てた。
心をOSとして考えると、俺はユーザーを二つに分けた。共有しているファイルと、俺のほうにしかないファイル。そうして分けていた。アクセスできないようにしっかりと鍵もかけて」
「二重人格ってのは本当なんだな」
「それで嘘をつく理由がないだろ? でもその境界はあやふやだ。些細なきっかけで俺の心は変わる。俺にはそれがわかるけれど、もうひとつの人格のほうは──きっと。記憶が断絶してるような気分だっただろうな」
「お前は」俺は聞いた。「どっちだ?」
「悪モードとか呼ばれてるほう──演技は簡単だった。なぜなら昔の記憶を、俺に全部封じ込めているから」
俺と会ってから善モードと呼ばれているほうの人格が出てくる割合が高くなったのは、俺の前に姿を現すまいとしていたからか。
半丁善悪の、バーチャルYouTuberとしての設定。それは本物の二重人格によって演出された、真に迫った演技。どころか演技ですらない。
それは当然のように存在する、現実味のない異常。
「煙草を吸うのはどっち?」
「俺ですね。あのときはまぁまぁ焦りました。まさかボロを出すわけにもいかないので」
「まぁな。……じゃあさ。お前はいつから元に戻りかけてた?」
「ここ最近は──安定しませんでした。理由はわかってます。後ろめたさだ。簡単に入れ替わってしまう人格だからこそ、そんな些細なことですら安定しなくなる」
そのきっかけは、おそらくは例の企画。
それが歯車が狂うきっかけになったというわけだ。
人の心を土足で踏み荒らすようなやつのくせに、やけに脆いやつだ。まるで俺のようだった。
だからよくわかる。その気持は。
簡単なんだ。人の心に入るのは。自分自身が心を許すことがなければ、簡単に上がっていくことができる。
けれど、向こうは俺に心を許してしまったから。
その瞬間なにかがおかしくなった。
俺のせいだろうか。
いいや、違う。一瞬湧いた考えを否定する。
「だから」善悪の目に剣呑な色が宿った。「そいつを殺して、俺は自分を解放する。今の俺という人格を殺して、ひとつにする」
「そんなのを目的にしてたのか? お前」
「いいや? でも、そいつを殺せば今の俺が死ぬのは間違いないでしょう」
なんだそれ。
一瞬浮かんだ反感に顔が歪む。それを見て、善悪はけらけらと笑っていた。
「おっと、……いっけね。あなたと話してると自分がどっちかわからなくなる」
口調のあやふやさ。
狂ったようなくらいの雰囲気の変化。
安定しないというのは本当らしい。わかりやすく、半丁善悪は回り回っている。なふだじゃなくても、鈍い俺でもわかってしまうくらいにはぐちゃぐちゃになっている。
『……善悪くん。情緒大丈夫?』
「大丈夫じゃないっすよ。大丈夫なように見えますか? 俺が? そもそも俺が大丈夫だった試しなんてありましたっけ? そもそもあなたもだ、高山
善悪は嘲笑して。
「他人を責める前にテメェのことを見つめ直せよ。……っと。これは俺が言えねぇか」
『──っ……』
「言い過ぎじゃないか?」
本当は俺もそのとおりだと思ったが、とりあえず擁護しておいた。全く、とことんまで俺と善悪は似通った人間らしい。だからこんな酷いことが言えるのだろう。
酷いやつ。ああ、そうだ。酷いやつだ。俺は酷いやつだし、善悪も酷いやつだ。酷いヤツ同士が群れをなす。それが最悪なことにならないかどうかは知らない。未来のことはわからない。
「言い過ぎじゃないですよ。カイラのやつも、彼女も、全くもって筋違いだ。俺がこうなったのは俺のせいで、他人を責める気にはならない。だから怒りも何もかも──筋違いでしかない。責めるなら俺を責めればいい。弱くてどうしようもない俺を。
加害者が被害者面して同情されるなんて笑えねぇぞおい。誰が同情しろって頼んだんだよ。そんな安い同情で俺をわかった気になるなよどいつもこいつも馬鹿じゃねぇのか」
「そもそもの前提から間違ってんだよお前。別に加害者なんかじゃない」
唯一加害者がいるとしたら、それはそこで寝転がっているこいつだ。
それを何度語っただろう。それでも聞き入れる気もないんだろう。半丁善悪は自分のやろうとしていることも、自分の間違っていることも、きっとすべてわかっている。
そしてその上で、こいつは人を殺そうと考えているのだろう。
「いいや、俺は加害者だ。だって、ハジメさん」
「……?」
一歩近寄ってきた善悪は俺の胸を指で弾く。
「あんた、あのとき──俺たちが死ねばよかったって、思ったよな?」
「なっ」
なんてやつだ。
いくら俺がこれまでろくでもないところを見せてきたからといって、あのときの真面目な俺がそんなことを思ってしまうわけがないじゃないか。酷いやつだ。とんでもなくひどいやつだ。一体なんでそんな不名誉なことを言ってきたんだ。
「ふざけんな、そんなことねぇわ!」
「いいや、違うね」
と言って、善悪はそのまま手を動かす。
そして俺の胸をわしづかみにした。強く握られて痛い。いきなりなんだこいつ。ありえないだろ。そう思って、視線を上げてにらみつけると「それだよ」と言って、手を離された。
「嫌なことをされたら嫌になるだろうが。それと同じことだ。特に命に関わることならそうもなるだろ」
「俺の心を勝手に決めるんじゃねぇよ」
「なら聞くけど」
首に手がかけられた。
そのまま、ゆっくりと後ろへと追い詰められていく。壁に押し付けられた。
「ほんの少しでも思うことはなかったか? 絶対とは言い切れるか? 意識しないくらいにでも思うことはなかったか?」
「そんなの、思ったうちに入らない」
「入るよ」即答。「入るんだ。入ってしまうんだよ。そのほんのわずかが意味を持ってしまう世界なんだ」
ぽつり。
水滴が落ちる。
ゆっくりと、まばらに落ちてくる。
「……はっ、予報通りだ。別に気にしやしないんだけどさ」
「お前さ」
半丁善悪を見る。
急に降り出した雨に濡れて、その顔はよく見えない。
「辛くないか? そんな生き方」
「あなたもな」
そのまま、頭が撫でられる。
「俺は大丈夫。この生きづらさが、生きている証明になるから」
首に手が添えられた。
「だからさ。黙って寝ててくれ」
そのまま首を締められる。
苦しい。死にそうだ。首を絞めるのは危険なんだぞ、とふざけたことを言う事もできず、そのまま意識が落ちていく。
意識が消える寸前。俺が見れたのは、どこか寂しそうな善悪の顔。
夢を見ている。
不埒な夢だ。やけにリアリティのある不埒な夢だ。俺は押し倒されて、抵抗する気力も削がれ、時間が過ぎるのを待っている。
体がやけに小さいような気がする。
それが本当にあったことなのか、どうなのかは知らない。
そして。
どうしようもなく詰んだ現状。窮状。体裁は保てない。人の口に戸も立てられない。つまるところ嫌な噂としてつきまとうそれは、私の人生を大いに不利にするだろう。それが真実でないとしても。それでも。
嫌な気分だなぁ。
そう思って歩いていると、変な男と出会った。
『そんな暗い顔してどうしたの?』
その男は、とにもかくにもろくでもない人間だった。きっとたくさんの人の反感を買っているんだろうな。そんなふうに思えた。まだ幼い私の身ですらそう思うんだから、それは疑いようのない事実なのだろう。
『ふぅん。その年で妊娠ねぇ』
『──』
『性欲とか、僕には全く理解できない感情なんだけど。それでも僕も一応子持ちの身だ。君の大変さはわかる』
『──』
『はぁ? 同情? なんで僕が同情してあげないといけないの馬鹿じゃねぇの? これはただ理解を示してるだけだよ。
けれど君が同情してほしいって言うのならしてあげよう。これは同情の第一歩だ』
『──』
『何かって?』
立ち上がって進んだ男はにやりと笑い。
『──ただのスカウト』
ああ。
この憎い笑みは、俺の父さんのものだ。
目を覚ます。時間を見る。
まだ夜中だ。あの意識の落ち方は睡眠というよりは気絶のほうが正しいか。それにしては随分長く眠っていたものだ。
幻覚は見えなくなっていた。今のはきっと、あいつの記憶なのだろう。
答え合わせがしたいところだ。
高山一葉と呼ばれた彼女。それが今の俺の体だとして。
彼女は本当に高山兄妹の親なのだろうか。
そして。
今の夢が本当だとするのなら、彼女の自殺した理由だってわかる。
「ってことは高山兄は俺より一歳上とかそこらか……?」
高山兄妹が言っていたことと、これで道理が通る。
けれど不快だ。
自分の体が、知らないうちに誰かに扱われていたというような感覚。それが何よりも憤ろしい。
吐き気すらしそうなほどだ。
息を体に入れ、一思いに起き上がる。
冷蔵庫に置いてある麦茶をカップについで、飲んで、そして目が冴えた。
「冴えてもいけないんだけどな」
だがせっかくそうなったのだ。
少し野暮用を済ませてしまおう。
善悪の部屋は、インターホンを鳴らしたが誰も出てくることはなかった。鍵もかかっている。
今度はなふだのほうだ。インターホンを鳴らすと、すぐに彼女は出てきた。
「…………」
「…………」
「……おはよう」
「……入ってください」
目の前に置かれたホットココア。
もこもこの暑そうなパジャマを着ている彼女は俺の隣で縮こまっていた。
普段よりもはるかに、ちっぽけに見える。意気消沈しているからだろうか。
それだけ彼女は、半丁善悪に心を許していたのだろう。
俺だってそうだ。善悪がどうなったのかわからない。疑問しかない。結局あいつは、あの男を──宮地鳶市を殺したのか。
「どうなった」
主語が欠けた質問。
なふだはわずかに間を開けて答えた。
「ハジメさんのお兄さんが、警察と一緒にハジメさんを届けに来ました。彼からだいたいの事情は聞いてます」
「……へぇ」
「ねぇ、ハジメさん」
「なに?」
「私、頼りないですか? ……ですよね」
「……いや、別に」答えに窮する。「善悪のことは。俺もこの前知った」
「……ずーっと、ずーっと一緒にいたのに。どうして先輩は私に何も言ってくれなかったんでしょうかね……っ?」
雨音が響く。
部屋の外も、部屋の中も。
「結局善悪は、殺したの?」
「……いいえ。ハジメさんのお兄さんが止めてくれたらしいです。……結構ボロボロになってましたけど。それだけ憎かったんですかね」
少し考えて、俺は言う。
「さぁ。憎さで言うなら……俺のほうが大きいと思うけど」
「……私、先輩が出ていく前に、すぐ外で会ったんです。あんまりにも暗い色で、怖くて、何も言えなくて。もっとしっかり引き止めていたら……よかったんですかね」
「……さぁ」
カップの中身は、気づけば冷めていた。
彼女の布団の側で、手を握りながら座っている。
なふだはこちらの手を固く握りしめて眠ってしまったようだ。
静寂と、暗闇に。雨の降る音が混じってどことなく怪しい雰囲気だ。
雨の音がする。
暗闇の中にいる。
俺も、そして善悪も。どうしても譲れない部分に重大な疾患を抱えている。
呪い。呪縛。
そう。そんなものがあるとするのなら、父親の死は多くの人に呪いをかけた。
どうしようもない、ずっと尾を引く病気のような。
そんなものが、心の中にずっとこびりついている。
※本作品はフィクションであり、法律・法令に反する反社会的な行為・思想を容認・推奨するものではありません。絶対に真似しないでください。
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