翌日。日の光が照って、自然に目を覚ました。そんなに遅くなってはいない。俺が手を動かすと、それが伝わったのかなふだもゆっくりと目を覚ました。
昨日は手を握ったまま寝たのだったか。なんにせよ、俺のほうが先に起きるのは珍しい。なかなかないことだ。
「……はれっ?」
「おー、おはよう」
「あ、あー……おはようございます。その……ごめんなさい?」
「別にいいよ」
特になにも思ってないし。
「今何時ですか?」
「八時。珍しく早く目が覚めたからさ」
「自分でわかってるならちゃんと起きてくださいよ」
昔は夜間の仕事も多かったので。
遅起きなのは習慣なのだ。許してほしい。訓練したら睡眠が少なくても耐えられるようになるらしいけれど、俺にはできそうにないから無理だ。忙しいのは大丈夫だが、睡眠時間が削られるのはかなりダメージが出る。
普段は夜中配信とか時々するし、起きれないのは仕方のないことなのである。
俺は悪くない。
朝食は適当に食パンを焼いたもの。
それに俺はバターを塗ってなふだはいちごジャムを塗る。
普段はここにいる一人がいない。テレビを付けて何かしら情報がないかと確かめてもなにもない。昨日の件はニュースにもならないということか、それか純粋にタイミングが合わなかっただけか。
静かだ。それも普段とはまたベクトルの違う静かさ。普段のが心地のいい静けさならば、今の静かさは重苦しい静けさ。空気が重い。本来人がいるべき場所に誰もいないのだから、そりゃあそうもなる。
食べ終わり、小さく伸び。
今日はどうしようか。
スマホで確認するが、なにもなかった。善悪はなんの情報も呟いてはいない。配信だってそうだ。と思い返して、そりゃあそうだと思い直す。家にスマホなんかを全部置いていってるのだから呟きようがない。
金に関してもどうしているのか。一体あのあと、あいつはどこに行ったんだ。
「なふだー」
「はい?」
「カイラに連絡取れる?」
「あ、はい……電話しましょうか?」
「ん、頼む」
そうして繋がった電話。
『ハジメさん、どうしました?』
「いや……善悪のこと、どうなってるのかなって」
『ああ……すみません。こちらにも連絡はなくて。現在も捜索中です』
「それともう一つ」俺は付け加えた。「お前、本当にめちゃくちゃ嘘ついてたんだな。笑っちゃうくらいに」
『……バレちゃいました?』
「二人……高山一葉と善悪から答え合わせされたよ。本当かは知らん。けど嘘つく理由もあんまないだろ」
『へぇ……。体がそれだからですかね? 死人と喋っている』
「そんなラスボス感ある言い回しやめろよ」
『冗談です。すみませんでした。ただ単純に──僕は、友人のことをどれだけ思ってくれてるか気になっただけで』
「知ってる。だからお前に真っ先に電話をかけた。……お前が知らないなら、これからどうしようなぁ」
『……あいつの実家。その可能性はありますよ』
実家。
小学生のときにあの交差点に居合わせたのなら、きっとそれほど家は遠くない。
だからと言って、向かったところでたぶん無視されてしまうだろう。
『教えましょうか?』
「いや、たぶん無理だよ」
『どうして?』
「言ってたんだ。罪を清算しないといけないとか、なんとか。あいつにはなんも罪なんてないのにな」
『……。なるほど』
それから少し話して、電話は切れた。
ケータイをなふだに返す。
「なふだー、ちょっとこっちきて」
「はいはい?」
寄って来たなふだに手を回した。そうして抱きしめて、そのまま自分の体を後ろに倒す。
「きゃあ」
「こうしてさ。いきなりやられるのって嫌?」
「え? いえ、別に?」
「だよねー」
うん。あんまり嫌ではない。というか、どうでもいいというのが正解だろうか。
「今度ライブあるんだよね?」
「はい」
「あいついないと駄目だよね?」
「そうですね」
「告知のためにイベントも一緒に出るって言ってたよね」
「そのとおりです」
「じゃあさ、あいついないと駄目じゃない?」
「全くもって」
「ってことで」
なふだを離した。
上から退いてもらって、そのまま立ち上がる。
……ちょっと筋肉痛を感じるのは無視しよう。別に動けないほどじゃないから。
「ちょっと出かける」
「……そうですか」
「そんで、あの馬鹿も連れて帰ってくる。そしたら三人でコラボ配信しよう」
「……ふふ」
なふだは笑った。
「じゃあ、今日の晩ごはんは豪勢にしなきゃですね」
「うん。頼むよ」
家を出る。
そして俺は。
酷いやつだ。人が真剣にお願いしてるというのに馬鹿扱いなんて、なんて酷いやつなんだろう。
全く。あんまりな扱いに泣いてしまいそうになる。びくっと肩を震わせて泣くふりをした俺を、高山ソラがよしよしと頭を撫でて慰めた。体的には娘のはずの女子に慰められる男ってどうなんだろう。
ていうか高山ソラが俺と二歳くらいしか変わらない事実のほうがなによりびっくりする。
一体どうやってその童顔を維持してるんだ。
「文句言われても仕方ねぇこと言い出したのお前じゃんかよ」
「ぶーぶー。ちゃんとした理由があってのことだからいいじゃんかよ」
「ね、昨日言った通りでしょう? ハピコさんはきっとこうするって」
「まぁそうだったな。だから昨日のうちに用意しといた。いろいろ調整済み」
高山兄はそう言って、俺をパソコンの前に運ぶ。
画面に表示されたのは歌詞。全体としての流れを組んだ上、耳に残る言葉で上手に構成された歌詞。
なにをさせたいのだろうか。と思って後ろを振り向くと、背中を叩かれた。乱暴な男め。そんなのだからリストラされるんだ。
「歌ってみろ。一回撮るぞ。もう殆ど上がってんだ。お前がどれだけ頑張れるかで結果は変わるぞ」
「わかってるよ、そんなの……」
「MVもお前が作るっつったな? 準備は出来てるのか?」
「……ああ。それは」
一つ。
「一枚絵に歌詞を乗っける感じの、すっごいちっぽけな感じにしていい?」
「わかった。それでやろう。ますますお前の腕に責任が伸し掛かってくるってのは忘れんなよ」
許可はもらった。
やることは決めた。なら、あとは目的に向かって進むだけだ。間違っているわけがない。この方法で、確実に合っていると思えた。
だって、音楽で俺が救われたから。
俺に似てるっていうのなら、あいつだってそうだろう?
俺がそうして、歩き出せたことが何よりの証左だろうが。
「覚えた。歌おう」
「早いな……」
「演劇やってたからな。この程度なら覚えれる。次にリズム合わせるからお願い」
「了解」
だから俺は諦めない。
絶対にどうにかしてみせると決めた。そしてなふだに約束したのだ。
だからこそ。
才能は捨てた。それが不幸を生むと思っていた。いずれ自分を殺すと思っていた。
でも才能のない自分だと何も救えないのなら、俺は天才でも超人にでもなんだってなってやろう。
俺は二人のことが好きだ。
だから、二人には殺されない。
だったらそれで十分だ。あの二人のためにしか、俺は自分の能力を使わない。
──いいや、そもそもそれは才能ですらない。
ただそこにあるだけのもの。誰もが持っていて、気づかないもの。
向ける先がないだけのもの。そんなものが、きっとそれなのだ。
だからこそ。
今日だけは、本気で一つやってみよう。
今日は天気がいい。まるで昨日の雨が嘘みたいだった。
筋肉痛は気づけば引いていた。びっくりするくらいに、この体のスペックは高い。なんてまるで異世界転生した主人公みたいなことを思った。けれどここは現代で、そう大きい物語なんて起きるはずもない。そういうものだ。
だからいつまでもシリアス展開をぐだぐだやっているだけ無駄だ。俺が言えたことじゃないけど。
辛気臭い俺が言えたことじゃないんだけれど。けれど、そう思った。
人を殺すとか、殺さないとか、そんなのもうおかしいだろうが。二重人格がどうとかなんとか、そんなの知ったことじゃない。
もうすぐ夜がやってくる。そんな中、俺は歩いていた。
なんとなくだ。
なんとなく向かった共同墓地。
見知った名前のその前に立ち尽くして。俺は手を合わせてみた。
もう迷いなんてない。吹っ切れた。それはまたあいつが逮捕されたからだろうか。
「……父さん。人ってホント、一回足を踏み外したら終わりなんだな」
俺は完全に転落する前に、手を引かれた。
「父さんの親友は、父さんを殺すほど……思いつめてたんだってよ。だからと言って許すわけじゃない。人殺しは許されることじゃない」
だから、本当に人を信用することができなかった。
そして腐っていった。でも。
「しばらく来なくてごめん。怖くて、逃げてて、ごめん。でも。ほんのちょっとだけ手伝ってほしいんだ。どうやら魂とか幽霊とか、本当にあるらしいからさ。……ちょっとだけ、俺の友人を探すのを手伝って」
なんて。
そんなの、あるわけないけれど。
風が凪いだ。それに吹かれて、俺は顔を覆う。
まるで計ったようなタイミングの風に笑って、俺は風の吹いた方向へと歩き出した。
父さんの声は聞こえない。当然だ。そしてあの幽霊の声も聞こえない。そうに決まっている。
だって死者は喋らない。
そんな当たり前のことだが、俺は昨日死人の声を聞いた。
だから、死者の意思はある。
俺がそう思う限り、そこに死者の意思がある。
歩いていた。
たどり着いたのは公園だ。
そこのベンチに、見知った顔が腰掛けていた。
隣に座る。逃げることはなかった。
「ハジメさん」
「なに?」
「……なんて曲作ってくれてんですか。まったく」
おかげさまで。
彼はそう言った。
「もう分かたれることは──ないでしょう」
「そっか」
その言葉が意味しているのは、きっと純粋で当たり前のなにかだ。
半丁善悪はその特異性を失った。
けれどそれでもいい。そうなったとして、なにも問題はない。
半丁善悪と言う男は、そんなものがなくたって特別なのだから。
「じゃあ、お前の負けだ」
「は?」
「だってそうだろ? 俺が作った歌で、お前のわだかまりをぶっ壊した。俺の勝ちってことでよくないか?」
「……は、そうだな。そうですね」
手を差し出された。取ると、そのまま引き上げられた。
「──帰りますか」
「……おう」
「ていうかさ。どこにいたの?」
「え? カイラの家ですけど」
「マジかよあいつ本当に嘘つきだな」
今頃笑ってるんだろう。そう思うと少し腹が立ってくる。すべてお見通しってやつだろうか。
それでもいいさ。
まるで意味のない、こんなにあっさり終わることでも。
そこに至ることはすごく難しいことだと思うから。
見事なまでに噛み合わなくて、些細なことでぐちゃぐちゃになる。
そんなこと、どこにだってあるだろう。
ちっぽけな喧嘩。些細な喧嘩。
それが終わり、また普段どおりに仲のいい時間がやってくる。
「ていうかさー。あんとき散々罵倒してきたんだし、今更敬語要らないだろ」
「……たしかに。これからそうするわ」
「おうよ。それでいい。っつーか、それがいい」
そんなことを話しながら歩いている。
帰ってきた。
なふだの部屋の扉を叩く。
「ただいまー」
「……ただいまー」
「おかえりなさい」
部屋に入って、少しだけうげっと顔を歪めた。
投稿した曲が再生されている。恥ずかしいし気まずいなぁと思いつつ、少し落ち着かない気分になりながら部屋にあがった。
夕食を終える。
「いやー、一件落着だなぁ……」
「落着か……?」
「いいんだよ、ちゃんと全部元通りになったんだから」
「いやちょっと待ってください! いつの間にそんなに距離を!?」
「ふっ……」
「じゃないですよぶん殴るぞ先輩!!」
「ひっでぇ」
なふだがむっとして、こちらに寄りかかってきた。
そのまま揺らされる。ゆらゆら。結構な勢いで揺らされるからかなり困る。
「じゃ、じゃあ私もタメ口ききますからね!? いいですか!?」
「え、別にいいけど」
「じゃ、じゃあ……あああああー!! 無理! 無理ですよぉー!!」
なんだこいつ。
「あー! あー!」
「なんで俺を殴るの……? 痛いよ……?」
「心配させた罰だと思って甘んじてくださいな」
「うぐっ」
「お前の負けだなぁ、善悪くん?」
「ニヤニヤしないでいいから……」
なんだこいつ。
俺は正論しか言ってないだろうが。一体なにが悪いんだ。
と思ったが俺も正論は嫌いなのでそりゃあ悪いに決まっている。自分で言って自分で納得した。正論だけが正しいことじゃないってことだ。
「──ま。ちゃんと三人帰ってきたことだしさ」
PCを指した。
「約束通り配信しようぜ」
「えっ待って俺聞いてない」
「はいさっさとやりますよ先輩昨日の配信サボってるでしょうが全く」
「まぁやりたかったしいいけどさ」
じゃあ、そういうことで。
いろんな空転がある。いろんな間違いがある。けれど最後にはここに帰ってくる。そしてちゃんと目の前を向く。
それが当たり前なのだ。
ならば、夜は明けなければおかしいだろう?
そういうことだ。
そしてそれは、そういうことでしかなかった。
キリがいいので完結しました。
約一ヶ月の間ありがとうございました。
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