明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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貴方ジャンキー病巣センター

 目を覚ますと、男に頭を撫でられていた。

 

「おはようございます」

 

「おー、おはよう」

 

 ──ところで、これはどういう状況なのだろうか。

 

 

 

 

 

 俺が悪かった。

 

 俺が目を覚ましたのはなんと午後の二時。別にそのくらい普通だとも思う心もあるが、隣人二人は起床が早い。付き添って起きる俺も同時に最近早起きしていたので、心配していたらしい。

 実際になにか魘されていたとも言っていた。単純に寝苦しかっただけだと思うが、まぁ優しくされるのは嫌いじゃない。せっかくそうしてくれるというのなら、俺はその好意に甘えるのである。

 

 好意だって無駄になるのだ。

 誰かがちゃんと受け止めるしかない。

 

 のんびりとした午後を過ごす。なんかこうなんというか絶妙に心地が良い。

 と思ったら動画投稿の存在を完璧に忘れていた。やべぇ。

 

 隣人がいなくなったら撮影しよう。

 

 

 

 

「そういえば」

 

 のんびりとした口調。動画を大画面のモニターに映して一緒に見ていたときのこと。

 

「ハジメさんって、Vに興味があったりするんですか?」

 

「んー? 別に。最近流行ってるから見てるだけ」

 

 コンテンツの流行り廃り。これはいつもリサーチしている。

 趣味というのは多ければ多いほどいい。それが両立できるのならなお良しだ。

 初対面の相手と話すときに共通する趣味があれば多少は話が弾むのと同じこと。

 

 その程度の興味しかない。

 そもそも俺が最後に熱中したことってなんだろう。

 

 ──水面。

 心をそれに例えるならば。

 俺のそれは、揺らぐことすらないんだろう。

 

「やってみたくはないんですか?」

 

「パス。固っ苦しそうだし、やるなら普通に顔出しでやるわ」

 

「ふーん。ところでハジメさん」

 

「ん?」

 

「動画投稿してますよね?」

 

「ぬぇ」

 

 変な顔になった。

 

「チャンネル登録しました」

 

「……………………」

 

 俺の心は揺れない。

 揺らがない。だから、動揺なんかしていない。顔は赤くなっていないし、決して恥ずかしがってもいない。

 そのはずがない。そんな感情なんか、とっくの昔に置いてきているのだ。

 

「──それがどうした?」

 

「……見えてますよ。女の子が暴れないでください」

 

「ん? ああ、すまん」

 

 下着だろうか。胸だろうか。

 俺はまったく気にしないが、男性的には気まずいだろう。

 

 正直な話、パンチラなんて因縁をつけられる可能性を考慮したら喜べなんてしない。

 見てしまったのはこっちが悪いのだからしあながちなにもしてないとも言えない、とにかく起こってしまったあとが気まずいのだ。

 きっと同じなのだろう。目を閉じて顔を背けた隣人に「直したぞ」と声をかける。

 

「……なんで、こんなにもズレてるのやら……」

 

 しみじみと呟く姿がどことなく煤けても見えた。

 

 

 

 人生に置いて、それこそどうでもいいことというのはたくさんある。

 

 例えば音楽を聴きながら当て所なくドライブをしているとき。

 無駄だ。はっきりと言ってしまえば無駄だ。

 けれど、その時間は嫌いではない。

 

 右側の隣人──女のほう──に誘われて、俺はのんびりと助手席で街の雰囲気を満喫していた。

 流している曲はポップなミュージック。女性歌唱。やっぱり女性の趣味っていうのはこんなものなのだろう。

 俺には理解できないが、それでもなにもないよりましだ。

 合わせて鼻歌を口ずさんだりして、夜闇に心を浸している。

 

「──ハジメさんって」運転しながら彼女は言う。「意外とロマンチストですか?」

 

「見たとおりだ」

 

「見た目はクールビューティーって感じですよ」

 

「ちょっとしたマジックだよ。一皮むけば化けの皮は剥がれる」

 

「でもその化け()の皮は厚いんでしょう?」

 

「……お前さぁ、俺じゃなかったらやな女と思われてるぞそれ」

 

「実は私、性格がドブ川のような女なんですよ。ハジメさんの前では相当繕ってます」

 

「繕ってそれか」

 

 救えないなぁ。

 俺が言えたことでもないが、うっかりとそう思ってしまった。思うだけならタダだ。表出させなければ問題はない。

 俺の内心は俺だけのものだし、彼女の内心は彼女だけのものだ。

 そして意見は個々人によって様々だし、それも不可侵。

 その程度なら笑って見逃すこともできる。

 

「ええ。この顔の裏にどんな衝動を隠しているかもわかりませんよ?」

 

「自分で言うのか」

 

「いいじゃありませんか。せっかく生きてるんですから、ちょっと調子に乗ったって」

 

「ああ、いいだろ。俺よりマシだからな」

 

 車が停止した。

 小休止。体をぐぐっと伸ばした彼女が、そのままこてんとこちらに顔を預けてきた。

 

「無防備ですね」

 

 そしてこちらの耳を食む。

 かかる吐息がどうにもこそばしくて、嫌な気分だ。

 

「俺なんか相手にしたっていいことないからな」

 

「旅の終わりは物語の終わりですか?」

 

「謎掛けか?」

 

「いえ、単純に。そうではないでしょう? 次の旅の始まりになる」

 

「それは個人の意見だろ?」

 

「なら、私のこれだって同じでしょう?」

 

 そうだろうか。よくわからない。

 

「ネットに不用意に顔なんか晒しちゃ駄目ですよハジメさん。私らみたいに悪い人に目をつけられちゃいますから」

 

「お前もかよ」

 

 今日はよく身バレする日だ。笑えない。

 

 それは俺じゃない。

 彼女たちが見ているのは俺じゃなくて、そのガワでしかないというのに──どうして俺なんかに、わざわざ引っ越してきてまで触れて見ようとするのだろうか?

 

「自己紹介しましょっか。あなたは私の名前を覚えてないようですから」

 

「名前なんて、意味のないものを求めてどうする」

 

「全てのことに意味があると思いますか? あなたはなんとなくを理由にしない人ですか? そういうわけではないでしょう?

 むしろ逆。全てをなんとなくでしか判断しない。結論を定めてから理由を探している。

 よーくわかります」

 

 でも、と彼女は続けた。

 でも、と俺も思った。

 

 その生き方は間違っている。

 だって、それを通すためには外れている必要がある。

 強制的に意見を通すための我がいる。

 それは間違っている。

 間違っているんだ。

 

「肯定しましょう。私たちは──そういう、()()()()()の集まりですから」

 

 彼女は、俺の服の襟に手をかけてそう言った。

 

 

「私の名前は、《術楽(すべらく)なふだ》。

 ちょっとばかし値札をつけるのが大好きな、至って普通の女の子です」

 

 

 価値をつける。

 他人に値札をつける。それはひどく当然に行われている残酷な行為だ。

 

「俺の値段は?」

 

「言い値で買いますよ?」

 

「そりゃあいいや。じゃあ二円だ」

 

「マジですか?」

 

 俺のことを買ってるやつらの数が俺の値段になる。

 ならば、隣人二人で値段は二円。わかりやすい計算だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ということで、今回はスペシャルゲストとして最近先輩がお熱のハピコさんとのオフコラボですよー」

 

 なんだこれ。

 

 

 あの後のんびりとまたドライブを続け、帰ってきた。

 そのあとに彼女の部屋に通されてからのこれだ。

 彼女が開いているパソコンの向こうには、女子のイラストが動いている。

 

 いや名前に聞き覚えがあるとは思っていた。

 VTuberのやつと同じ名前とかいじられてそうでかわいそうだなとかちょっと思っていた。

 でもまさか本人とは思うまい。

 ていうか中の人がそれをカミングアウトするか普通?

 

 『半丁善悪:刺す』

 

 そしてお前はどこにでも湧くよな。

 あまりのブレなさに思わず苦笑。

 

「で、語り出しってどんなのがいいんだ?」

 

「語り出し方を聞く語り出し方って斬新ですね?」

 

「そもそもVTuberが生身の人間とコラボって許されるのか?」

 

「善悪先輩が事務所に申請してたんですよね。そこで許可が出たらいいって言われてたわけですよ。

 で、私はさっきハピコさんを言い値で買いました。

 これはもう許可では??」

 

「事実だからなんとも言いづらいけどさー……」

 

 でも心の準備がもうちょっとほしかったというか。

 いきなり始まったせいで実感がまったくない。

 

 『なふだちゃんが言い値で買うってなかなか珍しい』

 『善悪ニキに対して「底は知れた」って言い切ったのほんとすき 実際最近のあれで底は知れた』

 『お兄ちゃんは天井のほうが高いから……』

 『底が浅いの駄目じゃないですかね????????』

 

 『半丁善悪:刺す』

 

「刺すbot先輩はさておいて……値万両だと思ったら、本人に聞きますよ。安く見積もってくれたらラッキーでしょう? ……まぁ実際、めちゃくちゃ安く済みましたしね」

 

 『ハピコさんって絶景なんですか?????』

 『動画でもわかるけど絶景だよ』

 『あ、これ楼門五三桐か』

 『ヌッッッ!!』

 『メニャニーニキおっすおっす』

 

「石川五右衛門?」

 

「ええそうですよー。私がこの値段を見積もったのはこれで三人目です。ソラ先輩、涼くんについでですね」

 

「えーと、どっちもVTuberだっけ? 高山ソラのほうは知ってるけど、涼くんなる人はちょっとわかんないなー」

 

「まぁ涼くんは仕方ないですよ、一番の新参ですし」

 

 『鈴音涼:ぼくです』

 

 『涼くん……!? 俺だ! 結婚してくれ!!!!!!』

 『刺す』

 『そういえば半丁善悪とかいう男、涼くんにも言い寄ってたんですって』

 『刺す』

 

 『半丁善悪:刺す』

 

「コメント欄が脅迫文ばっかりなんだけど、BANされない?」

 

「太宰も使ってたから許されるんじゃないです?(適当)」

 

 らしい。

 見なかったことにしよう。

 

「ハピコさん」

 

「何?」

 

「じゃあここでせっかくなんで、クイズでもしましょうか」

 

「わかった」

 

 さて、クイズか。

 いったいなにが飛び出してくるのやら。

 

「Q.私達の運営事務所は?」

 

「えーと……ジグザグ?」

 

「正解はドモールですね。VTuberのグループとしての名前が『じぐざく』です。わりと見てる人じゃないと意外に答えられないんですよね」

 

 つまり、視聴歴を試されていたと。

 

「つまり即答できた人は比較的オタクってことです。わかったか刺さっていろ」

 

 『オタクじゃ駄目なんですか』

 『キモくなければオタクでも許されるだろう……キモくなければな』

 『つまりハピコちゃんはオタクじゃなくて擦れてなくて美少女で守護らなきゃって感じの最強美少女ってことですか』

 『最強じゃん 問題は俺たちが三次元に欲情できない体にされてしまってることだけだな』

 

 『鈴音涼:おたくでごめんなさい』

 

 『半丁善悪:なーかしたなーかしたーwww』

 

「あ、涼くんは気にしないでいいんですよ。あと二千円の男は黙ってろ」

 

「二千円なんだ……」

 

 でも二千円札って考えるとレアなんじゃないだろうか?

 

「では次の問題です。

 Q.『じぐざぐ』のメンバーは何人いるでしょうか?」

 

「わかるか!」

 

「正解は二十七人です」

 

 多いな。VTuberグループとしてはこれでもそこそこの人数なのだろうか。

 

「次の問題。

 Q.一期生は六人です。誰でしょうか?」

 

「高山ソラだろ? あとは半丁善悪。ここ二人は確実」

 

 『半丁善悪:名前呼ばれた……死んでもいい……』

 

「きっしょ」

 

 『半丁善悪:この世を去ります』

 

 そんな軽いノリで自殺されても困る。

 手に持ってたナイフで自分を刺すのだろうか。

 

 こんなのでも、昨今のVTuberブームに対して貢献したやつではあるんだよなぁと思うとなんともやるせない感情になる。

 あるいは、頭のネジが外れているからか。

 

 

 なふだは自分たちをろくでなしの集まりと呼んだ。

 でも、彼らと俺とは全く別物だ。

 特に一期生。

 その頂点、高山ソラ。

 

 彼女は間違いなく『持っている者』だった。

 あれこそが間違いようもなく持っているものだった。

 話したことはない。けれど、それだけ人間として外れていながらも、彼女のやることなす事は面白さと直結する。

 

 人としてズレたあり方だけれど、彼女は相互理解を果たしている。

 

 どうしようもなく俺からズレている──俺とは違っている者たちだ。

 

「あとは、ハルハハール・ハルハールだろ? 座津田(ざった)からくり。ここまでは正解か?」

 

 『クソ猫が出てこなくて安心した』

 『彼女は……? 彼女はまだ……?』

 『一期生唯一の清涼剤はどこ……?』

 

「あとは、三丁目にゃんこ……だったっけ。残り一人だれだろ?」

 

「唯一手放しで尊敬できる人が出てこないのなんというか寂寥を感じますね」

 

 誰だろ。

 わからん。

 

「……答えは忠兎(ちゅうと)もぶ先輩です」

 

 『忠兎もぶ:泣いていいですか?』

 

「……ごめんなさい」

 

 マジで知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──配信が終わってのこと。

 

 がちゃり、と扉が開いて、右隣の隣人が入ってくる。

 

「よー」

 

「こんばんわ。お疲れさまです」

 

「うん。疲れたよ先輩ー」

 

「待て」

 

 ちょっと待て。

 待て。

 

「──ひょっとしてお前」

 

「あ、はい。多分バレてますよね。改めまして、半丁善悪です」

 

 

 体を隠した。

 

 特段意味はない。

 今更、無防備に肌を見せていたことが恥ずかしくなったとかそういうことは──ない。







 ちょっとばかしネタバラシというか設定バラシ。

 なふだちゃんが値段をつける基準ですが、彼女は「魂」に値段をつけてます。それが優れていればいるほど高い値段をつけられてます。
 そこから人格とか人柄などの要因を引いたり足したりして値段を出します。
 魂って呼んでますが、正確には共感覚と人生経験のあわせ技です。

 二千円の男は両方の面に異常があったせいでこんな値段になっちゃったわけですが、彼の場合は相当特殊な事例ですので値段がころころ変わります。

番外編をするとしたら

  • 過去編
  • 公式ライブ
  • なふだちゃんお家騒動
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