エゴサをする。
『VTuberが三次元の動画投稿者とコラボしてるのすげー嫌だわ』
『すごいでしゃばってきてる感ある
ろくに動画も見てないやつが出てくんな
普通コラボ先の事務所名知らないとかありえないだろ』
「──ふへ、ふへへ……」
「……あれは放っておいていいのかなふだ……?」
「あー、大丈夫でしょ。要はリスカみたいなもんですよ。自分のアンチコメを眺めて存在を実感するの」
「リストカットとは違ってストレスを溜めるだけだと思うんだが」
「そこらへんは個人の感覚でしょうね。少なくとも、ハジメさんがこうして自分から楽しんで見ている以上なんともいえませんよ」
自傷行為。
リストカットなどあれこれ。
そう、今俺は自傷している。
痛みを止める際にストレスも軽減してくれるのがリスカだ。それとは違って、これはなにかそういう理論だったものがあるわけでもない。
ただ単純に自分を傷つける行為。
けれど今は、これがなによりも心地いい。
「ふっふ、ふふふふ、ふあははははは」
「こっわ」
「そういえば先輩、ハジメさんといるときだけは結構
「ああ……なんでだろうな? 彼女の側にいると落ち着くんだよ。手の届く位置にいないときは、どうにも落ち着かない」
「普段からそっちなら、私も値段をつけ直すんですけど……まぁ、安定しだしたら値上げしますよ。
あっちの先輩は百兆ジンバブエドルにも満たない値段ですけど、こっちの先輩は割と高く買ってます」
「そんなに低いのか、俺の値段……」
俺は狂っている。
その認識がある。
そうでなければ、こうして笑えるものか。
「はぁ……」
涙が出てきた。きっと愉快が極まったせいだろう。
「ぅぐ、ぐ、う、うぅぅぅぅ……」
「あーはいはい泣かないでくださいねハジメさんー!
ダメージもらいすぎでしょ、ほとんど肯定意見だったでしょうに!」
「すごいな、こんなスレあるのか……どこまで漁ったんだ」
「泣いてないし……」
「無茶があるでしょ!?」
善悪がスマホの電源を消した。
そして、そのまま机の上に放り出す。
「離せー……俺にはアンチをねじ伏せる見せ方をする義務があるんだぁぁぁぁ──……」
「あのですねぇ……」
伸ばした俺の手をやんわりと押し戻し、なふだは嘆息する。
「そりゃあ、私たちは消費されるコンテンツとして求められてるものを見せなきゃいけませんけど……
匿名性の高い場所のごく狭い隅っこでしか発言できない程度の連中に合わせてどうするんですか」
「アンチの指摘を正面からねじ伏せて三等親以内に属する連中もろとも殺す」
「好戦的すぎるわっ……!」
「別に気にすることもないと思うけどなぁ。俺みたいに大々的に炎上したってわけでもないんですし」
「プロの風格を感じる」
炎上のプロ・半丁善悪が途端に頼もしく思えてきたぞ。
人間の印象はあてにならないものだ。
同時に、自分のちょろさに少しばかり笑いが零れそうになる。
「なふだの言う通りですよ。少数派に合わせていたら切りがない。
それで無理やりスタンスを変えて『昔のほうがよかったのになぁ』とか言われたいんですか?
創作者の作風が変わるのは、表現するのは人間ですから、興味の移ろいによって当然ありますよ。
でもそうじゃないでしょう? あなたは今、自分のことをろくに見ていない連中に合わせようとしている」
「──む、むむむっ……!」
たしかにそのとおりだ。
普段実況してたりコメント欄に湧いてくるヤツと同一人物とは思えない。
いや、実際に違うのだろう。
彼は二重人格者の設定でやっている。
だから、ここにいる彼と動画で見る彼が違うのは当然なのだ。
あまりにも自然すぎる演技。
既知からかけ離れたその振る舞い。
それがどうしようもなく、発言に説得力をもたせている。
「で、でも、だからって、少数派の意見を蔑ろにしていいのか?」
「それが俺たち、配信者の仕事ですよ。わかりますか?
俺たちは夢を売る仕事をしている。だから、そりゃあ全員が楽しめるのがいいに決まってる。
──でもそんなのは幻想なんです。全員が納得して、無邪気にはしゃげるようなものなんて作れるわけがない。特に人気が出てくるとそうだ。
あなたが今立っている場所は、少しずつ批判的な意見を持ち始める人間が現れる場所。
だったら切り捨ててもいい。あなたのことが嫌いな人は、あなた以外のことが好きなんですよ。
このご時世、やろうと思えば誰でも創作者になれる。たくさんいるんだ。
だからこそ、その中から砂粒を拾い上げるように、あなたのことを好きになってくれた人にはあなたなりの最大限の贈り物を。
それだけを考え続けるのが、俺たち──創作に携わる者だ」
ゆっくりと、言葉を選びながら拾い上げるように。
その言葉は語られた。
はっとする。
俺は全員を楽しませることができるコンテンツとしてあろうとしていた。
だがそれは違う。
本当は、ついてきてくれる人たちに最大限楽しんでもらえるコンテンツになるべきだった。
「…………」
自分の短慮を感じて、少しばかり頬が熱くなる。
「すみません、少し上から語ってしまいました」
「いや、ありがとう。おかげで気づけたよ」
「……ならよかったです」
その顔は、本当によかったと思っている顔だ。
まったく嫌になる。
どうして狙って引っ越してきやがったヤツなのに、こんなにちゃんと『良いやつ』なんだ。
いつかの配信の話。そうだ。疑いようも、間違いようもない。たしかに色付いた事実として、ちゃんとある。
──俺は隣人に恵まれたのだろう。いろんなことを差し置いても、その事実だけは変わらない。
全ては個人の意見、らしいから。
「へー、結構いいこと言いましたね先輩……。
やっぱり先輩は天井が高いタイプのようです。値段修正しときましょ」
「それでいくらになるんだ?」
「五千円」
「悲しいな……? それならまだ二千円札で通るぶん前のほうがレア感なかったか?」
「は? 五千円舐めてるんですか? だから先輩は底が浅いっつってんですよあーまったく困った困った」
「俺そんな言われるようなこと言った?」
言ったんじゃないかなぁ。俺も同じこと思ったっていうのは置いといて。
しかし、いざ意識してみると難しい。
もともと俺を評価してくれていた人というのは、たいてい俺の語りを楽しんでくれていた人だ。
チャンネル登録者は『なふだちゃんぱわー』という名の有名人ブーストで二万人を突破したが、実際どれくらいの人が俺の動画を気に入ってくれているのかわからない。
意識しようとしたら、途端にわからなくなる。
思うに、俺はコラボ向きの人間ではない。
ぺらぺらと気分の赴くまま喋るし、言葉で思考をまとめるため、独り言が多くなる俺では他人と合わせた会話をしようとしたら駄目になってしまうだろう。
どうしようか。
そう思った俺の前に、釣り糸が降りてくる。
「──ということで、そういう批判意見は強制的にねじ伏せてしまえばいいんです。
なら、ハジメさんが我々『じぐざぐ』の間でも重要な関係者という扱いを定着させてしまいましょう」
「は?」
「つまりこういうことです。
ハジメさん──俺とコラボ配信しましょう」
「……………………」
──そんな餌で俺が──……
「というわけで、今回はスペシャルゲストを招いております」
「はーいみなさ~ん、みんな大好き術楽なふだちゃんですよー?
お友達を連れて来ましたー」
「……………………つられくまー」
『おファッ!?』
『その声は我が友……』
『なんか一人だけポリゴン数多い子いますねぇ』
『ていうかこれ、オフコラボってマジ? なふだちゃんとハピコちゃんってそんな仲なの?』
『昨日よりはるかに語り出しとしてはマシになったハピコちゃんかわいい!』
『ハピコちゃん、かわいいかわいい!』
『ハピコちゃん美しい!』
『ハピコって、いい子だよなー!』
『お嫁さんにしたいわー!』
「最後のやつは刺す」
俺はマリオンじゃない。
「以前から望んでいたコラボができて俺としては嬉しい限りです」
と、善悪は言う。その表情と声音はとても柔らかく、本気で俺とのコラボを楽しみにしてくれていたんだということが伺える。
知っていた。
半丁善悪という男が、どれだけ俺を買ってくれているか。
だって彼は俺の売値の半分を支えているから。
俺に市場価値を見出して、一番最初に買ってくれたのは彼だから。
だから俺は、その言葉に対して苦笑をこぼす。
「緊張してないか?」
「正直言うと、かなり。
二人きりだとたぶんろくに舌も頭も回らなくて危なかったですね。だからまぁ、ここに二千円って値段をつけてくれやがった後輩も呼んだわけですけど」
「はいあうとー。値段修正しておきます」
「お前俺に対して当たり強くない???????」
『あれ、珍しい。善モードじゃん』
『あっマジだ! 普段みたいに棘がない!』
『羚羊蝦夷鹿:初めてみた……』
『えぞちゃんも初見なのか……(困惑)』
『善モードのニキってほんと珍しいんだなぁ』
「いろいろ言ってくれてるけど、個人的には結構出てるんだぞ?」
コメントに反応して善悪が言った。
受け答えははっきり。
普段から発音は明瞭だが、それとはまた違う発声。
おそらくは意識していない。
けれど、確実に違う。
オンとオフの切り替え。
それを気負わず、ごく自然にやってのけている。
さながら配信が日常の一部かのように。
──俺とははっきり違う。
正直に言おう。嘗めていた。
俺はバーチャルユーチューバーとして活動している相手のことを、あまり深く理解していなかった。
そしてバーチャルユーチューバー自体を嘗めていた。
しかしこうして直に見てわかる。
明らかに違う。
術楽なふだは、あくまでも『日常の延長』だ。彼女がやっていることは、彼女の世界観や価値観を相手に押し付けること。
彼女のように特殊な世界観を持つ人間は限りなく少ない。いや、多少はいるのだろうが、でも素面でそれをやっている人間はいない。
そんな彼女の視座の押し付けは、それだけですでに価値だ。だから彼女はそれを思いっきり押し付けたらいい。
だから、彼女からは感じなかった。
けれど違う。
彼は。
半丁善悪は『配信という商品』を提供している。確実にそれを理解している。
理解して、意識して、それでもなお揺らぎのない自然体。
俺とは違う。
俺が話せるのは、彼と違って特段配信という作業を重く見ていないからだ。
つまりこれはあくまでもアマチュアの考え方に過ぎない。
だが、彼はプロとして『配信の重み』を知り、そしてそれに対して真摯に向き合っている。
真摯に日常を作り上げている。そしてそれこそが、本当に彼にとっての日常なのだ。
「──なんか、すげー」
つい言葉が溢れた。
そんな俺の様子を見て、善悪は疑問を表現するように首をかしげ、なふだは『十点』と書かれた札を上げいや待てなんだそれ。
「どうしました?」
「いや、なんというか……普段動画とかで見てるときと違ってさ。
はじめて『半丁善悪』ってやつを見たかんじ」
「……えっと?」
「あ、えっと、あの……あれだよ。
さっき言ってたじゃん。『好きになってくれた人に、最大限の贈り物を』。
それとさ、さっきからの様子を見ててさ。すげーなって思ったんだ」
「…………!」
無言でなふだが札を追加した。
善悪は無言で見ている。
「普段俺の動画とかいっつも見てくれてて、そこではちょっとあれな感じだけどさ。
ほんとは、すっげーかっこいいじゃん?」
『あっ』
『ニキそんなこと言うとったんか』
『これは超善モードですね間違いない……』
『よかったな……ハピコちゃんに褒められて……!』
「……。まいったな。すっげー嬉しいんだけど……!」
『えんだぁぁぁぁぁぁぁ』
『すなおなニキ』
『めっちゃ笑顔じゃん……てぇてぇかよ……』
『急にぶっこんでくるからなにかと思ったら高純度の波動で心臓が止まった』
あ、やっべ素で語っちゃった。
「──と、とりあえず! 今回のコラボの本題に入っていきましょうか!?」
「あ、そ、そうだなー!?」
「っく、んはははははっ! まっさか今のやり取り、ガチの素ですか!?
かわいいなぁハピコさん!」
札が増えていた。
どっから用意したとか聞かないから、今はとりあえず黙ってほしい。
すっごく顔が熱いから。
リアル都合で時間がとれなくなっていく可能性が高いのでだるすぎなんもやる気起きんしなんにもわからんちん
番外編をするとしたら
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なふだちゃんお家騒動
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