明けぬ夜の宿痾   作:moti-

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花の翳りは拭えない

 点と点でつないだ場所から、なにか新しい見地を得られる人間は優秀なのだろう。

 少なくとも俺にはできない。できなかった。

 それでも、俺は今も生きている。

 意地汚くも生き長らえている。

 

 俺は生きている。

 だから、生きることができなかった人のぶんも生きなくてはいけない。

 

 

 そうだ。

 間違っていても、狂っていても、意地汚くても、どうしようもなくても、俺は俺を生きなくてはならない。

 それを呪いというのなら、俺はとっくに呪われているのだろう。それがどうした。

 

 俺は生きている。

 俺は俺の意思で生きている。

 昨日と地続きの今日。これまで歩んできた俺の後ろの轍は遠く、出発点はとっくに見えない。けれどあるのは間違いないのだ。

 俺はここにいる。

 俺はたしかにここにいる。

 その実感があれば十分以上だ。十二分よりも大きい。

 だから。

 けれど。

 焦がれるくらいはいいだろう。理想の自分になれないのならば、腐っている自分を少しだけでも褒めてあげないといけない。

 思い出せないほどに、遠い出発点。そこに笑われてしまうのだけは嫌だった。

 

 日向があれば日陰がある。

 俺は日陰に生きている。部屋の隅で、埃を食べるような生き方をしてどうにか生きている。側にある光は眩しすぎるから、俺にはここがお似合いなのだ。

 そんな俺を、無理やり引きずり出したやつらがいる。

 俺は。

 俺は。

 俺は。

 

 報いるべきなのか。

 誰に? 俺にか? 恥じぬように生きるべきなのか?

 それは誰だろうか。

 果たして本当に俺なのだろうか。俺といえるのだろうか?

 他人に合わせるように変わって、本当に俺は俺だって言えるのだろうか。──なんて。間違っているか、そうでないか、わからないけれど。

 でも心の奥に染みた言葉。

 どこか懐かしいような調べ。

 

 優しさと、確固たる意思と、価値観が透けていた。俺のために語られた言葉。それを、俺はたしかに覚えている。そして心に命じたのだ。忘れるな、と。

 受け止めるべきだ。俺は受け止めた。そうするべきだとわかっていたから。

 そして、そうしてしまったから。

 

 俺は変われないのだろう。

 何より俺が実感していた。

 

 

 

 

 

 せっかく買ったタバコなのだから、吸わなくては損だ。そう思ってベランダに出て煙を黙々と吸っている。

 それしかやることがない。

 掃除が下手だからって追いやられたためでは断じてない。

 そもそも掃除は終わっている。なら何故こうして俺がベランダで煙専門の掃除機と化しているのかというと、本当に手持ち無沙汰だからだ。

 二人はどこか出かける場所があるとかで消えた。

 ツイッターにも情報は流れてこない。LINEでちまちまとメッセージを送っているが、妙にはぐらされている。

 どころか途中から既読無視される事態。

 

 別に特段なにも思っちゃいないが、そういうわけで草を噛んでいる。

 俺の歯はこの体になってから嘘のように綺麗で、歯並びもちゃんとしている。

 この真っ白を途切れさせるのも嫌だからあんまり紅茶なども飲むことはなかったのだが、この前弟に会いにいってからというとそこらへんに対するハードルがめっきり下がってしまった。

 だから念入りに歯磨きをしている。

 

 なんだか配信をするって気分にもならない。動画撮影なんてもっとできないだろう。

 一体二人は何をしているのやら。そう思っている自分がいることに気づき、頭を降って振り払う。

 

「絶賛サブカルクソ女満喫中ってな? 自撮りでもしてやろうか」

 

 誰に聞かせるわけでもない独り言。

 誰にも反応されるわけでもない。

 タバコを握りつぶした。熱さを感じるが、慣れだ。火ごともみ消すのは慣れた。昔からこうしていたから。

 まだまだタバコは残っている。残りを吸う気にもなれず、次を取り出そうとした手を降ろした。

 部屋に入る前にファブリーズをしておく。こうなるのならいっそ服を着ずに吸ったほうがいいんじゃないだろうか、と考えて、わざわざ脱ぐことの面倒さを思うと駄目だと結論を出す。

 

 動画を見て時間を潰す気にもなれず、俺はただ悶々と時間がすぎるのを待っていた。

 別に二人のことが気になるわけじゃない。単純に、今日はそんな気分になれないだけだった。

 

 ツイッターを覗く。

 最近はフォローの通知が多いせいで、外部の通知を切っていたのだ。

 ひょっとすると『じぐざぐ』関係の相手からのフォローも来ているかもしれない。

 フォロワー欄を確認。

 

 株式会社ドモールからのフォローを確認した。

 

 順調に外堀を埋められているような予感がしてならない。

 とりあえずフォローを返す。

 他にも、忠兎もぶや鈴音涼といった、この間の配信で見覚えのあるメンバー。

 

「──あれ?」

 

 鈴音涼のツイートを拝見しようとプロフィールを覗いたら、興味深い文字列があった。

 

 『一日置きに性別が変わる』。

 

「あ、もしもし連理ー? ちょっと質問があるんだけどお前ってVTuberだよな?」

 

『ふぇぇぇぇ──!?』

 

 女の声がした。

 今日はそっちなんだな。ていうか今ちょうど配信してたっぽい。

 

『な、ななな、なんで兄ちゃんがそれを……!?』

 

「あ、ごめん。フォロー返ししてたらプロフ欄に面白い記述があるじゃん? そりゃあ気にもなるじゃない?」

 

『ふぇぇ……』

 

 あ、ふぇぇ化した。

 なんか昔から女子っぽい反応するんだよなこいつ。

 

『こ、こうなったら──! 兄ちゃんも配信に来てもらうしか……!』

 

「俺はいいけど事務所の許可取れよ」

 

『むぐぐぐぐぐ……! ちょっと聞いてくる!』

 

 いやぁ。世の中って妙な奇跡があるもんなんだなぁ。

 ていうか、特に考えず電話かけちゃったけど今日平日じゃん。

 あいつ高校どうしてんの。

 

『二つ返事でオーケーもらったよ』

 

「まじ? あ、でも通話配信に乗っける方法ってどうするの?」

 

『ディスコードとかの通話機能使うんじゃない? あ、兄ちゃんはアカウント持ってる?』

 

「二人に取らされた」

 

『じゃあそっちで』

 

 ということで準備完了。

 PCのマイクの調子もオッケー。

 

 画面を共有してもらって、こちらからもコメントが読める状態に。

 

「もしもーし。聞こえてる?」

 

『ばっちしおっけーだよー』

 

「ということでこんにちわー。うん。またなんだ。

 また俺なんだ。なんつってな」

 

 『コラボ率がたかぁい』

 『突発コラボってマジ?』

 『平日の昼間にやる内容じゃない件について』

 『メルスト繋がり?』

 

『いや、その……なんというか……』

 

「身内だったんだよね。世の中って狭いわほんと。ここ最近のVTuber遭遇率がおかしい」

 

 『草』

 『ひょっとして涼くんのママとかですか……?』

 『実際めちゃくちゃVTuberとの縁がある女』

 『つまり三人と実際にあったことがあるっていうことですね……?』

 

「ママじゃない。あと俺がメルストを知ったのがこいつ繋がりだから、この間のカラオケで褒めてくれた人はみんな感謝しようね」

 

『僕のほうが感謝したいんだけどね。ていうかおに──ハピコさんって、あんな曲歌えたんだね。

 いっつもロックとかそんなのばっかり歌ってたから……』

 

 『想像が余裕すぎるのなんか困る』

 『紅とか歌ってそう』

 『ジャンキーナイトタウンオーケストラ好きそう』

 『千本桜は嫌いそう』

 『平沢進好きそう』

 『DIE SET DOWN歌ってそう』

 

「なんか俺に対する印象おかしくない?」

 

『でも紅よく歌ってたよね……?』

 

「……今の俺はゆるふわムードだから……。香水とか白日とかヤツメ穴とか歌うタイプのゆるふわ野郎だから……」

 

 『ほんとにゆるふわですか……?』

 『ヤツメ穴はゆるふわじゃないんですがそれは』

 『香水歌ってるのイメージできんわ 紅蓮華は熱唱してそうだけど』

 『たしかに紅蓮華似合いそう』

 

 二番覚えてないから紅蓮華は歌わない。

 

 と、そこでスマホに通知あり。

 確認する。

 

「ひぇっ」

 

『え、急になに……?』

 

「いや、あの二人から……『なんで急にコラボしてるの』って……LINEが……」

 

『あー。愛されてるね?』

 

「通知止まらないんだけど……こわ……」

 

 『悲報:浮気がバレる』

 『ニキもなふだちゃんもかわいいかよ』

 

 『半丁善悪:なんで急にコラボとか始めちゃったの』

 

 『術楽なふだ:私は許しませんよ 浮気です 先輩を値下げします』

 

『あ、先輩たち。こんにちわー。

 僕は悪くないですよ。ハピコさんが僕に「お前VTuberやってるよね?」とか言ってきたからなのです』

 

「コラボ持ちかけてきたのそっちじゃん……」

 

『僕のせいじゃないもん。もともとこっちのLINEもずっと無視してたくせにー』

 

 『マジかよニキのファンやめます』

 『巻き込まれるニキ』

 

「しゃーねーじゃん。俺がいたら教育に悪いし」

 

 『子供のときの二人ってどんな人だったの?』

 

 飛んできた質問に対して考える。

 子供のときの連理か。

 俺が連理と一緒に過ごしてたのが四歳くらいのときまでだから、実のところ時々親に言われて帰省したときくらいにしか会うことはなかった。

 

 そしてここ三年ほど何を言われても帰ってないから、実のところ俺は連理のことをあまり知らない。

 

「んー。昔からいい子だったよ。かわいかったしさ。

 だから不安だったなぁ。いじめられたり誘拐されたりしないかって」

 

『僕のことそんなふうに思ってたの……? やけに過保護だと思った……』

 

「まぁあんまり会うこともなかったしな。ちょっとばかり過保護になっても仕方ないだろ」

 

『むぅー……』

 

 『解釈一致の幼少期ありがとうございます』

 『やはり聖人は昔から聖人』

 『身内でもこんなに違うのか……かたや要介護者、かたや聖人……』

 

「誰が要介護者だよ」

 

『でもハピコさん昔から結構ろくでなしだったよね』

 

 自覚している。

 俺はろくでなしなのだ。だからこそ実家から逃げたのだから。

 

 だからといって傷つかないとは言ってない。

 

「まぁ、俺はなぁ……。あんまり人とか好きじゃないタイプのやつだったし。わりと喧嘩もやったしなぁ。不登校だけは避けたの偉くない?」

 

 『血の気多すぎない?』

 『お前ほんとに女子か? ゴリラだったりしない?』

 『たしか握力40キロくらいって公言してたような……女子……?』

 『俺っ娘だし服は死んでるしもうなんかこう女子っていうよりは……』

 

「きれそう」

 

『まぁ女子ではなかったよね? ……いつもよくわからないことを言って煙に巻いて。結構めんどくさい人間で。起こったことを小説に変換する癖があるって聞いたときは笑っちゃった』

 

 カルセちゃんじゃん。

 とはいえ、今もまだ似たような癖があるからなんともいえない。

 

「治ってないぞ」

 

『カルセちゃんじゃん』

 

 『メルストーク』

 『ハピコちゃんたしかにディベールテスマーにいそう』

 『※大人の遊び場みたいなとこです』

 『エレキの国はいいぞ』

 

「エレキの国は全部いいけど初見はいまからエレキ3rdをしろ」

 

『エレキ3rdはね……いいよね……。恩人になにかあったら、って思えるお兄さんとか早く大人になりたいって思いとか、お互いがお互いに尊重しあってみんなの気持ちが痛いほどわかる……からこそ、終盤の展開がつらすぎる……。ルトくんが最後に決断したところ、ホント好き……泣いちゃう……。もうかわいすぎかよって……』

 

「いいよねエレキ3rd……。ラルトさんのお兄さん感大好き。あと、奪った側と奪われた側の構図っていうのはほんとに……ぐっと……」

 

 『エレキ3rdは実際初見におすすめだと思う』

 『でもユウくんのこれまでの旅路を見てるから余計にイイってところない???』

 『みんなメルストやってんだなぁ……やってみるわ』

 

 思い出して涙が出てきた。

 でも仕方ない。名作なんだもん、エレキ3rd。

 ルトくんもメリアさんもプリルさんもラルトさんもユウくんもメルクさんもオキュペもみんなよかった。

 少なくとも俺は大好きだ。みんなにプレイしてほしい。

 

 題材自体はありふれたもので、展開も予想できるといえば予想できる。でも、それをねじ伏せてなお面白いからこそ名作だと思う。

 何回も読み直してはそのたびに泣いているレベルのイベスト。

 

 刺さるシーン多すぎてわんわん泣いちゃう。

 

 ──俺は何のために生きているのか。

 俺は一体。誰のために生きているのか。

 その答えを見つけるのは、きっと俺には難しい。

 

 物語と比較してもどうにもならないが。

 どうしても、俺には見つけられる気がしなかった。

 

 

 

 

 夕方。

 帰ってきた二人は俺に突撃して曰く。

 

「ボイス収録がんばってきたんですよ……ちらっ……」

 

「いやー……公式動画の撮影で疲れたなぁ……ちらっちらっ……」

 

「露骨すぎるだろお前ら……」

 

 というか隠してたんじゃないのかお前ら。

 聞くと、まだ未発表の話だから秘密にしていたらしい。

 でも俺が当てつけのようにコラボをしたからスタッフに頼み込んで事情を説明していいことになったとのこと。

 スタッフさんも苦笑いだろう。俺だって嘆息する。まさかここまでコラボしたくらいで言われると思わなかった。

 説明もしてくれるらしいってこととは全く関係ないけど、仕方ないからこいつらがいないところではコラボしないようにしよう。

 

「ほら、褒めて褒めて! 褒めてください! ハリーアップ!」

 

「それか疲れた俺たちを励ましてくださいお願いします……」

 

「やだよ、なんでそんな面倒なことやらなきゃいけないのさ」

 

 こうして求められるのはあんまり嫌じゃない。

 しょうがないからちょっとだけ構ってやろう。

 

「……じゃあスマブラすっか。総撃墜数が最下位のやつ罰ゲームな!」

 

 一人狙いされて負けた。




 〜罰ゲーム〜

「むぐぐぐぐ……許さないからな……」
「せんぱーい、この服とこっちならどっちが似合うと思いますか?」
「こっちに猫耳つけよう」
「あっ、いいですね! やっぱ先輩センスはあるなぁ!」
「高貴だった過去を醸し出す的な感じって最高だと思うんだよね俺」
「(こ、こいつらまさか俺にコスプレさせる気か──!?)」


「ぐすん」
「わー! ハジメさんかわいい! あっははははは! 睨んでもかわいいだけですよー!」
「鏡見ます? 答えは聞いてませんけど」

 そこには拘束着的に鎖が巻かれたドレスを着た猫耳の女が──。

 ちょっとぐっときたのは内緒にしておこう。

番外編をするとしたら

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  • 公式ライブ
  • なふだちゃんお家騒動
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