隣人が帰ってくる。
今日はのんびりとツイッターに考え事をぶらさげていた。
昼くらいから出かけて夕方帰ってきたので、今回はあんまり重要な用事でもなかったらしい。
「ハジメさん」
「はいはい、何?」
「今日決定したことですけど──『じぐざぐ』内部の歌企画ができました」
「はぁ」
「オリジナル曲を持っている人はそれで。そうでない人は歌ってみたで。
3Dモデルで動くのをPV代わりにする感じで生歌出演することになるんですけど」
「うん」
「涼くんは未成年ですし、ドモールって結構遠いので保護者同伴がオッケーになりまして」
「うん?」
「ということで合法的に付き添うことができるんですけど、来ますか? 涼くんからはオッケーもらってます」
「既に外堀埋め終わってるじゃん」
マジかこいつ。
なんなら最初からこっちの返答聞く気なかったんじゃないかと思うほどにかなりのゴリ押しの元投げかけられた言葉。
まぁ俺としては、連理が許可を出しているのなら行くのもやぶさかではない。
連理のことなのできっと乗り気だろう。あの子は優しいが、嫌なことは嫌と言えるのだ。
言えるようになったのだ。
「わかったよ。乗ってやる」
「ありがとうございます」
「ところで、なふだは? あいつも一緒じゃないの?」
「なふだのほうは生放送でオリ曲発表があるので。
そっちのミーティングと練習してます。いくらここの防音性がいいといっても限度がありますから」
「ほーん」
薄っすらと残っている記憶では、我が家で発声練習をした覚えがあるのだが。
いや待てあれは地下の秘密の部屋だったはずだ。
なら納得。
納得じゃねぇよなんで地下に秘密の部屋があるんだ実家。
「それ日程いつ?」
「二十日後くらいですね」
「え、短くないか? それで新曲とか間に合うの? 生歌だぞ?」
「ああ、なふだなら心配入りませんよ。あいつはそこらへん、異常に上手いですから。俺とは違う」
「そういや歌うまいもんな。納得した。お前のほうは曲どうなの?」
「俺はオリジナル曲三つくらい歌ってるんで。
その中から特に評判のいい……『デモクラシーサイド』でも……」
「民主主義の海岸ってなんだ」
「海は命の喩えで、民主主義は内的戦争を示してます。ちょっとスーサイドに似てますしね」
「怖いこと言うなよ。……まぁ、そう言われれば納得もできるかなぁ」
少なくとも俺にも覚えはある。
自分の人格が分裂するような内部の矛盾。自己矛盾が自己矛盾を呼び起こし、永遠に矛盾し続けて自分の存在がわからなくなる。
こういうことは時々あった。
きっと、この男も同じ状況にあるのだろう。
そう思うと、なんとはなしに悲しくなった。
「……はっ!? 今のナシ!」
「びっくりしたなんですか急に」
「いや、なんでもない……」
別に悲しんではない。俺は悲しまないのだ。
話している間にツイートに長々とぶらさげていた話がようやく終わった。
投稿する。
ツイッターも一仕事だよなぁ、と思う。うまく使えば小説とか書けるのかなぁ、と思うとすごい。
でもみやすさを考えるなら終わりから投稿していかなければいけないような気がする。
モーメントとか使うと問題ないのかもしれない。
「うわっめっちゃツイートが……」
「ん? ああ、すまん。俺結構ツイッターに溺れてるところあるから」
こういうのをツイ廃と言うのだろうか。
ツイッターに籠もって時間を忘れることが多いから、どんどんフリック入力も上手になってきた。
タイピングよりも早いとなるとなかなかなものを感じないだろうか。
「こんなに長々と語るなら、Noteとか使ったほうがいいんじゃないでしょうかね」
「あー、それな。考えたけどツイッターの気軽さには敵わなくて結局使ってない」
「ツイッターに投稿したやつを転載する感じでやったらどうです?」
「それはずるくない……?」
ありなんだろうか。いやでもありか。そうか。
そうか。
負けたような気分になるのでやめておこう。俺は新規でなにかを生み出し続けないといけない。
そしてそれが俺の価値になっていくのだ。誰に認められなくとも、俺の価値になるはずなのだ。
そういう考え方だから、動画投稿というのは意外と向いていたのかもしれない。
ツイートが終わって、手が空いた。
そうだ。ふと思いつく。
ちょうどなふだもいないし、せっかくなので早いうちに切り出しておこう。
「ねーねー善悪ー」
「なんでしょうか」
「絵の描き方教えてくれない?」
「えっ……いいですけど、急ですね?」
「うん」
隣人はバーチャルユーチューバーなのだ。
つまりイラスト。平面上の存在。
そういう存在だから、普段助けてくれる恩返しに何をしたらいいのかと考えたときに、ファンアートを描くということを思いついた。
ツイッターのいいね欄から自分のファンアートを見ているのは間違いないのだ。
サプライズに投稿したらたぶん喜んでくれるはず。
「デジタルですか? アナログですか?」
「んーと。デジタルがいいと思う」
「ペンタブって持ってます?」
「持ってない」
「ペイントソフトとか持ってます?」
「持ってない」
「じゃあ無料のやつ使いましょうか。とりあえずインストールからいきましょう。
ペンタブは俺のやつ貸しますね。取ってきます」
「お、おー」
そして俺の前にぽんと置かれたのはサイドに小さなボタンのついたモニターとペン。
いわゆる液タブというものだった。
「たかそう」
「そうでもないですよ。それは六万くらいでしたね」
「たかい」
「俺はそれの他に三つくらい持ってますから。
OS内蔵のやつも持ってるんで全然使ってもらって大丈夫です」
「何GB?」
「16インチで512GB」
フルスペックじゃないか。
一応ペンタブの相場は調べている。
やつの言うペンタブはだいたい三十五万円くらいのペンタブだ。
ひょっとしてこいつ昔絵描きだった……?
「よし、ソフトダウンロード完了……ペンタブ接続しますよ。HDMIケーブル空いてます?」
「えっと……うん。今使ってるのDPだった……よかった……」
「ならあとは問題ないでしょう。……よし、完了。ペンの反応範囲は2モニターですよー、と。
ハジメさんはこれまで絵を描いた経験は?」
「まったくない」
「じゃあレイヤーとかから説明しましょうか……」
ソフトを解凍してインストール完了。
早速ソフトを開く。
「もう何もわからん」
「えっと、用紙サイズに関しては最初はA4とかにしといて。
「え、これでもう描けるの?」
「はい。ちょっと俺が描いてみましょうか?」
「おねがい」
といってペンを渡すと、すらすらと筆を走らせてあっさりと人の顔が完成する。
「国王じゃん! すげー!」
「デーリッチは結構わかりやすい髪型と服装ですからね。おすすめですよ」
ざくざくアクターズの主人公、デーリッチの姿が黒色でちっちゃく描かれた。
まるで魔法みたいだ。簡単そうに見えたが、俺がやろうとするとぐちゃぐちゃになるんだろう。
特に、線に迷いがない。なるべく一回の線できっちりと決めているから黒がぐっちゃりとならずに綺麗な形で描かれているのだろう。
「まぁこんな感じです。
Deleteキーで全消し、BackSpaceで一個前の操作に戻りますよ」
「ふむふむ。このレイヤーってどんな感じに使うの?」
「動画編集と同じですよ。動画に効果音を載せたかったら、その部分の別のレイヤーに音声を足すでしょう?
それと同じで、レイヤーを分けると上から色を載せたりラフでがっと描いた上から線画を作るときに便利なんです」
「はえー」
つまり、レイヤーが違うのは次元の違いのようなイメージでいいのだろう。
「……お、おお。線が引ける」
とりあえず顔文字を描く。ペンで時々描いて遊んでいたから、これは問題なくできた。
シャキーンとした顔立ち。ショボーンとした顔。
どっちもかわいいから好きなのである。
でもこれを使うのはおっさんが多いらしい。ちょっと悲しい。
こんなにかわいいのに。
「上手ですね」
「かわいいだろ?」
ドヤ顔をする。
まぁ、このくらい誰にも描けると思うが。
「……かわいいです」
なんだその含み笑い。
とりあえず、描いたものをDeleteで消す。
そしてスマホでなふだの立ち絵を開いた。
「……む」
これはなかなか苦戦しそうなイメージ。
結構大変だぞ、これ。
髪の毛が細かく別れているし、服装はシンプルなのだが折り重なっている部分が多い。
そのせいで全体像を把握するのが難しい。
「……とりあえず、どこから描こうか……」
ベースになる顔を描くのがいいかもしれない。
サイズの調整を間違えても嫌なので、最初に薄くアタリを取る。頭のサイズを決めたら、輪郭を決めて線を引く。
「……あれ、なんかちょっと丸い?」
「そうですね。資料の顔はもっとシャープです。でもそこらへんは個性にもよりますし、どんな感じに描きたいかにもよりますよ?
たとえばデフォルメ絵は丸め……全体的にずんぐりとした感じになりますし」
「こういう、真面目な感じの絵がいいな」
「それならもうちょっとシャープにしたほうがいいですね。……あ、それはちょっとやりすぎです。顎が長すぎます。学園ハンサムになっちゃいます」
「む、難しいな……?」
思った以上に難しいぞこれ。
とりあえず輪郭はできたが、ここから顔をどうやって配置していくのかわからない。
そもそも目の描き方ってどうやるんだこれ?
「えっと、まつげを描いて……そこに丸い感じで……」
そうして描き上がった目は、なんというかホラーシーンなんかで使われる感じのもの。
駄目だ違う。BackSpaceで取り消し。
描く。消す。
描く。消す。
「20世紀少年みたいなやつにしかならんが!?」
「あー……縁をくっきり描きすぎちゃってるからですね」
と、言って善悪がマウスを操作しながらゆっくりと目を描く。
「えっと、これは当たり前なんですが。
目は丸いんですよ。だから、先に描いてあげるじゃないですか。
そこに違和感のない程度に目のラインを追加するんです。
萌え系の絵なら目はくっきり丸いほうがいいですから」
「よ、よくわからない……というか丸がいまいち……」
「え、えっと。じゃあ、モンスターボールは描けますか?」
「任せろ」
完璧なモンスターボールを描きあげる。
天才だ。モンスターボール職人になってもいい位の出来栄えだろう。
「このモンスターボールの上に、まつげと目のラインを描いてあげます」
「おおっ?」
「その上に軽く二重を描いてあげて、ちょっと離して眉毛を描きます。
下側もちょこんとラインを描いてあげます。下側はあんまり強くなくていいです。
女の子なんで、後でちょっと赤を入れるっていうアピールのためにほっぺに斜線を入れときましょう」
「マジで目になった……すげぇ……」
「初心者には結構おすすめな描き方ですよ。なんせわかりやすいし、簡単でしょう?」
「問題は俺にできるかどうかだな」
できた。
そして問題が発生。
「これ顔がすげー変じゃない?」
原因はわかっている。
顔に描かれている目の配置が駄目なのだ。
平面感がすごく強い。
それだけならいいのだが、どことなく奇妙な感じがある。
違和感には気付けるのだが、その直し方をどうすればいいのかわからない。
「助けて善悪えもん!」
「はいはい。えっと、これはですね。
目の配置です。眉毛って耳の一番上くらいの位置にあるんですよね。目の上側は……耳のここかな」
「ぅひゃっ!?」
「えっ!? あっ、ごめんなさい!」
急に触られたらびっくりする。
とはいえ、まさかこんな声が出るとは思わなかった。ちょっと恥ずかしくて咳払い。
「わ、わかったわかった。つまり、高さが変ってことだな?」
「あ、はい。あと目と目の間の隙間も変ですね。意外に距離があるんですよ」
「なるほど……」
絵を描くのは難しいな。
とりあえず、言われた部分を直してみる。
レイヤーを分けて、上から描き足す。
最初のレイヤーの目を消しゴムツールで消し、ちょっとだけマシになったことを確認。
「……俺は天才かもしれない……?」
「結構バランス取れてますね。上手だと思います」
「だよな! 俺天才だよな! うん!」
やはり天才だった。
スマホでなふだのいいね欄を見る。
そこにあるイラストを見た。
俺よりもはるかに上手で、どうやって描いているのかまったくわからないイラストたち。
「俺って才能ないのかもしれない……」
「なんで!?」
スマホを見せる。
「あー……。
ハジメさんに限らず、他人と比較してやる気なくす人って結構いるんですよね。
特に今はネットで上手な人たくさんいますし」
「土に還ります」
「させません。……あんまり気にしないほうがいいですよ。
とりあえず、一旦絵を描くのを楽しんでみては?」
「楽しむ……? どうやって……?」
「……。じゃあ、なふだの服装を変えてみましょうか。あいつが絶対着ないような恥ずかしい服装を考えてみましょう。
そしたらなんか楽しくなってきませんか?」
「……なるほど!」
この間の罰ゲームの意趣返しということだ。
やられたぶんはやりかえさねば。
「じゃあこの間の俺の服装を……」
「いや、なふだは普通に自分であれ着ますよ」
「なんだあいつ最強か?」
俺はあいつに勝てないかもしれない。
落ち込んだ。
「難しいですか?」
「表現したいものと実力の乖離に死んでいる」
「創作者のぶち当たる課題ですよねぇ」
──結局、その日は絵は進むことはなく。
そして翌日。
「──それではこれから、ろくに絵を描いた経験のない人は二週間でどれだけ成長するのかって企画をやっていこうと思います」
俺は気づいた。
絵を描くことを動画のネタにしたら、サボることはなくなるんじゃないかと。
今、画力強化のための計画が開始する──!
つなぎの回です
申し訳ない
イラストの説明とかを文章にするといまいちわかんなくなる事態
番外編をするとしたら
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なふだちゃんお家騒動
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