私のゴーレム   作:ishigami

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02 M.

 

 

 

 ◇

 

 

 

 雲一つない空から、月明かりが降り注いでいる。

 

 高層ビルヂングの乱立する眠ることを知らない市街地に、変哲のない三階建てビルヂングが、他の構造体の影で狭く埋もれそうになりながらこじんまりと建っている。

 

 出入口が、金属の擦れる音を立てて内側から開かれる。その奥から、欧米風の顔立ちをした長髪の男と、深夜でありながら遮光サングラスをしている強面の男の二人が、満月の下に姿を晒した。

 強面の男は周囲を警戒しながら視線を巡らせていたが、長髪の男は鼻筋の通った顔に薄っすらと笑みを浮かべており、男たちが現れて間もなくすると、正面に黒いセダンが二台停車する。

 強面の男が後ろの車の扉を開くと長髪の男が乗り込み、扉を閉めた強面の男がもう一台のセダンに乗り込むと、車は緩やかに走り始める。

 

 微かな振動に揺られながら、後部座席に腰を下ろす長髪の男は紫外線反射加工の施された窓越しに夜景を見つめている。

 

「どうでしたか」

 

 運転手の男が静かに問う。バックミラーには、脚を組んで外を眺めている男の姿は映っていな(・・・・・・・・・)()。長髪の男は微笑を湛えたまま、機嫌の好さそうな声音で答える。

 

「連中、初めは聞く耳を持たなかったが。最後は分かってくれたよ。誠意をもって俺が話したからな、納得していた」透き通るように白い指を撫ぜながら、爪の表面に僅かにしがみ付いていた血糊を、そっと一息で吹き飛ばして。「何でも用意する、何でも言われたとおりに従うとさ。奴ら、泣いて喜んでた。気のいい奴らだったな」

 

「それはそれは。ラークは?」

 

「使い物になってたな。あれなら、ヒト相手の護衛くらいなら問題はない。見た目もいかついし。おまえの代わりとは、なかなかいかないが」

 

「では、いよいよですね」

 

「ああ」男が満足そうに頷く。「ここからだ。必ず返り咲いてやる」

 

 市街地の入り組んだ道路を進み、車は二台続いて、速度を落としながら大型ホテルの地下駐車場に入る。

 

 強面の男の乗る車が、空席の駐車スペースに向かおうとしていたとき、他の車の影から不意に現れるものがあった。

 

 引き金。

 

 着弾。

 爆発/衝撃。

 

 強面の男の乗る車の背後、長髪の男の乗っている車の後輪部に榴弾が突き刺さり、炸裂によって破壊が撒き散らされた。爆炎が車を呑み込み、尻を蹴り上げられるように逆さまに引っ繰り返ると、駐車場を支える柱の一つに激突する。閉鎖空間に振動が反響し、慌てて急停止した前の車から強面の男と運転役の男が飛び出すと、燃料に引火して更に爆発が熾き、男たちは必死の形相で駆け寄ろうとした。

 

 同時に圧縮された空気の抜けるような音が鳴り響き、強面の男の額が弾け飛んだ。咄嗟に運転役の男は車横に身を屈め、仰向けに斃れた男のほうを窺う。顔の半分が吹き飛び、頭蓋の中身を破片侵襲弾(ハローポイント)が滅茶苦茶に掻き混ぜたことで血に染まっていた。躰は、ぴくりとも動かない。

 人ならざるもの(・・・・・・・)の証明である“再生能力”は発揮されず、吸血種(・・・)という“半不死”でありながら生命活動を完全に停止している。

 

 運転役の男は懐からM1911(コルト・ガバメント)を取り出し、銃把(グリップ)を握りながら片手で安全装置を外すと、近づいてくる足音を目掛けて起き上がりざまに銃口を向けた。

 

 着弾。

 爆発/衝撃。

 

 身を隠していた車が吹き飛び、運転役の男はもんどり打ちながらも人より優れた身体機能で着地し狙いをつけ、引き金を絞る。

 銃声。

 男のうなじ(・・・)から弾丸が飛び抜け、脳漿と血飛沫が床を鮮やかに染めた。引き金に指をかけたまま、男は虚空を仰ぎ見る。

 

 炎が燃え盛る地下駐車場に、変わらない速度で足音が響いた。

 

 足音が止まると、背の高い、黒いコートを纏った人物が立っている。背が高く、身体つきから男だということは判るが、白い仮面を付けているため人相を知ることはできない。

 片手には消音装置(サウンド・サプレッサー)を装着した自動拳銃(SOCOM-Mk23)を握り、もう片方の手には折り畳み式銃床(ストック)や照準器を取り外された銃口の分厚い榴弾拳銃(シュトルムピストーレ)が握られている。

 

 仮面の男が、運転役の男の亡骸を見下ろした。爆発の余波で俯せになった強面の男と同じく、二つの死体は見えない炎に焼かれたかのように、急速に「灰」に変じつつある。

 仮面の男はシュトルムピストーレの中折れ機構を開いて薬莢を排出すると、劇的な爆発と反動をもたらす対戦車用成形炸薬弾を手際よく再装填した。銃鞘(ショルダーホルスター)に戻し、中下位の人外であれば再生能力を突破して致命箇所(ヘッドショット)でなくとも地上から葬り去れる聖言儀式による“祝福”を付与された破片侵襲弾入り弾倉(マガジン)を装填したSOCOM-Mk23を構えると、逆さまの状態で燃え続けている車を見やる。

 

 直後に車の扉が勢いよく蹴り飛ばされ、他のフロントガラスに突き刺さった。

 

「まったく」

 

 燃え盛る炎のなかから、長髪の男と運転手の男が現れる。髪は焼け皮膚は溶けていたが、すぐに服も元通りに再生されてゆく。運転手の男のほうは再生せずそのままだったが、衝撃に堪えた様子はない。ちらと二つの亡骸に目を向けた。もはや灰は塵のように吹き消され、痕跡は衣服しか残っていない。

 

「ひどいな。やってくれたもんだ。ラークも、なにアッサリとやられてやがる。少しは根性だせよ……どこの組織なんだ、いったい?」

 

 かぶりを振る長髪の男へ、躊躇わず仮面の男は銃撃を放った。連射(ダブルタップ)された弾丸は亜音速で精確に額へ突き進んだが、長髪の男が腕を払うと、叩き潰された羽虫のように地面を跳ねた。男は不思議そうな顔をし、自身の、焦げるように黒ずんだ銃痕のしかし内側から既に血肉と血管が競り上がって塞がりつつある掌を見つめて、呟く。「聖言の“祝福”か」

 

 顔を上げ、余裕然と微笑した。

 

「そうか、おまえ猟人(キニゴス)か」

 

 仮面の男は答えない。空気が張り詰めてゆく。

 

「マルボ」

 

「はい」

 

 運転手の男が答えた。

 

「生け捕りにしろ」

 

「かしこまりました」

 

 気配が変わる。運転手の男が殺気を放ちながら前へ出るのへ、仮面の男は躊躇わず引き金を引いた。

 運転手の男はネクタイを解き、スーツのボタンを外しながら、弾道が見えているかのように銃撃を躱す。仮面の男に一歩ずつ近づいてゆく。

 

 歩きながら、気配が膨らんだ。物理的に運転手の男の身体が(おお)きくなり、白いシャツが内側から裂けてはち切れる。頭部が長くなり双眸は変形し口腔には鋭利な牙を生え揃え、腕は銀色の体毛に覆われた大木めいた太さとなり、男の姿は、瞬く間に人狼(ライカンスロープ)のそれへと変貌を遂げる。

 

 銃声が反響した。顔面へ撃ち込まれる四五口径(.45)ACP弾を巨腕(かいな)で防ぎながら、人狼は駐車されている赤い軽自動車の窓を叩き割って鷲掴むと、人外の膂力を披露する。

 

 弾切れ(ホールドオープン)になった隙を狙い、重質量体を思い切り投げ飛ばした。

 

 宙を飛翔する自動車を眼前に飛び退き、仮面の男は背後で炸裂する衝突音を聞きながら銃鞘(ヒップホルスター)から取り出した予備弾倉を挿し込んだ次の瞬間、低く這うように屈み込む。

 腕力のみならず脚力も獣と化して肉薄した人狼が、猛然と拳を振り下ろした。屈んで躱された一撃が勢い余ってコンクリート面を陥没させ、危うく粉砕を免れた仮面の男は、後退した遊底(スライド)を戻し薬室(チャンバー)に弾丸を送り込むと即座に銃撃を再開。発射炎を閃かせる。

 

 人狼は、しかし鋼鉄に匹敵する筋線維の塊である巨腕でダメージを防ぎつつ、薙ぐように振り回した。

 車両と激突し、ライトバンがきりもみしながら宙を舞う。

 

 肉体性能で不利を強いられる仮面の男は、掴まれないよう動き回りながら射撃で応戦。常に片方の足が床に着く独特の歩法で獣の五指をすり抜けるが、弾着の痛みをものともせずに猛打する人狼を突き放すことができない。盛大に落下して大破する車。飛び散るテールランプ。警報(アラート)が鳴り響く。目をくれる者はいない。左前腕を盾に阻まれ、押し潰すような右横殴打(フック)が鼻先を掠める。戦車さながらの迫力。

 人狼は更に踏み込んで左でかち上げ(アッパーカット)。弾丸の飛翔音にも似た唸りと共に巻き上げるが、仮面の男は後方宙返りで飛び退き、片手で連射。そこで弾切れ(ホールドオープン)

 

 人狼が一気に肉薄すると、仮面の男は素早く銃を後ろに捨て太腿に取り付けてあったナイフを引き抜いた。振り下された強烈な拳をいなし(・・・)損ね、撥ねられたように吹き飛ばされる。受け身を取ってすぐに起き上がると、男の右手のなかでチタン製ナイフは真芯から折れていた。

 人狼は追撃はせず、指骨と指骨の間にめり込んだ刃片を引き抜くと、母国語で口汚く罵っている。

 

 仮面の男は折れたナイフを鞘に戻し、SOCOM-Mk23を拾って再装填(リロード)。人狼がまさしく獣のように雄叫びしながら蹴り技を放ってくるのへ、こちらも銃声で応じるが、両手持ちではなく片手撃ちに変えていた。右腕を庇うような動き。着弾個所も誤差が広がりつつある。人狼はそれを見逃さずたびたび右側を狙って仕掛け、徐々に壁際に追い詰めてゆく。

 

 長髪の男は観賞の態を取り、懐から取り出したフィリップモリスにオイル・ライターを近づけた。爆発と鳴動。混じ入った絶叫。煙を吐いた長髪の男が髪を掻きあげながら顔を上げると、五発の銃声が轟いた。

 

 人狼が、煙を立てながら倒れ伏すところだった。

 

「はあ?」

 

 横たわった人狼の片腕には、黒い布がまとわりついている。仮面の男の着ていた防弾防火処理の施された外套。今は男は着ておらず、防弾服姿になっている。

 

 長髪の男が目を離した隙に繰り広げられたのは、生死を分ける一瞬の攻防だった。

 

 柱を背にした仮面の男が、まず右腕の怪我を偽装して相手の油断を誘った。人狼の大振りを躱しざま瞬時に内側に踏み込み、庇っていると見せかけていた右手で脱ぎ捨てたコートを投げつける。意表を衝かれた人狼は視界を奪われて布を剥がそうとするが、そのときには仮面の男はホルスターからシュトルムピストーレを引き抜き銃爪を絞っていた。コートを振り払った人狼の眼前には仮面の男ではなく着発信管式榴弾が迫り、炸裂。咄嗟に両腕で庇ったものの.45ACP弾とは比較にならない火力が破壊的音響を伴って人狼を呑み砕き、遮蔽物である柱に飛び込んで爆発から逃れた男は、直撃してなおも倒れず人体の形状を保っている敵影(シルエット)の股関節を爆煙越しに精確に撃ち抜くと、熱と衝撃でぐずぐず(・・・・)になった眼球へSOCOM-Mk23の照準を定めた。

 轟音。空薬莢。大脳をぶちまけた人狼が、今度こそ背中から(くずお)れる。赤黒い血だまりが広がり、静寂が訪れる。

 

 長髪の男は、唖然としていた。仮面の男は用心するように、斃れた人狼に更に二発撃ち込む。起き上がることはない。また吸血種と違い、こちらは灰になることはない。

 

「おいおい、嘘だろう?」

 

 長髪の男が、大きくかぶりを振った。

 

「そりゃないだろうが。そいつは俺の、右腕なんだぜ? その辺の奴らとは」抜け殻の衣服を煙草を挟んだ指で指し示しながら、少し声を上擦らせて言う。「その辺の雑魚どもなんかとは違う、替えの利かない、俺がのし上がるのに必要な右腕だったんだ。それを、おまえ。こんなところで」

 

「残念だったな」

 

 仮面の男が、ぼそりと言った。

 

 静かな声だったが、アラートの響く地下駐車場にあっても、それは長髪の男の動きを止めるのには充分過ぎるほどの効果があった。

 

 口を動かしかけた長髪の男の死角(すき)を狙い澄ますように、あらぬ方向から銃声が上がった。

 凄絶な弾雨がけたたましく列を為し、反応の遅れた長髪の男に鋭く衝き刺さる。反動を完全制御された全自動(フルオート)射撃は数秒間続いた。9mmパラベラム改造強壮弾三〇発入り弾倉が空になると、ようやく長髪の男は穿たれた黒い穴から溢れさせた血の海に倒れ込んだ。

 

 流れてきた炎上車の煙と硝煙が溶け合って薄れ、血の海に着地した煙草の煙が音を立てて消える。

 

 仮面の男が倒れ伏したものに近づくと、車の影から、小柄な体型の人物が現れた。仮面の男が人狼の攻撃を捌き続ける間も身を潜め続けていたその人物は、仮面をつけ、男と同じように黒い外套を纏っている。

 

「悪いわね、いいトコ貰っちゃって」

 

 声からして、女だということが分かる。空になった湾曲型弾倉を捨てて新しいマガジンを短機関銃(MP5F)に再装填しながら軽い足取りで仮面の男の傍に立つと、歯と頬骨を剥き出しにした穴だらけの骸を見下ろす男に小首を傾げる。

 

「ちょっと煙たくなってきたし、そろそろ結界を解いて此処から離れないと」

 

 仮面の男の視線の先では、長髪の男が横たわり、灰になっていない(・・・・・・・・)

 

「どうし――」

 

 仮面の男が、女を押し飛ばす。

 

 銃を構えようとした瞬間、仮面の男の腕が捻じれ、千切れた。

 

 

 激しく血が噴き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





















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