青の魔法少女と水のヒーロー(旧:魔法少女と超英雄)   作:ジョン・N

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第75話 先代の青龍

 

 

 

 

 胸の中に残った古傷を押すような、あるいは鉛でできた矢が突き刺さったような重苦しい感覚を深いため息と共に吐き出し、俺は無表情を作って綾辻さんを見た。

 

「さて、俺がハイドロードになった経緯については、そんなわけだけど、何か訊きたいことある?」

 

 俺がいつもの口調に戻して声を掛けても、綾辻さんはしばらく何の反応も見せず茫然としていた。

 

《……千春ちゃん?》

「えっ! あ、うん! え、えーと、その……!」

 

 膝に乗せたマーが声を掛けて、やっと綾辻さんはこっちを見たが、同時に何を言ったものかとシドロモドロになった。落ち着くには少し時間が必要そうだ。

 そんな綾辻さんを見かねてか、悠希がゆっくりと手を上げる。

 

「話にあった実験施設は今どうなってるんだ?」

「ガーディアンズの方で管理してる。と言っても出入口は全面封鎖。電気系統も切断。おかげで設備機器はガラクタ同然。中身のない山奥の建物を権利上所有しているだけだな」

「洗脳されたつってたが、大丈夫だったのか?」

「あぁ、幸い洗脳が始まる直前に救助されたおかげで精神汚染等の発症は無かった。後の検査でも異常なしと記録されてる」

「“細胞”を埋め込んだ影響は? 報告にあったもの以外にはないのか?」

「身体能力と五感が強化されたけど、日常生活を害するような変化は今のところ見られていない。事件後、医療チームの検査を何度か受けてるけど、いずれも問題は無かった」

「本当か?」

「マージセルの件で心配になるのは分かるけど、大丈夫だって」

 

 俺は安心させるように軽い口調で言うが、悠希は疑うように目を細めた。

 

「綾辻さんは、聞きたいことはないか?」

「うん、その……あはは」

 

 悠希の問い詰めるような眼から逃げるように俺は綾辻さんに話を振ったが、綾辻さんは無理矢理作った笑みを浮かべた。

 

「後で訊いてくれても良いんだけど。でも外ではなるべくこういう話はするべきじゃない。聞きたいことは今言ってくれると助かる」

「そっか……ごめんね。でもなんだか、現実味が無くて……」

「なんだそりゃ」

 

 悠希がふんと鼻で笑う。

 

「魔法少女の方がよっぽど現実味ねぇーだろ」

「それはまぁ、そうなんですけど……」

 

 綾辻さんは言葉を濁して視線を下げたが、何を思ったのか、すっと顔を上げてこちらを見る。

 

「そういえば、その……重傷って言ってたけど、話に出てきた先代の青龍さんって人は、その後どうなったの?」

 

 綾辻さんは素直な疑問を口にした。しかしそれを聞いた時、何か生温かいものが俺に飛び散ってきたような気がした。

 当時の光景が脳裏をよぎり、俺は思わず顔を逸らす。その時偶然、眉間に微かな皺を作っている玲さんが視界に入った。常人では分からないが、事情を知る俺には彼女が意図的に気持ちを表に出さないようにしているのが分かった。

 

「その後、すぐに搬送して治療を施したが、衰弱が激しく、やがて“恋人”や水樹君達に見守られる形で息を引き取った」

 

 俺の代わりに答えてくれたのは風見さんだった。年の功もあり、この場にいる“宗田事件”の内容を知る“三人”の中で、一番感傷的にならずに事を語れるのはこの人だけだろう。

 

「っ!」

 

 また綾辻さんは大きく動揺を見せた。彼女が何故こんなにも傷心しているのか……思い返せば、間接的にとはいえ俺達(ガーディアンズ)が彼女に“死”というものを間近に見せたのは、これが初めてだったかもしれない。

 

「……宗田って人は、どうしてこんなことを?」

 

 綾辻さんが訊ねると、松風さんが今度は試すような眼を俺に向ける。事前に通知した通り、今後の情報を開示するかは、俺、または玲さんに任せるらしい。

 一時思考しながら、俺は綾辻さんの顔と膝にいるマー、俺の手首にいるモーメを順番に一瞥する。

 

《なんだよ? 早く言えよ……イタっ!》

 

 俺は蛇の頭をデコピンで小突く。

 

「……それは秘密だ。それ以上知れば、綾辻さんもこの件に巻き込むことになる」

 

 尤もらしいことを言って、俺は答えるのを避けた。

 綾辻さんは何か言いたそうだったが、言葉を出すことなく、やがて閉口して俯いた。

 

「……まぁ、簡単に言うと“世界征服”なんだけど」

「えっ!」

 

 俺の独り言に、綾辻さんは顔をあげてこっちを見たが、俺は気づかないフリをしてモニターの画面やシステムを来た時と同じ待機状態に戻す。

 そんな俺の対応に、悠希はしかめっ面で小首を傾げ、松風さんは愉快そうにひとり笑っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから時は進み、俺と綾辻さんは来た時と同じように玲さんの運転する車に乗ってガーディアンズ本部から高宮町へ戻った。

 行きの時と違い、後部座席に座る俺と綾辻さんの間には、マーと共にニャピー姿に戻ったモーメがいる。二人は真ん中のヘッドレストに手をついてリアウインドウをじーっと覗いている。

 街中なら兎も角、高速道路の夜景や走行車の列がそんなに珍しかったのだろうか?

 

「着いたわよ」

 

 やがて車を止めて、玲さんが言った。止めた場所は綾辻さんの家の近くだ。

 結局、ここに着くまで俺と綾辻さんが言葉を交わすことは無かった。

 

「一応言っとくけど、今回話した内容は極秘だから身内や友達にも喋らないように」

「はい。分かってます」

 

 綾辻さんは小さく頷いた。

 

「夏目と秋月にもね。貴女の相棒がうっかり仲間に喋らないようにちゃんと面倒見なさいよ」

「は、はい」

 

 返事はすれど、綾辻さんは降りる素振りを見せない。何だろうと思い、俺は顔を向け、玲さんはルームミラー越しに彼女を見た。

 やがて綾辻さんは意を決して、俯かせた顔を玲さんへ向ける。

 

「あの、ゼロさんは水樹君の事件について、知ってたんですか?」

「えぇ、宗田事件には私も支援部隊長として参加していたし、それに……」

 

 玲さんの声が低くなった。

 

「先代の青龍と私は、プライベートでも親しくしてたから」

 

 綾辻さんは何かに気づいたのか、一瞬目を大きくした。

 

「ひょっとして、松風さんが言ってた“恋人”って……」

「まぁ、関係者しか入れない本部で、なんで恋人が立ち会えたかっていうのは……つまり、そういうことよ」

 

 俺の脳裏に、心電図が鳴り響く病室で泣き崩れる玲さんの姿が思い出された。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があんなにも取り乱した光景を目の当たりにして、当時の俺は大きな後悔と無力感に苛まれた。

 あの経験があったから、今の俺があるとも言えるのかもしれないが、正直、あんな思いは二度と御免である。

 

「さ、今日はもう帰りなさい。夏休み前とはいえ、明日も学校でしょ」

「……はい、それじゃあ」

 

 玲さんに促され、綾辻さんは車のドアを開ける。

 綾辻さんとマーが降りる際、サラッとモーメが降りようとしたのを俺は見逃さなかった。

 

「水樹君も、またね」

「あぁ。明日、学校でな」

《くそ、はーなーせー!》

 

 逃げようとしたモーメを片手で握って拘束しながら、俺は手を振り返した。

 ドアを閉め、綾辻さんは自身の家へと歩いて行く。俺と玲さんは家の中へ入るまで彼女の姿を見送った。

 

「どんな気持ちで明日からあなたに会うのかしらね、あの子」

「さぁ……まぁ、いずれにしても上手くやりますよ」

「頼んだわよ」

 

 玲さんはシフトレバーをNレンジからDレンジに切り替えて車を発進させた。

 

《このぉ! はなせ!》

 

 俺の手の中でモーメが暴れる。俺はモーメを座席の上に降ろすように手を開いた。

 モーメが座席の上に着地したかと思うと、そのまま崩れるように倒れる。直後、ぐぅぅと腹の虫が鳴った。

 

《くそぉぉ、腹減ったぁ。おい、なんか飯食わせろ》

 

 モーメは訴えかける目で俺を見上げた。

 仕方ない。あんパンでも買って帰るか。

 

「玲さん、その辺のコンビニで降ろして下さい。あとは歩いて帰ります」

「そう、分かったわ」

 

 玲さんにお願いして、俺は座席の背もたれにぐったりと寄りながら深く息をついた。

 魔法少女の援護、ラッキーベルの捜索、ヒューニの追跡、綾辻さんとの連携、宗田の捜査、モーメの世話、その他諸々……あとは、学校生活か。

 

「仕事が山積みだな」

 

 これ以上仕事が増えないことを祈るように、俺は顔を上に向けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして、その翌日。

 

「千春、コレどぉーいうことォ!」

「さ、沙織ちゃん、落ち着いて」

 

 登校した直後、沙織が綾辻さんに詰め寄る光景を見て、俺は頭を抱えた。

 

 

 

 

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