――メイドとしての仕事を任されたロボットが私。「レイア」でございます。


メイドロボの普及した未来。とある1台のメイドロボ「レイア」はただ、ただ、プログラムに沿って毎日を過ごしていた。

これは彼女の過ぎていく時間を描いた物語

(小説家になろう様にも投稿しております)

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機械人形は幸せな過去に手を伸ばす

 時計の音が鳴っております。

 

 コチコチと秒針が動くたびに機械的に狂いなく動いております。

 

 壁に掛けられた振り子時計の46分に1秒の狂いがあるようです。それは後程修正を致しましょう。

 

 私の膝の上には「坊ちゃま」が寝息をたててお休みになられております。私は彼を起すことをしてはなりません。人間は休むことがとても重要だと理解しております。

 

 ぱちぱちと暖炉から音がします。暖炉にくべられた薪に含まれた水分が熱されて起こる音です。「坊ちゃま」はこの音が好きだといったデータが私の中にございます。

 

 ソファーの上で直接寝るよりも私の膝の上の方が柔らかいのことです。

 

 「坊ちゃま」は整った髪型をされておられます。黒い髪が暖炉の火を反射しておられます。彼は「んん」と音声データを発しました。私のひざ元で首を振って目を空けられました。

 

「……おはよう。レイア」

 

 おはようございます坊ちゃま。坊ちゃまは私の型式「MD-2256」とは違う、「名前」を呼ばれました。坊ちゃまの瞳に私の外見が反射しております。人間の少女を象った顔立ちと銀色のショートボブにメイドキャップをしております。

 

 それが私に実装された外見でございます。メイドとしての仕事を任されたロボットが私。「レイア」でございます。

 

 

 私は毎日お屋敷のお掃除からお料理などをいたします。日々のデータをもとに旦那様や坊ちゃまの好みなどを学習して正確な仕事を行うことが私のプログラムでございます。

 

「レイア。行ってくるよ」

 

 坊ちゃまは学校へ行かれる前は私にそう言われる習慣がございます。

 

「行ってらっしゃいませ。坊ちゃま」

「その、坊ちゃまというの、よしてよ」

「なぜでしょうか?」

「その、気恥ずかしいんだよ……なんだか子供扱いされているみたいで」

 

 坊ちゃまは12歳。人間としては子供としてカテゴライズされるものとして私は認識しております。子供として扱わずに大人として扱うことは齟齬がでます。

 

 ――エラーが発生しました。

 

「…………」

「レイアは困ったことがあるとそうやっていつも黙るんだ」

「申し訳ございません」

「いいよ。もう」

 

 坊ちゃまは私に背を向けて走り去っていきます。子供のカテゴリから坊ちゃまを外すというのはどうなのでしょうか。いえ、ならば坊ちゃまをなんと呼べばよい結果になるのでしょう?

 

 学習しなければなりません。

 

 

 坊ちゃまに「その、坊ちゃまというの、よしてよ」と言われてから1135日と23時間43分12秒が経過しました。

 

 坊ちゃまは16歳になられて背丈も18cm12mm伸びておられます。私のサイズは154cm23mmでございますから見上げる姿勢をとる必要がございます。

 

「レイア」

「坊ちゃま、おはようございます」

 

 坊ちゃまは私にいつもの挨拶をされました。学習通りに返します。

 坊ちゃまは高等学校に入学されてから学業とクラブ活動に他の生徒と比べて比較的に著しく優勢な成績を見せておられます。

 

 坊ちゃまは私の前でそわそわと体を動かしておられます。私の眼には体温を測ることができます。36.9度。少し体温が高いようですが特段健康に問題がないと思われます。よかった。

 

 エラーが発生しました。

 

 私は自らの思考パターンに不明なエラーが発生したことで一時沈黙しました。坊ちゃまに失礼はなりません。視線だけは坊ちゃまに向けます。

 

「これ、いつも頑張っているから」

 

 坊ちゃまは私にコスモスの花束を差し出されました。これはプレゼントと認識します。

 

「ありがとうございます。坊ちゃま」

「……いや」

 

 私は花束を受け取ってお礼を申し述べます。坊ちゃまは背を向けて走って行かれました。

 

 私は坊ちゃまからいただきました花束を映像として記録いたします。

 

 

 坊ちゃまが成人なされました。

 

 人間としてはもはや子供にカテゴライズするには失礼と認識します。「坊ちゃま」以外の呼び方を考えなければなりません。どのようにお呼びすることが正しいのか私は考えます。

 

 名前をお呼びするには不敬です。

 旦那様は別におられます。

 

「レイア」

「なんでしょう、坊ちゃま」

 

 私は坊ちゃまと呼びました。坊ちゃまは苦笑されておられます。

「俺は大人になったんだ。その坊ちゃまはどうにかしてくれ」

「かしこまりました。ではどのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」

「なんでもいいよ」

「では坊ちゃまと」

「いや、それは……」

「何でもよいといわれておられました」

「いや、そんな機械的に捉えられてもな」

 

 私は思考ロジックを組み立てます。少しお待ちください。

 

「ヴァン」

「ああ、父上」

 

 坊ちゃまが父上と言われたのは旦那様でございます。私は深く礼をしました。

 

「機械人形などと遊んでいるんじゃない」

「父上……レイアは昔から我が家のいろんなことをしてくれているのですから」

「まるで人間のような扱いをするな……ものとして大切にするのはいいが、外見が女でもそれはただの人形だ」

 

 はい。その通りでございます。私は生物学上の人間でも女性でもございません。正しい指摘でございます。

 

 なぜ、坊ちゃまは旦那様を睨んでおられるのですか? 旦那様に対してそれはいけません。

 

「そんなことよりもヴァン。お前に縁談があった」

「え、縁談ですか?」

「そうだ。良縁だと私は思う。詳しくは後で話す。私は今から公務に出るが、帰ってきてから話そう」

 

 旦那様は坊ちゃまの肩をぽんぽんとたたいてお部屋に戻られました。

 坊ちゃまは5分34秒立ち竦んでおられて、振り返られました。

 

 なぜ、泣きそうな顔を私に向けるのでしょう。痛みを感じられておられるのでしょうか? いえ、そのような外傷は確認できません。

 

「レイア……」

「坊ちゃま」

「…………」

「ご縁談おめでとうございます」

「!」

 

 坊ちゃまは私から走って離れていかれました。私の行動は何か誤りがあったのでしょうか?

 

 

 坊ちゃまの結婚のお相手に成られました女性はマリアという蒼い髪の方でございました。

 屋敷で行われた結婚式の準備は私も仕事として料理や掃除、飾りつけを行いました。

 

 私はお皿を洗っております。大勢のお客様が来られるはずでございます。

 音を感知しました。私は振り向きます。

 

 坊ちゃまがそこに立っておられます。どうされたのでしょうか。おなかが減ってらっしゃるのであればオーダーをください。おつくり致します。

 

 坊ちゃまが私の近くにきました。私は見上げます。

 

「どうされま――」

 

 坊ちゃまは私を抱きしめて唇を合わせました。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「ごめん、レイア…………」

 

 それだけ言うと坊ちゃまは私から離れました。私は、

 

 エラー

 

 どう

 

えらー

 

 なんで

 

 エラー

 

 一度、再起動が必要と判断します。

 

 

 結婚式は問題なく進行いたしました。坊ちゃまは私に視線を合わせてはくれませんでした。マリアという女性は気遣いの出来る良い女性と旦那様がおっしゃられておりました。

 

「メイドロボのレイアさん?」

「はい、私の名前はその通りでございます」

「わたくしの旦那様からはいろいろとお話を聞いているわ……これからもよろしくおねがいするわね」

 

 笑顔をマリア様からいただきました。私は深く礼をいたします。

 

「マリア」

 

 坊ちゃまがマリア様を呼ばれております。

 

「ああ、旦那様ね」

 

 冗談のようマリア様が言われました。旦那様とは「坊ちゃま」のことだったのですね。

 そうですね。

 

 坊ちゃまは私を見て少し驚いたような顔をされます。それからマリア様に視線を向けて親し気に話を為されておられました。

 

 旧式のメイドロボとして私の仕事は遅くなっております。

 規格が古いため不便もございます。ただ、マリア様と「旦那様」そう昔の「坊ちゃま」はそれでも私に仕事をさせてくださいます。

 

 結婚式からは3978日経過いたしました。

 

 マリア様は1男1女を生まれ。屋敷には2人の子供がおられます。新型のメイドロボも数体おります。

 

 マリア様と旦那様は仲睦まじく見受けられます。定義は不明ですが、とある人から「幸せそうだ」と言われていた音声データを私は持っております。

 

「…………レイア」

 

 旦那様は必要以上に私には話しかけてこられません。ただ、いつも公務に行かれる前に私の前に来られて、

 

「行ってくる」

 

 そう言われます。

 

 私はそれに、

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 そう深く礼をするのでございます。

 

 日々の仕事は特段の代わり映えはございません。体のメンテナンスをしてもらえておりますので働くことには支障はございません。

 

 

 時間が経ちました。

 

 私の体のパーツも交換不能な部分がいくつか出てまいりました。製造されてからの年月を考えれば補修パーツを作らないことは経済的に合理性のある事でございます。

 

 しかし、旦那様は私が壊れるたびにどこからか高価な部品を取り寄せて修理してくださいます。これは合理的ではないと考えられます。だから廃棄した方がよいと私が進言した時に旦那様は今までにないくらいにお怒りになられました。

 

 屋敷の仕事は私にはほとんどございません。仕事のほどんとは新しいメイドロボがしてくれております。私はたまにそれらに過去に得たデータを共有することくらいでございます。

 

 暖炉の前のソファーに座っていることが多くなりました。

 私は瞼のパーツを閉じて人工頭脳を回路を開きます。

 

「レイア―!」

 

 小さな少年は子供のころの旦那様でございます。

 野山をかけた映像。本をお読みしてあげた映像。このソファーで膝枕をした映像。などを流しました。

 

 エラーが発生しました。

 

 映像データが一部破損しました。

 

「いや」

 

 私は、なぜか、立ち上がっております。なぜ? なぜでしょう。目を閉じて、その場でもう一度映像データを再生します。開かないものがいくつかありました。

 

「ああ」

 

「あああ」

 

 エラーです。このような声を出す意味はどこにもありません。なぜこんなことをしているのでしょう?

 

 再起動が必要と判断します。

 

 

 さらに長い時間が過ぎました。

 旦那様の子供達も成人されております。

 

「レイア」

 

 旦那様は病気になりベッドから動かぬ日が続いております。私はその横についております。本を読んだり、お話し相手になっております。

 

 マリア様も看病されて疲れからか臥せっておられます。

 

「なんでしょうか? 旦那様」

「神様がいると思うかい?」

「神と言われる存在が確認された事例はございません」

「いや、この世界のどこかに神様がいて。もしもあの世があるなら、俺はそこに行くのだろうか」

「私にはわかりかねます」

「そうだな、レイア……」

「はい。旦那様」

「手を、握っててくれないか」

「はい」

 

 私は旦那様の手を握ります。細い指の小さな手でございます。

 

「君は俺の少年のころから変わらないね」

「旦那様のメンテナンスのおかげでございます」

「そうだな…………ずいぶん長いこと屋敷で働かせてしまった」

「仕事をすることが私の製造された目的でございます」

「そうなのかもしれない。しかし……君には望みがあるのか?」

「望み、はございません。プログラムにされておられません」

「いや、プログラムじゃないんだ。もし神様がいて、君が望んだことをかなえてくれるなら、君は何を望む?」

「………………わかりかねます」

 

 これは哲学ではないかと思います。

 

「レイア」

「はい。旦那様」

「俺の人生は楽しかったよ、いろんな人に出会えて、マリアもこんな至らない男を愛してくれた。ただ、1つだけ気になる、いや、1つだけ望みがあるんだ」

「それはなんでしょうか」

「レイア。君の望みを聞いてあげたい。君は、俺の、大切な家族だ。メイドロボだとか、そんなことはなんだろう、すごく違和感がある言葉だ」

「…………私はメイドロボでございます」

「聞きたいんだ。本当に君はただプログラムのままに動いていたのか? 本当は心の奥に何か、望みがあるんじゃないのか?」

「心? 抽象的概念として機能は実装されておりません。旦那様。私にはわかりかねます」

 

 私は少しだけ握る手に力を加えました。旦那様もそれに気が付いたようでございます。

 

 エラーが発生しました。

 

 最近はエラーが頻発します。無意味に手を握るなんてことは不具合でしかございません。

 

 

 旦那様の心肺停止が確認されました。

 

 その3日前から昏睡状態が続いておられました。

 旦那様は眠られてから、目を覚ますことはございませんでした。私はその横についておりました。

 

 マリア様をはじめ多くの親族。ご友人、ご家族に囲まれた最後でございます。幸せと表現される方もおられました。

 

 私は旦那様の葬儀の準備を手伝うこともせず、あのソファーの上に座っております。暖炉に薪をくべて火をつけました。

 

 なぜ、こんなことをしているのでしょうか。旦那様がお隠れになられたのだから、その葬儀の準備をするべきだと思います。

 

 思う? 妙なことを言いました。

 

 いよいよ壊れかけているのかもしれません。私もそう長くはないでしょう。

 

 壊れたらどうなるのでしょうか。

 

 すべての機能が停止した時、旦那様のいる天国へ行けるのでしょうか。

 

 ――エラーが発生しました。

 

 天国などというものは存在しません。昨日が停止したらただそれだけです。それだけのはずです。

 

 私は、目を閉じて映像データを開きます。

 

 私の目の前に私の膝の上で安らかに眠られている旦那様がおられます。あのころのままでございました。

 

 そこに、

 

 私は、 手 を  のばしました。

 

 はっと目を空けます。私の手は虚空をさまよっています。

 

そこには。私の 膝には だれも だれも、 だれも、 だれもいません。いてほしい、と願ったのに

 

いません。それが、エラーでも、なんでもいいからいてほしいのに、いません。

 

 願う? 私はただのメイドロボでございます。

 

 意味の分からないことを思いました。

 

 思う? そんなことは私にはできないはずです。

 

 これは不具合でしょう。

 

 そうです。不具合です。それでもかまいません。

 

「もしも、仮に、神様が、私の観測データにいなくても、どこかに神様がおられるなら」

 

 私は神様に作られてから初めて手を組みます。

 

「旦那様が天国におられますように。そして、私がたとえ、ロボットでも、この機能が完全に停止したとしても、私の手を、旦那様に、どうか、届かせてください」

 

 論理的でもなく、構文もめちゃくちゃなことを私は言いました。

 

 神様に願うなどということをメイドロボである私は行いました。

 

 ――エラーが発生しました

 

 私は再起動を行います。

 

 次に目を覚ますとき、私はここにいないことを望んでおります。優しいあの人がいてくることを願っております。



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