ロンドンの商店街を歩く。
霧の都と言われるだけあり、
まだ明るい夕刻の路上だと言うのに霧が濃く、
目を凝らさねば数m先も見えないほどだ。
俺はそこに、買い出しに来ていた。
手に持ったメモを見ながら
木箱に詰めた様々な用品を確認する。
「えーと、紅茶の茶葉と野菜、鶏肉……と。
あとは…………鎮静剤?どう入手すんだよこれ…」
そんな無茶な要求に俺は苦い顔になる。
知り合いに医者などいないし………
何に使うのかは分かっているが、
果たして
俺の主人は人間ではない。
さて、これはどうしたものだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「ん?」
背後から聞こえてきた悲鳴に俺は振り返る。
誰もがそちらを向いており、
そこからは嗅ぎなれた血の匂いが漂っていた。
だが、この匂いの濃さは致死量だ。
こんな街中で殺人とは、
中々大胆なことをしてくれる。
気になった俺はその悲鳴が聞こえた場所へ
向かおうとして…………
銀髪の小さな少女とすれ違う。
「─────」
「!」
彼女はかなりの速度で疾走しており、
その手には赤く濡れた何か……
刃物のようなものを持っていた。
だが、血が地面に垂れていないのが不自然だが、
悲鳴から逃げるように走り去ろうとしている。
殺ったのは間違いなく彼女だろう。
俺も彼女を追いかけようと向きを変え、走る。
そして、人混みを抜け、彼女の行き先を予測して
裏路地から回り込む。
「────っ!?」
「嬢ちゃん、流石に人殺しはマズいと思うが?」
彼女は目の前に現れた俺に驚き、
咄嗟に手にしていた刃物………メスを構える。
医療用のものだ、盗んだのだろうか。
それは元より人体を切るためのもの。
鋭利なそれで頚を掻き切ったのだろう。
俺もその少女を逃がすつもりはない。
メスを持っているならば鎮静剤の1つや2つ、
持っている可能性がある。
それだけで、捕まえる気もない。
「───ッ!」
「おわっ!?」
突如としてその場から、文字通り〝消えて〟
少女は俺の懐へと現れる。
まるで瞬間移動のような速度の不意打ちに
対応できたのは偶然だった。
俺は背後へと跳び、
首を狙って振り抜かれたメスを避ける。
「おぉ怖ぇ、巷で噂の『切り裂きジャック』か?
おっと、容赦が、ないっ、な!!」
「っ!!」
振られるメスをヒラリヒラリと避け続ける。
─────移動は速いが、それだけだ。
武器の構えもまるでなっていない。
これならば見切ることも出来る。
そうして裏路地へと俺は逃げ込む。
少女も俺を生かしておくつもりはないらしく、
子供とは思えないような速度で追いかけてくる。
「─────!」
「ん?」
そして、再度少女の姿が掻き消える。
今度は姿が完全に見えなくなった。
視界には完全にいない。
ということは。
「甘いね、殺気が強すぎるんじゃないか?」
「!?」
背後しかないだろう。
俺は〝能力〟を解放する。
俺の背後、首筋近くにいた空中の少女は、
それに耐えられずに石造りの地面へと落ちる。
どうやら背後から首に組み付いて
確実に仕留める算段だったようだが………
「まさか『切り裂きジャック』が
こんなチビっ娘だったとはね、驚いた」
「……っ、っ!?」
少女は自身が何故立てなくなったのか
分からず、困惑しながら地面に這いつくばって
こちらを睨み付けてくる。
「安心しろ、警察につき出す気はねぇよ」
「っ!」
「おっと」
少女は俺が油断したと見たのか、
手にしていたメスを
なんとスナップだけで投げつけてくる。
それは的確に俺の首筋を捉えていた。
そして能力の適応外だ。が、
人差し指と中指で挟んで止める。
食らっていれば即死だったろう。
「まるで矢だな。
ウィリアム・テルかよ、お前」
メスの刃を折り曲げて砕き、破壊する。
そうして地面に這いつくばる少女を観察する。
くすんだ銀髪は洗えばきっと艶やかになるだろう。
深い瑠璃色の双眸はこちらを強く睨んでいる。
年齢は7、8歳だろうか。少女より童女だ。
顔立ちは整ってはいるが、顔色が悪く
全体的に痩せ干そっており栄養不足なのが分かる。
ボロ布を纏っただけのその姿は服装とは
お世話にも言えず、枯木のような手足が覗く。
しかし、よくもまぁこの痩せた身体で
あのようなトリッキーな動きが出来たものだ。
希に戦う人外並みの強さだったが………
俺と同じような〝能力〟を持っているのは確実か。
「ちゃんと食ってんのか?お?」
「がぶ!」
「痛い」
頬を突つくと指に噛みつかれる。痛い。
まるで獣だ、知性を感じられない。
それにしても、どうしたものか。
この殺戮幼女を町に放っておくのも危険だ。
…………鎮静剤の代わりの手土産。
そんな考えが、俺の脳裏によぎった。
「…………別に良いよな。
仕事が多いってメイド長も言ってたし」
あの方でも癇癪くらいならば
能力で押さえ込めばなんとかなる。
というか、図書館の彼女に
作って貰えばいいのではないか。
彼女なら鎮静剤くらい軽々と調合してくれそうだ。
「よし、帰ろう。
……………これどうやって連れて帰るかな」
未だ、こちらに殺意を向けてくる幼女を見て
俺は溜め息をついたのだった。
「ただいま戻りましたー」
「はいはいお帰り………って、え?」
「んん?」
縛った幼女を抱えて真っ赤な洋館へと帰る。
そしてお嬢様の部屋へと入ると、
出迎えてくれたメイド服の少女と
件のお嬢様に変な顔をされる。
そして、その2人の顔は少しずつ
こちらを軽蔑したものへと変わって、
彼女らは口を揃えて言った。
「「ロリコン………」」
「違うわ!!?」
速攻で突っ込みを入れる。
断じてロリコンではない。
主であるお嬢様は自身の小さな体を抱いて
こちらを睨み付けてくる。
「燎夜、貴方そんな趣味があったの………?」
「断じて違う!!」
そして横のメイドに助けを求めて
視線を向けるが……………
「あ、あはは、趣味は人それぞれですよね!」
「慰めんな!あと違うっつってんだろうが!!」
こうして、俺は幼女を拾ってきたのだった。
盛大な誤解を解くのに数時間を要したが。