紅魔の執事、幼女を拾う   作:青い灰

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フルムーン・フラワー

 

 

 

「さて、おふざけこの辺にして、

 この娘をどうするか、ね。

 燎夜、詳細を聞かせなさい」

 

「最初からふざけないでくれますかね」

 

 

俺は溜め息をつきながら縛った幼女を

ソファに寝かせる。

するとお嬢様の横でプルプル震える

メイド服の美鈴が視界に入り、額に青筋が浮かぶ。

 

 

「ロリコン………ぷくく」

 

「おらテメェ中国、表に出ろ」

 

「良いですね、一回死んでみます?」

 

 

それぞれの胸倉を掴み、視線を合わせて

相手がいつ動くのかを見定める。

───本気でやるならば、いや、やはりコイツ………

 

そう考えた時だった。

空間がゴォッ、と音を立てて震え、空間が軋む。

それはお嬢様から放たれた威圧感だ。

 

 

「やめなさい。詳細を聞かせろと言ったの。

 中国、貴方も少し落ち着きなさい」

 

 

その言葉に、俺は自身を落ち着かせるために

再び溜め息をついて美鈴から手を離す。

彼女も同様だ。

 

そして彼女はいつものおちゃらけた表情に戻る。

俺も敵意を完全に消して左手を

腰から抜こうとした剣から手を離した。

 

 

「はぁ。まぁ驚いたのは確かですよ。

 だって貴方がこんな小さな子供を

 拾ってくるなんて完全に予想外ですし」

 

「それについては私もよ。

 ()()けど、襲われたんでしょう?」

 

「特に意味はないですよ。強いて言うなら………

 美鈴、お前、最近手が足りてないだろう」

 

 

俺は美鈴の方を向いて言う。

彼女は「え、私?」みたいな顔をして

こちらを見てくる。お前だよ。

 

 

「そうだ、お前だ。

 俺がいない時は無理してるだろう」

 

「は?何の根拠があってですか?」

 

 

俺は能力を解放する。

瞬間、美鈴の顔が青くなり

その場に膝をついて崩れ落ちる。

顔色は悪く、今にも気を失ってしまいそうだ。

 

 

「っ、く………そう、でしたね、貴方には………!!」

 

「はぁ……これは私の眼が甘かったようね。

 一応聞くけど、燎夜、倍率は幾つかしら」

 

「1.5倍です。………甘かったな。

 俺の前で隠し事なんか出来ると思うなよ」

 

 

淡々と答える。

美鈴は恨みと苛立ちが乗った目付きで

こちらを睨み付けてくるが、

その眼にも万全な時とはかなり力が入っていない。

 

 

「はぁ………燎夜、能力を解除しなさい」

 

「承知しました」

 

 

俺は指を鳴らして能力を解除する。

う゛ーと喉から音を出して

床からフラフラと立ち上がる美鈴。

 

 

「美鈴、下がりなさい。

 3日、休暇をあげるわ。休みなさい」

 

「………分かりました……」

 

 

とぼとぼと扉を開け、失礼します、と言って

部屋から出ていく美鈴を見送る。

そして立ち去る音が聞こえてから、

お嬢様は大きな溜め息をついてこちらを向く。

 

 

「はぁ………助かったわ、燎夜。

 まさか紅魔館が知らず知らずのうちに

 ブラック企業化してるとは思わなかったわ」

 

「元からですから。執事とメイド2人の

 この状況です。それを何とかするために

 コイツを連れ帰ってきたんですから」

 

 

ソファの上でいつの間にか

眠ってしまっている銀髪の幼女を見下ろす。

 

 

「成程ね……なんだかんだ言って、

 身内には極端に優しいのね、貴方」

 

「別に………倒れられても困るだけです。

 それにこの娘………町に放置するのは危険です」

 

「話が逸れていたわね。

 ………詳細を聞かせてもらえるかしら」

 

 

俺は、ロンドンの町であったことを話す。

まずメスを器用に扱うこと、

言葉を理解していないこと、

………時間を止める能力を持っていること。

 

 

「………へぇ、興味深いわね。

 戦闘してみてどう感じたかしら」

 

「単純に獣ですね。

 殺すことしか考えていない感じで………

 ただ、殺すことについては弱点を的確に

 狙ってきたり、多少は技術があるようですが」

 

「ふぅん、ここも危険だとは思わなかったの?」

 

 

少し悩む………が、おそらく大丈夫だろう。

それぞれに時間操作への対策が存在している。

 

 

「特に問題はないかと。

 それより別に問題がありますね」

 

「そうね。美鈴のこともだし、

 それまでの仕事についても考えないと」

 

「吸血鬼狩りは俺が始末して、

 後は娘に名前と知識を与える必要があります。

 仕事は3日間出来なくなりますが………」

 

 

その言葉にお嬢様は眼を丸くする。

そして心配そうにこちらを見た。

 

 

「大丈夫なの?

 流石にそこまでは………」

 

「問題ありません。

 仕事を終えたら1日休みを貰いますが、

 それからはコイツがやれるまで鍛えますよ」

 

「…………そう、迷惑をかけるわね。十六夜 燎夜」

 

「いえ、では………まずは晩飯ですか」

 

 

俺はソファに寝ている幼女を見下ろして、

どうするか考える。

するとお嬢様が視界の端で頷く。

『任せなさい』の意だ。

ならばここは任せてしまおう。

 

 

「………では、失礼いたします」

 

 

俺は静かに、扉を閉めて台所へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人になった部屋で、

紅魔館の主、レミリア・スカーレットは

静かに眼を閉じる。

 

 

「…………」

 

 

レミリアの能力〝運命を操る程度の能力〟。

実態のない予測不可能な運命を視る、

それは未来予知に近いものである。

 

そして、瞼の裏に浮かぶのは────

レミリアはそれを無意識に呟く。

それを自身の耳で聞き、運命を知るのだ。

故に彼女はその力を他人がいる場所で使わない。

 

 

「………そう遠くない未来…………早くて、10年後」

 

 

その視えた光景に、レミリアは静かに呟く。

 

 

「誰かが───死ぬ。抗えない死が来る」

 

 

 

 

確定された死亡宣告に、彼女は戦慄する。

そして、ソファの上で寝息を立てる幼女を見る。

 

 

────まさか、この娘が?

 

 

レミリアは静かに己の魔力を練り上げ、

紫電を纏う赤槍を作り出す。

そして、それを眠る娘に突き立て────

ようとして、残り一寸の所で止めた。

 

魔力は霧散し、赤槍は溶けるように消える。

レミリアの顔には、汗が伝っていた。

 

 

「…………いえ、もしかしたら……」

 

 

運命の不確定分子であるこの娘ならば、

死の未来を回避出来る可能性がある。

この娘が、紅魔館の運命に組み込まれたならば………

 

 

「希望………ね。

 …………そう言えば、昨夜は満月だったかしら。

 ……うちの執事と名付け方が被るけど、そうね」

 

 

いつか、満月の夜に咲く花になるように。

暗い夜と悲しい運命を、

明るく照らす満月のように。

 

 

 

レミリアは、娘を『咲夜』と名付けた。

 

 

 

 

 


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