先程の部屋へとビーフシチューとパンの皿、
木製の匙を乗せた盆を持っていく。
扉を開けると、丁度幼女が起きたようで
眼を擦っているのが見えた。
お嬢はどうやら小説に夢中のようだったが、
こちらに気付く。
「あら、良い匂いがするわね」
「!」
「ビーフシチューをお持ちしました。
折角の新しい従者、
その初めての食事は豪華にしようかと」
お嬢は本を閉じ、幼女は
部屋中に広がる良い匂いを漂わせるそれを
ジッと見ていつ奪うか狙っている。
お嬢の机にシチューとパンを置き、
俺は部屋を後にしようと背を向ける。
「ここで食べないの?」
「美鈴たちにも持っていかねばなりません。
あとコイツも連れて行きますね」
あまりお嬢に子守をさせるワケにもいかない。
そう考えていると、突然眼前に現れた幼女が
食事を乗せた盆目掛けて飛びついてくる。
「うぉ!?てめ……!」
「───ッ!」
縛られたままだと言うのに
凄まじい体幹と素早さだ。
腕を伸ばして盆を高く持ち上げるが、
跳躍だけで飛びついてくる。
「……ふふ、燎夜。
その娘の名前、咲夜よ。十六夜咲夜」
「なんでよりによって俺の名字に!?
って言うか助けてくれないんすか!?」
「良いじゃないの。妹と仲良くなさいね」
「────ッ!!」
「あっ、おい待てコラァ!
お嬢様失礼いたします!」
パンだけを咥えて扉の隙間から出ていく咲夜。
口の水分なくなってカサカサになってしまう……
ではなく、逃げられてしまう。
俺はお嬢様に頭を下げ、扉を開けて外に出る。
「ふふっ、また騒がしくなるわね」
そんな楽しそうに笑うお嬢の声が、
閉めた扉の隙間から聞こえた気がした。
「────!」
「クソ、やっぱり時間を止める能力か!」
イタチごっこ……いや、寧ろどんどん距離を
離されていっている。
なんとなく見当はついていたが、
奴は時間を止めて動いている。
離される距離、咲夜の速度を雑に計算すると、
おそらく止められる時間は2〜3秒。
厄介ではあるが……
「ッ!?」
能力を使うと、咲夜が前のめりに倒れる。
やはりこちらの能力は時間が止まっている間も
しっかりと効いているようだ。
俺は咲夜を小脇に抱える。
「残念だったな。ほれ、行くぞ」
「ぐぁう───ッ!」
「暴れんな!」
これは………まぁ仕方ない。
美鈴とパチュリーには悪いが、
先にコイツに食ってもらうことにしよう。
持っていくのが遅れるが、温めなおせばいい。
となればコイツを食堂に連れてかないと。
「はぁ……おら暴れんな、飯だぞ」
「がぁ────!」
すぐそこが食堂なので、扉を開けて入る。
盆をテーブルに置き、
咲夜の縄を少しほどいて椅子に縛り付ける。
匙は………また今度で良いか。
俺は彼女の向かいの椅子に座る。
まずはシチューに息を吹き掛けて冷まし、
パンをシチューに浸して口で
彼女の口に合う大きさに噛み切る。
そしてそれを匙に乗せ、咲夜に差し出す。
「…………う?」
「口開けろ、あー」
「あー………んぐっ!?」
こちらの真似をして口を開けた咲夜の口内に
匙を突っ込む。
咲夜は驚いたように眼を見開いて
動きをピタリと硬直させる。
そして、おずおずと
ビーフシチューを少し舐める。
安全だと言うことが分かったのか、
それを舌で器用に匙から口に落としたので
俺は匙を咲夜の口から引き抜く。
「んー……!」
「旨いだろ」
もぐもぐと口を動かす咲夜は眼を輝かせる。
表情や仕草がよく変わる彼女は見ていて楽しい。
口にあるものが食べ終わったのか、
彼女は再び口を開けた。
「あー」
「はいはい、次な。じゃ肉いってみるか」
俺は湯気を立たせる肉塊を匙で拾い上げ、
息を吹き掛けて冷ます。
そして咲夜の口の中に入れる。
「んーっんー!」
「っははは、ひっかけんなよ」
いやまさか、ここまで反応が面白いとは。
たかが………いや、咲夜にとっては
ビーフシチューなど高嶺の花なのかもしれない。
そう考えると、旨い飯をしっかり食わせて
やらねばならないと思う。
だからこそ、今を楽しく。
辛かった分、報われるべきなのかもしれない。
俺は匙と皿を咲夜の前へとやり、
咲夜の裏へと回って縄をほどく。
彼女は困惑した眼をこちらに向けた。
「?」
「自分で食ってみろ。それも勉強だ。
俺は他の奴に持っていかないと」
「……………」
背を向けて行こうとした時、
給仕服の裾を引っ張られる。
咲夜が掴んでいた。
「…………仕方ないな。じゃあ一緒に食べよう。
難しかったら食わせるから」
「少し待っててくれ」
そうして、
俺は咲夜と共に食事を取ったのだった。