ダンデァ......!(フルフルニィ 作:ねここ
ジムチャレンジというものがある。協会の有力者から推薦状を受け取った優秀なポケモントレーナー達がガラル地方各地のジムを巡り、チャンピオンシップに参加するための資格を勝ち取る為に自身と自身のポケモンの資質を示し戦う。
とまあ色々言葉を飾って説明したものの、要するに実力のないトレーナーのふるい落としだ。
特にチャンピオンシップは全世界に放送される興行であるし、実力がない奴が出張ってきても興醒めなだけだからしゃーない。
そんな訳で、肝心のチャンピオンシップにしろ、チャンピオンシップの参加資格を勝ち取るために行われるジムチャレンジを突破したチャレンジャー同士で行われるトーナメントにしろ、そこではかなり高度なポケモンバトルが繰り広げられる。出てる奴らは皆強いから当然ちゃ当然だが。
と、だいたいそんな感じのジムチャレンジ及びトーナメントだが、特に伝説的に語られる年がある。
それは新たなチャンピオンが誕生した年 であり、ジムチャレンジャーとして現チャンピオン・ダンデ、現竜ジムリーダー・キバナ、同じく水ジムリーダー・ルリナ、
そして私、空前絶後の最強無敵超絶美人天才鋼使いのキキョウ様が参加したんだから、そりゃ後世まで語り継がれるのも当たり前だわね。
あ? そんなヤツ知らないだって?
はっはっは。面白ぇこと言う奴だ。ぶち○すぞ。
「いやユウリはこないだガラルに越してきたばっかだし、予選の一回戦で敗退した姉ちゃんのこと知らなくても仕方ないだろ」
「あーあー、お前一番言っちゃならんことを言ってしまったな。表出ろよ。お前の相棒血祭りにしてやるから」
ガラルに来たばっかりで右も左も分からんという幼女に我が母国のカルチャーを親切にも偶々居合わせていた私が懇切丁寧に叩き込んでいたというのに、これだよ。
人が何気に気にしてたとこを無神経に突いてくるあたりホップもダンデの弟なんだなぁと感慨のようなものに浸りながらモンボを腰のホルダーから抜き取る。
それをホップが嫌そうな顔をして見てくる。なんだよ。文句あんのか。
「嫌だよ、姉ちゃん加減知らないし。だいたい、いい歳した大人が子供相手に本気出して恥ずかしくないのかよ」
「ないね」と即答する。いやだって、負けたら気持ちよくなれないじゃん? なんでわざわざこの私がそれを見逃してムカつくガキンチョなんぞに勝ち星をくれてやらないとならんのかって話でしょ。
「そもそも私が一回戦で負けたのアレ、たまたまだから。たまたまダンデに当たって、たまたまアイツのリザードンの攻撃が急所に当たっただけだから。あれが無かったら勝ってたの私だから。今頃チャンピオンになってたの私だから」
「あー、悪かったよ。ごめん。やっぱ姉ちゃん、気にしてたんだな........」
何その憐れむような目は。やめろ。そんな目でこっちを見るな。やめろ!
*
「あー、むしゃくしゃするなホップの小僧め。いつの間にあんな生意気なガキになったんだか」
帰路、手持ちのアーマーガアに身体を預けながらボヤく。彼の種族特有の鎧のような外骨格から伝わるひんやりとした冷気に心地良さを覚えながら、しかしそれとは別の部分がやるせない怒気を孕んでいた。
弄られること、それ自体はいい。一回戦負けという不名誉すぎる戦績は確かに私のモノだし、言い訳こそすれど、「ダンデに負けた」という事実を否定する気はない。
ただそれを見知らぬ少女の前で暴露するのはやめて欲しかった。初見の交流において、その後の関係を決定づけるためにも第一印象は良い形で掴みたかった。具体的には尊敬出来る先達的な、そういうイメージをユウリという少女には植え付けたかった。
だがそれをあの憎たらしい男の弟は邪魔をした。許せん。挙句の果てには一方的に噛み付く私とそれを適当に躱すホップを見かねて、ヨシヨシと私の頭を撫でる始末だ。明らかに意図する印象とはかけ離れた人物像を私に抱いている気がする。近いうちに払拭しなければならない。必ずだ。
それはそれとして、
「思ったより時間食っちったな。腹空かせてなきゃいいけど」
日が落ちかけてる。そろそろ夕飯の頃合いだ。家で待たせてるアイツのことを考えてそんなことを呟きながら、内心じゃそんなことはないんだろうなと確信して思わず口角を上げた。
ほっとけば寝食を忘れてポケモンバトルのトレーニングに励んでいるか、どこぞの小難しい論文を読み漁っている生活破綻者のアイツのことだからきっと今日は何も口にしていないに違いない。今頃どっかでぶっ倒れてる。
その姿を想像して、あまりの無様さに破顔する。私がいなきゃその内おっ死ぬんだろうなと容易に想像出来てしまうところが堪らなく面白い。
暫くそうしてニヤけていると、アーマーガアが首をこちらに向けながら呆れた視線を寄越していることに気づいた。
「なに見てんだ、ちゃんと前向いて飛べ。こんな高いとこで事故ったら洒落にならんぞ」
言いつつも、そこまで心配していない。なんたって私が直々に鍛え上げたポケモンだ。そんなヘマするほどヤワじゃない。そこは信頼してる。
それに、空を飛び交うトレーナーや飛行ポケモンの機影も疎らだ。風も穏やか。事故る要素なんてこれっぽちもない。
だからこれは軽口。こいつもそれが分かってるから適当にあいずちをうって前を向く。
その反応に満足しながら、今日わざわざダンデの実家に赴いて仕入れてきたアイツの母君直伝のカレーレシピを脳内で反駁する。今日はカレーだ。ダンデの驚いた顔が今から楽しみで仕方がない。
私は今、ダンデのとこに住み着いている。世間一般じゃそういうのを同棲とかと言うんだろうが、男女特有の、そんな爛れたもんじゃない。アイツにその手の恋愛感情なんざ微塵も持ち合わせちゃいないし、それとは別の目的意識を持ってヤツと寝食を共にしている。
それは偏に、ダンデと再戦し、あの時の雪辱を晴らすという一心で。そのための戦術を練るために、ダンデの思考をより精確に理解し戦いに組み込むために。近くで観察する必要があっただけのこと。それ以上にアイツに対する関心なんてない。
ダンデと初めて会ったのは多分、ジムチャレンジの開会式のときだ。といっても遠目に見ただけの一方的な邂逅だったが。向こうは私のことを認識すらしてなかったと思う。
当時からアイツはそれなりに有名だった。ローズ委員長直々に推薦されたトレーナーだったし、元チャンピオンであるマスタードの弟子とかいう情報がメディアで報道されていたのもその注目ぶりに拍車を掛けていたのだろう。ダントツの優勝候補として脚光を浴びていた。
ぶっちゃけ気に入らなかった。
経歴とか、どこの誰の何だとか、そういう実力に依らない要素ばかりで評価されてるのもそうだが、明らかに私より目立っているのがなによりムカついた。
私は自分のことをチャレンジャーの中では最強だと思っていたので、その私を差し置いて一番目立っていたダンデにほぼ憎しみに近い感情を覚えていた。
当時13歳、子供としては比較的年長の部類であった私が10歳くらいのダンデ少年にガチで嫉妬の炎を燃やしていたわけである。大人気ないね。
そんな大人気なさの極みにいた私は開会式が終わるやいなや速攻でダンデに勝負を吹っかけに行った。公衆の面前でヤツを叩き潰し、その鼻先をへし折ってやるという魂胆であった。ついでに上下関係を刻んでやるという目的もあった。
結果は辛勝。軽く揉んでやるつもりで挑んだのにいつの間にか本気を出さざるをえなかった。
差は単純にキャリアの差だったと思う。ダンデもマスタードの元で相当な訓練を積んではいたんだろうが、マイナーリーグとはいえジムリーダーの父に生まれた頃から英才教育を受けていた私とそのポケモンとじゃ、バトルに費やした経験量が僅かに私の方に傾いていた。それだけの話。
後のリザードンである当時のヤツのエースポケモンのリザードと、私の相棒のトゲデマルにこの頃はそう大きな体格差がなかったのも一因ではあったんだろうが。
内心ハラハラの試合展開ではあったが、顔面には努めて余裕の表情を貼り付けていた。トレーナーの精神状態はポケモンのパフォーマンスに影響を与えるし、逆に相手へのプレッシャーに繋がると知っていたから。
それに例え試合展開がぎりぎりの接戦であったとしても私がこうしていれば、なんかこう、計算づく感が出る。実際、負けたあとのダンデはスゲー悔しがっていたし、その形相に私は確かな満足感を得ていた。
変にスカされるよりも、そうやって敵愾心に溢れた視線を向けられた方が楽しい。それだけ勝負に真剣に挑んでいたということの証左だし、そういう奴こそ叩きのめしがいがある。このとき初めてダンデに対して好感を持ったように思う。
覚えてろよ。と模範的な負け惜しみの捨て台詞を吐いて逃げるように私から去ったダンデは、そのときから事ある毎に私に勝負を仕掛けてくるようになった。
今だから言う。気が気じゃなかった。ダンデをぶっ倒した後の爽快感はかなり良かったが、実際のところアイツと私の間にそれほどの差がないことはなにより対峙した私が一番分かっていたからだ。
会う度に腕を上げて絶対に負かさんと執念深く挑んでくるダンデに覚える感情は恐怖に近かった。だって絶対に負けたくないし、負けたら死ぬほど悔しい目に遭うことは分かり切っていたからだ。
だから私も滅茶苦茶に特訓した。ジムチャレンジ中はジムリーダーとの試合よりもダンデとの野良試合への対策に割く時間の方が多かったと思う。次会うときも再戦を申し込まれるのはわかり切っていたので、かなり必死こいて訓練を積んだ。
それでも、アイツは私に追い縋ってくる。日に日にダンデの戦術が研ぎ澄まされ、ヤツのポケモン達もまた力を身に付けてゆくのが分かった。
ここまでくれば意地だった。意地でもダンデに負けたくなかった。一手しくじれば負けそうになる場面を幾多も乗り越えながら、ジムチャレンジ中のダンデとの野良試合計17試合すべてに勝利した。
今思うに、多分私達の関係はライバルといえるものだったのだろう。互いの存在が互いの成長に著しく寄与していた。そんなだから、肝心のジムチャレンジ自体も難なくこなし、私達はセミファイナルトーナメントへ歩を進めた。
ジムチャレンジを最後まで潜り抜けたチャレンジャーのみで行うこのトーナメントは、ジムチャレンジ参加者の中で最強のトレーナーを決める戦いであり、その頂点に立った者のみがチャンピオンの座を争うファイナルトーナメントに進むことが出来る。
当然の如くチャンピオンを目指す私にとっては絶対に勝ち抜けなければならない大勝負である。
その一回戦で私は、ダンデに初めての敗北を喫した。
「ただいまー。今帰ったぞー.........って」
いつものようにダンデの住む高層マンションの一部屋に、合鍵を使って侵入する。この鍵は別に勝手に作ったわけじゃなく、どうせ毎日入り浸るならとダンデから貸し与えられたものだ。ありがたく使わせてもらっている。
そんな具合で玄関を開けた先にいたのは廊下で倒れ伏したダンデその人だった。テレビでいつも見かけるようなユニフォームや大仰なマントなどをしていない、ゆったりとした無地のTシャツを着込んだ部屋着スタイル。それがまるで砂漠で行き倒れになった具合で床に這いつくばってる。
「よお、生きてる?」
「あ、あぁ、おかえ、り。元気じゃないが、なんとか生きてる.........ぜ.........」
なんとも情けないか細い声で生存報告をしてくるダンデを見やりながら、ほーんと気のない返事をしてやる。いつものことだ。つくづく思うんだが、こいつ私が付いていないときはどうやって生きてたんだ?
「まぁ待ってろ、今飯作るから。あ、米炊いてる?」
「いや、炊いてないぜ!」
「あっそう。それじゃご飯出来るまで一時間くらいかかるなぁ」
「それは困る!もう保たない!今にも腹が背中につきそうなんだ!」
「そう言うと思ってナナの実買ってきてやったぞ。私に感謝しながら大人しく齧っとれ」
「助かる!」
エイパムもかくやという動きでナナの実を私から奪い取ったダンデは皮を剥いたソレを両手でがっつき始める。
リザードン達の分も取っておけよという私の忠告に、物を頬ばった口で声にならない声をあげてダンデが返事するのを尻目に台所へ直進する。
羽織ってたジャケットを食卓のところの椅子に投げ掛け、肩までかかったそこそこ長い黒髪をヘアゴムで纏める。
元はあんまり料理なぞしなかったが、今では随分慣れた。同居人のダンデの方がそっちの方はからっきしだった分、私が担うようになったから当然だが。
とはいえ、あまり時間がない。木の実じゃ保って数十分。要領良くやる必要がある。
っし。頬を軽く叩いて、調理に取り掛かった。