ダンデァ......!(フルフルニィ   作:ねここ

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ダンデとキキョウ

 

 キキョウは、顔面に自信を貼り付けているかのような、不敵な笑みを常に浮かべた女だった。

 

「おう、チヤホヤされて良い気になってるとこ悪いんだけど、ちょいとツラ貸せや」

 

 初めて会ったとき、それは自信の表れだと思った。なにせ、勝負を吹っかけてきたときのセリフやチンピラじみた態度といい、なんというか傲慢チックな部類の人間なんだろうと推察してしまうのはしょうがないと思う。

 当然、受けた。この手のタイプの人間はよくいる。何度も相手をしたことがある。そして捩じ伏せてきた。断る理由はない。実力で黙らせる。

 

 そう意気込んで挑んだポケモンバトルで俺は敗北した。

 

 負けること、それ自体は経験したことがなかったわけじゃない。寧ろ覚えがありすぎる程に覚えがある。ヨロイ島で散々師匠のウーラオスにコテンパンにされたのは記憶に新しい。

 ただそれは相手が格上だったから。悔しいが納得のいく敗北だった。だが、彼女とのソレは大きく異なる。

 

 ポケモンの技量。トレーナーとしてのスペック。それ自体に大きな差は俺達の間にはなかった。実際、互いのポケモンを倒し倒されの接戦だった。周りからもそう見えたはずだ。

 だけれど、対峙した俺本人はそうは思わなかった。手応えがまるで無い。どれだけ技を当てようと、読み勝とうと、彼女のポケモンを瀕死に追い込もうと、彼女の笑みは一切崩れることは無かった。最初は高飛車な性格の表れくらいにしか見えていなかった彼女の笑みに、自分のポケモンが倒れようと一切顔色を変えない様に、だんだんと不気味さを感じ始めた。

 いくら戦局を有利に進めても、糠に釘を刺すような、暖簾に腕を押すような、そんな感覚が拭えない。事実、最終的に彼女が勝った。

 どこがターニングポイントとなったのか、当時の俺には幾ら考えても分からなかった。ただ、あの試合は最初から最後まで彼女の掌握下にあったことだけは確かだ。

 

 ポケモンバトルには二つの要素がある。

 一つは戦術。それはポケモンの技構成や、戦闘スタイル、地形や天候の利用など、バトルを有利に進める上で如何にどうやって戦うかという考え方。センスの有無こそあれ、大半のトレーナーは無意識に実践できていることが多いように思う。それだけバトルを行う上で基本的な要素だ。

 もう一つは戦略。大局的にバトルを俯瞰し、一戦一戦の勝ち星を度外視して最終的に勝てるように試合をコントロールするという考え方。彼女はこの要素を特に重視するタイプのトレーナーで、自分の知る限り、その中でも最悪の部類に入る。

 

 戦略を重視するということは、ある程度自分のポケモンを捨て駒にするということ。そういうダーティなプレイングを許容出来るということ。それは即ち、勝利することに対して非常に高い貪欲さを併せ持っていることを意味する。

 俺にとっては初めて遭遇する類の人種だった。勝つためなら何を仕出かすか分からない。そして、情に流されない。彼女とのバトルは俺にとって多くのものを齎すと確信した。

 

 だから何度も勝負を挑んだ。その度に負かされたし、滅茶苦茶悔しかったが、それ以上に楽しかった。嬉しかった。

 彼女から多くを学んだ。多くを吸収した。ちょっとだけ行き詰まりを感じていた俺達の成長に絶好の機会を与えてくれた。

 

 俺達は強くなれる。今よりも、もっともっと!

 星に手がかかるくらい強く!

 

 君は俺達の憧れだ!

 尊敬する!

 だからもっと色んな戦い方を見せてくれ!

 君の全てをさらけ出してくれ!

 

 俺達は必ず!君の全てを喰らい尽くし!そして!!!

 

 君を屈服させてみせる

 

 

 

 

「よう。どうよ、このカレー」

 

 山盛りの手作りカレーにがっつくダンデにそう声を掛ける。といっても、掻き込み具合から見ても反応は読めてるけど。

 

「うん! 美味いぜ! でもいつもの味付けとは違うよな? なんだか懐かしい感じがする。どこかで食べたような味だ.........」

 

 スプーンに乗っけたルー塗れのライスを眺めながら神妙そうな口ぶりでそう呟くダンデに、あれ? 思ってたのと違うなと感じた。

 もっとこう、「お袋の味だ!!!」とかそういう反応を期待してたんだが。

 

「お前ん家のお母さんに教わったレシピで作ったんだよ。食べ慣れてるもんだと思ってたけど、もしかしてちょいと分量間違えたかな」

 

 ダンデの口元に食べカスが付いてるのを見つけ、みっともないので拭き取ってやりながら微妙な反応の原因にあたりをつける。サプライズのつもりだったんだが、ミスったな。少し申し訳ない。

 

「いやいや、そんなことないぜ! ただ......あんまり家で母さんのご飯を食べたことがなくてな。そのせいだと思う」

「あー」

 

 納得の理由だ。ダンデは確かジムチャレンジに挑んだ10歳以前の数年間はヨロイ島でマスタードのところに師事していた筈だし、チャンピオンになった後はローズ委員長が手配したこのマンションで一人暮らしさせられてるわ、チャンピオン業務が多忙であんまり帰れていないわで、ここの所ずっとゆっくり家で過ごす時間が取れていなかったように思う。

 なんというか、それは寂しいことだ。コイツの弟のホップや親御さんのことをよく知っているだけに、コイツらの疎通具合に頭痛がする。仕方ないで済ませるのは簡単だが、ダンデの心労を考えるに看過していい問題でもない気がする。

 

 どうしたもんかなと頭を悩ませていると、黙り込んだ私を見かねたのか、「けど」とアイツは口を開いた。

 

「そこまで寂しいわけじゃないんだぜ。最近はそれなりに時間も出来て、あまり長くは居られないが実家に顔を出せるようになってきたしな。言ったことないかも知れんが、俺の帽子コレクションもアッチに置いてあるんだぜ!」

「知ってるよ。お前の数少ない趣味のひとつだし。ああいうとこ見ると、お前も人間なんだなって思うよ」

「どういう意味だそれ」

 

 言葉の意味通りなんだがな。コイツは表面上は取り繕っている気らしいが、突っ込んでみると驚くほど人間味を感じさせないことに気がついていないらしい。

 

 コイツのメディアでの発言とか切り取ってみれば分かるが、マジで無難なことしか言ってない。強いていえば、チャンピオンとしての人徳や情熱に溢れたような印象を抱かせるように計算された台詞回しと言うべきか。ダンデ個人の主義や思想がまるで乗っていない。実際の人物像が見えてこない。

 更にいえばコイツ自身の興味関心の矢印の数も並の人間に較べるとかなり少ない。バトルのことと、あとは帽子くらいか。音楽とか映画とかファッションとか、普通の人間が当たり前のように嗜む娯楽にあまり意義を見出していない。だからズレている。

 そういうとこも個性のひとつって言ってしまってもいいんだろうが、傍から見ると無機質で、機械じみてる。

 

 人を形作るのが環境だとすれば、コイツをこんなんにしてしまったのは私達のせいだ。誰もコイツに勝てず、無敵のチャンピオンになんかしてしまったから、本来であれば精神を成熟させる機会である青春の時間を棒に振らせてしまった。

 そいつが堪らなく私には許せん。

 

「失礼な物言いだな。まあ、俺もキミに似たようなことを思ったことがあるからあまり強くは言えないが」

「え? 私に?」

 

 なんで? ダンデがバトルマシーンであるということは確定的に明らかなことではあるけど、なんで私に人間味がないなんて話が出てくるんだろう。こんなに元気溌剌としているのに。最早人間味しか感じられないまである。

 

「ほら、俺達ってジムチャレンジ中の接点なんてバトルぐらいしかなかったじゃないか。どういう戦術を好むとか、パーティの面子については熟知していたけど、よくよく思い出してみればキミ個人がどういう人間だとか何が好きだとかは、よく知らなかった」

「あー。あの頃はあんましそういう話をしたことは無かったっけ。ご飯を一緒に食うこともなかったし」

 

 というかあの頃の私はあまりコイツと馴れ合う気なかったしな。完全に敵認定してたし。

 

「キミがウチに転がり込んできてからだな。その辺の親睦を深めたのは。あのときは大変だった。ローズさんにも言い訳考えなきゃならなかったし」

「そりゃ悪かったな。こっちも色々必死だったし、若気の至りだよ」

 

 今考えてもあの時の私の行動力は目を見張るモノがある。普通、バトルのためにデータが必要だからと人の家に上がり込んで一緒に住もうなんて提案しないだろ.........。完全にヤベー奴じゃん。

 

「だけど楽しかった。キミの色んな一面を知ることができたのもそうだが、俺も、こんなだだっ広い家を貰って困ってたとこだったんだ。リザードン達もいるが自分だけで暮らすにはここは少し広すぎる。キミが居てくれて本当に助かった」

「いいよ今更そんなの、小っ恥ずかしい」

 

 言いながら、実のところあんまし恥ずかしいと思う気持ちはない。なんというかこれも慣れだね。コイツ、よくこういうカッコつけたキザったらしい台詞を臆面もなく吐くから。もうこれしきのことじゃ動揺せん。

 

「今更、か。そうか、もうあれから10年経ったのか.........」

 

 セミファイナルでこいつに負けた時から既に10年が経っている。年寄り臭く言えば長いようで短い時間だったとかほざけるんだろうが、やはり時間が掛かりすぎている。

 ダンデとの再戦は現時点でそこそこ数はこなしている。といってもダンデにとっては大会前の肩慣らし、私にとっては手持ちの勝負勘を鈍らせない程度の準備運動レベルのバトル。ガチでやり合ったことは今のところない。

 

 ただその程度の手合わせでも分かる。ダンデの力はあの頃よりも確実に研ぎ澄まされている。ポケモンも、ダンデ自身も肉体的に見て今が全盛。だが、後年のマスタードのように衰えが見え始めるのは時間の問題だろう。

 急がなきゃならない。一度、ダンデから離れてまとまった鍛錬の時間を取る必要がある。

 

 ____何言ってやがる。そんなことは前々から分かりきっていただろうが。お前はただ、そいつを今の今までズルズルと先延ばしにしてきただけだろ。

 

 あ、ヤバ。

 

 今、ダメな方に思考の舵が切られたのが分かった。昔の話をしだしたせいで、今と昔の私の姿の乖離を自覚してしまった。ふつふつと、抑え込んでいた感情が首をもたげだした。

 

 ____ガチでやったことはない? 嘘をつくな。よりによってお前が勝負事で負けた言い訳をするのは許さない。本気でやって負けたらもう取り返しがつかないと思ったから逃げただけだろうがよ。

 

 嫌な汗が背を伝うのを感じる。その通りだ。今更言われなくとも、ちゃーんと分かってる。理解してる。

 

 私は言い訳する奴が大嫌いだ。

 負けりゃ、ゴミだ。なんの意味もない。それまでの積み重ねが無駄だったってことだ。敗北が先に繋がるという奴もいるが、そんなの、負けたヤツの台詞だ。負け惜しみ。下らない。

 だというのに負けたくせに諦めもせず悔しがりもせずヘラヘラ笑うだけのムカつく連中がこの世の中にはいる。

 そいつらが決まって言う台詞が「いい勝負だった」だ。反吐が出る。勝つための努力を怠って、初めからバトルに真剣じゃないからそういう台詞が吐ける。勝ったのは私なのになにお互い頑張った感出そうとしないでほしい。ムカつくから敗者は敗者らしく悔しそうな泣きっ面を貼り付けとけばいいのにと心底思う。

 勝つ奴は、勝とうとする奴は最初から真剣だ。努力だの、才能だの、キャリアだの、そういうのをひっくるめて叩き潰せるよう研鑽を積み重ねてる。勝てるよう、考え続けてる。負けるってことは自分の努力が至らなかったというだけの話だ。そりゃ、悔しいに決まってる。

 言い訳するようなのはそれがないから負けるのだ。至極どうでもよく、目障りだ。

 

 私は真剣な奴が好きだ。勝ちたいと心の底から思ってる奴をねじ伏せるのが好きだ。そういう奴の悔しそうな表情を見下ろすのが堪らなく好きだ。

 そして、『負けたまま』なんてことは我慢ならん。

 

 本分を取り戻せ。私が私であるために。先に進むために、ダンデは倒さなければならない。だというのに、

 

「なぁキキョウ、俺達も結構歳を取ってしまったな。いつの間にか大人だ。そろそろ頃合だと思わないか」

 

 私は自分が思っていた以上にこの生活が好きだったらしく、絆されて、ぬるま湯に浸かっている間に鈍っていた。年々研ぎ澄まされてゆくダンデとは対照的に、弱くなっていた。

 だからだろうか、ダンデの奴がそんなことを言い出したのは。私のせいだ。歯牙にもかけられないくらい弱っちくなった私のせいだ。

 

「結婚しよう」

 

 小さな、ほんとに小さな呟きにも似た短い言葉が驚く程に私の心を乱した。ただそれは、嬉しいとか、ほっとしたとか、そういう好ましいと思う感情とは大きくかけ離れた、むしろ対極の感情。

 思うに、多分それは怒りだ。不甲斐ない自分への怒り。

 

「あ?」

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